12話
ひょんなことからサラリーマン風のおじさん幽霊を家に連れて帰ってきたけど、やはり両親も妹もオレのそばにいる幽霊のことは見えていなかった。
異世界でもプラーナを扱えない一般人は、幽霊といったアストラル生命体を見えないらしいから、予想はできていた。
これが、実体となる肉体も持っているスケルトンやゾンビだと誰もが見ることが出来る。まぁ、仮に地球で発生するとしても火葬が基本の日本だと、出会うことはないだろう。
『とても清浄な場所ですね。なんというか寺や神社で感じるような清らかな気配がします』
「あー、毎日浄化しているせいかも。体調とか大丈夫? 」
『不思議と心地いい気持ちです。前はこのような場は避けていた記憶がありますが……これもナオトさんの生気のお陰でしょうか』
「それはちょっとオレにもわからないな。けど、平気ならよかった」
集まってくる瘴気で浄化魔法を連日かけているせいか、家の周辺は神聖を帯びた清浄な場になっているみたいだ。元悪霊のおじさんへの影響が気になったが、体内の瘴気はさっぱり消えているみたいで、むしろ居心地よさそうに淡い微笑を浮かべていた。
「とりあえず、ここがオレの私室です。基本的にオレのそばにいるか、この部屋にいてください。家族はあなたのことが見えていないですが、家族たちのプライベートを覗くような真似は控えてくださいね」
『わかりました』
「ちなみに、守れないようだったら浄化しますから」
『肝に銘じておきます』
幽霊に肝はあるのか。そう聞き返すのは無粋だろう。
「ちなみに物に触れたりとかできますか? 」
『どうでしょう。意識してやったことはないですね』
「試しにこの消しゴム持ってみますか? 」
『やってみましょう』
手頃なものとして勉強机に出しっぱなしにしていた消しゴムがあったので、それを取って、おじさんの手の上で離してみる。
だが、当然のようにおじさんの手をすり抜けて、消しゴムは床に落ちた。条件反射でか、おじさんは床に落ちた消しゴムを取ろうとしたけど、その手は空を切った。
『あははは、やっぱりダメでしたね』
「もう一回やってみてください」
おじさんは、気まずそうに苦笑いを浮かべたが、オレは消しゴムを床から拾って、再度おじさんの手に渡した。
今度はおじさんの手をすり抜けずに消しゴムは、手に残った。
『えっ、これは……! 』
それは、オレの予想通りで、おじさんの予想外だった。
「やっぱり、魔力を纏わせたらおじさんでも触れるみたいですね」
そう言って、オレがプラーナを循環させたままおじさんに触って見せると、おじさんはさらに驚いてみせた。
アストラル体は、プラーナやエーテルを初め、マナなどの力が混合され構築されたいわゆる霊気と呼ばれるもので、広いくくりとして、プラーナとエーテルを混合させて生み出すマナとも近い。正確には違うけど。
要は、体や武器に魔力を巡らせて殴ったり、魔法で攻撃すれば、それはアストラル体に干渉する。ってことは、アストラル体も魔力が宿るものになら触れるということである。
一般的な人は、意識的にマナを体内に生み出したり、纏うことはできないから、アストラル体への干渉はできない。
しかし、一般的な人でも魂から自然生成されるプラーナは、体内に循環している。アストラル体はその力にも干渉できる。自分のプラーナを実感してない人でも体内のプラーナに干渉されれば、それは鳥肌、悪寒といった体の不調や気配といった第六感でそれを察知する場合がある。
かといって体内のプラーナを弄られたり、奪われることによる不調などが出ても、アストラル体は直接肉体への干渉はできなかったりする。一般人からしたら、幽霊はすり抜けて触れないと同様に、幽霊もすり抜けてしまうために一般人と触れないのだ。さらに言えば、アストラル体は霊気でできていて、発してもいる。それが大気のエーテルに干渉することで、存在を知覚できるので、霊気やエーテルといったものが見れない場合は、姿も音も認識できない。
よくない場所に行けば、よくないことになる。
幽霊がいるという場所で、その幽霊のその不興を買えば、自身や周りで不幸が起こる。
身に覚えのない不幸が頻出するならお祓いにいけば、よくなる。
