第十四話 【守りの聖女】の本性
今回、3500文字超と少し長めです。すみません。
「四重結界が作れるって、とてつもない力じゃないか……」
怒涛の真実に周りの人達は驚きっぱなしだ。だが私の言葉を疑う人はいない。
なぜなら結界を張れる【守りの聖女】は他人の結界を見破ることができるから。それが、ヒナのつけまつげをくっつけていた様に普段は隠匿していて他の人たちには見えない場合でも。
私はあえて結界を張って皆に見せた事で、ヒナの秘密――――――最大四つの結界を同時に張れるが、それを隠しているのを見破ったと知らしめたのだ。それに。
「ああ……だから……」
横にいたエメリン姫から小さく、しかし合点がいったという意味の呟きが漏れる。ヒナが最初の挨拶以降、なんやかんやと理由をつけて【守りの聖女】である王妃に会わなかった理由がこれだ。
本来なら同じ【守りの聖女】同士、王妃に教えを乞えばもっと聖女としての力を増し、国を守ることも出来たかもしれないのに……ヒナはそれよりもご自慢の美しい見た目を維持する努力しかしなかったのよ。
「ヒナ、助けて欲しいなら、まずあなたの全力を尽くしてからよ。私達に……」
私はそう言いながら傍らのエメリン姫を抱き寄せる。
「お、お姉様?」
「……最低でも二重結界を張りなさい。でないと私も安心して王子に近寄れないから浄化が出来ないわ」
「!!」
ヒナは魔物もかくや、といったおぞましい形相で私を睨み付ける。が、背に腹はかえられなかったのだろう。次の瞬間私達の周りにキン、と球形の結界が張られた。
「!?」
「ああっ、聖女ヒナ様の髪が!」
「黒い! やはり瘴気に蝕まれているのでは!?」
後ろから口々に恐れの声が上がる。私は思わず笑ってしまった。
「ふふっ、心配ないわ。あれはね、地毛よ」
「地毛……とは!?」
「あの子は元々黒い髪の毛をピンクに染めていたの。だけど徐々に髪の毛が伸びてくれば根本は黒いのよ。それを結界で隠していたの」
ヒナの美しいピンクのツインテールはもう見る影もない。ピンク部分は色褪せて、カールはとれてダランと落ちている。そして分け目は見事なプリン状態。
まさか頭にぴったり纏うように結界を施して、そこにピンクの色をつけてプリンを隠したり、巻いたカールをキープしていたなんて誰が想像するだろう。だけど異世界に召喚されて2ヶ月、髪の毛はすっかり伸びてきていたし、ここにはブリーチも毛染めもパーマすら技術がない。こうでもしなければ誤魔化せなかったのは理解できるわ。
……でも。それは私がたった一人前線で命を懸けて魔物と戦い、騎士団や魔術師団の皆が必死でサポートしてくれている最中、皆を危険に晒してでも必要な物だったかしら?
「桜花さん! 早く!」
ヒナが悲痛な叫びをあげる。でも私は許さない。
「結界が足りないわね。最低でも二重って言ったでしょ?」
「桜花さんの結界を使って!」
「そしたら皆を守れないじゃない」
「…………!」
騎士達は声を呑んだ。やっとヒナの本性が白日のもとに晒されたので、彼らも理解し始めたのだろう。彼女は可愛く優しい女の子と見せかけて、実は魔物討伐の時に最大でも二重結界までしか使わなかった自己中心的な人間だと。
あのアホ王子が横に居るのがネックになった時なんて、つけまつげが取れた姿を王子に見られるのを恐れて二重結界すら躊躇った。でも自分がピンチになったら皆を守っている私の結界を自分に寄越せと平気で言う。
しかも。ヒナの結界はまだあとひとつあるんだなこれが。
「……ろすぞ」
ぐぬぬとでも言いそうな表情のヒナが何か小さく呟いたかと思うと、私たちの周りにもう一枚の結界が張られる。
「早く! 早くしろ!!」
いつもの語尾を伸ばす話し方とは全く異なる口調でヒナが叫ぶ。その彼女の周りの結界は一枚しかなかった。
私は驚くと共に一瞬感心さえした。彼女はあとひとつの結界を使わず、自分の二重結界の内一枚を解除してこちらの結界に割いたという事。まさに命を懸けてご自慢の美しさの最後の砦を守ったのだ。そこまできたら最早それは矜持と言っていいでしょう。
パリン。
「あっ」
一枚しかない結界が、あっさりと魔物(王子だけど)に握りつぶされた。そしてヒナは瞬時に自分の周りに二重結界を張り直す。まあ、そうするしかないわよね。
その瞬間、ぶちぶちっと音がしてヒナの服があちこち破れ、中から色白のお肉がはみ出す。ヒナの身体は1.5倍ほど膨らんで横に大きくなった。結界が徐々に小さくなっていったのもあって、ヒナは結界の中でかなり窮屈になってきている。
「ああ、聖女様も瘴気に憑かれてしまった!!」
後ろから誰かが……多分大臣ね……絶望の声をあげた。つい先程クライヴ王子の魔物への変化を目の当たりにしたんだから、そっくりなこの光景で勘違いするのも無理はない。私はまた嗤った。
