52話
「それじゃ、行って来るね」
「気をつけてな。コクとネクの事だから大丈夫だと思うが」
3日目の昼になり、コクとネクが城壁に向かう時間になった。
2人は防具を着用し、出口の近くで挨拶をしていた。
『大丈夫だよ。ちゃんとコクの事は守るから』
「どちらかと言えば、ネクの方が心配なんだけど……」
ネクが紙に書いて見せてくる。ネクは自己犠牲をするタイプだから少し心配だ。
恐らく身を挺してでもコクの事を守るだろう。
「行って来ます」
コクがそう言って家を出て行く。ネクは俺の言葉に目を逸らし、返事をせずに出て行った。必要があればやる、だから約束は出来ないか。
相変わらず自分の命を軽く扱うなぁ……。
「ぐびぐびぐび……げふぅ」
2人を見送った後、後ろからそんな音が聞こえる。振り向くとタリスが幸せそうにコーラを飲んでいた。もはや中毒だろ、これ。
本当に使い魔になった事で太らなくなって良かったな。もし、変わるようだったら見るも無残な事になっていそうだ。
「……なに?」
「いや、何でもないよ。クッキーでも食べるか?」
「たべるー」
タリスの方を見ると睨まれた。思っていることが口に出てしまったのか?
俺は、表面上は平静を保ちタリスに提案をする。タリスはタリスで簡単に釣られた。
アイテムボックスから事前に買っておいたクッキーを取り出して皿に乗せる。
拠点には、こういう焼き菓子を作る設備が無い為、売買からの購入に頼らざるを得ない。
そうなると結構値段が上がってしまう為、滅多に出す事は出来ない。
タリスは、そのクッキーを口いっぱいに頬張りながら食べている。
これだけ見ればタリスも可愛いただの妖精なんだがなぁ……なんであんなに残念なのか。
クッキーを食べながらボーっと窓の外を見る。相変わらず良く認識の出来ない人間が街を歩いていた。
この世界の魔物は人型の種族でも個体として認識し難い。早い話、全部同じ顔に見えるのだ。
使い魔にすればちゃんと判別できるのだが、魔物として出てきている状態では人型の何かにしか見えない。精々、形状で区別する程度である。
恐らくは、人を殺すという罪悪感をなくす為なのだろう。日本人に武器を持たせて目の前のあいつを殺せ、と言った所で出来る人は殆ど居ないと思う。
だが、相手が人でなければ、出来る人も増えるだろう。そういった認識をあやふやにする機能がこの迷宮にはあった。
お陰で殺す事に慣れた今は人が相手でも、剣を向ける事は出来るようになった。ここに来る前の俺には、想像が付かなかっただろう。
実戦形式での訓練で何度も大怪我をさせたし、受けた事もある。人として成長したのか、退化したのかは分からない。
ただ、この世界に順応してきているのだろう。
この人の流れを見て俺は漠然とそう考えていた。
「そろそろ移動の時間です」
「そうか。それじゃ、皆位置に移動してくれ」
パステルに促され家を出る。目指すは街の中央の広間だ。人の流れは昨日と変わらない。この後破壊され尽くすなんて、全く予想は出来ないだろう。
広間に到着すると、ティアは家の間の路地に入る。俺たちはそこから大きく離れ、反対側の家の屋根に上った。
ここからなら見晴らしも良いし、煙突の陰に隠れれば城壁の方からこちらの位置を知る事は出来ない。
龍が降り立つまで俺たちは隠れる必要がある。
「さて、後は待つだけだな。コクとネクは大丈夫かね」
「あの2人なら心配はないわよ。予想できないような事をしてくれるんじゃない?」
「いや、それが心配なんだが……」
最近コクは鍛冶スレに入り浸っているらしい。彼らの技術を教えて貰っているんだそうだ。
正直、どんな事になるか本当に予想できない。あのスレの住人って変態ばかりだしなぁ……。
