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迷宮と掲示板 改稿版  作者: Bさん
3章 坑道の迷宮
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スズキの過去

「せんぷぁい。どうすりゃいいんですかねぇ」

「うん、爆発すれば良いと思うよ」

「ああ、そうだ。彼女持ちというだけで有罪だな」


 今、俺はいつも世話になっている先輩と世話をしている後輩と共に飲みに来ている。

 既に泥酔しているのは後輩だ。何でも、同棲中の彼女と上手くいっていないらしい。

 先輩と共にその後輩の愚痴を聞かされてウンザリしている最中だ。


「そぉんなこと、いわないでくださいよぉぉ」

「うるせぇ。俺らは一人身なんだよ! もう俺なんてもうすぐ三十路だってのに彼女もいねぇんだよ!!」


 引っ付いてこようとする後輩の頭を押さえながら牽制する。

 営業職である程度の成績を維持しようとすると、出会いなんて求めてられない。

 上手くやる奴はそれでも結婚とかしているが、毎日夜遅くまで仕事をしている状態では、愛想を尽かされても仕方ないのだ。うん、俺がもてないのは仕事のせい。

 大学ではそれなりに遊んでいたが、就職してからは仕事一筋なのだ。本当にどうしようもない。


「おいおい、彼女は大切にしろよ。本当に出会いなんて無いんだからな……」

「うぃっす。大切にしたいんですがぁ……なにぶん時間がぁ……」

「それはどうしようもねぇな」


 こいつ、先輩の言う事はちゃんと聞きやがる。俺も先輩なんだからもっと敬えよ。

 ちなみに先輩はもう35近いのに独身だ。さすがに焦り始める年齢だと思うが、そんな素振りは無い。

 中々のやり手だし、俺の知らない所でちゃっかりと婚約してても驚かないけどさ。


「そうだ、プレゼントでもしたらどうだ? 残業しまくっているんだし、金はあるだろ?」

「しゅみにぜんぶ使っちゃいましたよぉ……あはははは」

「本当にどうしようもねぇな」


 こうなったらさっさと帰ってもらうしかないだろう。

 彼女との時間を作る以外に手はない気がする。


「大分飲んでしまいましたし、そろそろ帰りましょうか。こいつ、飲みすぎてまともに歩けそうにありませんし」

「そうだな。んじゃ、会計を済ますか」

「ヒィック。せぇんぱぁいが2人みえるぅ」


 安心しろ、お前の先輩は2人いる。二重って意味だったらやばいけどな。

 俺と先輩も結構飲んでいたが、酒に強いタイプだ。酔っても表には出さない。


「こいつは俺が送って行く。明日は遅刻しないようにな」

「あ、お疲れ様です」

「せぇんぱい。さいならー」


 本来、後輩の面倒は俺が見なければならないのだが、俺はここから近い社員寮に住んでいる。

 先輩と後輩は割と近くに住んでいるらしい。恐らく手間を考えて言ってくれるのだろう。それに甘える事にする。

 何度も一緒に飲んでいる為、そういう遠慮は無用という関係なのだ。いつも泥酔する後輩のお陰でな。


「さてと、帰るとするか」


 2人の背中を見送ると、帰宅の為に歩き出す。

 酔って熱くなった体にこの少し肌寒い気温が丁度いい。

 酔いを醒ます為にもゆっくりと歩いて帰宅をした。


「ただいま」


 寮の部屋に入ると電気を点ける。ただいま、と言っても返ってくる返事は無い。

 一人暮らしなのだから、返って来ても困るがな。

 靴を脱いで部屋に入って中を見る。6畳ほどの部屋にベッド、机、タンスと最低限の物しか置いていなかった。

 この部屋には寝る為に帰っているようなものだ。休みの日に出勤する事も多いため、趣味の物はそんなにない。何冊かの本くらいだろうか。

 

