44話
準備を始めて数日後、俺たちはようやく迷宮の攻略へと乗り出した。
今回は、クリアする事を目的とするのではなく、ある程度戦闘を行う事で敵の情報を得ることが目的だ。
なので、臨機応変に行動出来るように全員が一緒に行動する。
いつも留守番のコクにも情報の分析要員として参加して貰っている。
「ただ今戻りました」
「帰ったわよー」
一時拠点にしている家に、パステルとタリスが戻ってくる。
俺たちは、城壁の方へ襲ってくるだろうと予測し、交代で見張りをしている。
何かあった場合は、自動販売で売っていた発炎筒を使用する手筈になっている。
「何も起きないわね。退屈してきちゃった」
「そうだなぁ……。ほい、コーラ」
「ありがと。早く終わらせてテレビ見たいのに」
椅子に座っているタリスにコーラを開けて渡す。
それを受け取ったタリスは、一気に飲んでゲップをしている。いつもの光景だ。
『今日で何日目だっけ?』
「3日目だな。予定では10日までは想定しているけど見積もり甘かったかな」
『それ以上になると辛いね』
この家にはトイレはあるが、風呂はない。
濡れたタオルで体を拭くくらいしか出来ないのだ。
風呂に慣れてしまった俺たちでは、長くいるのがとても辛い。
娯楽関連もまた拠点に居るよりも少ない。
この街が普通の街であれば、買い物なども出来ただろうが、迷宮内の施設なのでそんな事は出来そうにない。
今見張りに行っているのは、コクとティアの2人だ。パステルとタリス、俺とネクの組み合わせになっている。
俺とネクは基本的に夜に行く事にしている。女だけで夜道を歩かせるのは危険だし、ローブを着ているにしてもネクは人の多い昼間に歩かせたくはない。
そうなると必然的に夜は俺たちになってしまうのだ。
「とりあえず、仮眠を取るよ。時間になったら起こしてくれ」
『私もだね。それじゃ、おやすみ』
この家には一応いくつかの部屋はある。だが、全員が別々の部屋に寝られる程広くはない。
また、活動時間自体がバラバラである為、ティアやパステルから一部の行動に不満が出ている。
タリスは窓から見る街や人の流れを楽しそうに見ている。俺には何が面白いのかは解からないが、楽しいのなら羨ましい限りだ。
ネクの裁縫は場所を選ばない。道具は出てくるし、布もアイテムボックスへ入れておけばいつだって取り出せるのだ。
趣味を延々と出来るのだから飽きる事は無さそうだ。
俺はベッドに寝転がると仮眠を取るのだった。
「ん?」
目を覚ますとティアの顔が近くにあった。頬を赤く染めているのを見る限り、何をしようとしていたのかは一目瞭然だ。
寝たふりでもすれば良かったか。
「おはよう」
「……交代の時間」
ティアは残念そうに呟いた。俺と現地で交代じゃないのか?
「コクが先に戻って良いって言ってた。ご主人様と少ししか会えないのは寂しい」
「そうか。コクに礼を言わないとな」
俺はティアを抱き寄せると唇を交わす。濃厚ではないただの触れ合うだけの口付けだ。
それ以上をしてしまうと収まらなくなりそうなので、すぐに離れる。
「それじゃ、行って来るよ」
「ん、ここで寝る」
ベッドから降りてそう言うと、俺の代わりにティアはベッドに寝転がった。
枕に顔を埋めて尻尾を振っている。もしかしてティアって匂いフェチなのか?
