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迷宮と掲示板 改稿版  作者: Bさん
4章 街の迷宮
57/88

ティアの記憶

~これは、スズキの使い魔である獣人ティアの生前の記憶

 そして、獣人の戦士レオナの最後の記憶~



「ハッ」

「甘い。これで終わりだ」


 私は剣を目の前の男に突き出す。だが、その剣は軽く避けられてしまう。

 大きく隙の出来た私の横腹に男の剣が当たる。

 痛みは殆ど無い。恐らく手を抜かれているのだろう。

 それ程までに目の前の男と私の力の差は歴然としていた。


「レオナ、お前の攻撃は単調過ぎるんだ。もう少しフェイントとか混ぜろよ」

「……兄さん。それが出来たら苦労しない」


 目の前の男――兄さんは、呆れながら私に言ってくる。

 それが簡単に出来たら誰もが達人になっていると思う。


「ま、レオナもまだ若い。これからだろ」

「兄さんと2つしか違わない」


 兄さんは私の頭を撫でながら言ってくる。

 もう子供じゃないのに、こういうのは昔から変わらない。

 

 私たち猫型の獣人は15歳くらいで大人として扱われる。

 私はもう18歳だから十分大人だ。

 

 殆どが15歳で結婚して家庭を持つ。だけど、私も兄さんも独身を貫いている。

 兄さんは村で一番強い剣士。私も兄さんに次いで強い部類に入っている。

 その為、婚期を逃していると言われているけど、私自身剣を学ぶ事が楽しくて恋愛どころじゃない。

 兄さんが結婚をしないのは解からないけど、私と同じく剣の道を進むのが楽しいのだろう。


「うう……もっと強くなりたい」

「レオナ、過度の力を求めるな。俺たちの剣の師匠も言っていただろう?」


 兄さんは強いからそう言えるんだ。

 私たちに剣を教えてくれた人は流れの剣士だった。

 相当な手練で当時の村の戦士たちを簡単に倒してしまった。

 と言っても、殺し合いと言う訳ではなく試合形式の模擬戦だったので、怪我をした人が数人居た程度だ。

 

 その剣士の技に惚れ込んだ私と兄さんは、その人から剣の技を学んだ。

 日数としては2ヶ月ほどだったけど、その剣士の人は剣術の技術書を残してくれた。

 その剣術はディック流双剣術という流派らしい。

 その剣士がディックという名前ではなく、200年くらい前に魔王を倒した戦士団の1人が広めた流派らしい。

 

