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迷宮と掲示板 改稿版  作者: Bさん
4章 街の迷宮
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48話

「さて、準備するか」


 あの後、俺はそのまま暫く固まっていた。皆俺に声をかける事無く探索の準備をしている。逞しくなったね。

 俺は起き上がり、汚れた手を叩きながら皆の様子を見る。いつものメンバーは変わらないが、今回からコクが参加するのだ。

 コクがティアとパステルに全身鎧を着せられ、動きにくそうにしている姿は微笑ましくて笑えた。


「ねぇ、この鎧って着なきゃ駄目なの?」

「駄目です。コクは護衛対象なのですから、万全な装備でいて貰わなければなりません」


 コクとパステルがそんな事を話していた。その鎧は俺たちの軽鎧とは違い、隙間が無いほどの造りだ。

 あれで戦闘をしろと言われても正直難しいと思う。重さもだが、それ以上に関節を動かす事が出来そうにない。

 全て装着し終えて、コクは試しに歩くようだ。

 1歩1歩しっかりと踏みしめて歩いているつもりなのだろうが、傍から見たら二足歩行のロボットの様な動きだ。

 本人は必死なのだろう。だが、その歩く姿はとても危なっかしい。ドワーフという種族柄、力だけはあるから、辛うじて歩く事は出来るようだ。


「あっ!」


 だが、少し歩くとその足をもつれさせて転倒する。

 そりゃ、慣れていない上に視界の悪い兜を着けていればそうなるよな。


「スズキさん、たすけてー」

「あ、はいはい」


 近寄ってとりあえず兜を外す。コクにしては珍しく泣きそうな表情をしていた。恥ずかしいのか、怖かったのかは理解しかねるが。

 起こす為に脇腹に手を入れて持ち上げる。いや、持ち上げようとした。


「重っ」


 コクは小柄だったのでそれほど体重がないと思っていたのだが、かなり重い。人一人とかそういう問題ではない。

 もしかして、この鎧は重量が相当あるんじゃないか?


「さすがにこれは動けないだろ」

「うーん……そうですね。もっと軽量化しましょうか」


 これを着せたパステルも無理だと判断したのか、そう言ってくる。歩けないのでは探索どころではない。

 それに迷宮内はこの拠点よりも地面が悪いのだ。毎回移動するたびに転倒していては探索どころじゃない。

 装備の変更はパステルに任せるとして、俺はPCへと向かった。1つ気になる点があるのだ。


 以前調べていた時、ドロップの切り替え機能があるというのを見つけていた。

 4階層では、雑魚敵が一切居ない為、すっかり忘れていたが今は素材を有効活用できるコクがいる。

 ドロップした装備品を直接売るよりも、補正効果がある状態で自動販売に流した方が多くの儲けが出そうだ。


 ただ、それだとコクに掛かる負担が増える。今回から一緒に探索をするので、余り1人だけに負担は掛けたくはない。

 分担でも出来れば良いのだが、鍛冶の知識を持っているメンバーはコクしかいない。

 今の階層が終わってからにした方が良いのかな……。

 そう考えていると背後に誰かが近付いてきた。


「スズキさん、何を見ているの?」

「ん? ああ、コクか。ドロップを素材にするか現品にするか迷っているんだよ」

「素材でドロップするの!? なら欲しい!!」


 声をかけてきたのは、パステルから解放されたコクだったようだ。俺の話を聞くと即答してきた。

 いつもはもう少し遠慮していた気がするんだが……。

 