「ふぅ……」


 ため息を吐くと仏壇に向かう。こんな狭い部屋にそんな物があるのは不自然かも知れないが、実家がもう無いのだからどうしようもない。

 その前に座ると両手を合わせて目を閉じる。

 父さん、母さん、良太。今日も無事過ごせたよ。

 そんな報告をする。もう大分時間は経過したが、あれから毎日これを続けていた。


「もう6年か」


 目を開き、思い出すように呟く。6年という時間は、大切な事を忘れさせるには十分な時間だ。

 だが、これだけは忘れる訳にはいかない。

 そう思いあの頃の

 幸せであった事にすら気が付いていなかった

 そんな頃の記憶を思い出した。




「兄ちゃん。内定出たんだって?」

「ああ、出たぞー。これで安心したよ」

「ならさ、給料でたらサーフボード買ってくれよ」


 いきなり弟から高価な物をねだられた。バイトして買えよ。

 俺は登山、弟はサーフィンとはっきりと分かれた趣味をしている。山と海だ。

 サーフボードって確か数万から十数万するんじゃなかったっけか。前にそんな事を聞いた覚えがある。

 大卒の初任給が一気に吹き飛ぶわ。


「おいおい、良太。圭吾にそんな高い物をねだるんじゃないぞ」

「言ってみただけだよ。本当に買って貰えるなんて思ってないよ」


 父さんが笑いながら言ってくる。良太はそれに悪びれもせず返して来た。

 そりゃ、んなもん買うのは無理だしな。


「まぁ、初任給で家族の為に何か買うさ。そういうもんだろ?」

「私のときもそうだったな。だが、無理はしなくていいんだぞ。欲しい物だってあるんだろう?」

「何買ってもらうかなー」

 

 初めての給料は、家族に今までのお礼として何か買う、というのは割と一般的だと思う。

 うちは家族の仲も悪くないし、家族の為に使おうと思っていても不思議は無いだろう。

 でも、良太。お前は駄目だ。遠慮しやがれ。


「何か美味しい物でも食いに行くのも良いんじゃないかな」

「飯かー今から探してみるのも良いかもな」


 良太が食事を提案してきた。だが、言ってみて思った。今はまだ8月である。

 給料どころか就職すらまだ半年以上あるのだ。今から探すとかどんだけ早漏なんだよ。


「夕飯が出来ましたよ」

「お、行くか」


 母さんが夕飯が出来た事を知らせに来た。

 俺たちは飯を食べる為にテーブルへと向かった。


 



「圭吾、忘れ物は無い?」

「母さん、子供じゃないんだから大丈夫だよ」


 3月になり、大学も無事卒業した。

 あと入社までに1ヶ月近くはあるのだが、事前に研修というのがあるらしい。

 1週間ほどの合宿みたいなものだ。そこで社会のマナーや基礎的な知識を叩き込まれるんだそうだ。


「それじゃ、行ってくるよ」

「気をつけてね」


 母さんに見送られて門を出る。

 たかだか1週間程度の研修に何をそんな慎重になるんだか。

 自分の子供が就職するという意味で心配な気持ちも解からなくはないが、もう子供という歳でもないんだからもっと信用して欲しいと思う。


 そして俺は、電車を乗り継いで研修所へと到着した。

 そこでは、学生としてあの甘えを叩き直され、社会人として踏む出すための教養。

 そういった物を教えられた。多少厳しい所はあったが、必要な事だと皆必死に覚えた。


 厳しくても当然だ。これから俺たちは、金を貰って働くのだから。

 もう学生ではないのだから、反発するような馬鹿は居ない。

 もしかしたら、居たのかも知れないが、そういう輩は早くも切り捨てられたのだろう。

 企業側として、簡単にクビには出来なくても、合法的に退社に追い込む方法なんていくらでもある。


「あー、次はあの教官の講義か。厳しいんだよなぁ……」

「仕方ないさ。頑張って乗り越えようぜ」


 研修所で同室になった田中が愚痴をこぼす。確かに次の講義は結構厳しい。

 技術を伸ばす為というより、辛さを味わわせるという事を目的としているとしか思えない講義だ。

 さすがに体罰的なモノは無いが、ネチネチと言ってくるから厄介なのだ。


「まぁ、無難に目立たないようにこなそう。目を付けられたら厄介だしな」

「そうするしかないかー」


 そんな事を話しながら廊下を歩いていると、正面から1人の女性が走ってくる。ちなみに、若くは無い。

 そして、俺たちの正面で止まると、口を開いた。


「鈴木圭吾さんでしょうか?」

「あ、はい。そうですが……」


 突然俺が呼ばれた。何か問題でもあったんだろうか。

 研修は真面目にこなしていたつもりなんだが……。


「私は事務員の加藤と申します。経理課の遠藤課長がお呼びですので、こちらへ」

「解かりました」


 ガチガチに緊張しながら返事をする。

 やべぇ……大きな失態でもしちゃったんだろうか、と思いながら。


 田中と別れて加藤さんに付いて行く。そして一室に案内された。

 中には壮年の男性が1人立っていた。大体30代後半くらいだろうか。


「鈴木さんをお連れしました」

「ありがとう」


 その男性は加藤さんにお礼を言う。

 加藤さんは自分の役目はここまでとばかりに部屋から立ち去った。


「鈴木君だね? 挨拶の1つもしたいんだが、省かせて貰う。落ち着いて聞いて欲しい」

「はい」


 背筋を伸ばし、顎を引く。教育された事を早くも実践する。

 一体、遠藤課長は何を言ってくるのだろうか。

 課長は、1回咳払いをするとこちらの目を見ながら口を開いた。


「君の家が火事になった」

「……え?」


 火事? 火事って言うと燃えることだよな? 俺の家が?

