表示調整
閉じる
挿絵表示切替ボタン
▼配色
▼行間
▼文字サイズ
▼メニューバー
×閉じる

ブックマークに追加しました

設定
0/400
設定を保存しました
エラーが発生しました
※文字以内
ブックマークを解除しました。

エラーが発生しました。

エラーの原因がわからない場合はヘルプセンターをご確認ください。

5/14

5話


 筋肉は、運動をすることで鍛えられ、運動をしないでいると衰えるものだ。

 体にとって筋肉の維持は、生命活動にも使われるエネルギーと資材を消費する金食い虫だ。

 だから、使わなければどんどん削減されていく。それこそエネルギーと資材が枯渇するか、寝たきりのような運動をほとんどしない生活を長期間送れば、生命活動に支障がでるほどに徹底的に削減する。


 そして、それと同じく衰えるのが、筋肉を動かす際に消費される酸素を供給するための心肺機能である。


「ぜっ、ぜっ、ぜひゅー……こひゅー、こひゅー」



 病院から退院して、翌日の朝。

 運動をしようと決意をして、靴を履いて外へと出たオレは、駆け出し始めて5分も経たずに呼吸困難に陥っていた。


 正直に言おう。この体を舐めていた。


「おぇっ、はひー、はひー」


 久しぶりに動くのだから、入念にストレッチを行い、硬くなっていた筋をなるべく動かした。

 それで、ジョギング程度の駆け足をしたのである。


 異世界で救世主やってた時は、兵士の鍛錬の付き合いでランニングをしたくらいでは、基本スペックが違うので疲れ知らずで、全力で長時間走っても息一つ上がらなかった。


 異世界に行く前だって、サッカーで走りこんでいたのだからジョギングなんて全力で走るための準備運動感覚である。


 それを走り始めて5分もせずにギブアップするとは思わなかった。いくら息を吸っても一向に楽にならない。心臓がバクバクと脈打ち、血管が痛いくらい隆起し、汗がだらだらと噴出し、全身を虚脱症状が襲う。


 信じられないかもしれないが、これで5分も走っていないのである。

 治癒魔法を行使する余裕すらない。魔法っていうのは、それなりに繊細だ。慣れていない体で得意ではない魔法をこのコンディションで行使するのは、無理である。


 脂肪はついたが、筋力はそこまで衰えていないと入院生活で感じていた。

 しかし、その考えは甘かった。心肺機能はゴミカスと化していた。


 心肺機能がゴミということは、持久力がカスということである。

 いくら体を動かす筋肉とエネルギーを脂肪に貯蔵していても、それを動かすための燃料になる酸素を供給できなければ、生命活動にすら支障がでる大問題である。


「いや、これやばいわ……ひゅー、ひゅー」


 近所の公園に向かう道半ばで息絶えたオレは、路上の端で座り込んで酸素を吸っていた。まだ朝の5時半だからか、時折トラックが車道を通り過ぎていく以外は人気はない。


 そんな時、背後から規則的な足音が近づいてきて、オレの前で止まった。


「あの……大丈夫ですか? 」


「いや、ははっ、久しぶりに、運動したら、息、上がちゃって、ひゅー、ひゅー」


「うわっ、顔真っ青じゃないですか」

 

 顔をあげるのも辛いが、声をかけてきた青年に顔をあげて返事を返したら、心配された。

 座り込むオレの背中に手を当てて擦ってくれて、持っていたペットボトルを首元に当ててくれた。


「わ、悪いね」


「いや、放っておけないですよ」 


 青年が首元に当ててくれた冷えたペットボトルのおかげで、上がりきって下がらなかった体の火照りがだんだんと冷めていった。それにともなって脈拍も落ち着いて、酸素がきちんと回り始めた。


