45話
「では、行って参ります」
「良い報告期待しててね」
そう言ってタリスとパステルが移動する。物陰に隠れてカモフラージュの魔法を使うのだろう。
俺たちは今は待機するしか出来ない。盾の取っ手を強く握る。
今までも強敵とは戦ってきたが、対処出来る相手ばかりだった。
今回の相手は今までとは違い、勝てないこと前提での戦いだ。
「ご主人様。落ち着いて」
そう言うとティアが俺の手を握ってくる。いつの間にか俺は震えていたようだ。
小手を着用しているから金属を挟んだ繋がりだ。それでも俺はその心遣いが嬉しかった。
『まるで、初陣に出る新兵みたいだね』
「う……恥ずかしいな」
ネクからもツッコミが来る。新兵というには大分実戦を積んでいる訳だが。
今までかなり戦闘を行ってきたのに未だに緊張するもんなんだな。
『でも、その新兵の様な心構えで良いと思う。戦いよりも、活躍よりも、必ず生き残るってね』
「そうだな。だが、それはお前たちもだぞ。生き返るからって死ぬ所は見たくない」
「もちろん。私たちだって死にたくはない」
草原の上空を飛んでいる龍を見る。あれだけの巨大な龍だ。
あれと対峙をすると考えれば、歴戦の勇士であっても恐れるだろう。
そのまま目で龍を追っていく。すると、突然ガクンと龍が落下していく。成功したようだ。
城壁にいる兵士たちが慌てだす。そりゃ、いきなり攻撃していた龍が落下したのだ。
これを好機と城門の所では、部隊の編成が行われている。どうやら接近戦を仕掛けるようだ。
城門から攻撃しても龍のブレスによって多数の死者が出ている。矢が殆ど通じないのだから近接戦闘に移すしかないだろう。
「主様、戻りました」
「らくしょー」
「お疲れ様。兵士達は突撃してくれるようだぞ」
待っているとパステルとタリスが戻ってきた。実にスムーズな仕事っぷりだな。
集結してくる兵士を遠くから指差す。こうなれば城門が開くのも時間の問題だろう。
「タリス、あの風の強化魔法は使えるか?」
「いけるわよ」
「なら、城門が開いたら頼む。どちらにしても兵士たちが通らないと俺たちは進めないからな」
動きが速くなれば、それだけ短時間で接近できる。
あの巨体での攻撃もそうだが、ブレスもまた危険だ。盾で防ぐ事は出来そうにない上に広範囲なのだ。
位置によっては回避不能という事態に陥る可能性がある。
その時、速度を上昇させていれば範囲外に逃げられる可能性が高まるのだ。
「集まって何か号令をかけるような事をしているよ。皆準備して」
兵士たちの集団を見ていたコクが言って来る。戦いの始まりだ。
剣を抜いていつでも走れるように覚悟をする。
「あたしたちは、どうすればいいのかしら?」
「恐らく主様は考えていないでしょう。サポートに徹した方が良さそうです」
俺がいつでも飛び出せるように覚悟を決めて正面を向いていると、後ろからそんな声が聞こえてくる。
ああ、そうだよ。何も考えてねぇよ。
「全て任せる」
それだけ言っとく。正直、魔法の事に詳しくないのだから、どう指示を出して良いのか解からん。
そして、城門が開き始める。兵士たちが龍の待つ草原に走り出した。
タリスから強化魔法が飛んできて、俺たちを包み込む。
「ネク、ティア。行くぞ」
俺は2人を見て言うと走り出した。
「これはまた……」
「ひどい」
門を抜けて龍の姿を確認した。確認をしたのだが……そこには、立っている兵士が1人も居なかった。
数百近くの兵が城門に集まっていたのに、この短期間で全滅かよ。死体は少しの間は残る。
すぐに死体は全て粒子となって消滅した。呆然としている俺にネクが小手で俺の肩を軽く叩く。
そうだな、俺たちが出来る事をしなければ。
全員無言で走り出す。巨大な龍の迫力に怖気付いたら負ける。俺はその龍を睨み付ける様に見ると視線を逸らさない。
俺たちは全員散開して各方向から迫る。近くだと一気に薙ぎ払われたり、ブレスで一掃される可能性がある。
なら、1人でも確実に辿り着いて目的を達成する。
敵はネクの方を見る。鋭い鉤爪が付いた腕を振り下ろしていた。
ネクはそれの軌道を予測し回避する。そのまま接近すると、ハンマーの反対側に付いているピックの部分を鱗に引っ掛けた。
強く引っ張るが、簡単に鱗は剥がれそうにない。
俺もまた接近し鱗と肉の間に剣を突き入れる。そのまま梃子の原理で剥がそうとするが、中々剥がれない。
そりゃ、簡単に剥がれたら、全部剥がして攻撃出来るだろう。
こちらには攻撃が来ないので、一気に力を込めて剥がそうとする。少し鱗が浮いてもう少しか、と思った瞬間鱗が帯電をし始める。
嫌な予感がする。直感スキルが告げたのか、今までの経験から感じたのかは解からない。俺は剣をそこから抜くと龍に背を向けて一目散に走る。
すると、背後が光った。俺は立ち止まり、反転するとその様子を見る。龍を取り巻く何かが発生していた。
「あれは、放電しているのか?」
龍を取り巻く青い線がランダムに発生している。もし、あれが電圧や電流であったら、触れただけで即死するか良くても気絶するだろう。
ネクとティアも気が付いたらしく、距離を取っていた。全員無事のようで良かった。
だが、あれが放出している間は近寄れない。それにまたいつあれが放たれるのか解からない。それでは接近するのが難しい。
だが、おかしい。放電したまま突っ込んでくれば、俺たちは回避するしかない。あの巨体を高速で動かしてきたのなら回避すら難しいだろう。
なのに、突っ込んでくる気配が全くない。もしかして、あの放電中は動けないのか?
