67話
「ボス部屋か……」
広間のテーブルに集まり、パステルから今日の探索の報告を受ける。変異種が現れた事には驚いたが、機転で乗り切ってくれたのは嬉しく思う。
ボスまで進めたとしても、今の俺では戦力にならないだろう。自分がそれを一番解かっている。
それでも、俺は戦いに参加したい。自分自身が役立たずになるのは辛かった。
「なぁ、俺も参加……」
「駄目です。今の主様では……」
「そう……だよな……」
俺の言葉を遮って、パステルが冷静に判断を下す。俺の事を想って言ってくれているのは解かる。また、俺が参加したら完全に足手纏いだろう。
パステルだってそういう判断を俺に告げるのは辛いと思う。それ以上に俺が死ぬ所を見たくは無かったのだろう。
「ご主人様。代わりに私が戦う」
「……ティア?」
後ろからティアが俺の肩に手を置いて言ってくる。まだボスの存在を確認していないのに、そんな事を言っても大丈夫なのだろうか。
ゴースト系がボスだったらどうするつもりなのだろう。
「ご主人様も苦手な事に対して頑張ろうとしている。だから私も頑張りたい」
「……そうか……」
ティアも苦手な事に対して前に進もうとしているようだ。
笑顔を少し引き攣らせながらそんな事を言われたのでは、パステルだって嫌とは言えないだろう。
「解かりました。それに、ボスはスカルドラゴンです。スケルトンならティアも大丈夫だと思いますし」
「うん、問題ない」
ティアは明らかにホッとした表情でパステルの言葉に頷く。前向きに進むと言う話はどうなったんですかね?
やっぱり苦手なモノは苦手だよな。俺だって普通に戦闘が出来るようになったとしてもゾンビの相手はしたくない。
「ボスの詳細は明日にしましょう。私とリムは怪我の治療もありますし」
「どこか怪我をしたのか? 気が付かなくてすまん」
「もう大分楽になっとるよ。触ると痛いんじゃがな」
リムは怪我の具合をそう答えてきた。どんな怪我をしたのだろうか。ここから見る限りではそんな様子は無い。
拠点に戻ってきた時点で、服や防具は自動的に修復される。それだけにどこを怪我したのか分かり難いのだ。
「治療薬を探すから、どんな怪我だ? 傷ならベッドで十分だと思うが……」
「火傷じゃよ。魔法を少々受けてしもうたんじゃ」
怪我の具合を聞くと、火傷らしい。俺も以前火傷をした時はベッドに寝ても治る事はなかった。バッドステータス扱いだかららしいが……。
いや、バッドステータスなら治療薬があるんじゃないか?
「ちょっとPCで調べて来るよ。2人とも安静にしていてくれ」
「はい、私たちはこのままボスの情報を探します」
俺は席を立ち上がるとPCまで歩いていく。ネクとタリスがコタツの部屋へ移動するのが見えた。タリスは珍しく無言だったが、何かあったのだろうか。
PCまで移動すると、売買リストを調べる。薬品でも湿布や軟膏といった即効性のない物は普通に売っている。
回復薬のようにすぐに効果があるのならそれに越した事は無いのだが、そういった品物は作れる種類が限られており、その中に火傷の治療薬は無かった。
DPもいつの間にかPCに振り込まれているようで、結構な金額になっていた。多少薬品を購入しても問題は無さそうだ。
火傷用の軟膏を購入するとテーブルへ向かう。パステルとティアが談笑しているようだ。リムはどこに行ったのだろうか。
俺が近付いて来た事に気が付いたのか、2人は話を止めてこちらを向いた。
「主様、見つかったのですか?」
「ああ、あったよ。軟膏だから塗ってやろう」
「いえ……ティアにお願いしますので、大丈夫です」
軟膏を見せながら言うと、パステルにやんわりと拒絶された。湿布の時もそうだったが、そういう目的以外で触れられるのは駄目なのだろうか。イマイチ基準が解からない。
軟膏をティアに渡すと、パステルが逃げる様にティアを促しながら、俺たちの寝室へと向かっていった。……リムは良いのか?
