66話
「大分探索が出来ましたね」
「そうね。でも、マスターがいないとここまで面倒なんてねぇ……」
あたしたちは、マスター無しで2階を探索していた。基本的に敵はゾンビとレイスだけなので、戦闘自体は問題なかった。
たまにヴァンパイアが出てくるけど、単体だし倒せないほど強い訳じゃない。他のゾンビとかと一緒に居る時にヒヤッとする場面があるくらい。
それよりも、マップが無い事の方が辛かった。いつもマスターに位置の把握を任せていた為、マップを書くという習慣が無かったのだ。
適当に歩いて迷ってからそれに気が付くという間抜けっぷりだった。
「マップも大分完成してきました。それにユニークモンスターは居ないみたいですし」
「マスターの仇を討ちたかったんだけどね~」
拠点で留守番をしているティアの話では、マスターは剣を握れないほどに傷付いてしまっているらしい。
そこまで酷い事をした魔物を許してはおけない。だけど、マスターが居ないと出現しない相手ではどうしようもない。
コクがマスターの治療の為になにやら画策しているらしいが、余り期待しない方が良いだろう。嫌な予感しかしない。
「フッフッフ……儂のレベルも一杯上がったのじゃー」
『バラつきが大きいけどね。スズキが居ないと皆のレベルの上がり方がバラバラだ』
毎日拠点に帰ってから、どれくらいの違いがあるのか調べていた。倒した人しか経験値が入らないらしく、レベルの上がり方がバラバラだ。
最初に遠距離を放ってから戦うスタイルだったので、ネクのレベルが全然上がらなかった。
それを知ってから、バランスを整える為に全員で遠距離を放つようにしている。
リムを戦力に据える為に一番魔法を撃ってもらった結果がリムのレベルの急上昇だった。
「均等に入っていた経験値がリムの方に入って行った感じかしらね。やっぱりマスターがいないとレベル上げも面倒臭いわねぇ……」
「ええ、まさか誰が倒すかまで、考えなければならないとは思いませんでした。今は弱い相手だけなので調整は出来ますが、今後は主様が必須ですね」
『そろそろ休憩を終わりにしよう。もう少しでこの階も攻略出来そうだよね?』
パステルと経験値の話をしていると、周囲を警戒していたネクが文字を見せてくる。思ったより長く休憩をしていたみたいだ。
私たちは立ち上がると外していた装備を装着していく。と言っても、外したのは小手くらいだけど。
「それでは、残りを探索しましょう。最後まで油断はしないようにして下さい」
パステルの言葉を受けて私たちは探索を再開した。マスターの分まで頑張らないと。
「前方にヴァンパイアが1体。ゾンビやレイスの姿は無しよ」
「では、遠距離から魔法で先制。倒せなかったらネクお願いします」
感知スキルでの結果を報告すると、パステルが全員に指示を出す。今までヴァンパイアが相手の場合は遠距離での攻撃で片が付いていた。
だけど、心配性なパステルは、その後の可能性まで考えているようだ。少なくとも接近されたら魔法を使えない。
パステルやネクの様な特殊なスキルを持っている魔物も居るかも知れないけど、そんなのが一杯居たら迷宮探索どころじゃない。そうなったら攻略なんて出来ないだろう。その辺りは、この迷宮の製作者を信用するしかない。
目視で人型の魔物を確認する。そして、その魔物を見て私たちは眼を見開いた。
「銀髪?」
「……変異種の可能性があります。警戒を」
今まで出てきたヴァンパイアは、皆金髪だった。リムのような銀髪のヴァンパイアが珍しいのか、それともただ偏っていただけなのかは判別できない。
それでも、今までの経験からすれば警戒するのに越した事は無いだろう。
私たちは、気が付かれない様に魔法を詠唱する。私とパステルは神聖魔法、リムは古代魔法だ。ネクは魔法をストックして貰って待機している。
お互いの詠唱が終わったのを無言で頷き合う事で確認をする。そして、各々の魔法を同時にヴァンパイアに向けて放った。
「え? うそっ!?」
ヴァンパイアは、魔法が飛んできているのに気が付いたのか、ローブの下に隠し持っていた盾で全て防ぐ。魔法を無効化する盾を持っているなんてずるい。
今まで出てきたヴァンパイアは、杖を持っていることはあったが、盾を持っている個体はいなかった。やはり、変異種なのだろうか。
「――ッ! ネク! お願いします」
パステルが言うよりも早くネクが飛び出していく。魔法を無効化されたのなら、遠距離戦は不利だ。相手から一方的に攻撃をされてしまうという事になる。
そして、銀髪のヴァンパイアは、ネクが接近するまでに魔法の詠唱を終えたのか、魔法を放ってきた。