 書には、剣の技以外に心構えも記載されていた。

 その中で一番重要みたいに書かれているのが”過度の力を求めるな。力に溺れるな”という文面だ。

 このディックという人の過去に何があったのかは解からないけど、確かに殺す事を楽しんでしまうようになっては狂人としか言えない。

 私たちが学びたいのは、村人を守るための剣だ。殺戮を振り撒く剣じゃない。


 それでもいざと言う時、力が足りなくて守る相手を守れないのでは元も子もない。


「それでも力が欲しい。皆を守れる力が」

「ふぅ……仕方ないな。方向性が決まっているのなら大丈夫だろ。3日後に父さんが、周辺の魔物の掃討をやるって言ってたから、それに参加出来るように言っとくよ」


 魔物の掃討とは、初代魔王が作り出し世に放った生物の掃討になる。

 その魔王が討伐されて200年も経った今でも多く残っている。

 この魔物が村や街を襲う事が良くあり、滅んだ村は数え切れない。

 そうなる前に数を減らして、治安を維持するのは大抵の村で当たり前のように行われている。


「本当?」

「多分な。レオナの腕なら慢心さえしなければ大丈夫だろ」


 兄さんや自警団と訓練をする事は多くあったけど、実戦と言うのは余り無い。

 あったとしても魔物ではなく野生の動物を狩猟する場合にしか連れて行って貰えなかった。

 訓練でも強くなる事はできる。だけど、実戦に勝る経験はない。

 ただ……団長である父さんが許してくれるかどうかが問題だった。


「レオナを連れて行くだと?」

「ああ、そろそろレオナにも実戦の経験を積ませたい」


 夕食時、父さんと兄さん、そして母さんの4人で食卓を囲んでいた時に兄さんが提案をした。

 父さんは、少し渋そうな表情をして考え込んでいる。

 戦力として考えれば私の力でも十分渡って行けると知っているはずだ。


「ふむ。頃合かも知れないな」

「ありがと。父さん」


 承諾を得てすぐにお礼を言う。下手に長引かせて気が変わったとかになると困る。

 どうしても私は早く皆を守れるようになりたい。



「レオナ、こっちだ」

「兄さん、何?」


 翌日、兄さんが私を納屋へ連れてくる。確かここは倉庫になっていたと思う。

 興味はあったのだけど、私は危ないから入るなと言われていた。

 

「遠征に行くのに鎧が必要だろ? 丁度良いのがあるんだ」


 そう言って兄さんは納屋へ入っていく。私はその後ろを付いて行く。


「あった、これだ」

「……鎧?」


 兄さんが見せてきた鎧は……一言で言うと骸骨だった。

 胴の部分しかない簡素な鎧だけど、どう考えてもデザインがおかしい。

 着たら呪われそう。


「兄さん……これはちょっと……」

「嫌か? どうせ外套を羽織るんだ。見えやしないって」


 その時の私は口はヘの字になっていたかも知れない。

 折角の初陣なのにこの鎧は酷い。


「他には?」

「ないぞ。この鎧は硬くて軽いし、これでいいだろ」

「むー」


 その鎧に恐る恐る触れる。その感触は金属の物ではなかった。

 何かの骨なのだろうか。

 手に持って見ると凄く軽かった。

 下手をしたら服と変わらない。これで鎧として機能するのだろうか。


「とりあえず着てみろ。サイズは自動調整してくれる魔法がかかってる」

「凄いね。そんな魔法がかかっている品物は珍しい」


 高価な防具であれば、そういう魔法がかかっていると聞いた事がある。

 私たちの様な普通の村にあるような品物ではない。

 あったとしても父さんが自慢していた鎧くらいだと思っていた。


 私はそれを頭からかぶるようにして着る。

 複雑な作りでもないし、軽いのですぐに着れた。


「おー、レオナ。にあ……ぶっはははははは」

「むー」


 兄さんに言われなくても解かる。

 凄く似合っていないだろう。

 

「兄さん。着ての戦闘を試したい。相手になって」

「ヒィヒィ……ああ、解かったよ」


 兄さん笑いすぎ。私はムッとした表情を作り睨む。

 

「まぁ、防具としては優秀なんだからいいじゃないか。兜もあるけどいるか?」

「いらないっ。さっさと外にいこ」


 私は兄さんの手を引いて倉庫から出る。

 そして、鎧を着用した実戦形式の訓練を行うのだった。

 