そんな話は、経験則で一般人でも広く周知されているし、陰陽庁など専門家からも口酸っぱく周知されている。テレビ番組もオカルトを取り扱う時は、必ず専門家の指導の元行っているというテロップを流しているし、毎年夏休みや春休みでは、曰く付きの場所にいった若者が行方不明になり捜索隊がでたという話や死亡事故といった話が数件くらい流れる。
それでも、一般人はその原因である幽霊や瘴気をはっきりと認識できないため、職業陰陽師がいたりしても、この国や世界で、幽霊といったアストラル体の存在が、半ば迷信のような扱いを受けているのだろう。実際、異世界に行くまでのオレもそんな感じだった。
『温かいですね。こうして人と触れることができるなんて感慨深いです』
おじさんは、オレの手に重ねるように手を置いて、しみじみと口にした。
「おじさんの身の振りが決まるまでの間になるだろうけど、しばらくよろしくね」
◆◇◆◇◆◇◆◇◆
おじさんとの秘密の共同生活をするにあたって、いくつかのルールを敷いた。
1つ、共同生活はおじさんが幽霊としての身の振り方を定め、人の迷惑をかけずに自立できるようになるまでとする。
1つ、おじさんが自立できるようにオレは、協力する。
1つ、おじさんの生命維持に必要な生気は、オレが提供する。
1つ、オレの自室以外では、おじさんはオレの傍にいること。
1つ、同居している家族に原則干渉しないこと。
1つ、同居している家族の私室、トイレ、風呂には入らないこと。
1つ、自室以外のものには、勝手に触らないこと。
以上のことを取り決めて、問題があれば、その時に話し合っていくことを決めた。
そうして始めた幽霊のおじさんとの秘密の共同生活は、意外と悪い者ではなかった。
なにせ、こっちに帰ってきてからオレは、家族以外との交流がほとんどなかった。
それでいて、父さんはほとんど家にいないし無口で、母さんはちょっと過干渉気味で一方的な会話で気が疲れる。妹のヒナは、前と比べて当たりが強い。
オレ自身年を重ねたヒナとの話題は合わなくなっていて、結局この体型をどう変えるかやオシャレの話になるので、なんだか専属トレーナーとの会話みたいなことになっている。また、現役の高校3年生で受験とモデルのバイトで中々に忙しい生活を送っているので、一緒に運動するどころか、朝食と夕食を食べる時くらいしか話せてなかったりする。
その点、幽霊のおじさん改め、元サラリーマンのリーマンさん(仮称)は、お互いに最近の現代社会の情報に疎いという共通点で、話題が盛り上がる。
幽霊になる前の記憶というのを、幽霊は虫食いではあるが持っているもので、リーマンさんは、どうやらスマホが世間に広く普及する前くらいの一般知識を持っていた。
人として生きた自分や他人の記憶はほとんど覚えていないらしいけど、どこかの会社で営業をしていたという自己認識は持っていた。他にも元悪霊のリーマンさんは、人の負の集合思念だったこともあり、主人格としてのリーマンさんの記憶以外にも専門知識を朧げながら持っているようだった。そして、営業ノルマ、サビ残、クレームトラブルというようなサラリーマンの共通のネガティブ単語は、根強く覚えているようで『一日は33時間あるんですよ』と語るリーマンさんの眼窩は、深淵のように真っ黒だった。
閑話休題
というわけで、お互いに現代社会について疎く、それを学ぶ必要があるので、スマホを使って、学習している。スマホというのは、ホント便利なもので、インターネットを使えるだけじゃなくて、テレビも流せるし、一般人や企業が自由に配信できる動画投稿サイトなんかもあって、雑多ではあるけれど、今や当時の流行りを知るにはよかった。
『ナオトさん、そろそろ金曜ナイトシアターが始まりますよ』
「もうそんな時間か」
そして、リーマンさんは、そのスマホにすっかり魅了されている。
リーマンさんが好きに触れるように、タッチペン代わりになるボールペンというのを妹のヒナからもらって、それに魔力を込めて渡したら、四六時中スマホを触るようになり、オレよりもスマホに詳しくなった。
リーマンさんは寝なくてもいいので、夜間も触り続けている。
当然、充電をしていないとスマホは電池切れになってしまうので、充電器にさしている。ボールペンの魔力もずっとは持たないので、寝る前に込め直して渡している。
一度、充電器に差し忘れて寝てしまった時には、リーマンさんが枕元に立って、『ナオトさん……ナオトさん……スマホが死んでしまいました……』と一晩中悲し気に囁いていたらしい。