「なるようにしかなりません。もしかしたら、こっちに来る前に倒してくれるかも知れませんよ」
「だったら良いんだがな。無茶をしないか心配にはなる」
「アハハハ、あの2人が無茶をしないわけないじゃない」
ですよねー。どんな事をやらかすのやら。
☆ ☆ ☆ ☆ ☆
「ネク、準備はいい?」
コクが私に問い掛けてきた。とっくに準備なんて終えている。
頷く事で返事を返すと、私は城壁に向かって走り出した。コクがその後ろをどうにか追って来ている。
城壁の階段を一気に駆け上がる。私たちの存在に気が付いた衛兵が、こちらに慌てて走ってきた。
だが、このペースなら追いつかれる事はないだろう。問題があるとすれば、既に城壁に上がっている兵だろうか。
「前に1人いるよっ!!」
コクが正面の兵を見つけて叫ぶ。相手は1人だし、問題は無い。
私はすぐに接近すると蹴り飛ばした。武器で攻撃すると即死させてしまうかも知れない。加減は必要だろう。
スズキやティアとの戦いに比べれば、相手が弱くて簡単だ。あの2人との戦いは、本当に神経が削れる。その分楽しいんだけどね。
城壁に到着すると石弓の位置を探す。割と近かったが、その付近には更に衛兵が2人居た。
結界石を使う都合上、範囲に魔物が入ってはならない。強制的に押し出すか倒すしかないだろう。
その2人に向かって駆け出す。相手もこちらの接近に気が付いたのか、持っている槍をこちらに構えた。
だが、そんなへっぴり腰の構えなんて意味が無い。私はすぐに槍の間を掻い潜り接近する。
衛兵は、ここまで早く接近されるとは思っていなかったのか、全然反応出来ていない。
私はハンマーの金槌とは反対に付いているピックを相手の鎧に引っ掛けて投げ飛ばす。
城壁から落下して行くのが見える。ちょっと失敗してしまったみたいだ。
もう1人の兵は、私の兜から覗く顔を見て恐慌状態に陥っていた。ちょっとショックだが、今は都合が良い。
そのまま蹴り飛ばし、この場所から離した。
「ネク、こっちは準備良いよ! 結界石を使うからこっちへ!!」
コクから叫びが飛んで来る。私は急いで結界石の範囲に入ったのだった。
「ふぅ……これで一安心だね」
『これって大丈夫なの? どんどん兵が集まってきているけど』
「龍のブレスが来ない限り大丈夫かな。龍相手でも手足の攻撃なら防げると思う」
コクが自信満々に答えてきた。あの攻撃に耐えるとは凄い結界だと思う。
『結界』
「どうしたの?」
コクが私の書いた紙を見ながら聞いてくる。何だか結界という言葉が頭に引っかかる。
何だろう。私は昔結界の事を調べていた、そんな気がする。
『何でもないよ。準備を始めよう』
「そうだね。それじゃ、僕は石弓の改造をするから、設営をお願い」
今は記憶の事を考えている場合じゃない。私はアイテムボックスから予定していた設備を設置する。
結界石の範囲は大体5mくらいの円になっている。その中に簡易トイレとテーブルと椅子を置く。
私にはトイレなんて必要ないけど、半日も居るのだからコクにトイレは必要だろう。
周りに衛兵が居る状態で、見られながら致す訳にはいかない。簡単な囲いと使い捨てのトイレだけど、無いよりはマシだろう。
このまま設置しておけば、私たちが迷宮から出た時に、勝手に消滅してくれる。汚物の処理をする必要は無いのだ。
兜や鎧を外したいけど、さすがにこれ以上周りを怖がらせる事もないだろう。
アンデッドというのは、存在するだけで怖がらせてしまう。私はローブをアイテムボックスから取り出すと頭からかぶって顔を隠す。
コクが何か作っているけど、龍が襲撃してくるまで私に出来る事はない。
作業をしているコクを見る。小柄な……と言っても私と大差ないけど、精一杯自分に出来る事を頑張っている。
