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第十七話 アラサー聖女、出奔す。あれ? モフモフ男子がついてきたぞ?

今回で第一部「マクミラン王国」編完結です。4,300文字超と長めですがお付き合いください。

 ゴン! ガン! と結界の向こうから音が響いて来る。小さく、鈍く。遂に武器で結界を壊そうと攻撃を始めたのか。さてどうしよう。


「オーカ、何か逃げる策はあるのか」

「え、ううーん……」


 正直に言うと一人で逃げる策は無いでもない。以前こっそりと結界の秘密練習をしていた時に思いついたんだけど、結界を体に纏わせ、腕から脇にかけては翼のように広げた形にして、さらに【力の聖女】の能力で結界の空気抵抗力を上げる。すると少しは滑空が可能になったから、多分この高さなら飛んで逃げる事ができるんだよね。

 だけど重いチャッピーを連れてだと流石に無理だ。墜落する。


 ううっ、ダメ元で二人で一緒に下のバルコニーに降りてみる? 骨が折れたりしたら私の【癒しの聖女】の能力じゃすぐには治せない。一か八か結界で防御……私はヒナほど上手くないのに、落ちながら瞬時に私とチャッピーを守る結界を絶対に上手く張れる? だめだ。考えがまとまらない……。

 ピシッと音を立てて結界にヒビが入った。


「行けよ。一人なら行けるんだろ。せめてここは守らせてくれ」

「え? 何言ってるの!?」


 そんな。チャッピーが人質……獣質か。に、されたりするかもしれないし、ならないとしても無傷で逃げられる保証はないのに!


「そんな顔すんな。オーカが逃げろって言ってくれたのにそれを聞かなかった俺が悪いんだぜ。何でもかんでも自分の責任みたいに背負い込むなよ」


 彼は太陽みたいな笑顔を見せて、私の頭をポンポンと優しく撫でた。


「ほら、行け」

「だけど」

「死んだり捕まったりしない、ってさっきオーカも言ってたろ。俺も大丈夫。約束する」

「でも」

「じゃあ今すぐ俺にキスしてくれ」

「何それ。乙女の口づけで強くなる魔法みたいなやつ?」


 もっとも、私は清らかな乙女とはかけはなれてるけど。思いつきで復讐をかました悪女だから。


「いや。単に惚れた女にして貰いたいだけ」

「……バカでしょ!! 今ふざけるとか!」


 結界に更なるヒビが入る。もう崩れるまであと一歩だ。


「じゃあ、上手くここから逃げられたら頼む。ほら」


 チャッピーが私の身体をトンと押しやった瞬間、入り口に張った結界が崩れた。私は自分の身体に結界を纏う。


「チャ……」

「オーカ様……!」

「グルル、ガウアッ!!」

「わっ!」


 バルコニーになだれ込もうとしたグリーンさん達を狼の姿に戻ったチャッピーが阻んだ。結界に【力の聖女】の能力付与をしながら、本当にこれでいいの? と頭に疑問が巡る。だけど私が捕まってしまったらチャッピーの気遣いが無駄になるのだけは確かだ!


「チャッピー、ごめん!!」 


 私はバルコニーのふちから両腕を広げて飛んだ。


「オーカ様!!」


 グリーンさんとアイルさんの悲鳴は私の耳に僅かに届いたけれどすぐに激しい風と共に流れて消えた。身体が真下に落ちるのではなく空気をはらんで上手く滑空できている事に安心し、首を回してチラと振り返る。バルコニーには沢山の人が詰めかけ、皆が身を乗り出して私が飛んでいるのを驚いて見ていた。その脇で、チャッピーがカーテンを咥えたままバルコニーから飛び降りる。


 ビビビ、ビリビリッ!


「!?」


 豪奢で長いカーテンは取り付けられた窓際とチャッピーの牙との引っ張りあいですごい音を立てながら縦に引き裂かれた。それで落下のスピードをかなり打ち消し、降りる距離も数メートル稼げたので下のバルコニーへ安全に着地する。やるわねチャッピー! 