 2日後、村の入り口には10名ほどの自警団員が揃っていた。全員見知った顔だ。


「団長。皆揃っています」

「そうか。隊列は昨日話した通りだ。皆の健闘に期待する」


 父さんがそう言うと皆が隊列を組む。基本的に円形で前衛と後衛には最も強い剣士が配置される。

 私は真ん中で守られているような気になってしまうが、これもまた必要な事。

 私の役目は中心にいる魔術師を守る仕事だ。突破してきた魔物が、無防備な魔術師を攻撃したら命に関わる。


 私たちは隊列を組みながら村周辺の魔物を狩り続ける。

 主に狼のような野生の生物から、得体の知れない魔法生物まで多種多様だ。

 この掃討は1日では終わらず数日掛けて広い範囲で行われる。

 少し倒した程度では繁殖力があるのか、すぐに増えてしまうのだ。


 途中危なげも無く1日目の狩りが終了した。

 私が活躍するような事は無く、気を張っている程度でしかなかった。

 怪我人も少なく、魔術師の回復魔法で治療できる程度の傷しかなかった。

 今日は概ね成功だとも言える。


 皆黙々と野営の準備に入る。

 仲が悪い訳じゃなくて気を楽にするのは、しっかりと準備を終えてからにしないと安心が出来ない。


「レオナさんどうぞ」

「ありがとう」


 仲間達と焚き火を囲んでいるとライラさんからスープを手渡される。

 ライラさんは、討伐メンバーの中で副隊長的な役割をしている。

 何かとこの討伐の初心者である私の事を気遣ってくれている。

 確か、兄さんの事が好きだった気がする。全然兄さんは気が付いていないみたいだけど。

 そのスープを受け取り口を付ける。

 村で食べられる様な美味しいものではなく、乾燥させた野菜をお湯で戻して塩を入れた程度のスープだ。

 それに日持ちのするパンを浸して食べる。質素だけど、野営中の食事としては贅沢は出来ない。


「よう、レオナ。初日はどうだった?」

「どうも何も出番はなかった」


 ゆっくりと味わうように食べていると兄さんがやってきた。

 兄さんは後ろの方でしっかりと戦っていた。

 私に実戦の空気と言うのを知って欲しいだけなのかも知れない。

 直接戦えないのは残念ではあるけど、貴重な経験でもある。重要なのはこの経験を無駄にしない事だ。

 

「それにしてもメンバーが偏り過ぎだな。親父の差し金かね」

「偏ってる?」


 兄さんが何のことを言っているのか解からなかった。

 ちゃんと前衛と後衛のバランスは良かったと思う。その証拠に大怪我をした人は居ない。


「ああ、殆どが既婚者だし、それ以外は女だろ?」

「言われてみれば……」


 どうしてだろう? 私みたいに実戦を積ませなければならない若者は多かったと思う。

 兄さんは何かに気が付いたみたいだけど、それを言ってくる事はなかった。




「予定より早いが、この辺りで村に戻るぞ」


 父さんが指示を出す。

 あと2日は掃討の予定だったけど、思ったより順調に進めることが出来ていた。

 いや、順調と言うよりは魔物の数が少なく、予定の範囲が早く終わってしまったのだ。


 嫌な予感がする。

 他のメンバーもそれは同じらしく、皆気が立っている。

 早く村に戻って安心をしたい。


 私たちは少し急ぎ足になりながら村への道を進んでいく。

 私も含めて皆の表情は硬い。獣人族は勘に頼る事が多い。

 そして、その勘が告げている、何かが村で起きていると。


 村が近くなるに連れて焦げた匂いが漂ってくる。

 誰かが食事を作る際に焦がしてしまったのか。

 それなら笑い話で済む話だ。


 だけど、村に着いた私たちが見た光景は違っていた。


「これは……何が起こったんだ……」


 誰が呟いたのかは解からない。

 そこに広がっていた光景は凄惨なモノだった。

 焼け落ちた家。道に無造作に転がっている死体。

 逃げる事が出来ずに小屋ごと潰され死んでいる家畜。


「皆、気を付けて生き残りを探してくれ……」


 父さんがかすれた声で告げると、皆自分の家族の安否を確認しに向かった。

 父さんは指示を出す為にその場に残る。私と兄さんは、呆然としながら自宅へと向かった。


「母さん……」

「きっと無事だ」


 自宅に着いた私が呟くと、兄さんが慰めるように言ってくる。

 家は原型を留めていなかった。これは何かに押し潰された様な酷い有様だ。

 魔物の襲撃だと思っていたのに、これは更に大きな何かによって破壊された跡だ。


「襲撃の際は避難場所が決まってる。死んでいた人も自警団員だった。きっと他の人はそこに逃げたはずだ」

「……うん」


 今出来る事は、他の村人たちと合流する事だ。

 復旧活動は安全を確認してからじゃないといけない。

 どちらにしても瓦礫を片付けるには、私たちだけでは足りない。


 父さんの所に戻って家の状況を伝える。

 その話を聞いて父さんは、そうか、とだけ答えた。

 ポツポツとその場に現在の状況を確認した団員が集まってくる。


「人員を半分に分ける。1つは避難場所へと村人を迎えに行く。もう1つは……誇りある死を遂げた団員を弔ってくれ」


 全員が集まった時、父さんがそう告げた。

 そして、人員の整理が行われる。私や兄さんは村に残る方に選ばれた。

 避難所へ向かうのは、父さんや家族が避難所に逃げたと思われる人たちだ。

 もし、魔物や人による襲撃であった場合、避難した村人を追撃している可能性がある。

 