私の役目はこの少女を守る事だ。頑張ろう。
「これで完成っと」
『お疲れ様。それで、それは何?』
目の前に展開されている良く解からない装置の事を聞く。作業をしている所は見ていたけど、どんどん石弓は姿を変えて行っていた。
途中から私の予想とは全く違う代物に変わっていた。作業を邪魔しない為に聞いてはいなかったが。
そもそも石弓の形ではない。わざわざ改造する必要はあったのだろうか。
見た目は円柱状の筒だ。その先端から穴が空いていることから何かを撃ち出す物だと窺える。
龍にトドメを刺す予定のランスに形状は似ているが、こっちの方が遥かに大きくて長い。
「これはね。パステルと協力して作った魔導砲だよ。中の魔石で大気中の魔力をチャージして撃ち出すんだ」
『魔導砲……』
なんだか凄く嫌な予感がする。威力も然る事ながら、そんなのを撃てるのかという疑問がある。
本来魔石とは刺激を与える事で、内封している魔力を発散する機能しかない。周囲の魔力を集めるなんて到底出来ないはずだ。
何でそんな事が出来たんだろう。
『どうやって魔力をチャージするのかな?』
「チャージの原理はパステルの分野だから僕は知らないんだ。それを放出する方の技術しか解からない。その内調べたいけどね」
どうやら、コクにも解からないらしい。パステルって何者だったんだろう。
冷静でスズキのフォローをしているしっかり者だ。非の打ち所が無いように見える。
「この魔導砲にはいくつか問題があるんだ。それを説明したいんだけど良いかな?」
『どうぞ。欠点があるなら知っておかないとね』
コクが話を戻して説明に入る。問題はこんな感じだった。
・チャージには、十数分の時間を要する。
・事前にチャージして貯めておく事は出来ない。
・チャージが完了した後は、すぐに放出しないと爆発する。
・恐らく1発撃ったら壊れる。
だそうだ。1発しか撃てないのは残念だけど、私たちだけしか居ない訳じゃない。
後の事はスズキたちに任せて、私たちは撤退した方が良いのだろう。
「こんな所かな。何か質問はある?」
『大丈夫。その撃つまでの時間稼ぎは任せておいて』
「うん、よろしくね」
そう言ってコクは、アイテムボックスから布団を取り出して城壁の上に敷く。
周りを見渡すと衛兵は大分数を減らしていた。その人たちの口から白い息が吐き出されるのを見る限り、夜は結構冷えるらしい。
私は寒さを感じる事は無いけど、コクは寒いのだろうか。スケルトンじゃなければ、一緒に寝て暖める事が出来るだろう。
人間ではない事に少し寂しさを感じながら、コクが敷いてくれた布団に入って意識を閉じた。
「そろそろだね」
『了解』
翌日、昼近くになりテーブルと椅子を片付ける。そろそろ襲撃してくる時間らしい。私は例の盾を取り出して脇に置いた。
かなりの大きさなので持つというより、手で倒れないように支えていると言った方が正しい。
コクはいつでも起動出来るように装置をいじっている。
私たちは伝説にある存在に挑もうとしている。今度は、勝つ為に。
「来たよ!!」
前方の空から近付いてくる存在に気が付いたコクが叫ぶ。こっちでも目視で確認をした。
紫色の鱗を持った龍の圧倒的な存在感。それがこちらに向かってくる。
私は盾を両手で持つと魔導砲と龍の間に立つ。物理攻撃はどうにでもなるらしいから、ただ全力で支えているだけでいい。
「チャージ開始、ネクお願いね」
そんなコクの言葉を聞いて、私は盾を持つ手に力を入れる。
龍はその腕と尻尾で盾を殴ってくる。その度にこちらに衝撃は来るが、問題なく耐えられる。
この盾の素材はなんだろう。この攻撃に耐えられる防具は凄いと思う。
少なくとも龍は街の方向から攻撃をしてくる事はなかった。何か決まりでもあるんだろうか。