同時に20発ほど。
「ちょ、なにこれ!!」
「詠唱は中断、回避に専念してください!」
「ほわぁ! あぶっ! 一杯飛んで来るのじゃー!!」
正面から大量の魔法が飛んで来る。私たちは、詠唱をするのを止めて逃げ回った。
その中でもネクは相手に接近する為に突撃を止めない。少なくとも接敵してしまえば、魔法を封じる事が出来るのだ。
また、ネクに暗黒魔法は通用しない。アンデッドを操作する魔法があるらしいが、使い魔化したネクを操作してくるヴァンパイアは居なかった。
ネクは古代魔法は武器で払い、暗黒魔法は回避せずにそのままぶつかりながら走る。ネクのお陰で私たちに到達する魔法は半数近くになっている。
だけど、ネクが接近する為に走っている間にも、魔法はどんどん追加で放たれて来る。まるで、魔法を同時に詠唱しているかのように。
「ハァハァ……何なの……これ……」
「タリス、文句は倒してからにしましょう。今は敵に集中を」
ネクがヴァンパイアに接近したお陰で相手は魔法を使ってこなくなった。やっと走り回らずに済む。
ヴァンパイアはネクのハンマーで攻撃されているが、盾で受け流したりして一向にダメージに繋がりそうにない。接近戦も出来るとか卑怯だと思う。
「熱いのじゃぁ……」
「……リム?」
後ろを見るとリムの服が所々焦げている。着火した所は慌てて消したのだろう。手の平にも火傷の跡が見える。
あたしは当たり判定が小さいからどうにか避け切れたけど、パステルもリムも無傷とはいかなかった様だ。すぐに回復薬を取り出してリムに渡す。
リムは、まだ探索に慣れていないのか、アイテムボックスから薬品を勝手に取り出して飲むという行動をしないようだ。
「ふぅ……この回復薬は凄いのぅ。不味いのを我慢すればじゃが」
「うん、味をどうにかして欲しいわよね」
「タリス、リム。魔法による援護を。相手も今は回避に専念していますが、何かしてきそうです」
リムと回復薬の味について話し合っていると、パステルから注意が飛んで来る。敵のヴァンパイアの方を見ると、ネクの攻撃を紙一重で回避しているようにしか見えない。
いや……紙一重でかすり傷にしているのだろうか。相手の服が破れて体のあちこちが傷付いていた。
「嫌な予感がするのじゃが……」
「ええ、わざとダメージを蓄積している気がします。タリスは防御魔法の詠唱、リムと私は出来る限り強力な魔法を詠唱しますよ」
「あいよー」
パステルに言われて防御魔法の詠唱を始める。神聖魔法は苦手だけど、使えない訳じゃない。光の盾による防御魔法を詠唱し、いつでも使えるように留めておく。
貯めている間は魔力は消費するけど、いつでも発動出来るのは大きいメリットだ。ネクみたいに何個も予約出来れば良いのだけど、あたしには魔力の総量が少ないから、それが出来ない。
「あっ!」
突然、赤い何かがヴァンパイアから伸びる。その何かはネクの体を狙って攻撃してきた。それを盾で防いだようだけど、距離が開いてしまった。
そして、ヴァンパイアから何本もの赤い剣が現れた。
「何じゃ……あれは……」
「血……でしょうか?」
その赤い剣は全てヴァンパイアの傷があった場所から伸びている。つまり、自分の血を武器に変える技なのだろうか。ヴァンパイアにそんなスキルがあるなんて聞いてないんだけど……。
赤い剣は、そのままネクを襲う。まるで相手が何人もいるかのように、全てが別々の動きをしている。あのままじゃ、ネクと言えど長くもたない。
「タリス、合成魔法を」
「え? ネクが……」
合成魔法のどれを使うにしても威力も範囲も広い。ネクが前線で戦っているのでは、巻き込んでしまうだろう。パステルの表情を見る限り、苦渋の決断をしているようにも見えた。
つまり、ネクごと相手を葬るという事なのだろうか。いや、そうでもしなければ、あのヴァンパイアを倒せる気がしない。
「……解かったわ……」
「すみません。他に策があれば良かったのですが……」
「仕方ないわよ。アレは強すぎるわ」
そう言ってあたしは、相手のヴァンパイアを見る。遠距離も駄目、近距離も辛い。そんな相手に勝つ方法なんてあたしでは思いつかない。
ネクが倒されるのも時間の問題なら、皆を生き延びさせる方法を優先しなければならない。ネクも同じ事を言うだろう。
既に、防御に徹している所を見る限り、あたしたちがやると信じているのかも知れない。
「龍相手に使ったアレを行きます」
「うん……」
「2人とも何を……するつもりじゃ……?」
リムが不安そうに見てくる。あたしはそれに笑顔で返して詠唱を開始する。あの時よりもスキルもレベルも上がった。今度はもっとスムーズに使えるはず。