「あっ、その狼を捕まえろ!」


 誰かが叫んだけどもう遅いわ。彼は下のバルコニーでも同じようにカーテンを咥えて飛び降りるでしょう。私は前を向いて、自分が上手く風に乗れる事だけに集中した。


 ◆


 あの後、城から緊急信号の炎魔法が打ち上がった。それは城壁に設けられた門を一旦閉じ、誰の通行も許さない事を意味する。けれど行商や旅人、城壁の外で放牧や作業をしている人達はこの横暴に怒るはず。昼間に魔物が出ることは殆ど無いから、行商人や旅人は夕方までに次の街か集落に辿り着きたいのにここで足止めされては間に合わなくなるから。


 多分、皆の不満を避けるため、この後早馬で城から「他の者は良いが聖女オーカと狼だけは通すな」と通達が行くだろうと私は読んでいた。だから城門に辿り着く前に予め城下町で、身に付けていた極上の絹の服と金の腕輪を売っておいたの。代わりに安い異国風の古着と簡素な化粧品を買ったけど、それでも路銀はかなり出来た。


「……よし、通れ」


 そして、ヒナ様様ね。彼女の真似をして私の黒髪は結界で覆い、赤毛に見せかけておいたわ。あとはメイクでアイラインをしっかり取って目を大きく見せれば、普段間近で接することのない城門の衛兵達は私に全く気づかなかった。


「おい、女一人で城壁の外に行くのか? 危ないから俺達がついていってやるよ」


 旅姿の、あんまりガラの良くなさそうな男達が話しかけてくる。あー、めんどくさいのに目をつけられたなぁ……あ、こいつ腰にお酒の瓶下げてるじゃん! さっさと城門を離れて、衛兵の目が届かなくなったらブッ飛ばして奪っちゃうか。聖女の力を使えばまあ、こてんぱんにできるでしょ。


「失礼、俺の連れに何か?」


 突如男達と私の間に長身巨躯の男が割り込む。私は彼の背中しか見えないがすぐにそれが誰かわかった。だって青灰色の頭に巻いてるターバンと、古代ローマ人のように身体に巻き付けた布の柄……凄くゴージャスな……王宮のカーテン生地なんだもん!!

 チャッピーに睨まれた男達はそそくさと離れていった。私達は何事もなかったようにのんびりと、城門を背に外の世界へ歩いていく。傍から見れば異国風の気楽な旅人二人に見えるだろう。


「よく私とわかったわね。変装してたのに」

「俺の鼻をなめるなよ。惚れた女の匂いくらい嗅ぎ分けられるさ」

「ふはっ」


 惚れた女かぁ。なんか、騙しちゃったみたいで気が咎めるな。


「ごめんね。もう私はチャッピーが惚れた力を失くしちゃったの」

「ん? どういう事?」

「だから【浄化の聖女】の力をエメリン姫に全部あげちゃったから、私はもう【浄化の聖女】じゃないの」


 【力の聖女】の能力は、自分自身や触れた人間、物を一時的にパワーアップさせる事ができる。更に一時的でなく永続的に対象を強くすることも可能だ。ただしその場合は代償として、強くした分聖女自身の同じ力が奪われる。私はその能力を応用して【浄化の聖女】の力をエメリン姫に渡した。


 私が何もせずマクミラン王国を逃げ出せば、次に国一番の聖女となるのはヒナなのは明白。彼女が四重結界を使わず、国をちゃんと守らなかったら?……王子との戦いが終わった後のヒナの様子を見るとその心配はなさそうだったけど。でもヒナが結局クライヴ王子(あの馬鹿たれ)と結婚したら遅かれ早かれ国は傾いてしまう。

 だから私はエメリン姫を【浄化の聖女】にすることで、彼女を国一番の聖女へと押し上げたのだ。彼女ならきっと素晴らしい伴侶を得て国を治めるだろう。もしかして今までのしきたりを変えて、自分が女王になっちゃったりして。私はこれで後腐れも心残りもなく国を出ることができる。


 ただ、正確に言えば。私の浄化の能力は全部あげちゃったかは不明なのよ。もちろん気持ちはそのつもりだったけど、やった事がないから上手く姫に渡しきれていないかも? それは次に瘴気に出会った時に浄化ができるか試してみないと判断できない。

 まあもし浄化が出来たとしてもきっと能力は凄く落ちてるし、他の三種類の聖女の力を使えると言ってもそっちも個々はそれほど強くないんだよね……言うなれば私は【創造のポンコツ聖女】ってわけだ。どっちにしたってチャッピーが惚れるほどの聖女じゃない。