「あっ、ブレスが来るよ!!」
コクが龍の方向を見て叫ぶ。私は盾に遮られて龍の様子は解からない。
この盾は、龍のブレスに耐えてくれるのだろうか。いや、大丈夫。仲間が作ってくれたこの盾を信じよう。
私は、盾に体全体で体重をかけて支える。そして、ブレスが飛んできた。
凄い衝撃だ。先程までの攻撃とは比較にならない。盾を手放したら、すぐにでも私たちは吹き飛ばされそうだ。
暫くそんな衝撃を受けていたが、ゆっくりと向かってくる力が弱くなってくる。
耐えられた……のだろうか。
「充填にあと3分。もう少し頑張って!」
盾の耐久度はこちらからは見えない。もしかしたら、ブレスがもう1発来たら壊れてしまうかも知れない。
そうなったら体を張ってでもブレスを止めなければならない。そんな覚悟を決める。
だが、覚悟に反してブレスが来る事はなかった。
「充填完了! ネク離れて!!」
そう言われて両手で盾を持って飛び退く。すると、砲台からなんだか良く解からない光の線が発生した。
その線は空に続いている。残念ながら龍とは関係の無い方向に向いていた。
「こんのぉぉぉぉ」
コクが重そうな砲台に力を加えてその方向を変更する。下過ぎたのか地面にぶつかる。すると、接した土が抉れて行く。なにこれ。
再度コクは力を入れて龍の方へと動かしていく。龍もこんなのに当たったら危険とばかりに必死に避けていく。こうなるともはや線と龍の追いかけっこだ。
そしてその線が龍の尻尾にぶつかる。接した部分から蒸気が上がる。かなりの高温で焼いているようだ。
そのまま龍の尻尾を熱によって焼き切る。最初から皆で、これを使えば龍を倒せたんじゃないかな……。私はその光景を呆然と見ながらそう思った。
「あっ! やばい!! ネク、逃げるよ!!」
突然、コクが叫びだした。理由を考える前に、ここに居ては危険だとすぐに判断する。コクがそう言うのなら何がトラブルがあったのだろう。
私は盾を手放すと、コクを抱え城壁から飛び下りた。かなりの高さだが、躊躇っていたら駄目だ。そして、城壁から飛んだ瞬間、後ろで爆発音が鳴り響いた。
「うひゃぁぁぁぁぁぁぁぁ」
落下の感覚にコクが叫ぶ。後方からの爆風で私たちはバランスを崩してしまった。このままではコクが地面に叩きつけられてしまう。私はコクを抱きかかえて体を丸くする。
そして、空中で自分の体を下にするとそのまま地面へと激突した。痛みの無いアンデッドの体である事をありがたく思ったのは久しぶりだ。だけど、力が入らない。
「ネク! 回復薬を飲んで!!」
どうやらコクは無事だったらしい。私の口元に回復薬を運び、それが体に行き渡って力が戻っていく。回復薬がアンデッドに効くというのはなんだか変な感じだ。
折れた骨もくっ付いて回復していた。私は城壁のほうを見ると、そこには何も無かった。……何が起きたの……。
「ふぅ……良かった。魔導砲が暴走しちゃったんだよ。改良する必要ありそうだねー」
『暴走って……凄い爆発だったね』
唖然としながら城壁のあった方を見る。もはや壁ではなく瓦礫だ。その奥では尻尾の無い龍が飛んでいる。爆発に巻き込まれて倒されれば良かったのに。
「それじゃ、隠れようか。僕たちが城壁を破壊したと思われても困るしね」
『実際破壊したのは、私たちなんだけど……』
ともあれ、コクの言葉には賛成だ。もうこれ以上戦闘をする気力がない。傷は大分癒えているが、完璧とは言い難い。
今からスズキたちの手助けに向かった所で足手纏いになるだろう。
なら、私たちは潜伏先に戻って休もう。そう考えながらコクと共に走り出した。
☆ ☆ ☆ ☆ ☆
「な、なんだ!?」