「良いのか? 今以上の品物を作って貰うことになるぞ」

「それこそ望む所だよ。今の鉱床からの素材が足りなくてさ」


 そりゃ、1人で掘って作っていたら間に合わないよな。誰か採掘出来るメンバーを増やすべきだろうか。

 ティアとパステルには畑を任せているし、ネクは裁縫で何だかんだ言って忙しそうだ。タリスは戦力外。

 そうなると……俺しかいないじゃん。でも、スキルを消して覚えるくらいなら魔力感知を覚えるしなぁ……。

 なら、ドロップは素材にした方が良いか。


「解かった。ドロップは素材に変更する。自動販売で売る品物も大量に作って貰うことになるけど良いよな?」

「うん、色んな人に使って貰いたいから、その方が嬉しいよ。僕が出品して良いかな?」

「それで良いぞ。ここまで来ないとならないが、タブレットから出品出来たはずだ。売上はPCへ転送してくれればいい」


 タブレットの使い方は大丈夫だろうか。いや、最初は俺も一緒に付いてやった方がいいな。

 下手に安く出品して市場価格を壊してしまうと面倒だ。変な恨みは買いたくない。

 売上を誤魔化して横領したり出来るだろうけど、コクなら大丈夫か。タリスじゃあるまいし。


「最初は一緒にやってみよう。それより、探索の準備は出来たのか?」

「うん、僕は簡単な鎧だけになったよ。採掘もしなきゃならないしね」


 ドロップを素材に変更すると、コクの準備が出来たか聞いてみた。どうやら鎧は胴だけで他は着けていないようだ。

 採掘をするなら全身で力を込めないとならないだろうし、防具があると邪魔になるだろう。

 守ってやらないとな。


「さて、準備は整った。探索を開始しようか」

「主様、防具を着ずに行くのですか?」

「おおっと」


 そういえば、俺の準備が終わっていなかった。急いで着用すると、俺たちは全員で坑道へと移動した。




 迷宮に転移し、全員周囲を警戒する。

 目視出来る範囲には、敵の姿はなかった。パステル、タリスと共に感知スキルでの確認を行う。

 部屋の外には大量の魔物がいるようだが、部屋に潜んでいる敵はいないようだ。

 俺たちはいつもの様に隊列を作る。俺とティアが前衛、パステルとタリスが中間に、ネクが最後尾で後衛を守る形だ。


「僕はどこに行けば良いのかな?」

「コクはパステルとタリスと同じ場所へ並んでくれ。戦闘には一切参加しなくていい」

「うん、もちろんだよ。自分が戦えないという事は熟知しているからね」


 コクが胸を張ってそんな事を言って来る。自分が出来る事、出来ない事をちゃんと理解するのは難しい。

 どうしてもプライドが邪魔をして、何でも出来ると思ってしまう人も居るのだ。

 全てを1人でこなすのなんて不可能なのだから、分担というのは必ず必要になる。

 何より、仲間を信用して頼るというのは何においても重要な事である。


「ネク、後衛全員を守るのは大変かも知れないが頼むぞ」


 後ろからの襲撃は殆どないにしても警戒しなければならない。ネクにかかる負担は増えるだろう。

 俺はそう思いネクに声をかけると、任せておけ、という感情が飛んで来る。

 それを受けて俺たちは迷宮の探索を開始した。



「あっ! ここで採掘出来るよ」


 暫くゴブリンやドワーフを倒して進んでいると、コクが突然叫びだした。

 後ろでいきなり声を上げられて、ティアの肩がビクッと跳ねたが、それは名誉の為に黙っておこう。


「ネク、ティア。周りに敵の反応は無いが警戒を頼む。タリスとパステルはこっちへ。コクは採掘をしてくれ」


 俺を含めた前衛の3人は鉱床だと思われる場所を中心に半円状になって囲む。その中にタリスとパステルが入り、コクが採掘する形だ。

 これなら反応外からいきなり走ってきても守る事は出来るだろう。俺はマップを開きっぱなしにして光点をチェックする。

 これなら魔力反応の敵が来ない限り奇襲を受ける事はない。


「ここの鉱床は良いね。宝石類が出てくるよ」

「宝石? 何に使うんだ?」

「装飾品を作れるよ。特殊な効果を持つ物もあれば、ただ身を飾るだけの物もあるかな」


 この世界の装飾品は何かの効果を持つのか。それなら俺たちが着けても良さそうだ。

 ただ、指輪や腕輪だと防具がぶつかって邪魔になりそうではある。ネックレス辺り丁度良さそうだ。

 ピアスでも良いのだが、兜の着脱で引っかかって千切れたら洒落にならない。


「指輪……」


 ボソリとティアがそんな事を言ってくる。この世界でも指輪って重要な意味を持つのだろうか。

 いつかは結婚とか考える必要が出てくるのかね。今は、この状態が良いから、そのままで居たいけども。


「あれ、もう枯れちゃった」

「早いな。終わったのか」

「そうみたい。余り数は取れないんだね」


 時間にして10分くらいだろうか。俺たちと話しながら採掘をしていたらしい。

 危険がある場所なだけにそれほど多くの鉱物はないのだろう。


「それじゃ、次へ行こうか」


 皆に声をかけて探索を再開する。この日はここ以外に3箇所採掘して帰還をした。




「あっ!!」

「ん? どうしたコク。トイレならその辺でしても大丈夫だぞ。周囲に魔物の気配はない」

「違うよ! ダーククリスタルが出たんだよ!!」


 あれから5日くらいだろうか。俺たちは相変わらず、金稼ぎの為に探索をしていた。

 素材は全てコクが装備に変えて自動販売で売っている。補正が高い装備だけに好評の様で出せば売れるという具合だ。

 市場の価格とも比較して、高くもなく安くもない価格で売っているだけに、相当な稼ぎになっていた。

