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11話

今回はちょっと短いです。

 体内循環をする副作用で垂れ流しになっていた自分のプラーナを吸った悪霊は、自分の身の丈に合わない量のプラーナを一度に吸ったことで悶絶していた。肉体のない身ながら黒い汚泥のような吐瀉物を吐き出し、眼窩(目の穴)からも黒い汚泥をボタボタと滴り落として、地面に水溜まりを作っていた。

 瘴気で生じたアストラル体から出たものなんて碌なものではない。


 コンクリートに広がっていくその汚泥に触れないようにオレは一歩後退った。


「ハァ……だから待てって言ったのに……ふぅ……」


 異世界で救世主のようなことをやれていたくらいには、プラーナの生成量は多いという自負がある。そんなオレが体内循環のために加減を設けずに魂からプラーナを汲み上げては、その大半を周囲に垂れ流してきていたのだ。

 それを迂闊に吸おうと近づいてきたのだから、すぐにキャパオーバーになる。


 サラリーマン風の男性が夜の路上で、突っ伏してピクピクしている絵面は、ホラーとはまた違った怖さがある。


 幸いなことは、素養がなければ、そんな姿をした幽霊は見えないということだろうか。仮にここに両親や妹がいても、3人には男どころか、路上にできた汚泥溜まりすら見えないだろう。



 どうするべきか。


 


 ピクピクからビクンビクンとその痙攣の度合いを強めている幽霊を前にして、オレはしばし悩むのだった。







『内側から燃やされるような生気。地獄の業火とはまさにあれのことでした』


「随分と流暢に喋れるようになったね」


 サラリーマン風の幽霊が目覚めたのは、公園まで引きずってしばらく経った後だった。

 ベンチに座るサラリーマン風の男は、出会った当初のホラーな見た目からも変化し、よれよれのスーツ姿のサラリーマンへと変わっていた。捻じれて伸びていた首も普通の首に戻り、血涙が止まり、肩を落としてベンチに猫背で座るその姿は、世間の荒波にもまれて草臥れた中年サラリーマンにしか見えない。唯一、変わらないのは、その目の無い眼窩だが、そこには目の代わりに理性的な青い光が浮かんでいた。


『身の内で渦巻いていた憎悪や悪意が消え、思考がクリアになった気がします』


 その内からは、瘴気の気配は薄れている。

 会話ができるようになったのも、自分のプラーナを過剰に吸った影響なのかもしれない。

 結果的に、瘴気をアストラル体から押し流して、アストラル生命体として安定したみたいだ。


 その理屈はもしかしたら、瘴気やアストラル生命体の造詣が深いの魔術バカのアンか神官のフランクリンなら説明できるのかもしれないけど、オレには起きたことしかわからない。


「オレと会う前までのことは覚えてるの? 」


『朧げにですが……、ずっと目にするものが憎く、妬ましく、羨ましく……酷く飢えていました。その感情のまま人の気配が多い場所をずっと彷徨っていたように思います』


「自分の名前とか覚えてますか? 」


『わたしの、名前……。わたしは……誰でしょうか? わたしは気づいたらいて、ずっと彷徨っていたことしか……』


 名前を憶えていないタイプか。元々悪霊は、いくつもの負の想念が混ざり合って生まれるとされている。生前の記憶を持たない場合も多い。もしかしたら、彼に両目がないのも名前を持たない故の影響なのかもしれない。


「そうですか。あなたはこれから何がしたいとかはありますか? 」


『いえ……なにも。わたしには、行くとこも帰るとこもありませんから……』


 ベンチに肩を落として佇む彼の姿は、まさに家に居場所のない中年サラリーマンのようないたたまれなさがあった。いや、実際、彼には家族どころか住居も戸籍もない幽霊なんだけど。


 そのどうしようもなさは、路上の段ボールの捨て猫に通じるものがあった。


「えっと……もし、よかったら、しばらくオレの傍にいますか? 」


 声をかけられた彼は、顔を上げてその眼窩に浮かべた青い光をオレへと向けた。

 

 今はこうして理性を取り戻しているが、このまま放っておくと存在するために彼は、誰かの生気、もしくは瘴気を吸わなければならない。人を直接害するか、人を害しないが瘴気ばかりを取り込めば、また瘴気に侵され、理性のない悪霊へと戻り、また人を襲うだろう。

 

 まぁ、この近辺にいたら十中八九、自分の垂れ流すプラーナに釣られてオレを襲ってくる。そして、今度こそ浄化魔法で祓うだろう。


『……いいんですか? わたしとしては願ってもないことですが、それはあなたの生気をいただくということになりませんか? 』


「オレだったら、あなたに多少生気(プラーナ)を分けるくらい負担にはならないです。それに、瘴気をまた吸っていれば、あなたは元の悪霊へと戻るでしょう。そうなってしまうのは、流石に偲びない」


 迂闊とはいえ、こうして偶々理性を取り戻した存在を悪霊に逆戻りするのをみすみす見過ごして、次出会った時に祓ってしまうというのは良心が咎める。拾ってしまったのなら最後まで面倒を見るべきだろう。


 幸い、猫と違って、霊感のない家族にはバレないし、食事も自分が垂れ流すプラーナで済む。



『ここまで満たされて、晴れやかで落ち着いた気持ちになれたのははじめてです。あなたの傍にいれば、それが続くというのなら、わたしはあなたの傍にいたいです』



 こうして、オレは痩身の中年サラリーマン風の幽霊を夜の公園で拾ったのだった。





すみません。ずるずる更新が長引きそうなので、短めですが、上げます。


この話を書き終わってふと思ったのは、何で捨て猫でも美少女でもなく、くたびれたおっさんを拾ってるんだろって思った。


幽霊の身に起きたのは、イメージとしては、汚水が入ったコップにバケツ一杯の水道水を上から注いで、コップの底にたまった汚泥も含めてキレイさっぱり汚水を流して綺麗な水道水に置き換えた感じです。

まぁ、そこに追加で汚水を一滴でも垂らしたら、程度の差はあれ汚水になっちゃうくらいの儚さです。

アストラル生命体としては、ほぼ純粋なプラーナで満たされた状態なので、存在としてはかなり安定してます。

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