突然爆発音が鳴る。先程までは緊急を知らせる鐘の音が鳴っていたのだが、突然大きな爆発音によってかき消された。
俺たちは城壁の方を見るとそこには何もなかった。一体何をしたんだ……。
原因として思い浮かぶのはコクの仕業くらいだろう。他に要因は恐らく無い。
ネクも一緒に居たし、無事だと信じよう。俺たちがやる事は変わらない。
「主様、龍が飛んできます。隠れましょう」
「ああ、解かった。ほら、タリスも」
「はーい」
タリスを掴んで煙突の裏に隠れてしゃがむ。あの高さならこちらの存在に気が付く事は無いだろう。
案の定、気が付かなかったようで、そのまま広間へ下りていく。あれ? 尻尾が無い。
「あれが2人の成果か……」
「みたいですね。攻撃の手段が1つ減ったみたいですし、より接近し易くなったと思います」
広場に下り立つと、その場に居た人たちが恐慌状態に陥る。逃げ惑っているが、片っ端から龍の爪の餌食になっているようだ。
助けたい衝動に駆られるが、そんな事をしたら俺たちの作戦は失敗だ。心を鬼にしよう。
「タリス、パステルいくぞ」
「はい、タリスこっちへ」
「……もう少し胸があれば気持ち良いのに」
俺は屋根の上で盾を構える。その後ろでパステルがタリスを引き寄せて胸の前に抱く。そこでタリスがボソッと呟いた。
その瞬間パステルの表情が一瞬歪む。うん、俺は何も見なかった。
「では、詠唱を開始します」
「パステル痛い痛い」
パステルがそう言うと詠唱を開始する。タリスは、強く抱きしめられているからかそんな事を言っていた。口は災いの元だな。
タリスも追従するように涙目で詠唱を開始し始めた。
俺は盾の端から広場の様子を見る。今の所は、気が付いて……いや、こっちを見ている。魔力の反応とかに気が付いたのだろうか。
俺は盾を両手でしっかりと持つと、いつ衝撃が来ても良い様に待機する。……のだが、いつまで経っても衝撃はやってこない。
「……何だ?」
盾の端の所から頭だけを出して広場を見る。先程までこちらを見ていた龍は、周囲の人間を殺す事に夢中になっていた。お前……それで良いのか?
いや、それは好都合だ、そう考える事にする。この盾が本当にブレスに耐えられるか解からない。なら、出来る限り危険は無い方が良い。
広場では人間が龍の爪によって切り裂かれたり、踏み潰されたりしている。どう見ても地獄絵図である。
これが歴史の再現であったのなら、どれだけ残酷な事だろう。力ある者によって一方的に蹂躙される。今まで平和だったのに、善人も悪人も関係なく殺されていく。
「やるせないな……」
「主様、詠唱が終わりました。行きます」
「ああ、頼む」
タリスとパステルが合成魔法を発動する。風の刃を発生させる魔法とは聞いていたが、その姿は見えない。
それは、いつしか龍のもとに辿り着いていたらしく、その翼を切断する。
龍は咆哮を上げる。こちらを睨み付ける様に見て口を開いた。
「やばい! タリス、パステルこっちへ!!」
「はい。私の命、主様に預けます」
いきなり命を預けると言われても困る。だが、守れるのは俺しかいないのだから、そうなるのは必然か。
タリスはぐったりしながらパステルの腕の中に居る。耐えられるとは言え、ギリギリだったのだろう。いつもの軽い返事が来ないのは少し寂しい。
そして、両手で持っている盾に衝撃が走る。
「グッ……」
俺は歯を食いしばりながらそれに耐える。全力で盾を押し、吹き飛ばされないように。
後ろでは、パステルがマジックポーションを飲んでいる。俺の事を信じて次の手に移る準備だろう。なら、ここで弱音を吐くのは男じゃないな。
「うおおおおおおおお」
俺は柄にも無く叫び声を上げる。そうでもしないと気合で負ける。この声の意味のあるなし関係なく、ひたすら力を込めるしかないのだ。
