数年後――結婚式――
春の風が窓辺に掛るレースのカーテンを揺らす。
少しだけ冷たい空気が舞い込むと同時に、ほんのりと新芽の爽やかな香りを室内へと届けた。
徐に眠りから目覚めた私は、隣で寝ているはずの愛しいあの子を探す。
衣擦れの音を立て、滑らかなシーツの上を腕が上下に行ききするも居たはずのそこは既に冷たく、愛しいあの子はかなりまえにベットを後にしているらしい。
「んー。もう起きていたのか……」
不満げに顔をしかめた私は、背伸びをしつつ上半身をベットの上に起こす。
重たい瞼をこじ開けるように、目を擦りながら周囲を見回した。
起きぬけの身体をベットへと移動させ魔法を使い洗浄と同時に服を纏った。
頃合いを見計らったように扉がノックされ入室の許可を出せば、扉から顔を出したのはいつもの無表情を湛えたベルンが、ウィリアお手製の正装をして現れる。
「失礼いたします。シュベル様」
「あぁ、朝食か?」
「そうです。後、ウィリア様から今日は大事な日なのだから、クレグレも遅刻しないでねとの伝言です」
「ふむ。ウィリアはもう向かったのか?」
「はい。アルミス、ルリア、カシリアを伴って先に会場へと向かわれました」
「わかった。では、食事を済ませ私たちも向かうとしよう」
「はい」
先に向かったらしいウィリアを追うように、リビングに降りれば大半の竜たちは既に出発した後のようで、いつもは騒がしいはずの食堂が今日はやけに静かに感じられた。
ダイニングの椅子に座りテーブルに置かれた食事をかき込むよう急いで済ませ、既に準備が整っているらしい残っていた竜達を連れ空魔法を使い約束の地へと移動する。
昔と変わらず、美しくも小さな色とりどりの花が咲き乱れる小高い丘の上には、シュハニベルが思いを寄せるも守り切れなかった愛しい娘ウィスユリアの墓標が建っている。
その前で片膝を付き墓標の首に掛ったロザリオを手に取り、額へと押しつけた。
――ウィスユリア。そなたが居たからこそ私は今日この日を迎えられた。
この命尽きるその日まで、そなたの魂を持つウィリアと永久に共に
ある事を約束する。
今はもういないのだと分かっていても……彼女に話しかけずには居られなかった。
そんな私の心情を慮ってか、皆は何も言わずただその様子を見守ってくれているようだった。
何処からともなく鐘の音が鳴る。それを合図にウィスユリアの墓の横に設えられた祭壇に、巫女が立つと私の名を呼び手招きする。
今日は、待ちに待った。ウィリアとの結婚式だ。グリンヒルデの崩壊から二年の月日が流れウィリアは女性らしく、そして少しだけ大人っぽくなったように思う。
毎日共にいるからこそ、分かり難い部分で彼女はゆっくりと大人になったのだと考えた。
出席者は、仲間の竜たち。
アルシッド皇国から皇王と第一皇子とリーシャそれに、宰相とガラド、セル。更に、レッサーヌヌキこと、ガルゼル・アンドレ・ヌクリスだ。
学園からは、副学長のサシム、学長のニルク。
セルスティア王国からは、国王と王妃、そして生まれたばかりだと言う第一王女のリン。ハロウ、キリク、マギ、リーヤが参加している。
更には、元グリンヒルデ=現ビュール王国からガイアスとその従者が複数名訪れてくれた。
各々が今日を祝うため数日前から屋敷に滞在していたので今更ではあるが、感謝を示し目礼をしておいた。私が巫女の前に立つと同時に、正装した参加者たちが切り株に座る。
合図となり木々の間から美しく着飾り、ヴェールを被るウィリアが、正装し緊張した様子のジオールに腕を添え一歩、一歩、私の元へ歩いて来る。
今日この日の為に誂えさせた花嫁衣装。
幾重にも重ねた白いレース。そのレース一枚、一枚、に美しい蔦やウィスユリアの花が一刺し、一刺し縫い付けられている。
出来あがりを見ただけでは分からなかったが、遠目にそのドレスを見れば刺繍が折り重なることで竜が模られているのが一目で分かるようになっていた。
ゆっくり進む二人を眺めながら、その一歩ずつ進める歩が、まるで私たち二人の時を示すようで……無性に目頭が熱くなった。
「泣くのは早いですよ?」
「分かっている」
祭壇に立つ神殿の巫女が不意に私へそう言葉をかけた。
そんなこと言われずとも分かっている……分かっているが、この思いはどうしようもないのだ。