「ふぅー、ありがとう助かったよ」


 ようやく息が治まって、オレは一息つけた。

 改まって、助けてくれた青年を見ると、なかなかの美青年だった。

 茶髪の短髪の整った顔立ちは、眉尻を下げてこちらを心配そうに見ていた。


「大事にならなくてよかったです」


「ははっ、ビックリさせたね。自分の体力を見誤ってたよ」


「ダイエットとかですか? 」


「それもあるけど、病み上がりでね。ずっと寝たきりだったから体を動かそうと思って」


「そうなんですか。あまり無理はしないでくださいね」


「ありがとう。次からは気を付けるよ」


「はい。じゃあ、お気をつけて。あっ、そのペットボトル差し上げます。汗もいっぱい出てましたし、水分補給をしてください」


 彼はそう言うと、爽やかに笑ってこちらに手を振りながら、走り去っていた。



 なかなかの好青年だったな。次会えたら、お礼しないと。


 オレは、彼にもらったスポーツドリンクを口にしながらそう思った。



◆◇◆◇◆◇◆◇◆◇◆


 

 あれから、ジョギングではなくウォーキングに切り替えて、近所の公園へとやってきた。

 早朝なので、公園には誰もいなかった。

 ただ歩いてきただけでも、体が火照って汗だくになったので、公園の水道で頭から水を被った。


「うひゃ、つめてー! 」


 冷たい水が頭の汗と熱を流れ落としてくれる。水を止めて顔を上げると長い髪を水が伝って服が濡れた。サッカーしてた時はスポーツ刈りにしていたので、髪を後ろでくくれるくらい長髪になっていると何かと鬱陶しく感じる。タオルを持ってきていなかったので、顔にへばりつく長髪をかき上げて適当に水気を拭った。近いうちに、散髪にでも行こう。


 魔法の得意なアンがいたら髪の乾燥を頼めたのだが、彼女はいない。そして、ドライヤーの代わりを魔法でできるほど、オレは魔法の出力を調整するのは得意ではなかった。熱風を出すか、突風を出すか、髪の水分まで絞り出してしまうかが落ちである。

 前に、魔法で体を洗おうとしてテント付近を水浸しにしたり、テントを突風で吹き飛ばしたことがあるのでここで試す気にはなれなかった。

 

 公園のベンチに座って、青年からもらったスポーツドリンクを煽り、一息つく。


「あぁー、しばらくは持久力が課題だな」


 情けなくベンチにだらりと重い体を預けながら、ぼやく。

 まさかたかだか歩いて数分の公園に行くだけで生命の危機を感じるとは思わなかった。


 息があがっただけではなく、今の全身から感じている倦怠感も体力の衰えを強く感じさせる。

 異世界で救世主をしていた時も、異世界に行く前と比べても、今の体力とは大きくズレている。この感覚のズレは、運動や何かをする上で判断を狂わせるので早急に改善したい問題だった。


 この体力の無さは、自分が異世界で得た力でもなかなか難しい問題だった。


 魔法で身体を強化できるかといえば、可能である。しかし、魔法による身体強化っていうのは、外付けの筋肉を使って体を動かすのに近い。例えるなら、外骨格式のパワードスーツのようなものになる。


 筋肉の負担は下げることはできるが、負担がないわけではない。また、心肺機能を強化する魔法なんていうのは知らないので、使ってもすぐ息が切れてしまう。


 また、プラーナを体内に循環させるのもまた身体を強化できるが、そこまでの強化はされない。しっかりとした量を全身に循環できれば、体外のエーテルの干渉を防げるし、体の調子を万全にして、体の代謝を助けてくれるが、本来以上の身体能力は発揮できない。あくまでその体が出せる全力で負荷を少なくできるくらいだ。


 こちらも微妙だ。今の体だとプラーナの通りが悪く、全身隅々に行き渡らせて循環させるには、それなりに集中がいる。そして、今回のような息が上がった状態だとその制御は難しい。事前にやっていても息が切れるまでの時間を多少伸ばせるかどうかといったところだろう。