なら、テンションを上げて行くしかない。
「おおおおお……お?」
押されてくる力が弱くなってくる。どうやらブレスは終わったらしい。俺は必要以上に力を込めて盾と一緒に転倒しないようバランスを取る。
周囲に渦巻いていたピリピリした感覚も消えて静寂が支配する。
「パステル!」
「はい、魔法行きます」
パステルはタリスを俺に預けると、霧の魔法を詠唱し始める。龍は引き続きこちらを睨み続けている。ブレスを連続で放つ事は出来ないのだろうか。
ぐったりしているタリスの顔色は真っ青だ。魔力が少なくなるというのは、余程きついのだろう。その辛さは、魔法を使わない俺には一生解からない気がする。
「タリス、ポーションを飲むか?」
そう聞くとタリスは静かに頷いた。声を出すのも辛いのだろうか。アイテムボックスからマジックポーションを取り出して開けると、それを口元に近づける。
ゆっくりと液体を口に流し込むと、少しずつ顔色が良くなってきた。こう見るとタリスも可愛いもんだ。喋らなければ……だが。
「ありがとう、マスター。次はこれを開けてくれない?」
「……おい」
そう言って渡してきたのはコーラだった。……こんな時までお前は飲むのか?
仕方なく俺はそれを開けるとタリスに渡す。
「ありがと……んっんっんっ……げふぅ」
タリスは受け取りながら言ってくる。そして、一気に大量に飲みだしてゲップをしている。
さっきまでの気分を返せ。
「霧を発生させます」
「ああ、頼む」
パステルの詠唱が終わったらしく、周囲に濃い霧が発生する。ここからでは龍の姿が見えない程の濃さだ。
これなら、霧隠れのスキルが無くても近寄れるんじゃないか?
「後は待つだけだな」
「そうですね。ティアならやってくれると信じています」
俺の言葉にパステルはそう返すと、屋根の上に座り込んだ。今まで耐えてはいたが、限界だったのだろう。
パステルのこういう弱々しい姿は珍しい。演技なら良くあるけど。
俺は盾の前に立ち、2人を守るように佇んだ。
☆ ☆ ☆ ☆ ☆
「霧が……」
周囲に濃い霧が充満する。パステルが例の魔法を使ったのだろう。私はランスをアイテムボックスから取り出すと両手で持つ。
ご主人様たちにブレスが向かった時は、凄く焦ったけど耐えてくれたらしい。
霧のせいで龍の位置は見えないけど、臭いで解かる。あれほど憎んだ仇だ。忘れる事は無い。私はその臭いを頼りに走り出した。
多くの血の臭いが周囲を充満している。先程まで散々龍が殺していた人たちの血の臭いだ。
死体は消えてしまってもう無いが、その臭いだけは残っている。それでも私はかすかな臭いを頼りに走っていく。
そして、目視で龍の存在を確認する。未だにこちらに気が付かずにご主人様たちが居た方向をずっと見ている。
この霧隠れのスキルは姿だけではなく、音まで消してくれる。その為か、私が接近した事に全然気が付いていないようだ。
龍のお腹の下に忍び寄ると、私は一気に槍を突き出した。龍が叫び声を上げる。
槍の先端が鱗を貫通してお腹に突き刺さる。そこから血が噴き出して来た。私の体をその血が汚す。だが、今はそんな事に構っている余裕は無い。
すぐに先端を展開し、その体に固定する。その際にも大量の血が私にかかる。視界が赤く染まって見えなくなる。いや、見る必要は無い。攻撃する手段は、1つだけだ。
手にある感覚を頼りにトリガーを引く。すぐに爆音と共に反動が来る。更に大量の生暖かい血液がこちらに降りかかる。気持ち悪いが、これはこの攻撃が効いているという証拠だ。
続けて2発目を撃ち込む。今度は龍の体が大きく跳ねる。それに引きずられて私は少し浮いた。それでも槍を手放さずに必死で堪える。
