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迷宮と掲示板 改稿版  作者: Bさん
5章 闇と墓の迷宮
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ネクの記憶③

本日の投稿は複数話同時になっております。一旦メニューに戻ってご確認下さい。

「オラッ、気合を入れろ! 勢いで負けたら実力も出せずに死ぬぞ!!」

「はい!!」


 私の攻撃は全て目の前の男に防がれてしまっている。相手が大振りの武器であるにも拘わらずだ。

 叱咤を受けて、すぐに攻撃に移る。考えるのは後だ。今は勢いを失ってはいけない。


 私とアネットがこの戦士団に配属されて数ヶ月が経過した。今でも毎日の様に魔物の襲撃は起こっている。

 だが、私とアネットが前線に出る事はなかった。配属された翌日に実力を調べられた。彼らが言うには、こんな力で前線に出てもあっさり死ぬそうだ。

 それから、私たちはこの戦士団の人たちに訓練を付けて貰っている。


「ふぅ……次はアネットだ。来い」

「は、はい。お願いします!」


 目の前の男、アガットが私との戦闘を止めてアネットとの交代を告げる。アネットがアガットに向けて礼をしている。

 この礼という行為は、私たちの文化にはない。これから戦う相手にそんな事をする理由がないのだ。

 それを教えてくれたのは、ここの戦士団の人たちだ。訓練をする相手にも礼を尽くす事にも意味があるらしい。

 未だに意味を完全に理解出来ている訳ではないが、そういう関係も悪くないんじゃないかとは思い始めている。


 他に訓練を付けてくれる人が居れば良いのだが、生憎合間を縫ってやってくれているので、毎回人が居る訳ではない。

 アネットがアガットに向かって突撃をする。今でこそ、長い時間続けられているが、最初の方は本当に酷かった。

 養成所の組み手が、どれだけ実戦向けじゃなかったのか良く解かる。


「お、やっているな。どうだ?」

「まだまだですね。一撃も入れられません」

「そりゃな。あいつは、ここでも一二を争う実力者だぜ? そう簡単に対等に戦えたら俺らの出る幕がないわ」


 休憩をしている私のところにディックさんがやってきた。この人はこんな事を言っているが、ここに居る人たちは全員化け物染みている。

 このディックさんは、二刀流で戦うスタイルを得意としている。その動きは早く、相手をしてくれた時は防戦しか出来なかった。


 他にもここの人たちは、変な逸話が残っていたりもする。城壁から数キロ離れた指揮官を射抜いた、魔法1発で敵の軍団を一掃した、一人で敵陣に突っ込んで指揮官を倒したなど、どう考えても同じ人間とは思えない。