決め付けるのは危険だが、1つの可能性として頭の隅に置く。しかし、あの光を見ると目が疲れるな。
暫く待っていると、放電が止む。再度発生する事を恐れて、突撃をしないのは愚かだ。目的を果たす為には接近して剥がすしかないのだ。時間を稼いでも仕方が無い。
俺たちは、走って一気に接近する。もし、また放電するのなら急いで剥がさないとならない。
時間をかけてこの強化魔法が解けてしまった方が危険だ。
剣を突き入れて力を込める。さっさと剥がれろよ。
さっきよりも少し剥がれてくる。もう少しだ。
そして、また鱗が帯電し始める。俺はすぐにその場を離れた。だが……。
「ネク! 早く離れろ!!」
俺とティアは龍から離れていたが、ネクだけ離れようとしない。未だに鱗を剥がそうとしている。
ネクほどの戦士が危険を予測していない訳が無い。そして、ネクは鱗を剥がして俺の方に投げ付けてきた。
鱗が俺の近くの地面に転がる。そんなことより、ネクが……。
放電に巻き込まれて一瞬で消滅した。
俺たちはネクが消滅して行くのを見続ける。ハッと気付き、鱗を拾うとアイテムボックスへと仕舞う。
ネクは自分を犠牲にし過ぎだと思う。初めてオーガと戦った時もそうだった。
「ティア、ネクの意思を無駄にしないためにも撤退するぞ!」
「うん」
俺たちは、城門へ向けて走り出す。距離を取れば戦闘エリアから離脱と見なされて、転移の羽を使えるだろう。
だが、龍も俺たちを逃がさない様に追って来る。その重量から来る振動が恐ろしい。
後ろは見ずにとにかく走る。城壁が見える所まで来ると直感が突然告げた。
俺はその直感に従って全力で地を蹴り前方に飛ぶ。着地を考えては居ない。前転するかのように転がる。
そして先ほどまで居た場所を龍の腕が通過した。あっぶねぇ……。
すぐに起き上がり再度走ろうとした瞬間、龍の尻尾がこちらに迫っていた。回避は間に合わない。
俺はそのまま食らうよりは盾で防いだ方が効果的だと判断する。そして剣を投げ捨て前面に盾を両手で構えると、すぐに尻尾が俺にぶつかった。
「――ッ!!」
声にならない叫びが口から漏れる。盾は拉げ変形して行く。俺はその勢いのまま吹き飛ばされた。
宙を舞い、地面に落下する。
「げふぉ」
地面に落ちた時、肺から息が漏れる。両腕がやばい。感覚がない。折れているのかどうか怖くて見れない。
だが、足は大丈夫だ。体にも影響は無い。意識は問題なく残っている。なら、動ける。
そのはずだった。
正面を見ると、龍が俺の方を向かって口を開いている。あれは……ブレスか?
この状態では避けようがない。だが、諦める訳には行かない。
「にいさぁぁぁぁあぁぁん」
突然、叫びが聞こえた。誰の声だ? 俺は兄さんよりもお兄ちゃんの方が嬉しいんだが。
いや、今はそうじゃない。立ち上がり、その場を離れなければ。
ティアが物凄い速度で走ってきて、俺の正面に立つ。俺を庇おうとしているのか?