「ぬ……主、2人はどうしたのじゃ?」
「火傷の薬を塗りに行ったよ。リムは……」
「うむ、まだ痛いぞ。効くのなら早く使って欲しいくらいじゃ」
どうやらリムはトイレに入っていたようだ。パステルが駄目でもリムがいるじゃないか。
もう1つ買っておいた軟膏をリムの目の前に取り出して見せる。
「おお、それが軟膏か」
「そうだ。塗ってやるから寝室に向かおうか」
そう言ってリムを連れて寝室へと向かった。どれくらいの火傷なのかは解からないが、少なくとも歩けるくらいだ。そこまで酷い訳ではないのだろう。
リムはベッドの端に座るとこちらを見上げるように見てくる。見た感じでは顔には火傷の跡は無いようだ。
どんな攻撃を受けたのかは知らないが、少なくともこの綺麗な顔に傷が付くような事は避けたらしい。
「主?」
「ああ、すまん。火傷はどの辺りだ?」
顔をジッと見ていて訝しげに思ったのかリムが呼んで来る。俺は慌てながら火傷の場所を聞いた。
そうすると、リムが上着を脱いで下着姿になる。前に下着を見た時は恥ずかしがっていたよな? これは治療行為だから気にしないのだろうか。医者の前で脱ぐのを当たり前と思うような考え方なのかも知れない。
「こことこの辺りじゃ」
「腕と脇腹か。赤くなっているな」
軟膏を指に付けながら患部を見る。水脹れや肌が爛れるほど酷い訳ではなさそうだ。これくらいの火傷なら跡も残らず消えるだろう。
そもそも火傷が治療されればベッドでの治癒が発動するので、傷は残らないんだけどな。
「まずは脇腹からやろう。手を上げてくれ」
「痛いから……優しく頼むぞ?」
リムは上目遣いでこちらを見てくる。これは反則だろう。ちょっと意地悪をしたくなってしまうじゃないか。
俺はリムの隣に座ると、患部を良く見る。そして、少し赤くなった部分に息を吹きかけた。
「ひゃぅ……あ、主? 一体何を……」
「ああ、触れる前にちょっと様子を見たかったんだ。ほら、いきなり触れると痛いかもしれないだろう?」
敏感になった肌に息を吹きかけられてリムは変な声を出す。俺がその理由を適当にでっち上げると、リムは仕方ないとばかりに口を噤んだ。よし、良い流れだ。
さすがに舐めてみたいとかそういう気持ちはあるが、さすがにこれ以上遊んで痛みを長引かせる訳にも行かないだろう。
指に付けた軟膏を患部に軽く塗っていく。馬油の様なぬるぬるした軟膏を腕と脇腹に塗ると、リムはすぐに服を着てしまう。全身に塗ってやりたかったのに、とても残念だ。
「他には無いのか?」
「……主に任せると不安じゃ……」
リムがジト目でこちらを見てくる。早くも遊んでいたのがバレてしまったのか? 先ほどの理由も誤魔化せていたようで出来ていなかったらしい。もしかして、パステルが拒否した理由は、これなんだろうか。
上半身が終了したという事は、次は下半身だったのだろう。シリ、フトモモである。どうやら、俺は悪戯をするタイミングを誤ってしまったようだ。こんな好機を逃してしまうなんて……。
「主、軟膏を」
「……はい」
リムに軟膏を渡すと、それを指に付けていた。俺はジーとその姿を眺める。リムの下半身は、スカートとは言え捲らずには塗る事は出来ないだろう。
自らスカートをたくし上げて下着を見せてくるなんて、そんなチャンスを逃す手は無い。
「主、部屋を出て行ってはくれぬか?」
「む……解かったよ」
そこには羞恥心があるのか、リムはそう言って俺を追い出す。血を与えた後は好き勝手に触れる機会もあるし、もっと凄い事も出来る。だが、それはそれ、これはこれである。常にそういう場面を逃さないのが、紳士としての嗜みではないだろうか?