パステルに抱えられながら目を強く閉じる。あたしは、合成魔法を使う1つのパーツになる。感情は全て捨てよう。ただ、詠唱をし放つだけの1つの歯車に。
「完了」
「では、行きます」
あたしが終わった事を告げると、パステルが開始の合図を送る。そして正面に見えない刃が形成される。
その行く末を見るのが怖い。あたしは自分の手で仲間を殺す事が怖い。
風の刃は高速でネクとヴァンパイアに向かって飛んでいく。そして……。
ネクが転がるように飛び退いて避けた。
「……え?」
「相変わらず良い反応ですね」
ネクは急に反転して飛び退いたのだけど、ヴァンパイアは反応できなかったらしい。見えない刃によって、上半身と下半身が別れを告げた。
むしろ、ネクはなんで反応できたんだろう。魔力の流れを知るには遠すぎるし、合図も行っていなかった気が……。
あたしがその状況に困惑していると、ネクは何食わぬ顔でこちらに歩いてくる。巻き込みそうになった事を怒っている様な素振りもなかった。
『良いタイミングだったよ。これ以上長く持ちそうになかった』
「ええ、ネクも気が付いてくれて良かったです」
「え? 合図とかしてたの?」
ネクがヴァンパイアの正面に立ってから、合成魔法を使うまでに何もしていなかったと思う。もしかしてパステルは、テレパシーとか使えるのだろうか。
パステルならそういうのが使えても何も不思議は無い。
「一度、矢を放ったでしょう。アレですよ」
「そんな事したの?」
「貴女たちが回復薬を使っている間に」
そういえば、パステルは回復薬を使っていなかった。
結構酷い火傷を負っていた気がする。
「まさか、そんな事をしているなんて予想できないわよ……あたしの覚悟を返せ」
「タリスの覚悟、格好よかったですよ。それに、火傷に回復薬は効果ありません」
「……え……あ……痛いのじゃぁ……」
あたしはパステルに文句を言うと、そんな事を言われた。リムは、思い出したように傷みを訴え始めた。
回復薬を使って治った気で居たらしい。ああ、この子馬鹿だわ。
『そういう訳だけど、合図が無くてもそれしか勝つ方法が無かったら躊躇わないでね』
「うん……そういう機会が訪れない事を祈るけどね」
予想していた通り、ネクはそう言ってくる。でも、仲間を攻撃しなくて済むのならその方が遥かに良い。
火傷の痛みに涙を流しながら耐えているリムを見ながらそう思った。
「それで、あの宝箱はどうしましょうか。良い物が入ってそうですよね」
『3階層のドワーフの時みたいにありそうだね。でも、罠が……』
「弓矢で遠くから撃つのは? 爆発や毒矢なんかなら遠ければ大丈夫だと思うけど」
既にあたしたちの関心は宝箱に向いていた。マスターがいないから安全に箱を開ける手段は無い。
だけど、あの宝箱を無視して進むのはなんだか勿体無い気がする。そこで、あたしは弓矢で衝撃を与えて無理やり開ける事を提案した。
「そうですね。警報や擬態は発動してしまうかも知れませんが、そうしましょうか」
『警戒はしておくよ。いつでも良いよ』
ネクの書いた文字を見てパステルが弓矢を手に持つ。あたしたちは敵がいつ来ても良い様に警戒をする。
そして、パステルの矢が宝箱にぶつかった瞬間。大爆発が起きた。
「耳がキーンとするのじゃ」
「爆弾だったみたいね。皆大丈夫?」
あたしは、周りを見渡しながら皆に聞く。距離が離れていたからか、皆無事のようだ。でも、あんな爆発を近くで食らったら木っ端微塵になりそう……。
あたしたちは、宝箱があった跡地へ向かう。箱は吹き飛んでいたけど、そこには盾が1つ落ちていた。デザインや色を見る限り、あのヴァンパイアの盾だろう。
ネクがそれを手に持って、すぐにアイテムボックスへ入れた。デザインとかもっと良く見たかったんだけど、どうしたんだろ。
『凄く重かった……あれじゃ、私には使えないよ』
「そうなんだ。魔法を無効化するみたいだし、凄く便利そうだったのに」
「まぁ、そういう欠点がないと強すぎるのでしょう。探索を再開しますよ」
「はーい」
パステルが地図を見ながら歩き出す。あたしたちは、それに付いて行くように歩を進めるのだった。
そして、すぐ後に下の階へと続く階段を見つけた。それを下り切るとそこにはボス部屋があった。
☆ ☆ ☆ ☆ ☆
「ふぅ……どうにか剣を振るくらいは出来たな」
「うん、長かった……」
あれから数日、毎日訓練場で剣を握る練習をしていた。2、3日くらいでどうにか震えは収まり、剣を持つことは出来た。