 誇張が混じっているとは思うけど、この人たちの実力を見る限り全てが嘘のようにも思えない。これだけの力を持つ集団が、最近まで無名であったのが信じられない。


「フィリス、お前隠している力とかないか? どうにも戦い方がそれを前提にしている動きに見えるんだが」

「……神聖魔法の特殊な使い方を出来ます。それを使っても勝つのは難しいですけど」

「やはりあったのか。どれ、それを使って訓練をしてみようか」


 そう言ってディックさんは、訓練中のアガットへ向かって歩いていく。それを確認したアガットは、訓練を中断した。

 アネットは肩で息をするほど疲労しているらしく、明らかに助かった、という表情をしていた。

 私が近寄ると、アネットは無理をして笑顔を作ろうとする。こんな戦場でも笑う事を止めないアネットにはいつも助けられていると思う。


「アネット、肩を貸すよ」

「……うん、ありがと」


 私はアネットを支えながら、訓練場の壁際に連れて行く。近くに居たら巻き込む可能性がある。出来るだけ離さないと……。

 アネットを移動させた後、私はディックさんと対峙する。ハンマーを構えて相手を見る。

 同時に私は魔法の詠唱を声に出さずに行う。この世界の魔法は、頭の中で文字を読むだけでも出来る。もちろん、声に出してやる人もいれば、手で印を作る人もいる。

 必要なのは、どれだけ素早く、スムーズに完成させられるかだ。それは人によって異なる。


「それでフィリス。準備は必要か? 魔法なら詠唱時間が必要だろう?」

「既に始めています」


 ウルリカに教わった詠唱予約を始める。この方法は、魔力の制御が重要だ。ストックした後にその魔法を維持しながら、別の魔法を詠唱する必要がある。

 教えてもらった初めの頃は、魔法を暴発させたり、霧散させてしまったりしていた。だが、訓練だけは、戦闘をしなくても出来る。

 あれから、毎日の様に続けて、今では5つの魔法をストック出来るようになっている。


「では、行きます」

「ああ、来い」


 ストックを5つ貯め終えた私は、ディックさんに声をかけてから突撃する。遠距離で放ってもかわされる。反射神経の良いこの人では防ぐどころか、簡単に避けられるだけだろう。

 なら、撃つのは近距離だ。そもそも、この魔法は近距離で使ってこそ意味がある。魔法の詠唱をすると動きが止まってしまう。その常識を破壊する必要があるのだ。


 まずは、ハンマーによる先制をかける。いつもの事なのだが、模擬戦をするときは必ず私たちに先制を譲ってくれる。そうしなければ、実力差があり過ぎて一瞬で終わってしまうのだ。

 案の定、ハンマーはディックさんの剣によって受け流される。全力での攻撃ではなく、あくまで次に繋げる為の牽制だ。ディックさんもそれを理解しているのか、反撃に移って来ない。警戒をしているのか、誘っているのか。

 ならば、乗らない手はない。腕に着けてあるバックラーを正面に出して相手の視線を遮ると、その下からストックしてある光の矢を放った。


「うおっ」


 盾で何かすると思ったのか、ディックさんは驚きの声をあげる。だが、光の矢は避けられてしまった。

 ここまで反射神経が良いと当てられる気がしない。少なくとも、手の内を明かしていない状況での奇襲が避けられたのだ。


「あっぶねぇ……何だこれ。無詠唱?」


 距離を離してディックさんが言ってくる。焦っているように見えて、想定の範囲だったのか余裕そうだ。

 次に撃ったとしても簡単にかわされてしまうだろう。


「いえ、違います。ですが、今はそう思っていてください」

「言うねぇ……次はどんな風に撃ってくるか楽しみだ」


 会話中に魔法の詠唱を同時に行う。ストックは常時5発を維持する事を心がけている。ここぞという時に使い切ってしまったのでは、この技術の意味がない。

 そして、私とディックさんは再度ぶつかって行く。全力で全ての技術を向けられる相手。それが居る事はとても幸運なのだと思う。




「フィリスちゃん。大丈夫?」

「うん、痛いけどね」

「すまねぇな。思った以上に余裕がなかったらしい」


 訓練を終えて、私はアネットの回復魔法を受けていた。ディックさんが謝ってきているが、怪我も訓練の内だ。

 魔法での治療が出来るのだから、死なない程度の怪我はどんどんした方が良い。


「気にしないで下さい。訓練では良くある事です」

「……そうか。それでアレは何だ? 詠唱破棄か?」

「いえ、詠唱を事前に行っておいてストックしておける技術です」


 ディックさんに言われて素直に答える。信用が出来ない人に明かすのは危険だが、少なくとも背を預ける人たちだ。その戦力を明かさない方が危険だ。

 アガットとディックさんは私の言葉を聞いて、何か考えているようだ。


「なぁ、アガット。そんなスキルあったか?」

「賢者に詠唱省略はあったな。だが、事前に行うとなると……」


 スキルとはなんだろうか。私は賢者と言われるような存在でもないし、この2人は何の話をしているのだろう。

 私とアネットが首を捻っていると、それに気が付いた2人はこちらを見た。


「ああ、気にしなくて良い。こっちの話だ。今日の訓練はこれまでにしよう」

「はい、解かりました。ありがとうございました」


 アガットが訓練の終了を告げると、私とアネットはお辞儀をして礼を言う。

 そして、私たちは宿舎へと戻った。


「ねね、フィリスちゃん。この部分なんだけど……」

「ここはこうした方が良くないかな? でも、これだと高価な魔石が必要になっちゃうね」


 宿舎に戻って私たちは結界の研究を始める。その数式の中に際限なく魔力を吸収するものがあった。これではどれだけ高い魔石を使っても足りない。うっかり魔石なしで使ったら命の危険すらある。