 残るメンバーは、私も含めて皆若かった。

 まるで、戻ってこなかったら全てを捨てて逃げろと言わんばかりだ。

 全滅するよりは、少しでも生き残る方が良いという事だろう。

 私たちは何も言えずに、避難所へ迎えに行く人たちを見送った。




 無言で村の中の犠牲者を集めていく。

 皆、何かを話す事は無い。死者は全員顔見知りなのだ。

 下手に口を開いてしまうと悲しみで作業が進まなくなる。


 無言で、感情を出さずに作業を進めていく。

 死者を墓地に集め、墓を掘り埋葬していく。

 それらを全て終えた私たちは、村の入り口に数名の見張りを立てる。

 そして、父さんや村人たちの無事を祈りながら、数少ない無事な建物の中に静かに身を寄せるように集まった。


「レオナ、父さんは強い。大丈夫だ」

「うん……」


 兄さんが私に声をかけてくれる。だけど、それだけじゃ不安は消えない。

 この村に一体何が起こったんだろう。

 私は膝を抱えながらそんな事を考えていた。


「ライラ。そろそろ……」

「そうね。頃合かしらね……」


 兄さんとライラさんが何かを話している。

 皆その会話に聞き耳を立てている。

 

「俺は父さんたちを探してくる。何にしても情報が必要だ。何に襲われたのかくらいは知らないと対策が取れない」

「危険よ!? この村の自警団だって決して弱くないのよ。それがここまでやられるなんて尋常じゃない」

「それでも俺は知りたい。俺は敵を知らずに生きていくなんて出来そうに無いんだ」


 兄さんがそう言うとライラさんは黙った。兄さんもライラさんの心情を察してあげて欲しい。

 

「仕方ないわね。でも、決して無理はしないこと。ちゃんと私たちと合流してね」

「ああ、俺だって自警団でも対応できない相手に一人で挑むほど無謀じゃないよ」


 そう言って兄さんは、ライラさんに笑いかけていた。

 明らかにライラさんは安堵の表情になっていく。だけど、私には解かる。あれは、死地に行く者の顔だ。

 私たちに剣を教えてくれた師匠が、旅立つ時にそんな表情をしていた。

 その頃の私たちは気が付かなかったけど、後に聞いた話ではある魔物と戦い、壮絶な最後だったらしい。

 

「兄さん。私も行く」

「レオナ、駄目だ!」


 私が名乗り出る。剣の腕は兄さんに劣るし、実戦経験も乏しい。

 だけど、私が居る事で兄さんは無茶が出来なくなる。ライラさんの為にも、私の為にも兄さんには死んで欲しくない。


「そうね。レオナ、頼めるかしら。そうすればこの人も行動を制限されるでしょ」

「ん、任せて」

「仕方ねぇな。絶対に無理はするなよ」

「兄さんこそ」


 ライラさんから援護が来るとは思わなかった。兄さんは自分の頭を掻きながら承諾してくれる。

 戦う事じゃない。敵を知る為に偵察をしに行くんだ。


「それじゃ、行ってくる。そっちも無理はするなよ」

「もちろんよ。隣町で待ってるわ」


 最後に声をかけて私たちは建物を出る。目指すは避難所。父さんたちが帰って来ない理由を探る為に。

 





 避難所までの道を走る。周囲には気配が全くない。

 普段であれば動物の気配の1つはあるのだけど、今日に限ってはそれすらない。

 私と兄さんは走っていた足を止め、気配を隠して歩く。どう考えても嫌な予感がする。

 暫くそのまま進んでいくと避難所へ到着する。


 そこには、巨大な体を持つ龍が佇んでいた。

 高さは5mほど、全長は20m以上あるだろう。

 紫の鱗を持ち、その体は放電していた。これでは近付く事すら出来そうにない。

 そんな圧倒的な存在感を持つその龍は、私に気がつくこともなくただ座っていた。


 その周囲には……多くの死体が転がっていた。

 頭のない死体。体が焼かれて黒く焦げている死体。上半身がない死体。

 非戦闘員である村人も、戦い方を熟知している自警団員も関係ない。

 ただ平等にそこには死が撒き散らされていた。


 誰か生き延びているかも知れない。そういう願望はあった。

 頭がなく近くの木に貼り付けられている死体。

 その死体が着ている鎧には見覚えがあった。

 父さんが討伐隊で着ていた鎧だ。昔町に行って買ったと自慢していた。

 