だが、剣を振ろうとするとどうしても腰が引けてしまう。敵に向かうという恐怖心が拭えないのだろう。頭では解かっていても体が正しく反応してくれないのはもどかしい。
あの時の事を思い出しても動悸が激しくなるくらいで、取り乱す事はなくなった。夜にうなされている事があるとティアから聞いているが、そればかりはこちらではどうしようもない。
その都度、パステルが眠らせる魔法で落ち着かせてくれているらしい。
「でも、これじゃ戦闘にはならないよな……」
「戦闘どころか手合わせも無理。まだ10日も経っていないから慌てないで」
皆は俺が復帰する事を信じて探索を進めてくれているんだ。出来るだけ早く戻らないといけない、そんな焦りが心を支配している。
皆は急がずにゆっくり治せと言ってくれているが、それでも戦えない事実を自分自身が許す事を出来そうにない。
「だがな、ティア。俺は早く戦線に復帰したいんだ……んんっ!」
俺が反論をすると、その唇が塞がれる。ティアは、俺の首に腕を回して逃げられないようにがっしりと掴んでいた。
何か急ぐような事を言うと毎回こうして思考を中断させてくる。俺自身もこうしているのは嫌じゃないから、なされるがままだ。
ティアから積極的に何かをしてくるのはそこまで多くはない。嬉しい反面、上手く誤魔化されるようでちょっと情けない気がする。
「大丈夫。必ず復帰出来るから」
「……解かったよ」
唇を離し、ティアが優しく言ってくる。こうまでされたら、俺はもう何も言えない。
剣を鞘に戻してアイテムボックスへと仕舞う。そして、広場へ戻ると、コクが地下から上がってきた。
「あ、スズキさん。完成したよ!」
「完成? 何か作っていたのか?」
「うん、これだよ!!」
そう言ってコクは、アイテムボックスから何かを取り出していく。全身鎧だろうか。金属製の鎧は、頭から足まで全て覆われている様なデザインだ。
これを着ろと言われても少し困る。正直な所、これを着て戦闘を出来る気がしない。関節部は、可動式に見えるが武器を振るのは腕の力だけじゃない。
「さすがに全身鎧は……」
「まぁまぁ、そう言わずに着てみてよ」
コクに背を押されながら訓練場まで戻される。そこで手伝って貰いながら、と言うより無理やり鎧を着せられた。俺のためを思って作ってくれたのだから、下手に抵抗は出来ない。
手足を動かそうとするが、全然動かない。重さ以外にも何か影響してそうだ。まるで鎧型の箱にでも閉じ込められたような感じだ。
「コォォォホォォォ」
「あ、スズキさん。それに入ると喋れないから気をつけてね」
コクがそんな事を言ってくる。俺は抗議の声を上げようとするが、全てコーホーと変換されてしまう。ウォー○マンかよ。
ともあれ、喋れない、動けないではどうしようもない。
「ちょっと待ってね」
そう言ってコクはこちらに近付いてきた。そして、脇腹の辺りにあるボタンを押した。
すると、兜の中が明るくなり、目の前にウィンドウの様な物が現れる。周囲は兜に遮られていた部分まで見える。まるで、ロボットの中に入っているようにすら思えた。
「コーホー」
「試作型のパワードスーツだよ。まだ鎧としてしか使えないけど、思考を読み取って行動出来るように出来ているんだ。手足の延長として使えると思う」
コクが解説をしているが、原理などはさっぱり解からない。思考を読み取って動けるって凄い事なのではないだろうか。
操作などで手間取る事がなくなれば、高速戦闘すら行えるのかも知れない。
「ただ、問題は持続性なんだよね。魔石によるエネルギーの集積は行っているんだけど、それでも足りないみたいでさ」
「コーホー」
いや、それ以前に返事すら出来無い方が問題だと思うんだ。でも、その内ロボットみたいなのに乗り込んで戦える時代が来るんだろうか。
やはり男としては、そういうのに対する憧れはある。素直に乗ってみたい、操縦してみたいと思う。
「とりあえず、現状で動けるのは全力で行動したら10分だけだよ。目の前に制限時間は出ていると思うから、それを参考にしてね」
「ん、どれくらい動けるか相手をする」
コクに言われた通りに目の前に展開された画面を見ると、エネルギーの残量と残り行動時間が表示されている。起動させて動いていないからか、そこまで残量は減っていないようだ。
魔石の効果か、動かない状態は消費が少なくなっているらしい。それでもわずかに減っているのを見ると不安になるな。これが0になったら動けなくなる上に自分で脱げないのだ。
ティアが正面に立って武器を構える。俺はアイテムボックスから剣を取り出そうとするが、アイテムボックス自体が出現しない。また不具合か?