 その分、高密度の魔力が生成出来るのだけど、死んでしまったら元も子もない。


「これじゃ、やり直しかなぁ……難しいね」

「そりゃ、そうだよ。何年もやってて完成していないんだから」


 研究はその人が生涯やって完成するかどうかのものが大半だ。そう簡単に終わるものじゃない。特に今作っている結界の魔法は、新しい理論を使っている。1つ1つ手探りなのだから、簡単なものじゃない。

 その分やり甲斐はあるんだけどね。


「そういえば、フィリスちゃんってアガットさんの事どう思ってるの?」

「ん? アガット? 頼りになる仲間だとは思うよ」

「そういう事じゃないんだけど……」


 突然、アネットがアガットの事を聞いてくる。それで、何となく意図は理解した。

 恐らく異性としてどうかという話なのだろう。でも、今は戦争や研究、何より自分が強くなる事の方が重要だった。


「アネットこそ、アガットを目で追っているよね」

「そ、そんなんじゃないわよ」


 アネットが聞いてきている意図は、私がライバルになるかどうかの確認だろう。

 でも、かなり年の差がある気がする。アガットは30代前半くらい。アネットは確か16歳になったとか言ってたっけ。

 貴族同士の結婚なら年の差があるのは珍しくはない。だけど、平民である私たちでそこまで年齢差がある事は滅多にない。


「告白は早くした方がいいよ? 戦争中なんだから……」

「う……やっぱりそうよね」


 今は戦争中なのだ。私たち、あるいは戦士団の人たちが、いつ死んでもおかしくはない。死なないにしても配属が変わる事で、もう二度と会えないなんて事もあり得る。

 なら、せめて早く自分の気持ちを伝える事が重要なのだ。ただの自己満足になってしまうかも知れない。そう思っても抑えられないのが恋愛感情というものだろう。


「いつ死んでしまうか解からない状況だからね。でも、アネットには幸せになって欲しいと思うよ」

「それはフィリスちゃんも一緒よ。必ず生き残りましょうね」


 いつ終わるか解からない戦争。だからと言って、私たちが幸せになってはいけないという訳じゃない。

 私たちは、どうやってアガットに気が付いてもらうのか作戦を練るのだった。


 翌日、結局思いつかなかった私たちは、皆が居る前でアネットが突撃する事になった。

 仲間達に囃し立てられながらも告白は成功。新たなカップルが誕生した。


 それから、数ヶ月が経過した。アネットが宿舎に帰って来ない日が出来て、少し寂しい思いをしながらも研究は続けていた。

 しかし、完成の目処は付かない。どこか重要な何かがあるのかも知れない。


 そんなある日、突然行商の人がやってきた。軍隊に所属していない商人が来るのは珍しい。

 ローブをすっぽりと頭まで被っている商人とか凄く怪しい気がする。


「よう、アガット。恋人が出来たんだって?」

「いきなりそれかよ。で、補給か?」

「ああ、良いミスリルが採れたんだ。全員分の武器を作ったぞ」


 そう言って商人は、馬車から多くの武器を取り出していく。

 アガットは、その中から自分のものだと思われる巨大な戦斧を手に持った。私はその金属の輝きをボーっと眺める。

 白い……透き通るような銀だ。装飾も凄く凝っており、相当な業物だと思われる。いつか、こんな武器を手にしてみたい。そう思えるような作品だった。


「ミスリルか……オリハルコンを使ってた頃が懐かしいな」

「贅沢を言うな。それでも相当きつかったんだぜ?」


 何だか初めて聞くような単語が混じっていた気がする。オリハルコンって何だろう?