部屋から出てリビングへ移動する。既にネクは起きていて鎧を着用していた。
挨拶を交わすと俺も防具を着けだす。パステルとタリスは既に寝ているらしく、ここには居ない。
準備を整えると俺とネクは見張りをする為に家を出た。
夜の街は人の通りが殆どない。治安が良くないとか以前に街灯がないのだ。
そんな中歩いていくのはどう考えても無謀だろう。パステルが寝る前に点灯してくれたカンテラを腰に付けて町の大通りを歩く。
道は坑道よりも暗く、俺たち以外の誰も居ない。変に騒いでも目立つだけだし、俺たちは無言で歩く。文字を見せられても読めないしな。
城壁の近くまで来るとコクが居た。しゃがみ込んで目立たないように待機している。
こんな場所、時間に女の子が1人いるのは危ないだろう。なので、ローブをすっぽりと被って目立たないように隠れているのだ。
出来ればティアを先に帰らせずに一緒に帰ってきてくれた方が、安心なんだけどな。
「あ、スズキさん。交代だよね?」
「ああ、そうだ。ネク、家まで送ってやってくれ」
俺がそう言うとネクは頷いた。ネクが送るのであれば安心だ。
コクは戦力として全く役に立たないのだから、1人歩かせた方が余程心配なのである。
2人を見送った後、俺は城壁を見上げられる位置で待機する。
こうすれば、何かあったとき城壁で待機している人たちが慌しく行動するのにすぐに気が付ける。
城壁側から見える位置にいると不審者扱いされそうなので、常時同じ場所にはいない。
「動きに変化はなし、か」
城壁を見上げると見張り台に明かりが灯っている。
特に大きな動きはなく、いつも通り静かなものだ。
暫く隠れながらその様子を窺っていると、ネクが戻ってきた。
「お疲れ様。今の所は何も無いよ」
そう言うとネクは頷く。しかし、夜にローブを着たスケルトンって雰囲気あるな。
これが安全な仲間じゃなかったらかなり怖そうだ。
ショックだろうからさすがに口には出さないが。
そしてネクと共に夜明けまで待機する。
「主様、交代です」
「お、もうそんな時間か」
日が昇ってき始めた頃、パステルがやってきた。タリスもカモフラージュで隠れているのだろう。
声を出したらバレるので、居るのかどうかまで把握は出来ない。
どうやら今日も何も起こらなかったらしい。
「それじゃ、戻るよ。見張りを頼むな」
「はい、お疲れ様でした」
パステルに見送られて俺とネクは家へと戻る。
何日これを繰り返さないとならないんだろうな。
家に入ると、ティアとコクがテーブルについていた。
「おかえりなさい」
「ただいま」
2人の出迎えを受けて俺も椅子に座る。見張りは立ちっ放しという訳では無いが、緊張感が続く為どうしても疲れる。
鎧をティアに手伝って貰いながら外す。これでやっと一息ついた。
「もう寝る?」
「いや、まだ起きているよ。何か食べ物はあるかな?」
そう言うとティアは食事を出してくる。アイテムボックスは便利だなぁ……。
ここでも調理が全く出来ない訳では無いが、薪を拠点から持ってくる必要がある。
拠点でのガスコンロが便利すぎて、ここで調理をするメリットがない。
食事を済ますと、疲れを取る為にベッドまで歩いていく。
他にする事がないし、いつ緊急事態になるとも限らないのだ。出来るだけ疲労は残したくはない。
俺がベッドの横たわると、一緒について来たティアも一緒に寝転がる。
何だろう? と野暮な事は思わない。会える時間が今まで拠点に居た頃より少ないのだ。寂しくもなるだろう。
ティアは無言で俺に抱き付き、胸板に頭を埋める。
そのまま背中に手を回して抱き寄せると、その体を温もりを楽しむのだった。
ティアと2人まどろむ様に過ごしていると、突然外からカーン、カーンと鐘の音が聞こえる。
時刻を告げる鐘とはまた別の音だ。何事だろうか。
「スズキさん。何か起きたよ! って、何て格好をしているのさ!」
「見ての通り裸だが?」
コクが慌てながら部屋に入ってきた。そして真っ赤になりながら、俺の格好に対して突っ込む。
そこまでされたら、俺は開き直るしかないじゃないか。
「早く服を着てよ!」
「解かったから待っててくれ」
俺とティアは服を着るとコクと共にリビングに行く。そこには完全武装のネクが居た。
『遅いよ』
