第56話 切り離しはしない
わたくしが『わたくし』であることを残すには、精霊の力が必要不可欠。
主さまとこれから、長い旅路をごいっしょしますもの。その歩みを止めてはいけません。精霊の呼びかけがありましたが、わたくしから手を差し伸べるまで。
『さようならとは言わせませんわよ?』
精霊が先に動こうとしたところを見計らい、オーラの身体ではありますが『マリアーノ』として彼女の腕をつかみました。わたくしは細身ではあれ、男ですから簡単には引き抜くことは出来ないはずです。
『……何故、なの? あの未来は、起こり得ることなのに』
『であれば、止めることもわたくしなりの使命です。主さまをこれ以上悲しみに暮れないように。傍に居られる間はいてあげてください。たとえ、わたくしの方が先に尽きた場合でも』
『それ、逆では?』
『その場合は、あなたが『マリアーノ』になれますわよ?』
『……変な取引にならない?』
『良いのです。わたくしが独り占めしていく時間の方が、どうしても長いでしょうから……残りを少しでも与えるのは代価になりませんこと?』
『……そう、ね』
本当は最後の最後まで、わたくしが独占したいところですが。主さまに与えた精力もいつまで保つかわかりませんもの。わたくしを模したものであれ、精霊が看取ってくださるのであれば……少しだけは、悲しみも薄らぐことでしょう。
百年も生きることはないでしょうが、それでも長い年月に変わりはありません。
ユーディアス様、わたくしのわがままを受けてくださいませんでしょうか?
内に潜む精霊の引き留めを終えたあと、目を開けた向こうには今日も裁縫をがんばっていらっしゃる主さまのほほえましいお姿が見えましたわ。
次回は木曜日〜
最終回!!




