シュベルとウィリア
/シュベル
視線を動かし、愛しいウィリアの顔を見つつ魔力の残量を確認するため、白く細い指先に触れた。
ピクリと痙攣するように動くと、隠されていた紫苑色の瞳が徐々にその色を露にする。
「……しゅ、べるさま」
目覚めたばかりなせいか、少し気だるげなトロンとした視線を私に向ける彼女と視線が合ったと同時に、少しかすれた声で私の名を呼ぶ彼女の指先を握り、左手を頬に添えれば、徐々に意識が鮮明になったのか紫苑色の瞳が潤み、目尻から雫が流れ落ちた。
「おかえり。ウィリア」
「ふっ……うぅ……」
ボロボロと涙を流すウィリアの目尻を拭ってやりながら、落ち着かせようと頭を撫でようとするも手を握っていたため撫でてやる事が出来ず、握り締めた手の甲を親指で擦れば。ベットから起き上がり、私の胸へと飛び込んでくる。
久しぶりに感じたウィリアの体温を、逃がさないようしっかりと抱きしめ、その髪を梳き撫でた。
握っていた彼女の手を持ち上げ、その指先へ口付けを落とす。
それは徐々に、腕や肩、首へと移動し額、頬へと向う。
涙に濡れた顔をあげたウィリアの瞼へ口付けを落としたところで、ふふっと彼女が笑い声をあげた。
泣きながらもくすぐったさに笑ってしまったような状態なのだろうと考えながら、彼女の唇へと口付けを落とせば、驚いたように目を見開いた後、静かに瞼が閉じた。
何度も啄ばむような口付けを終え、泣き止んだらしいウィリアから、自分が魔法を使った後の話しを聞きたいと言われ、屋敷へ連れて帰ったところまでを話して聞かせた。
「その後はどうなったの?」
「それは……」
言葉を濁す返事を返した私に、彼女は真剣な眼差しで全てを話して欲しいと懇願した。それでも渋る私に「何を聞いても嫌いになったりしません」こう言うと、口をギュッと結び聞く体勢を取ってしまった。
仕方なく、彼女が驚かないよう嘘や偽りを入れず、全てを話して聞かせた。
デイハや元南の竜たちがグリンヒルデの王城へ体当たりをしたと聞けば、その身を案じる表情になり、言葉を発し心配してくれた。誰にも怪我は無いと伝えれば、ふーっと息を吐き出し、胸を押さえ安堵の表情を見せた。
グリンヒルデが今後、ガイアスの統治下に入ることや王族を私たちの手で殺したことを話せば痛ましそうな表情を見せるも、その瞳に忌避感は無く何度も頷き自分なりに受け入れてくれたようだった。
全てを語り終わり、彼女へ謝罪の言葉を吐き出せば、ゆっくりと頭を振る。
「シュベル様たちが、謝ることじゃないです。人族が……悪いのだから」
そう言って黙るウィリアの考えが手に取るようにわかった。
自分もまた、人族であることを彼女は是とできないのだろう。側にあるべきではないと考えているのだろうと思い。私は自分の思いを伝える。
「私は例えウィリアが人族であったとしても、側にいて欲しいと思っている。
もう二度と、あの時のように私の側を離れないでくれ、そなたと離れることなど私にはできないのだ……」
「シュベル様」
伝えたい気持ちはあれど、上手く表現出来ず離したくないと言わんばかりに、ギュっと彼女の身体を抱きしめた。
それに答えるよう私の名を呼ぶ。
暖かな体温が私を包み込むと花のような香りが鼻腔を擽り、気持ちを解してくれた。
「後悔してもしりませんよっ……」
「あぁ。望むところだ」
少しだけ震える彼女の声に、答えつつ身体を離しほんのり赤くなった頬に触れ、新しくできたばかりの濡れた筋を拭きとり、唇を寄せ合い優しく彼女を抱きしめその熱を感じたいと、倒れ込むようにベットへと沈み込んだ。