「すまん、発煙筒は?」
『焚いてある。早く準備をして向かおう』
念願のイベント進行だ。この機を逃すわけにはいかない。
急いで鎧を着込むと全員で家を出た。
外は騒然としている。ここの住人からしても緊急事態なのだろう。
鎧を着た人が住人に避難をさせる為に何か叫んでいるように見える。と言っても何を言っているかさっぱり解からん。
避難する為に逃げる人たちの流れと逆行するかのように俺たちは城門へ向かう。
城壁近くに行くとパステルが居た。
「パステル。状況の説明を頼む」
「龍です」
パステルたちと合流し、状況を聞く。するとパステルは一言だけ言うと空を指差した。
その指先を見ると……翼を大きく広げた龍が居た。
その頭から尻尾までは目測で20m以上はあるだろう。高さに関してはイマイチ把握出来ない。重量はkgではなくtの単位だと思われる。
全身が紫の鱗で覆われており、柔らかそうな所は目と口の中くらいだろうか。腹の部分にすら鱗がある様子はまるで鎧を着ているようだ。
既に交戦に入っているらしく。飛行する龍を撃ち落そうと矢が何本も放たれている。
その矢は龍に当たってはいるものの、全てその鱗に弾かれて傷1つ作ることが出来ていない。
「……勝てるのか? あれ」
「しっかりして。勝てるかじゃなくて、勝たないといけない」
俺が呆然としながら呟くと、ティアがそう言ってくる。
そうだな……あれが倒すべき敵である以上、倒さないと進めないんだ。
「コク、あの鱗に魔法銀の装備で太刀打ち出来ると思うか?」
「無理だね。簡単な傷を作るくらいは出来ると思うけど、致命傷を与えるのは難しいよ」
現状の装備でどうにかなるか聞くと、すぐに不可能であると返答がくる。
武器は通らない。恐らくあの巨体に攻撃されたら防具があっても耐えられない。
「パステル、合成魔法でどうにかなりそうか?」
「撃ち落す事は可能だと思われます。ですが、相性が悪いですね」
「相性?」
「あの鱗を良く見てください」
龍を良く見ると、鱗が放電している。雷を放つ龍なのか?
確か、パステルとタリスが使う合成魔法は風だ。雷というのは風属性に含まれるのだろうか。
魔法の原理は良く解からん。
「つまり、風の合成魔法では難しいって事で良いんだよな?」
「はい、ただ、飛行は風の属性魔法を利用している訳ですから、それを乱せば落下するかと思われます」
「地面に叩き付ける事は出来そうか?」
「それは難しいでしょう。相手も制御する訳ですから、落下の衝撃を抑えるくらいはすると思います」
そりゃ、あの巨体を飛ばすなんて翼だけでは無理だよな。
魔法での制御を行っているのならそれを乱すことで落下は出来るらしい。
だが、地面に着地した所でどうやって倒せば良いんだろうか。
「何か案はないか?」
「倒す事は出来ないと思うけど、情報は欲しいかな。鱗の1枚でもあれば、色々と実験が出来ると思うよ」
コクはそんな事を言ってきた。確かに鱗を貫ける武器を作れば、致命的なダメージも与えられるだろう。
だが、どうやって鱗を入手しろと言うのだろうか。どう考えても無茶振りである。
「叩き落せれば鱗が数枚は剥がれると思うんだけどね。そうじゃなければ剣を差し入れて、梃子の原理で無理やり剥がすしかないかなー」
「あの龍に接近をするのか」
「うん、接近をしてだね」
もう1度龍を見上げる。いや、無理だろ。あの腕で殴られたら鎧を着ていても即死しそうだ。
尻尾で打ち付けられたら吹っ飛びそうだ。
「……ご主人様。私とネクで行く。タリスとパステルは龍を落として」
『そうだよ。スズキはここで待ってて』
「ティア、ネク……」
俺が倒されたら全滅と見なされて、拠点へ強制的に帰還する事になる。
倒されたらまた4日も待機する所からになるだろう。
だが……。
「2人だけ行くのは、許可出来ない。俺も一緒に行く」
「主様、それは無謀です。主様が倒されたら……」
「解かっている。俺の我侭だ。皆も解かっているだろ? 俺だけが安全な所で隠れていられるタイプじゃないって」
使い魔たち全員を見渡しながら言う。
タリスとコクは笑顔だ。最初からそう言うと思っていたのだろう。予想が当たったからか満足気だ。
ネクからは俺に対して呆れた感情が向かってくる。その後に仕方ないね、と諦めた素振りもあった。