だが、本当に拒絶している事を無理やり押し通すのは違うだろう。やはり、本当に嫌がる事はしてはならない。今後の為にもな。
☆ ☆ ☆ ☆ ☆
「ねぇ……ネク。強さって何なのかしらね?」
『突然どうしたの? 哲学書にでも影響された?』
コタツでテレビを見ていると、突然タリスがそんな質問をしてきた。変な本に触発されてしまったのだろうか。タリスって影響されやすいんだよね。
そう思いながらタリスを見ると、かなり真剣な表情でこちらを見ていた。今回は本当に悩んでいるんだろうか。
「違うわよ。あたしの力の限界を感じてきてしまったの……」
『確かにフェアリー種は、腕力も魔力も低いからね。でも普通のフェアリーに比べたら十分強いと思うよ?』
普通のフェアリーとは言ったが、知っているのはウルリカだけである。あの子は無詠唱に詠唱予約、複数の魔法を同時に展開するという才能の持ち主だった。
いや、あの子と比べたら殆どの魔術師が弱いんだけどね。フェアリー全員がウルリカ並の強さを持っていたら、今頃世界はフェアリーによって征服されてそうだ。
「それでも……リムやパステルを見ていると……比べてしまうと辛いのよ」
『エルフとヴァンパイアじゃないか。そもそも種族として勝てないと思うよ』
私自身は生まれ持った異常とも言える魔力の高さがあるが、そうでなければパステルやリムと並んで魔法を使うなんて出来ないだろう。
それだけ種族の差による魔力量の違いは大きい。フェアリーも普通の人間よりは魔力が多いのだが、あくまで人間と比べればである。
『種族……か……。タリス、もしその種族の差を埋める事が出来るのだとしたら……どうする?』
「え? そんな方法あるの!? 教えて!!」
昔、ウルリカから聞いた上位の精霊になる秘薬の事を思い出して紙に書いてみた。すると、タリスは飛びつく様にそれに反応する。
それだけ切実な事だったのだろうか。確かに自分自身が、これ以上役に立てないと考えるのは辛いだろう。
先ほどのスズキを見てもそうだった。表では、仕方ないと愛想笑いをしていたが、その内心はかなりの焦りを持っていると思う。
私だって過去にそう思っていた事はある。私よりも遥かに強かった戦士団。彼らの役に立ちたいのに立てないもどかしさは解かる。
『秘薬を飲む事で、上位の精霊になれるんだ。だけど、上手く素材を集める事が出来たとしても義務が課せられる事になるよ』
「義務?」
秘薬の話を聞いた時に、ウルリカから教えてもらった事だ。上位の精霊という存在は神の代行者である。その義務は、人間を管理し悪い方に行かないように誘導する事らしい。
この迷宮に居る限り人間も何もないが、もしこの先に世界があったのだとしたら、あるいはスズキと別れてあの世界に戻れたとしたら……その義務を全うしなければならないかも知れない。
『うん、義務。もしかしたら、スズキと別れないとならなくなるかも知れないよ?』
「……それでも……あたしは、マスターの役に立ちたい……」
私が書いた文字を見て、タリスが悲しみを含めた笑顔でそう答えてきた。そこまで決意が固いのか。
なら、私がする事は1つだけだろう。
『なら、作り方を教えるよ。いい?』
そうして紙に秘薬の作り方を書いていく。大分前の事だけど、ウルリカとの思い出は全部覚えている。
1つ1つ間違えないようにしっかりと書いていく。
あの頃を思い出しながら……。
新しい友達の行く末を案じながら……。
☆ ☆ ☆ ☆ ☆
翌日、ミーティングの時間になり、皆がテーブルに集まってくる。パステルもリムも火傷はもう大丈夫らしい。軟膏が効いたのか、異世界人の治癒速度が速いのかは分からない。
「さて、今日はボスを討伐する事になります。主様の代わりに私が説明をさせて頂きますね」
パステルはそう言うと全員を見渡す。誰も異論は無い。こういう事は出来る人がやるのが一番良いのだ。
「まず、ボスの種類はスカルドラゴンです。ドラゴンの骨格のみのモンスターになります。ブレスは無いものの、単純に力は強くその攻撃は回避しないと危険でしょう」
「ブレスが無いって事は、遠くから魔法を撃っているだけじゃ駄目なの?」
パステルがドラゴンに関する説明をする。そして、タリスがそのような質問をしてきた。確かに、ブレスのないドラゴンには遠距離攻撃がない。遠くからチクチク攻撃をしているだけで十分倒せそうではある。
と言っても、この迷宮のボスがそんな単純な攻撃で倒せる訳が無いんだけどな。
「それは有効な手に思えますが、このドラゴンは一般的なスケルトンとは違い、動きがとても素早いのです。恐らく遠距離で逃げながら攻撃してもすぐに追いつかれてしまうでしょう」
「なら、空からは?」
「空中は安全です。タリスは飛んで魔法を撃つのが一番良いかもしれませんね」
どうやらこのスカルドラゴンとやらは、高速で走り回って攻撃が出来るらしい。4階層の雷龍も最後に走り回った時は結構速かった。火事場の馬鹿力かと思ったが、ドラゴン種は動きも速いのかも知れない。
しかし、空からの攻撃が大丈夫って事は、全員空を飛べる種族で戦えば弱いのではないだろうか?