 これは予想外だ。頭の中を火事という言葉で埋め尽くされる。


「それで……ご家族なんだが……」

「そうです! 家族は! 家族は無事なんですか!?」


 相手は俺の直属の上司では無いが、会社内の役職を持った人だ。

 無礼な事をしてはならない、と教育はされているが、今はそんな事を気にしている場合ではない。

 辛うじて丁寧語を崩さないのがやっとだ。


「……ご両親と弟さんが亡くなった」


 嘘だろ? つい1週間前まで普通に話していたんだぞ。

 その言葉を聞いて俺の頭の中が真っ白になった。

 力なく呆然と立ち尽くす。


「すぐに戻る手配をする。鈴木君はそれまでそこで座って待っていてくれ」


 課長に言われても俺は動かない。いや、動けない。

 今、自分が立っているのかどうかすら解からなかった。

 課長は俺の肩に触れて優しくソファーへと促す。俺はなすがままになってそこに座った。


 ははは……そんなの信じられないぞ。

 帰ったら、皆元気な姿で現れるんだろう?

 別の人と間違えてしまったんだろう?


 そんなことが頭をよぎる。現実逃避だ。解かっている。

 そして、タクシーが呼ばれたらしく、俺はそれに乗せられた。

 自分の意思もなく、ただ流されるように。



「到着しました」


 誰だろう? 俺に声をかけてきた人が居る。

 ああ、加藤さんだったっけか。さっき課長の所に案内してくれた人だ。


 そこでやっと気が付いた。そこには見覚えがある。

 俺の家の近所だ。いや、ここの真っ直ぐ正面が俺の家だ。

 そこを見るのが怖い。だけど……間違いだと確認しなければならない。


 正面を見ると

 そこには

 残骸の様なモノしかなかった。


「あ、あああ」


 涙が溢れる。家が無い。

 課長の言っていた事は本当だったんだ。

 父さん、母さん、そして良太は……。


 俺は両膝と両手を地面に突いて号泣した。



「ここです」


 加藤さんは淡々と告げる。

 こういう時は下手に慰めたりされない方が嬉しい。

 先ほどかなり泣いたお陰で今は大分落ちついている。

 両親と弟が眠る霊安室へと案内された。

 

 そこに寝ていたのは、全身を包帯で巻かれた人型の何かだった。

 父さん、母さん。そんなんじゃ解からないよ。

 良太。お前ミイラみたいだぞ。

 初任給が出たら、皆で美味しい物を食べに行くんじゃなかったのか?

 慣れてきたらサーフボードくらい買ってやっても良かったんだぞ?

 心の中で問い掛ける。

 当然、返事は返ってこない。


 あれほど泣いたというのに、涙が止まらなかった。

 



「ふぅ……」


 俺はため息を吐いた。

 何だか懐かしい事を思い出してしまった。


「もう6年なんだよな」


 この6年間、色々な事があった。あの後、上司は休む事を促してきたが、俺はそれを拒否した。

 1人で考えてしまったら、終わりの無い落とし穴にでも嵌まった様に、何もできなくなってしまいそうだったからだ。

 ただ、我武者羅に働いた。周囲の人たちも見てはいられなかったのだろう。

 色々な人に支えられながら、成績を伸ばして行った。

 あの頃の同僚や先輩、上司には凄く感謝している。それこそ足を向けて寝れないくらいに。

 何だかんだで良い企業に就職出来ていたらしい。


 火事の原因も近所の家からの小火だったと聞いた。その家も全焼し、俺の家はそれに巻き込まれたんだそうだ。

 その家の夫婦も亡くなっており、遺族の方が謝りに来たが、家族を失った気持ちは同じだ。

 俺は責める事は出来なかった。

 保険や慰謝料などのまとまった金が入ったが、俺はそれに手を付けていない。

 この金は、俺の金じゃない。両親と弟の命の金だ。そう思うと使う気にはなれなかった。


 6年という年月は、思い出を風化させるには十分な時間だ。

 そして、悲しみを忘れ去るのにも十分な時間だ。


「辛気臭くなっちまったな。飲むか」


 冷蔵庫を開けてビールを取り出す。先ほどまで飲んでいたのに更に飲むなんて、正気ではないかも知れない。

 だが、この気持ちをリセットしたかった。

 酔って何もかも忘れて寝てしまいたかった。

 やがて、俺の意識は途絶えた。

 どうやって、ベッドで寝たのかは覚えていない。かなりの深酒をしてしまったらしい。




 そして翌日、俺は、迷宮へと転移した。

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