ティアは心配と同時に安心をしている。俺がふんぞり返っているだけの主じゃなくて、戦士として一緒に立てる事を喜んでくれているのだろう。
パステルだけは腑に落ちない表情をしていた。合理的に考えれば、不可解な行動である。俺だって理解はしている。他のメンバーに全て任せればそれが一番確実だと。
「パステル。俺は自分の感情を捨てて無情になる事は出来ない。だからそれに慣れてくれ。」
「解かりました。全力でサポートをさせて頂きます」
「ありがとう、苦労をかける」
この頭の切り替えもまたパステルの魅力の1つだと思う。変態具合がなければ、完璧だったのではないだろうか。
これで皆の意見はまとまった。あとは龍を落として鱗をどうにか入手するだけだ。
「それじゃ、まとめよう。まず、俺たちに必要なのは情報。それを得る為に敵の防御力を知らないとならない。それを検証する為に鱗が必要になる」
皆を見渡しながら言う。コクはその話に頷いている。
特に補足はないようだから、次に移る。
「空を飛んでいる状態では、取る事なんてまず出来ない。だからパステルとタリスの魔法で龍を落下させる」
「はい、その為には近く……少なくとも城壁に上る必要があります。カモフラージュで私とタリスだけが行くのが良いでしょう」
「では、2人に任せる。他のメンバーは落下してくるまで待機しよう」
隠密行動をしなければならないのだから、人数が多すぎても問題だ。
後衛2人だけで行くのは心配だが、城壁の兵士は皆、龍へと掛かりきりなのだ。騒がなければ無視されてもおかしくはない。
下手に護衛を付けて目立つよりは隠れてもらった方がスムーズに出来そうだ。
「落下させたら、コク以外のメンバーは全員で龍のもとへと移動する。問題は……これだな」
「城門ですか……閉まってますね」
「ああ、草原の方に落下した場合、そちらに移動する手段がない。龍が城壁を壊してこちらに来るか、兵士が門を開けて討伐に乗り出すかだな」
もっと早く気が付いていれば、草原の方に隠れる事も出来ただろう。だが、鐘が鳴った時点で閉められてしまったようだ。
敵が軍隊相手であれば、壁は大いに役立つが、飛行が出来る龍相手ではそこまで役に立つとは思えない。
閉めたまま放置されているか、不用意に誰かが通らないようにする為か。どちらにしても騒動が終わるまで開く事はないだろう。
「困りましたね。こちらの都合で潜入して開けて出たら、城壁から矢を射られてもおかしくはありません」
「敵だと思われる可能性があるよな。打って出る可能性に期待をするしかないか。パステルたちは落下させたら合流してくれ」
「解かりました」
希望的観測ではあるが、無理やりやって敵対するよりはマシだ。流れに任せるしかない。
もし開く事がなかったら、その時に無理に開くしかないだろう。
「それで、龍に接近できたとしよう。そこからは俺とネク、ティアの3人で突撃をする。敵を倒す事が目的じゃない。鱗を取ったら即撤退する」
『倒したいけど、そうもいかないよね』
「ああ、倒せない相手だと想定して戦う。あくまで目的を達成する為にそれに徹する」
実際に戦闘になってから、致命傷を与えるチャンスが訪れるかも知れない。
それでもそれを好機とはせず、鱗を取る事に専念する。
致命傷を与えられると思っても、それが本当に致命傷になるとは限らないのだ。
無理に突っ込んでこちらがピンチに陥ったのでは、本末転倒というものだ。
「そして、最後だ。鱗を取ったら戦線から離脱して羽を使って拠点へと帰還する。俺たちは街を守る為に戦うんじゃない。敵を倒す為に戦うという事を忘れないでくれ」
「……気分はよくないけどね」
俺の言葉に、タリスが渋い表情で言う。
避難している人たちを救うのではない。
時間を稼がなければならない訳ではない。
死にそうな兵士を助けるのではない。
俺たちは英雄や勇者ではないのだから、それらは一切無視だ。
「言いたい事はあると思う。だけど、俺たちが無事に戻る事が先決だ。その為なら他人の命を踏み台にする」
その言葉に対する不満は来なかった。何だかんだで皆、戦士だ。
俺よりも覚悟していると思う。
「さて、始めようか」
俺は空に舞う龍を見ながらそう言った。