 では、それ以外の方法がないかと言われれば、存在する。オドと呼ばれる力がある。

 オドは、呼気で取り込んだエーテルと体内を循環させているプラーナを練り混ぜて生み出す。マナとは別種とされている力だ。生み出したオドは、体を循環させることで爆発的な力を生み出すことができる。


 ただプラーナを体に循環させるよりもその力は強い。それこそ、漫画のスーパーマンばりの身体能力を発揮できる。しかし、この力、肉体への負担がそれなりに重い。本来の全力である100%を超えた力を発揮できるが、超えた分だけの体の負担がそれなりに返ってくるのだ。熟練者ともなれば、身体の耐久性も強化できるので負担をより減らせるし、自己治癒力を高めることで相殺することもできる。


 しかし、それは強化する肉体がオドの行使に耐えれるよう鍛えられて、オドの操作が巧みである前提の話だ。

 オドを体内で練れる者は、武に優れた才ある者かオドの鍛錬を受けた者だが、後者の方は、慣れないうちはオドの操作を誤って、体の内臓がしっちゃかめっちゃかになったり、地面を蹴った反動で足を粉砕骨折したり、筋肉を断裂させて内出血を起こしたりと凄惨な事故を起こしやすい。


 そしてオレは、救世主やってた時は、体が素で頑強だったのもあって、豊富なプラーナにものを言わせて大量に練り上げたオドを半ば暴走させたような雑な扱いで振るっていた。


 仲間のバレッドが、一番オドの扱いが巧みだったが、彼には「あれで体が爆散しないってとこが救世主(ばけもの)さまだよな」と、言外にオレはオドの扱いが下手くそだとよく言われていた。


 オドを上手く使えれば、治癒魔法の真似事なんかもできるし、なんなら自己治癒のような持続回復ならオドの方が得意なので、持久力の向上にも繋げれそうだが、オレにはできない。


 一度、入院中にこの体でオドを練ってみたことがあったが、ちょっと生み出すオドの量が多かったせいで、反動で眼が充血して、血の涙を流すことになった。なんか血尿もでたし、魔法で治癒はしたが、それ以降、オドを練るのは控えて、プラーナを体に循環させるだけに留めている。



「まずは、地道に運動と筋トレか。よし、腕立てからやってみるか」


 座ってプラーナを体内で循環させながら休んでいたら、体の倦怠感が多少薄れたので、筋トレを行った。



 腹筋ができなかった。

 身体強化魔法で無理やり、50回やったら腹筋が痙攣して、飲んだスポーツドリンクを吐いた。



 ……もう少し、ペースを落として運動することにした。

 





【オド】:体内でプラーナとエーテルを反応させ、変質させた力の一種。身体の様々な機能を爆発的に向上させることができる。しかし、体に負担があり、慣れない力の行使をすると、暴走という形で自傷に繋がることが多い。


救世主時代のナオト:女神が用意した器である肉体は、すべての身体機能が最高値に設定されているような超ハイスペックボディであり、戦闘は数メートルはある化け物を千や万を相手にするような戦地ばかりだったため、繊細な力の行使はどの力でも苦手であり、特にオドはとにかく出力を上げて殴るというスペックにものを言わせた雑な使い方だった。

評価をするにはログインしてください。
ブックマークに追加
ブックマーク機能を使うにはログインしてください。
― 新着の感想 ―
このエピソードに感想はまだ書かれていません。
感想一覧
+注意+

特に記載なき場合、掲載されている作品はすべてフィクションであり実在の人物・団体等とは一切関係ありません。
特に記載なき場合、掲載されている作品の著作権は作者にあります(一部作品除く)。
作者以外の方による作品の引用を超える無断転載は禁止しており、行った場合、著作権法の違反となります。

この作品はリンクフリーです。ご自由にリンク(紹介)してください。
この作品はスマートフォン対応です。スマートフォンかパソコンかを自動で判別し、適切なページを表示します。

↑ページトップへ