「ああ、もしかして武器を取り出すの? その鎧を着ているとアイテムボックスは使えないみたいだから、素手で頑張って」
「コーホー」
早く言えよ、と言おうとするが言語が変換されない。それを知っていれば、鎧を着る前に武器を取り出せたのにさ。
どうやら素手で戦うしかないらしい。本格的に拳で殴りあうなんてした事はない。更に、相手は剣を構えているのだ。どう考えても不利だろう。
いや、防具がしっかりしているのであれば、こちらにダメージが飛んで来る事はない。そう考えれば不利ではないのか。
ティアが走りながら斬り付けて来る。俺はそれを腕を縦に構える事で防御をして防ぐ。そもそも全身鎧なのだから防ぐ必要は無いのかも知れない。
だが、脳の情報をそのまま伝えているからか、反射的に思った事は行動に移ってしまうらしい。この辺りは少し不便だな。
腕に剣が当たる。その衝撃は一切無い。ティアが手加減をしているのか、この鎧が強いのかは判らない。どちらにしても、このまま反撃に移れるという事だ。
ティアに向かって拳を突き出す。だが、それは簡単に避けられてしまった。あるぇ?
ここはほら、パワードスーツの何かの力が作用するとかそういう場面じゃないのか? 普通に軽く殴ったのと全く変わらなかったぞ。
「あ、言い忘れたけど、鎧を動かす機能に全部のエネルギーを使っているから強くなる訳じゃないよ」
「コーホー」
コクが俺の意思を汲み取ったのかそんな事を言ってくる。先に言えよ。
素手で戦うなんてやった事が無いのに、どうすりゃ良いのか。調子が良いときでさえ攻撃が届く事が無いのに、使い慣れた武器がないのでは当てられる自身がない。
そうして、攻撃してはかわされる事を続けていると、突然動けなくなる。目の前に表示されていた画面も消え、兜の隙間から見える範囲だけになった。
どうやらエネルギー切れらしい。10分も持っていなかった気がする。
「時間切れみたいだね。調子はどうだった?」
「コーホー」
コクが俺に聞いてくるが、返答は出来ない。この言語が遮断される機能は、動けなくなっても維持されるのな。変な所で拘ってやがる。
ティアとコクに手伝って貰いながら、鎧を外していく。内部の換気はちゃんとしているのか、暑さは感じなかった。
「確かにこれなら動けそうだ。ただ、10分は短いな」
「そうだよねぇ……魔石を複数付ければもう少し持続時間を延ばせるけど、それでも30分くらいかな」
恐怖心よりも自らの思考が優先される事もあり、以前の様な動きをする事は出来た。このまま慣れていけば思ったより早く復帰できそうだ。
30分動けるのなら戦闘をする上では問題ないだろう。全力でそれだけ動くような戦闘は殆ど無い。そんなのが頻繁にあったら探索どころではないだろう。あったとしてもボス戦くらいだ。
「でも、ご主人様。普通に動けてた」
「ああ、思った以上にすんなり動けていたよ。リハビリ用に使っても良さそうだ。コク、ありがとう」
「それは良かった。それじゃ、これを稼動出来るように調整するね」
コクはそう言うと、鎧をアイテムボックスに仕舞って訓練場を出て行く。しかし、こんな物を作れるほど技術力が上がっていたんだな。
実用的とは言い難いが、今の俺には十分と言っても良いくらい機能している。
ティアと共に訓練場を出ると、丁度探索から帰ってきたメンバーと鉢合わせになった。
そして、ボス部屋が見つかったと報告を受けるのだった。