最近では、体のプラーナの通りがよくなったことで、寝ている間も全身にプラーナがある程度循環するようになっていたので、リーマンさんの思念による干渉を弾けていたため、それがオレに届くことがなかった。起きた時に、リーマンさんがしくしくと眼窩から涙を流してこちらを見てきていた時はぎょっとした。
「今夜は、去年ヒットした『皆清の陰陽師~東都百鬼夜行~』というやつだっけ」
『そうです。原作が小説の実写版で、現役の陰陽師が主役ででて、当時話題になったものです』
現役の陰陽師がでている映画ということで興味があったので、数学の教科書を閉じて、スマホをスタンドごと勉強机の端から手元に引き寄せた。リーマンさんは、オレの背後に回って、期待に満ちた顔で映画の始まりを待っていた。
『――神代から永い時が経った現代、神が俗世を離れ、神秘が薄れた現代』
夜の繁華街の空撮映像から始まり、それはフラフラと千鳥足で歩く派手で扇情的な水商売の女性へとフォーカスされていく。
『――科学で照らされた不夜の現代にも闇はある』
泥酔した女性が路地裏へと迷い込み、壁によりかかって吐いていると、路地裏の奥から伸びる闇とともに何者かが近づいてくる。
『――追いやられた闇で妖魔が蠢く』
誰かの接近に気づいた女性が顔を上げて、驚愕の表情をとる。それが悲鳴を上げる前に無数の手が伸びて、その口を塞いだ。
毛むくじゃらの手、赤い手、白い手、爪の長い手、水かきのついた緑の手、そんな多様な特徴を持つ手が女性を画面外に引き込んでいき、バリバリと何かを貪る音と滴る水音が流れながら、画面は再び、路地裏から繁華街の空撮映像へと切り替わる。
『~~♪《主題歌》~~♪』
東都の夜景を背景に、式札が空を舞い、その軌跡が文字になる。
『皆清の陰陽師~東都百鬼夜行~』
『――この作品はフィクションです。実在の人物や団体などとは関係ありません』
『仕事のスーツから休日のオシャレな私服まで、服を選ぶならシ・ト・リ♪ 』
と、ここでCMが入ったみたいで、以前服を買いにいったシトリのCMが流れた。
『冒頭から女性が襲われましたね』
「確かあらすじだと、繁華街で連続した行方不明事件に東都で事務所を開いている主人公の陰陽師に家族から捜索依頼が出される流れじゃなかったっけ」
『そうですね。ちなみにナオトさんは原作を読んだことはあるんですか? 』
「ないよ。でも、中学の時に周りで小説のが流行ってたからタイトルは聞いたことがあった」
中学の女友達の1人が特にこの小説にはまっていて、グッズとかも集めていた覚えがある。
確か、イケメンの陰陽師と刑事のコンビが表紙に書かれてた覚えがある。
『でも、さっきの手、怖かったですね。妖怪とかって実際にいたりするんですかね』
「どうだろうね。実際に見たりしたことはないけど、どっかにはいるかもね」
広い意味で言えば、幽霊のリーマンさんが妖魔に入るかもしれないけど。こっちの世界で、妖魔、妖怪、悪魔といった実体を持つ存在がいるという話は噂や創作の中でしか聞いたことがない。
だけど、異世界に行った身からすれば、エルフやドワーフや怪物と実際に出会ったのだから、こっちの世界にもそんな存在がいてもおかしくないだろうと思う自分もいた。
『あってみたいような、みたくないような……』
「リーマンさんみたいに話がわかる存在ならオレは会ってみたいですね」
『ハハハハ……そうですね。出会った時の私でなければ、会ってみたいですね。――っと、CMが明けたみたいですよ』
『皆清の陰陽師―東都百鬼夜行―』
原作『皆清の陰陽師』シリーズの第一章、東都百鬼夜行編の実写映画化。
主人公の陰陽師と相方の刑事との出会いでもある章で、現役の若手のイケメン陰陽師が主役に抜擢され、話題になった作品。特に女性人気が高く、映画の前に舞台化が何度もされている。
現役の陰陽師が、式神を使ったり、魔方陣で結界を張り、真言を唱えて妖魔を退ける戦闘シーンが特に演出がうまく、最新のCGも駆使して高い完成度となっている。
また、上映時に前後のテロップで、実際の陰陽師とは違うから!と主役の陰陽師が念を押していることも話題になっている。
更新頻度もだけど、話のペースが遅いので、こっからペースをあげていきたい(願望)