「これも心配ないわ! あの子のは贅肉よ」
「贅肉……?」
「ふふっ。結界って便利よね。身体にきつく巻き付けて細く見せることも出来るんだから。見えないコルセットみたいなものよ。まあ、ヒナは特別結界のコントロールが上手かったから出来たのもあるけど」
「えっ、じゃあ太っ……」
そう。この世界は酒とメシが異常に、いっじょ~~~~に旨いのよね。そして勿論スイーツも。バターと蜜がたっぷりのケーキやクッキー等を欲望のままに食べ続ければ太るのは必至。だけど私は毎日騎士や魔術師達と激しい訓練をし、身体を動かしてカロリーを消費していた。
私はヒナも誘ったけれど、彼女は訓練を嫌がり、しかも豪快に呑んで食べてをしている私が太らないので自分も大丈夫だろうと油断して食べまくったのだと思う。ヒナが召喚されて1ヶ月後には、もう既に彼女は結界で自分の贅肉をぎちぎちに抑え込み、実際よりもかなり細く見せていた。それを私だけは密かに知っていたってワケ。
……せめて、細く見せてる間に節制して元の体型に戻せば良かったんだけど。結界で誤魔化せるからダイエットもせずにスイーツを食べ続けたのよね、あの子……。
「何くっちゃべってんだよ、早くしろ!!」
頬につけまつげがよじれて貼り付き、プリン状態の髪の毛は乱れ、服が破れるほど太った身体で口汚く叫ぶヒナ。今まで皆に見せていたお人形のように可憐な【守りの聖女】サマの姿はそこにはない。
「あ、忘れてた。ヒナごめんね? 一旦結界を解除するわ。後からもう一度結界張って貰うから」
そう言って私は自分の周りの結界に手を当て【守りの聖女】の力で結界を解除する。パリパリ……と小さな音がしてそれは崩れていった。
「! お前ええええ!! 何やってんだよ!! ふざけんなよおおお!?」
ヒナは顔を真っ赤にして叫ぶ。私はそれをさらっと流した。
「だって浄化はプランBでやるしか無いじゃない。私、クライヴ王子にあんな酷い事を言われたのよ? 彼とキスする気にはとてもなれないもの」
「プランB!?」
結界の中のヒナと、私の周りの人達が同時に声をあげる。プランBは魔物の皮膚を切り裂き、中に手を突っ込んで浄化するからだ。
「正確には折衷案かな。剣で斬って深く傷つけて、そこにキスするなら簡単に瘴気を吸えるでしょ」
「しかし、いくら魔物になったからとはいえクライヴ王子を斬るなど……」
躊躇うグリーンさん達。その答えは勿論想定内。
「私が斬るつもりよ。それに【癒しの聖女】のエメリン姫がいるならすぐに治療もできるでしょ」
「ええっ」
「さ、誰か剣を頂戴。そのために結界を解除したの」
渋々騎士の一人が私に剣を手渡す。再度ヒナが球体の結界で私とエメリン姫を二重に包み込んだ後、私は自身で張った四角い結界の中に入ろうとしてふと足を止めた。チャッピーが私の足元にしつこくくっつこうとして結界に阻まれている。私はかがみこみチャッピーに小声で話しかけた。
「ごめんね。チャッピーは今のうちに逃げて」
「ヴルルル!」
「大丈夫。私は絶対死んだり、捕まったりはしないから」
「ガウ! ワワワン!!」
チャッピーは激しく抗議をしていたみたいだけど、結界ナシで彼を魔物との対決に連れて行くなんてとてもできなかった。私は吠える声を無視してエメリン姫を連れ、自身で張った結界に入る。魔物はこちらに一度は意識を向けたけれど、手元の結界を潰すほうが優先順位が上と思ったのかすぐにまた抱え込んだヒナに視線を戻した。
「いやあああ!! 早くしろよ桜花あああ!!」
ヒナの怒号をBGMに、結界の向こう側でハラハラとこちらを見守る大臣や騎士達を眺め、私はすうと息を吸った。
うん、これで暫くは誰にも邪魔されないわね。
「……オーカお姉様?」
可愛らしいアクアマリンの瞳で見上げてくるエメリンの肩を、私は左腕でそっと抱き寄せる。
「ごめんね、エメリン姫。流石にあなたの口にキスするわけにはいかないから許してね」
「え」
「勿論ちゃんと治すわ」
私は右手の剣を振り上げ、エメリン姫に斬りつけた。
ちょっとだけ補足です。
【守りの聖女】の結界は、基本的に意識を向けていないと維持できません。桜花がワインの栓にした細工が寝ると消えるといっていたのはこのことです。
そしてヒナは同時に最大四つの結界に気を配って維持できるので、とんでもない才能です。
自分が張った結界は解除しようと思えば(意識を切るだけなので)いつでも瞬時に解除できます。自分が通り抜けることも意識により可能です。
他人が張った結界は、【守りの聖女】以外には解除できず、攻撃で壊すしかありません。
桜花はヒナの結界に触れば解除できますが、瞬時では無理で数秒要します。逆にヒナは【守りの聖女】としての力が強いので他人の結界は瞬時に解除してのけるかもしれません。