 コクは負担どころか、毎日楽しそうに装備を作ってくれている。ドワーフの体力はどこか違うのかね。


 そして、そろそろ自動販売で目当ての素材が買えそうだ、という時にこれである。

 タイミング的には最適だろう。最初から2つ以上必要だったのだから、自動販売で買うのと併せれば目的が達成できそうだ。


「よくやった。それじゃ、それを失わないように今日の探索は終わりにしよう」

「では、先程の部屋まで戻りましょう。ここで帰るのは危険です」


 俺が今日は終わりだと告げるとパステルが提案をする。この流れはいつもの事だ。

 パステルがサブリーダーの様な役目をしてくれている。

 ネクは喋れないし、タリスはあの調子だ。ティアも喋るのは得意ではない。

 思慮深いパステルが、その役目を担うのは順当な流れだ。変なスイッチが入らなければ、だが。


 俺たちはその部屋へと移動すると楔を設置して拠点へと帰還した。



「スズキさん、早速作ってくるね!」

「ああ、頼む。調合はこっちでやるから、武器の研究を頼んだぞ」

「うん、任せて」


 そう言ってコクは鎧も脱がずに地下へ走っていく。余程楽しみだったのだろう。

 この間、先端に取り付ける部分以外は出来ていると言っていた。

 深夜に鍛冶場が爆発して慌てて乗り込んだり、鉱床でつるはしを持ったまま寝たりしていたのはご愛嬌という奴だろう。

 本人は負担と言っていなかったが、相当無理をしていたと思う。

 だが、俺たちはそれに関して、何も言わなかった。本人が無理をしていないと言うのだから、それを信じるだけだ。


「さて、皆解散してくれ。ティア、料理は出来ているか?」

「うん、ゆっくりだけど追加していった。大体10日分はある」


 以前の様に慌てて作る必要はない。時間がかかるというのが解かっていたのだから、毎日少しずつストックすれば良い話だ。

 尤も、予定の半分以下で達成できてしまったのだから、そこまで余裕はなかったかも知れない。

 ティアと話しながら横目でタリスが飛んでいくのを見る。コタツの部屋に飛んで行っているようだし、いつものようにテレビだろう。

 ネクは鎧を脱いでその後を追っていく。何だかんだであの2人は仲が良いな。


「主様、本日から4日ほどお暇を頂いてもよろしいでしょうか?」

「ん? 何でだ?」

「龍の出現が本当に同じ時間か確かめに行きたいのです」


 そうパステルが言って来る。そういえば、毎回必ずその時間に現れるとは限らないのか。

 ティアに攻撃する予定の武器を持たせて、隠れてもらわないとならない。

 俺たちと同じ場所に居たのでは、龍に気が付かれてしまう可能性があるのだ。

 そうなると出現する前にどこかに潜んで待機する必要があるだろう。その場所を調べる為にも、一旦迷宮に滞在しなければならないだろう。


「解かった。食料は、アイテムボックスのを好きなだけ食べてくれ」

「ありがとうございます。では、準備してきます」


 そう言って去ろうとするパステルの手を取る。驚いたような表情でこちらを見てくるが、俺はそれを気にせずに抱き寄せる。

 4日も離れるんだ。少しくらいこうして抱きしめても良いだろう。


「あ、主様。どうしたのですか?」

「少し……こうしていて欲しい」


 俺がそう言うと、パステルもまた俺の背に腕を回してくる。パステルの身長は俺より少し低いくらいだ。

 抱き寄せると顔が近付く。このまま押し倒しても良いのだが、さすがにそんな事をしたら今日は出発できないだろう。なので我慢をしておく。

 パステルの表情を見ると、目が泳いでいる。自分の使命感と俺と一緒にいたい感情が揺れているのだろうか。


「さて、これくらいにしておこう。パステル、頼んだぞ」

「は、はい。こほん、では行って参ります」


 パステルは軽く咳払いをして気を取り直す。そして、その少し赤くなった表情を隠さずに地下へと歩いて行った。

 恐らく飲み物の確保をするのだろう。俺がいつまでもここに居たのでは、邪魔になりそうだ。

 無限箱から薬草を取り出すとコタツへと向かった。





「スズキさん! 試作品が完成したよ!!」

「んあ? コクか? 今何時だ……」

「んん……」


 突然、コクが寝室に入ってきて言って来る。俺と同じく起きてしまったのか、ティアが俺の腕を抱きしめてモゾモゾしていた。

 時計を見ると3時となっていた。完成したからと興奮しているのは解かるが、時間を考えて欲しい。

 だが、頑張って作ってくれたんだ。その好意を無下には出来ない。


「おめでとう。見せて貰うのは……後にしよう。さすがにこの時間ではネクもタリスも寝ていると思う。起こすのは可哀想だしな」

「あ……今、何時だっけ? スズキさん、ごめんなさい。興奮して時間を見てなかったよ」

「いや、良いんだよ。こんな時間までありがとうな」


 そう言って俺はコクの手を握る。するとコクは顔を赤くしてすぐに手を離した。


「ス、スズキさん! 僕はお風呂に入って寝るね!!」

「あっ」


 コクは慌てて部屋を出て行った。何かまずい事をしたかな。

 お礼を言って手を握っただけなんだが。


「女たらし」

「もしかして、結構まずかったか?」

「コクも満更じゃなかった。問題ない」


 ティアはそう言うと上半身を起こした俺の体を押し倒す。

 何かをする訳ではなく、そのまま抱きついて目を閉じた。こんな時間だしな。

 俺はティアの体を抱きしめ返して目を閉じるのだった。

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