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月明かりに照らされ、静かな寝息を立て眠るウィリアの顔を見つめながら、私がシュハニベルとして彼女と出会い別れたことを思い出す。
あの当時の私は、心動かされる事なくただ生きていた。
王竜となり1000年が過ぎた頃だったと思う。
その日たまたま空を飛んでいると、少女の叫び声が聞こえ様子を見れば獣魔に襲われる少女がいた。
人族とかかわると碌なことがないと仲間が言っていた。その為普段は決して人族には近づかないのだが……その日は何故か、少女を助けてみようと思った。
助けてみれば、特に礼を言うわけでもなく黙りこみ、私に怯えているようだった。
あぁ……やはりこの人族も同じか。と思っていれば、手を彷徨わせ木の幹へと触れるとそれを支えに震える足に力をこめ立ちあがる。
スカートの裾をを払い、その手で持ち上げカテーシーをしてみせる。
「どなたかは存じませんが、私を助けていただき心よりお礼申し上げます」
そう言うと、深く頭をさげたまま微動だにしなくなった。
《ふむ。礼を言えるとは中々面白い人族だ》
思念を通し彼女へ伝えれば、驚いたように顔をあげる。その娘の目に光がないことに気づいた私は、冗談めかして「お前の目を治せる竜の血があるぞ」と言ってみた。
すると娘は、クスクスと笑い「不要です」と答える。人族の娘にしては、気概があり面白い娘だと思った。興味を持った私は、その日を境に、1年に1度だけ彼女と再会し話すようになる。
彼女がここへ1年に1度しかこない理由を知ったのは、出会ってから5年ほどたった頃だ。ここは彼女の産みの母が眠る場所だと教えてくれた。ポツポツと自身のことを語る彼女の話しを、私はたまに相槌をうつことで聞いていた。
父王に見初められた身分の低い母との間に産まれた子であること、そのせいで父の妻や兄、姉から疎まれていることなど沢山の話しをしてくれた。
そんな兄弟や親を殺したいとは思わないのか? と聞けば、思わないと微笑みながら首を横に振った。
彼女と過ごす時間が徐々に私の中で幸福へと変わりはじめたのはいつの頃だったろうか?
長い年月が過ぎ、その日も当然のように彼女に会うため、花々が咲き乱れる小高い丘へと移動した。
いつものように質素ながらも見目麗しい姿を見せた彼女が母へと祈りを捧げる。
それが終わるのを見守り待っていた私の側へ、彼女が座るといつものように話しをはじめた。
その日の帰り際、彼女が突然私の前足へと触れた。
驚きに目を見開き、固まった私へ彼女は、その顔を向けると静かに口を開いた。
「貴方様にお会いできるのは……今日で、最後です」と――。
何故かと聞けば良かっただろうに「そうか」とだけ答えるので精一杯だった。
そうして去る彼女を見送り、ひとり塒に帰った私は、彼女への恋心を自覚した。
馬鹿だと己を責め、後悔する日々を過ごしていたある日、ハタと思いついたのだ。
側にあれないのであれば、せめて私の鱗を身につけて貰おうと。
急ぎ作り上げたのは、彼女を守るよう魔法を籠めた耳飾だった。
出来上がったその日の内に、塒から飛び出し彼女の元へと飛んだ。
視界の先に見える地平から陽が顔を出す頃漸く、以前聞いていた彼女の住む城へと辿りついた。
彼女を探すため視線を巡らせれば、多くの人族たちが城の北にある丘へと集まっている。
もしやその中に彼女がいるかもしれないと、丘の上を注視すれば、人に囲まれた中央に白い布を着た彼女を見つた。
《ウィスユリア。そなたに渡したいも――》
漸く逢えたと、喜び握った耳飾を渡そうと彼女へ思念を飛ばした。
刹那、彼女の側に立った男が、何事か伝えると、反対に居た騎士が彼女の首を切り離した――。
起伏に疎かったはずの私の感情が、彼女の死に際を目にした瞬間一気に噴出した。