 アガットが、ローブの商人の背中を叩く。すると、ローブの隙間から狼の様な鼻先が見えた。


「え? 人……狼?」

「あ、しまった。フィリス嬢ちゃん、これは秘密にしておいてくれ」

「うん、解かったけど……この戦士団の存在が良く解からなくなってきたよ」


 人とはかけ離れた強さや装備、自称人間のエルフや人狼族。ここには居ないはずの存在が一杯居る。

 今までは良く考えていなかったけど、もしかして私は、凄い所にいるんじゃないだろうか。


「アガット、クレメンスから手紙を預かってきている。読んでくれ」

「あ、そうなのか」


 人狼の人からアガットは手紙を受け取って読み始めた。そして、表情が徐々に険しくなっていく。良くない内容だったのだろうか。

 手紙を読み終えると、団員に集合をかける。各々が配布された装備を受け取り、そしてアガットが口を開いた。


「戦士団はこれからクレメンスたちの救援に向かう。そこで、一気に攻勢をかける事になる。今まで以上の激戦になるだろう。皆の健闘に期待する」

「へー、やっと始めるのか。腕がなるぜ」

「拮抗していた戦力が動き始めるんだね。やっと戦争が終わりそうだ」


 アガットの言葉にディックさんとハミルトンさんがそう言っていた。戦争が終わる。その言葉を聞くだけで何だか嬉しくなる。

 私たちが生まれる前からあった戦争が終わって平和な世界が来る。ゆっくりと世界を見て回れるかも知れない。


「それで、アネットとフィリスは留守番だ。さすがに守ってやる余裕がない。休暇だと思って休んでいてくれ」

「え? 連れて行ってくれないんですか?」


 私たちには休みが伝えられた。アネットは、アガットと離れる事もあり、凄く寂しそうである。

 激戦になるのだとしたら、今までみたいな戦闘とは異なるだろう。私たちが前線に出る事はあったが、あくまで戦士団の人たちに守られながらだった。

 そんな状況では、私たちは足手纏いでしかない。


「なに、さっさと終わらせて帰ってくるさ。フィリス嬢ちゃんも帰ってきたら、本格的に訓練を付けてやるよ」


 アガットがアネットを抱き締めながらそう言ってくる。本格的な訓練とは、今までの訓練とどう違うのだろうか。何だか、楽しみだ。

 少なくとも世界を歩き回るのに障害がない程度には強くなりたい。


 それから3日後、戦士団のメンバーは街を離れて行った。私たちは今までの戦闘で疲れた体を癒していった。




「フィリスちゃん! アガットたちが完勝してもうすぐ帰ってくるんだって!! 皆無事だって」

「え? 本当?」


 アネットは手紙を読み終えて、笑顔になりながら言ってくる。良かった、皆無事だったんだ。

 手紙の内容によると、いくつもの拠点を陥落させて魔王城の近くまで追い詰めたんだそうだ。戦士団は、凄い活躍だったらしく、騎士の称号を受けると言う話まで出ているそうだ。

 占領した拠点に駐留するらしく、私たちを迎えに来る為にアガットやディックさんたちだけが、このアンテラに来ると書いてあった。


「予定だとあと3日くらいかな?」

「うん、手紙の配送の時間を計算すればそれくらいだと思う」


 アネットは飛び上がりそうなほど喜んでいた。私だってあの人たちに会えるのは楽しみだ。どんな武勇伝を聞かせてくれるのだろう。

 既に私の中では、戦争が終わったらどうするか、という考えが占めていた。



「敵襲!!」


 翌日の夜、突然外からそんな声が聞こえてきた。同時に襲撃を知らせる鐘の音が鳴り響く。あと2日だというのになんと言うタイミングの悪さだろう。

 戦士団があっちの都市に向かってから、驚くほど襲撃は減っていたのに、突然どうしたのだろう。

 喉元に刃を突きつけられてこっちの方を襲ってくる意味……手薄な拠点を攻めて落として侵攻を遅らせる意図だろうか。


 私たちが配属されている部隊は、今ここに居ない。変に個別に参戦しても連携の邪魔になるだけだろう。それでも、治療くらいなら出来るはずだ。


「アネット、治療所に行こう。私たちにも出来る事があるはず」

「そうね。戦いに出れなくてもきっと……」


 私たちは意志の確認をし合って治療所へと走っていく。そして、到着した私たちが目にした光景は地獄のようだった。

 五体満足の人は殆ど居ない。治療できる人も殆ど居ないという状況だった。回復魔法も最早延命としてしか役に立たない。上位の魔法を使える人が居れば別かも知れないが、そんな人は伝説上でしか居ない。