不意に思いだされた今生のウィリアとの日々――。
「とーたま。うーあは、とーたまがだーいしゅき」
――言葉を覚えたばかりのウィリアが、初めて私に親愛を示してくれた言葉。
「うぃりあは、しゅーべるおとうしゃまが、だいすき」
――初めて名前の由来となったウィスユリアの花を見に行った時にくれた親愛の言葉。
「しゅべるお父様。大好きです」
――初めて、料理を作ってくれた日に褒めたら抱きついて来た時にくれた親愛の言葉。
「シュベルお父様」から「シュベル様」とウィリアの呼び方が変わり、彼女が私の名を呼ぶ度、私の中で彼女の存在が娘から愛しい娘へと変わり、大きくなっていった。
私がその思いに、気持ちに気付くまで幾度となく彼女は私へ自身の気持ちを伝え示してくれたのに、それに返すこともせず沢山の不安を抱かせてしまったことだろう。
それでも、彼女は鈍感な私に呆れもせず、諦めることなく愛を示してくれた。
――彼女を構成する全てが、愛しい。
「シュベル様。孫をっ、孫を不幸にしたら許しませんぞ!」
「あぁ。約束する。だから、いい加減泣くのを止めろジオール」
この結婚式が決まってからと言うもの、ジオールとデイハ、カシの誰かが常に泣いていると言う状況だった。別に、結婚式を行ったからと言って、今までと何も変わらない。
屋敷を出る訳でも、塒を変えるわけでもないのにだ……。
感極まったようにジオールがオイオイと声を出し泣くのをなんとか宥め、迎えに来たルリアに頼み席に戻らせた。
漸くウィリアと二人祭壇に立つ。それを見た巫女が頷き、祝詞を唱えた。
その声音に抑揚は無いがよく通るすきとおる声で、私たち二人を祝福し神々へ報告するものだった。目を瞑り、ウィリアと二人彼女の声に身を任せた。
頭の中で僅かに「おめでとう~」と言うカルミティアル様の声が聞こえた。それは祝福する言葉だったように思う。
巫女の祝詞が終わり、ウィリアと二人皆の方を振り返り誓いの言葉を声に出す。ウィリアと二人何度も考えた言葉だ。きっと皆にも私たち二人の思いが伝わるはずだ。
「我、シュベル・クリム・ハーナスは……。
この命尽きるその時まで、ウィスユリアただ一人を妻として愛し、敬い。
いついかなる時も守ることをこの場に居る皆に誓う」
「私、ウィスユリア・ハーナスは……
この命尽きるその時まで、シュベル様を思い、案じ、敬い。
いついかなる時も愛することをここにいる皆さんに誓います」
誓いの言葉を言い終えたウィリアに向き直り、番の証となる指輪の交換をした。
私の鱗を削りそれに銀のウィスユリアの花が施されたペアリングだ。
ウィリアの震える指先が無事に私の左手の薬指に指輪を嵌めたところで、彼女の被るヴェールをあげる。
美しい紫の瞳が私を見つめたかと思えば、潤んだ瞳から零れた滴が一筋の線を頬に描き閉ざされる。
ほんのりと色付いた紅が注され唇に、自身の唇を被せ夫婦となった証を皆に見せた。
「このよき日、ひと組の夫婦が誕生した。皆、大いに祝い二人を祝福いたしましょう!」
口づけを終えより早く、巫女が皆に言葉を発し盛大な拍手と雄叫びがあがった。
オイオイと声をあげ感動に泣き咽ぶジオール・デイハ・カシ。
漸くかと言う顔で私たちを見る、ベルン・カシリア・アルミスたち。
これでもかと目一杯の拍手を送り、笑い合う人族の友たち。
とそこに、一陣の風が吹いたかと思えば、数え切れないほどの白い花弁が天よりヒラヒラと舞い降り私たちを祝福してくれた。
「きっと、カルミティアル様ですね」
「あぁ、きっとそうだ」
微笑むウィリアのヴェールに乗った花びらを指で摘み、彼女の言葉に同意した。泣きじゃくる仲間の元へとかけて行く愛しい妻を見つめ。
私は花弁の送り主へと決心にも似た言葉を心の中で呟いた。
彼女と再開を果たし過ごした日々は18年。
これからきっと、沢山の出会いと別れを繰り返すだろう。
時には喧嘩もするし、その度に話し合い仲直りをしながら。
これから数千年の時を共に過ごすのだ。
何度も迷い、決断を迫られたとしても。
私は二度と間違うことは無い。
隣に彼女が居てくれる限り、私は彼女を愛し続ける――。
Fin
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