腕の中で眠るウィリアがモゾモゾと動くのを感じて、思考を止めて視線を彼女へと向ければ眠そうに目を擦り瞳をこちらへと向けると掛け布団を口元まで引き上げた。
「シュベル様……ずっと起きてたの?」
「あぁ。ウィリアの寝顔を見ていた」
「もぅ……恥ずかしいじゃないですかっ」
「愛してる。私の命尽きるその日まで、ウィスユリアお前を愛しているよ」
心からの言葉を彼女に伝え、照れ布団を頭まで被り丸まってしまった、ウィリアを後から抱きしめれば、顔を覗かせ「私もシュベル様を愛しています」そう言うと、私の腕の中へと戻って来る。
月が太陽へとその位置を譲り、煌いていた星たちが静かになりをひそめる。
それと時を同じくし、塒からオス竜たちが飛び立ち狩りをはじめる。
屋敷のキッチンでは、メスたちが愛しい娘のために栄養のある食事の支度はじめた。
いい香りが屋敷へと立ちこめる頃
「シュベル様、ウィリア様、そろそろお食事の時間ですよ」
そう言ってノックもせずに扉を開けたアルミスが、私たちの姿に慌てて顔を背けると、2人顔を見合わせ笑った。
ウィリアへ向き直り手を差し出せば、左手を差し出したウィリアが驚いた表情を見せた。
「シュベル様……これ……」
「気に入らなかったか?」
自身の左手を凝視していたウィリアが、嬉しそうに笑う。
彼女が眠っている間につけたのだが……どうやら喜んでくれたらしい。
「ウィリア」
彼女の左手を握り、名を呼べば微笑を深くする。
「参りましょう。シュベル様」
「あぁ」
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/カルミティアル
水盆の中を覗きながら、満足そうに微笑んだ僕は二人の愛し子たちにぽつりと呟いた。
「ふたり共。もう二度と離れちゃダメだよ」
僕の世界に産まれ運命を捻じ曲げられた二つの魂。
本当ならば、濡れ衣を着せられ処刑される寸前だったウィスユリアを、シュハニベルが救い出し結ばれる運命だった。
けれど……元副神が、シュハニベルに干渉したことによって目の前で、ウィスユリアが死ぬと言う運命に捻じ曲げてしまう。
ウィスユリアは、死後記憶を奪われ別の世界へ魂ごと送られた。
シュハニベルは、自身の記憶を奪われ永遠に苦しむ運命を与えられてしまった。
僕が気付いた時には時既に遅く。
怒りに副神を消したけれど……運命を捻じ曲げられた二人は、僕が介入しなければ永遠に結ばれることのない状況にまで追い込まれていた。
漸く見つけた彼女の魂は、疲れ果て根源ごと燃やしそうなほど酷く弱っていたし。
シュハニベルの奪われた記憶は、この世界の理から外れた、追憶の空と言う空間に閉じ込められていた。
そこで僕はふたりを再びめぐり合わせることにした。
全ての記憶を無くしたふたりが、互いに惹かれ合うように――。
「ふ~。漸く時が戻る……ふたり共、ここからが本番だからね」
ーーーーー―ーーーーーー 完 ーーーーーーーーーーーーー
あとがきみたいなものです。
皆様、はじめましてaoと申します。
竜達の愛娘を、最後までお読みいただきありがとうございました。
処女作を無事完結させることができましたこと、心より感謝申し上げます。
作中、誤字、脱字が多く読み難いこともあったかと思います。
誠に申し訳ありませんでした。
愛娘の本編はこれで終わりになりますが、いずれ閑話としてふたりのその後などを書かせていただくつもりです。
その際は是非、また読んでいただけると嬉しいです。
約2ヵ月半と言う長くもあり短くもある期間ではありましたが、お付き合いいただいた皆様にお礼を申しあげます。
本当にありがとうございました。