3発目、これで倒せなかったらもう手がない。だが、躊躇わずにそれを撃ち出す。龍が大きな声で叫ぶ。そんな声も今の私には心地良い。
生前、出会った時は何も出来なかった相手。
無残にも父さんと兄さんを殺した相手。
戦闘も出来なかった母さんと村の人たちを殺した相手。
それが今、苦悶の声を上げている。それが心地よくない訳が無い。
龍は、槍と私が下にいるというのに走り出す。恐らく、痛みでジッとしていられないのだろう。
だが……龍は死んでいない。つまり、まだ攻撃が足りないという事だ。
「たお……せない……の?」
私は呟いた。頭の中を絶望が支配する。私は……また勝てないのだろうか。
かつての様に私はこの龍に対して無力なのだろうか。
私の指は無意識にトリガーに伸びる。
そして、目を強く瞑り、あるはずもない4発目を願ってトリガーを引いた。
☆ ☆ ☆ ☆ ☆
「霧が……晴れたのか?」
「ええ、そもそも短時間ですから」
屋根の上で俺たちはそれを見た。血塗れの龍だ。2発ほど砲撃の音が聞こえた。恐らく下に入り込む事に成功したのだろう。
そして、そう考えている間に3発目が撃ち出された。龍は口から血を吐き出す。どう考えても致命傷だ。
だが、龍はその状態で走り出した。これでもまだ死なないのか?
「まだ……威力が足りないのか?」
俺の呟きにパステルもタリスも返して来ない。これで倒せなかったら絶望的だ。
最悪、タリスとパステルにもう1発上位の合成魔法を使ってもらう事になる。今度は、魔力切れを起こしてしまう可能性があるにも拘わらず、だ。
「マジックポーションを飲みます」
「……そうね」
2人は覚悟をしてアイテムボックスからポーションを取り出す。俺は何も言えなかった。
敵を倒す為に命を捧げてくれ、なんて言える訳が無い。たとえ復活するとは言え、あの苦しそうな表情を見てしまうと、どうしても言えなかった。
そうしていると、龍の体がまた跳ねる。そして、背中から巨大な銃弾が貫通して飛び出した。
「……4発目?」
「その様です。3発しかないと聞いていたのですが……」
龍を見るとその体の下から反動か爆発かは解からない。ティアが吹き飛ぶように転がって行く。その手の槍を見ると銃身の半分が消えていた。
どうやら銃身は、耐えられずに吹き飛んでしまったらしい。
「すまん、下りる」
「……はい、ティアを宜しくお願いします」
どう考えても無謀だろう。もし、龍が生きていたのなら、その正面に出るなんて自殺行為だ。それを承知でパステルは、俺を送り出した。
それでも俺は屋根から下りてティアの元へと走り寄る。その体は血に塗れていた。龍の血なのか、ティア本人の血なのかは解からない。
俺は、自身に血が付着するなんて考えずにティアを抱き起こす。見た感じ大きな傷は無いようだ。暴発した破片が体に突き刺さったりもしていない。
「ティア! 大丈夫か!!」
「……ご主人様……龍は……」
ティアに声をかけると、かすれた声でそう聞いてくる。俺は、確認する様に龍のほうを見ると、既に龍は地面に横たわっていた。動く気配が無い。
そちらの方を凝視していると、その体が粒子に変わっていく。
「……倒せたみたいだ」
「そう……私は仇を討てたんだ……」
ティアは涙を流しながらそう言った。俺はそんなティアの体を抱きしめる。
実際には、迷宮のボスを倒しただけだ。ティアの世界の龍を倒した訳ではない。
だが、そんな野暮な事は言わない。ティア自身も解かっている事だろう。
今は仇を討てた事をその身に刻んで欲しい。
*4階層のボスが倒れました。5階層が開放されます。この拠点からこの部屋への直通ゲートが開放されます。また、ユニークモンスター、追加の販売項目が解放されました。*
アナウンス、空気読め。