もし駄目だった場合は、フェアリーを集めて戦うという手も有りなのかも知れない。育成にかなり時間がかかるが。
「基本的に魔法に弱いらしいので、そちらが主力になると思います。ネクとティアは、私たちに攻撃が来ない様に牽制をお願いします」
「ん、解かった。でも、攻撃が通らないのは残念」
『相手を攻撃する必要が無いのなら、十分行けそうだね』
ティアとネクという防壁を作って、魔法攻撃をする作戦で行くようだ。下手に通用しない攻撃に参加するよりも、後衛に攻撃が行かない様に押さえつけた方が効率は良さそうではある。
「危険と判断したら詠唱を中断して回避に専念してください。では、準備をしましょう」
「うむ。儂の魔法を存分に味合わせてやるのじゃ」
パステルがミーティングをそう締めくくると、リムが胸を張りながら答える。仲間にしたばかりなのにもう戦力として考えられるほど成長しているのか。
俺が見ていない間に、皆どんどん成長しているようだ。
いつもの様に皆が防具を付けていく様子を見る。ああなる前は、俺もあの中に入っていた。だが、今の俺では……。
拳を握り悔しさに耐える。自分の不甲斐なさに情けなくなる。
「では、主様。行ってまいります」
「朗報に期待するんじゃぞ」
そうしている内に、皆の準備が整ったようだ。パステルとリムが俺に声をかけてくる。
皆これから戦場なんだ。笑って送り出さないと……。
「ああ、楽しみにしているよ。頑張ってくれ」
俺は精一杯の笑顔を作って言う。皆はそれを受けてボス部屋へと転移して行った。
「スズキさん。もう良いよ」
「え?」
コクが俺の肩に手を置きながら言って来る。無理して笑っているのがバレてしまったのだろうか。
全力で演じたつもりだったんだがな。
「なぁ、コク。ちょっと手伝ってくれないか?」
「うん、良いけど……何をするのかな?」
コクはこちらを見上げながら聞いて来る。俺がやろうとしている事は単純だ。ただ、剣を振るそれだけだ。
その為には、昨日の鎧が必要になる。本当は1人でやりたかったが、起動スイッチが外部にあるからどうしようもない。
努力している姿を皆の前で晒すのは気恥ずかしい。
「そうだね。感覚を取り戻すという意味では良いかも知れないかな」
「出来る事は試したい。調整を頼むよ」
「うん、調整してくるね。すぐに終わると思うから待ってて」
説明をするとコクはすぐに納得してくれた様だ。そう言うとすぐに地下へと走って行く。
俺は訓練所に向かい、コクが来るのを待つのだった。
「スズキさん。そろそろ時間が切れるよ」
「解かった。すぐに停止して外してくれ」
俺は、パワードスーツの動きを止めて仁王立ちになる。持っていた剣と盾はそのまま下に落とす。
先ほどまで安全な場所で見ていたコクが走り寄って来た。この感覚が体に残っている間に、忘れない内に剣を振れる様にならないと。
すぐに鎧を脱がされて外に出る。俺は落ちていた剣と盾を拾うと剣を振る。以前とは、感覚が違う。やはり、簡単には行かないようだ。
だが、諦めるつもりは無い。戦えない悔しさ、仲間と一緒に探索を出来ない寂しさはもう味わいたくはない。
剣を振りながら考える。
今まで自分が弱いのは、現代の人間であるせいにしていた。俺はここに来るまで、剣道くらいでしか武器を握った事なんて無かった。剣道と言っても学生のお遊びの様な技術だ。本格的な訓練をした訳ではない。
だが使い魔の皆は、異世界に住んでいたのだ。だから、戦いに関しては俺たちよりも慣れているはずだ。
身体能力も人間より遥かに優れ、戦闘行為との相性が良いと決め付けて自分が弱いことが当然だと諦めていた。
今までの皆との生活も終わり、いつかは自分の世界に帰る事になるんじゃないかと思っていた。帰れなくても、探索に詰まっても、このままぬるま湯の様な生活を続けても良いじゃないか、と思っていた。
だが、そうじゃない。俺は、ただ逃げていただけだ。いつでも逃げられると思い込んでいた。
これじゃ、前に進める訳が無い。
仲間たちが、俺の復帰を願って行動してくれる。最初はその期待が辛かった。いつまでも進めない俺自身が情けなかった。
力が足りない、知識が足りない、魔力が足りない。そうじゃない。
そんな事よりも、俺には覚悟が足りないだけだったんだ。
必死になって、死ぬ気になって行動すれば出来ない事は無い。そう信じる事が必要だったんだ。
だから俺は、剣を振り続ける。だから俺は、疑わずに振り続ける。以前の様に……いや、以前よりも強くなる為に。