「お前……たち……逃げ……ろ……」

「え?」


 そういう声が聞こえてきて私たちはそっちを見る。そこには、養成所の仲間が居た。致命傷を負っており、既に手の施しようがない。

 アネットがそれでも回復魔法を使う。焼け石に水だとしても、そうしなければならない気がしたのだろう。


「ここ……は……もう……陥落……する……」

「……そんな……」


 そう言って目の前の少年は意識を失う。恐らくこれ以上回復魔法をかけても無駄だろう。私はアネットの肩に手を置くと、魔法を使うのを止めたようだ。


「アネット、逃げよう。幸い、アガットたちが来る方向からは敵が来ていないみたい。多くの人がそこから逃げているみたいだし」

「……うん」


 養成所の仲間や今までこの都市で一緒に戦っていた人たちを見捨てて逃げるというのは、かなり苦しいだろう。

 アガットたちがこちらに向かって来ている。だから、これは敵前逃亡ではなく、仲間との合流という言い方も出来るだろう。

 私たち2人が頑張って防戦した所で、10分と持たない。戦士団の様な戦力があれば別だけど、私たちはそんなに強くはない。


 すぐに宿舎で食料をかき集めて、安全な城門を抜けて走る。そこには、私たちと同じ境遇なのか逃亡兵なのか判別できない人たちが多くいた。全員が一様に隣の町に向かって走っていた。

 徒歩で大体3日から4日程度だ。こちらに向かって来ているアガットたちと合流まで1日もかからず出来るだろう。出来るだけ走って向かえば、それだけ合流が早まる。


 だが……。


「ぎぃぃぃやぁぁぁぁぁぁ」


 後方から叫び声が上がる。そっちを見ると、1人の魔族が居た。圧倒的な存在感。魔族は今まで指揮官として参戦しているのは見たことある。

 だが、そんな魔族とは比べ物にならない魔力を周囲に放っていた。それに触れた人たちが腐食していく。たった、それだけで死を振り撒くような魔族。


「フィ、フィリスちゃん……」


 アネットがガクガクと震えて私の腕を掴む。私だって、足が震えている。どうやったらあんな相手を追い返せるんだろう。

 私たちは、アガットたちと合流できずにここで終わってしまうのだろうか。


 いや、アネットだけでも逃がさないと。


 アガットとアネットには幸せになって欲しい。戦争を生き抜いたからこそ、死んでいった人たちのためにも幸せになって欲しい。

 私は魔力を手に集める。この魔法は、詠唱も必要ない。ただ、魔力を練り込むだけだ。魔力を純粋なエネルギーに変える魔法。効率が悪い魔法。

 だが、魔力の多い人が使えば、それは伝説上の魔法並の威力になる。


「アネット。私が倒すから、逃げて」

「えっ? どうやって……まさか……駄目よ!」


 一緒に研究をしていたアネットだから知っている。この魔法は、結界魔法の1つの手段に過ぎない。魔石から魔力を全て吸い取る魔法だ。

 私は笑顔を作ってアネットを見る。使ったら死ぬ。その事実は変えられない。その恐怖で笑顔が引き攣っていないだろうか。


「アネット、幸せな家庭を作ってね」

「フィリスちゃん……」


 魔力を両腕に込める。その密度はどんどん濃くなっていく。魔族は魔力の増大に気が付いたのか、こちらを見る。それでもこっちに寄って来ない。何をするのか興味があるのだろうか。

 だが、その興味が命取りになる!!


「アネット! 行って!!」


 私はアネットに向かって叫ぶ。もうこの魔力の暴走は止まらない。この魔法は一度使ったら魔力を吸い尽くすまで止まらない。

 アネットもそれは知っているはずだ。私がもう助からない事も。


「フィ……リスちゃん……」


 アネットは涙を流しながら走っていく。これで良い。後は、この魔法をあいつ目掛けて放つだけだ。

 体から力が抜けていく。これが魔力の枯渇だろうか。今まで生きてきて一度もなかった。こんなのは誰も味わいたくないよね。


 今にも倒れそうになる。だけど、気力だけで踏ん張り、相手を睨み付ける。もう恐怖も何もない。

 私の頭には、これを放って相手を倒す、それだけしか残っていない。


 そして、私はその魔力を解き放った。




*ネクは記憶を取り戻した事で、詠唱予約、魔力解放、魔力増大を思い出しました*

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