そんなんじゃ、防げない。俺と一緒に吹き飛ばされるぞ。
「私はまた何も出来ないなんて嫌だ!!」
ティアが叫ぶ。何も出来ない? ティアは十分役に立っていると思う。
それよりも巻き込まれるだけだろう。さっさと離れろ。そう言おうとした瞬間、俺は吹き飛ばされた。
風に。
「うおおおおおおおおおお」
俺は叫ぶ。何故なら、かなりの高さを飛んでいるからだ。城壁より高い。これ、落ちたら死ぬよ!!
ブレスが下の方で放出されていた。当然だが、そこには誰も居ない。九死に一生を得る……とも言えない。まだ危険なのには変わりないのだ。
俺たちは最大の高さまで行ったのか、落下していく。だが、この落下は何かが変だ。
減速したり左右に動いたり、よく解からない動きをする。下を見るとタリスとパステルが城壁で何か魔法を使っている。
ああ、これは2人の制御で動いているのか。助かった。
そして、俺とティアは城壁の上に静かに下りて行った。
「パステル、タリスありがとう」
「はい、それよりも早く撤退しましょう」
「羽を使うよ! 寄って!!」
俺が礼を言うとパステルに急かされる。コクが羽を取り出して言った。
俺たちは慌てながらも全員集まる。そして羽を使用し、拠点へと帰還した。
「ふぅ……やっと一息吐けるな」
「主様、腕が……」
「え?」
パステルに言われて自分の腕を見る。
完 全 に 折 れ て い た。
「おおおおおおおお」
「痛くないの? これ」
「痛い、とても痛い!」
タリスが俺の腕を突付いてくる。やめて、痛いから止めて!!
アドレナリンが分泌されていた事で、今まで麻痺していた感覚が急激に戻ってきて凄く痛い。
「主様、とにかくベッドへ。コク、ネクをベッドに運んであげてください」
「う、うん。解かったよ。スズキさんお大事にね」
「くぁwせdrftgyふじこlp」
そして俺はパステルに連れられてベッドに寝かされた。それと同時にすぐに睡魔がやってくる。これは魔法か?
そう思った瞬間に意識が途絶えた。
☆ ☆ ☆ ☆ ☆
「これで……後は安静にしてもらうだけですね」
パステルがご主人様に魔法を使っていた。多分、痛みを感じない様に寝てもらったんだと思う。
タリスはコクと一緒にネクを運んでいる。私は、パステルの後ろをただ付いて行っただけ。
「あのパステル……」
「記憶が戻ったんですよね?」
「……うん」
城壁の近くで突然記憶が戻った。今なら思い出した理由が解かる。以前、同じ事があったんだ。
思わず兄さんと叫んでしまったけど、今考えると少し恥ずかしい。
「兄さんと叫んでいましたよね?」
「うん……パステル。その話を聞いてくれる?」
「それは主様が起きている時にしましょう。貴女も疲れていますよね。今は休みましょう」
パステルが私の鎧を優しく外していく。私は成すがままに脱がされていく。
「綺麗な肌ですよね」
「それはパステルも同じ」
何故か鎧だけじゃなくて服まで脱がされた。今は下着姿になっている。
ブラ? というのを付けろと言われて付けているけど、結構圧迫している。正直、苦手だ。
パステルはそれすら外そうとしてくる。何でだろう?
「パステル、そこまで」
「残念です」
パステルの手を掴んで止める。冗談ではなく、本当に残念そうな表情をするから始末に負えない。
ご主人様と一緒に寝ている時も私を攻めて来るから困る。
「パステルってもしかして同性もいけるの?」
「当然です。可愛ければ何でも来いですよ」
言い切った。このエルフ言い切ってしまった。身の危険を感じて慌てながら脱がされた服を着る。
それを見て明らかにチッと舌打ちをしていた。このエルフは本当に危険だ。
「そういうのは、ご主人様と一緒に居るときだけ」
「隠れてと言うのもまた良いんですけどね。仕方ありません」
パステルの事は嫌いではないけど、あくまで友人とか仲間として好きなだけ。
同性愛をしたい訳じゃない。勘違いをさせる訳にはいかない。
「さて、私はコクと一緒に鱗の分析をします。ティアは寝ていてくださいね」
「この部屋って鍵かからないよね……」
何か言っているけど、私はもう自分の身を守る事ばかり考えていた。
パステルが部屋を出て行くのを確認して私はベッドに寝転がる。
寝ているご主人様を見て思う。
兄さんとご主人様は全然似ていない。ただ、優しい所だけは一緒だ。
今なら、あの頃の夢を見れそうだ。
今も幸せだけど、あの頃の幸せだった頃の記憶を。