 厳しくも私の事を大切にしてくれた父さん。

 龍に無残にも殺されていた。


「ああ……」


 思わず声が漏れる。私の心は絶望に黒く染まっていく。

 こいつが……こいつが父さんを殺した。母さんだってあの中の死体のどれかかも知れない。

 そう思いながら龍を睨む。兄さんも同様だ。

 殺気が篭っていたからか、龍はこちらに気がついてしまった。龍はゆっくりと顔をこちらに向ける。


「小さきものよ。お前は我を楽しませてくれるか?」


 突然声をかけられた。音の発生源はあの龍だ。

 楽しむ? まさか、この龍は自分が楽しむ為だけにこんな事をしたんだろうか。

 そんな事の為に父さんと村人たちを……。


「こいつらは弱くて面白味もなかったぞ。お前はどうかな?」


 まるで遊ぶかのように殺戮を行ったのだろうか。遊びで私の家族は、友人は殺されたのだろうか。

 

「レオナ、お前は逃げろ。俺が時間を稼ぐ」

「ごめんなさい。足がすくんで動かない」


 龍の眼光の迫力の影響か、体が動かない。兄さんは動けるのだろうか。

 これでは、逃げるどころか、足手纏いにしかならない。

 尤もあの翼で飛ぶ事が出来るのなら逃げられる気がしない。


「……そうか。なら、覚悟はしておけ」

「うん……」


 兄さんが言う覚悟とは、死ぬ覚悟だ。

 戦士になった時にそれくらいは出来ているけど、実際それが降りかかるのとはまた別問題だ。

 私は父さんや村人たちの遺体を見る。自分もああなるのか。そう思うととても怖い。


 兄さんが龍に向かって走り出す。

 だが、龍は全く動かない。まるでその攻撃を試しているようだ。

 兄さんは剣でその体を斬り付けるが、傷1つ付かない。これじゃ、戦いにすらならない。


 なら狙うとすれば、柔らかい部分だ。しかし、龍の体は全体が鱗に覆われている。

 柔らかい部分なんて口か目くらいだろう。高さ5mもある位置の目を狙うには龍の体をよじ登らないとならない。

 そんな事は不可能だろう。


 そして、龍は飽きたのか、それとも失望したのか兄さんに攻撃を仕掛ける。

 その太い手に付いた鉤爪が兄さんを襲う。速い!!

 私では到底かわせない速度だ。兄さんはそれをギリギリかわすと距離を取る。だが、龍は体を回転させると尻尾で殴りかかってくる。

 体勢が整わない兄さんはその尻尾をまともに食らってしまう。


「に、兄さん!!」


 咄嗟に防いだと思われる剣は折れていた。破片が宙を舞う。

 そして、兄さんも一緒に……。

 地面に落下した兄さんを中心にして血が広がる。

 私は、足が動かない事も忘れて駆け寄る。何度も足がもつれて転びそうになるが、どうにか踏ん張って耐える。


「兄さん!!」

「レ……ォナ……逃げ……ろ」

「出来ないよ! 兄さんを置いてなんて!!」


 私は兄さんの上半身を起こし、その体を抱きしめながら言う。

 兄さんの体に全然力が入っていなかった。どう考えても致命傷だ。

 このまま逃げられたとしても……もう……。

 私の目からは涙が溢れる。兄さん……。


「つまらんな」


 そんな声が聞こえる。私は龍の方を見て睨みつける。

 龍の口が開き、その周辺が放電して行く。あんな感じのを雷の魔法で見た事がある。

 だけど、その光はその時の比じゃない。ドラゴンのブレス。おとぎ話で聞いた事があった。

 ああ、私、死ぬんだ。

 そう思いながら兄さんを抱きしめる。私一人で死ぬんじゃない。

 兄さんや父さん、母さん。他の皆も一緒だから怖くは無いかな。

 

 ライラさん、兄さんを連れて帰れなくてごめんなさい。


 そして、私の視界は光に包まれた。



*ティアは記憶を取り戻した事で、ディック流双剣術を思い出しました*

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