「ん?……ん? 何言ってんのかわかんないんだけど」

「だから、私はもう浄化が出来ないって……」

「あ! ……あー、あーあー……あはははっ!」


 首をひねっていたチャッピーは突然「あ」を連呼した後、弾ける様に笑い出した。私は意味がわからなくてぽかんとしてしまう。


「はははは! そんな事を気にしてたのかよ! オーカはやっぱりかわいいなぁ」

「か、かわいいって」


 アラサーに何を言うのよ! 戸惑う私の顔をチャッピーが覗き込む。綺麗な金の瞳に至近距離で見つめられ、吸い込まれそうな気持になった。


「あのさぁ。俺はオーカが聖女だから惚れたんじゃないよ」

「え?」

「俺が魔獣になって暴れてた時さ、瘴気に体を乗っ取られてたけど、実はあの時見たり聞いたりしたことは俺の記憶にちゃんと残ってるのさ」

「え、え?」

「オーカ、俺の口の中で話しかけてくれただろう?」

「あ」


 私の記憶がよみがえる。あの時、可哀相な狼に私はこう呟いた。


「ごめんね、つらいよね。今、助けるから」


 聞こえていないだろうと思っていたのに。チャッピーは目を細める。あの、太陽の様な美しい笑みだ。


「魔獣型の魔物なんて斬って捨ててもよかったのに、わざわざ口の中に入る危険を冒してまで俺を助けてくれた……あんな痺れるキスをされたら惚れるしかないだろ?」

「そ、それは聖女だからこそよ! 【浄化の聖女】じゃなかったらそもそもあなたにキスしてないんだから!」

「あ、話をすり替えた? 照れてるのか。かわいいな」

「なっ……」


 私の頬にカッと血がのぼる。年上をつかまえてからかうなんて!


「やめてよ! 私はもうアラサーなんだから!」

「ん? それ今朝も言ってたよな。どういう意味?」


 ぐっと答えに詰まる。うう、自分で言うのがみじめ……。


「……30歳前後って意味よ。私28なの……」

「お、丁度いいじゃん! 俺の2個下か!!」

「えっ!?」


 待って、この人30歳なの!?……あ、そういえば獣人族は人間よりもかなり長命だって文献に書いてあった……という事はつまり、成人年齢とか結婚適齢期が人間よりも遅いって事???


「チャッピー」

「チャスだ」

「ちゃ、チャス……」

「なに? オーカ」

「ち、近いんだけど」

「さっき、上手く逃げたらキスしてくれる約束だったよな?」


 私の熱を帯びた頬に、彼の武骨な指がそっと添えられて間近にあったチャスの顔が更に私に寄せられる。こ、このままじゃ唇と唇が……きゃあああ!!


「やっぱりまだダメぇーっ!!」

「グファッ!!」


 私は思わず彼の顎を掌底で突き上げた。あ、もちろん【力の聖女】でパワーアップなんてしてないわよ?



 ◆◇◆◇◆



 かつて、原初の聖女が亡くなる時にその力は幾つもに分かたれ、異世界を含む各地に飛び散ったのだという。

 それ以来、生まれし聖女のほとんどは原初の聖女の力の一片しか持たぬ者ばかりであった。

 そこから数百年後に現れた一人の創造の聖女は、その力を他の聖女に分け与え国を正しく導くように説いた。その恩恵を受けた聖女は女王となり、創造の聖女の教えを守って国を治め、人々は安心して暮らしたという。


 これはそんな創造の聖女と、後に彼女の伴侶となる獣人族の男の旅の物語である。



 ――第一部完――


これにて第一部「マクミラン王国」編完結です。明日はおまけの登場人物紹介を更新します。

第二部はまた書き溜めてから連載再開予定です。

ここまでお付き合いくださった皆様に感謝致します。ありがとうございました。


もし面白いと思ってくださったなら、↓の☆☆☆☆☆に色を付けて貰えると嬉しいです。続きや別作品を書く励みになります。どうぞよろしくお願い致します。

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[良い点] なるほどー! そういうこと……! 伏線が回収され、国としてもよい方向へ導かれ、なによりオーカちゃんが、能力だけを尊重されるのではなく、彼女の人間性を愛され、幸せになっていそう♡ おとぎ…
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