34話
「それで今、体は大丈夫なのか?」
「調子良いよ。前より良いくらい」
コクの記憶を聞いて、まず最初にそれを聞きたくなった。
何か障害があるのなら、すぐにでもそれを取り除く必要があるだろう。
特に問題がなさそうなら良いのだが……。
「何ていうかね。ここに来て体自体が作り変えられた気がするんだ。だから、大丈夫。心配してくれてありがとうね」
「いや、主として当然の事だよ。問題が無いのなら良いんだ」
少し照れ臭くなって主なんて言葉を使ってしまったが、仲間が調子悪ければ心配もする。
再発しないのであれば、記憶が戻って良かったという話だろう。
両親に会えないのは残念そうだが、コクの表情を見る限り吹っ切れた感じはしている。
変に断片的に思い出すより、全て思い出したほうがすっきりしそうだ。
「そろそろ上に戻るか?」
「ううん、記憶を思い出して更に鍛冶をしたくなったから、僕は暫くここで色々とやってるよ」
「そうか……無理だけはするなよ?」
そう言って俺は立ち上がる。鍛冶をずっとやりたがっていたみたいだし、これ以上止めても拗れるだけだ。
今までのパターンから無理をしそうだが、あとで様子を見に来れば良いだろう。
コクは苦笑いだけ返すと金床のほうへ向く。俺はそれを横目に鍛冶場を出るのだった。
「っと、ティアはどうなったかな」
広間に戻るとタリスが上下逆転して飛びながら、漫画を読んでいる姿が見えた。
逆さでも飛べるのな。いや、そもそも何で飛びながら読んでいるんだ?
ずっと飛んでいて疲れないのだろうか。羽を忙しそうに動かしている。
あれを背中の筋肉とか使って動かしているのならかなりの労働だ。
そもそもフェアリーって何なんだ?
という疑問が出たが、触れない方がいい話題の様な気がしたので、忘れる事にしよう。
世の中には知らない方が良い事も多いよね。
でも、スカートで逆さになるのは止めた方が良いと思うんだ。見るけど。
それを舐めるような目で見て満足すると、そのまま寝室へと向かう。
「ティアは……まだ寝てるか」
ベッドの端に腰を掛けその寝顔を見る。
その寝顔は、先ほど死んだ者とは思えない程安らかだ。
「守れなかったな……」
そう呟いてティアの額から頭にかけて撫でる。
耳に少し触れてしまい、ビクンと動いた。
「ん……ご主人様?」
「あ、スマン。起こしてしまったか」
それで起こしてしまったようだ。ティアは目を薄く開き、こちらを見ている。
触れておいてスマンも何もない気がするが。
「そのまま撫でて。ご主人様に撫でられるの好き」
「ああ、分かった」
頭ではなくその体をな、と言いたい気持ちはあったが、さすがに自重する。
復活してすぐは体がだるくなったり、死んだ時の痛みのようなモノが継続している場合がある。
とは言え、怪我自体は治療されているのだから、幻痛なのだろう。
しばらく経てば勝手に消えていくものだが、どれくらいかかるかはその時の倒され方次第で変わる。
俺はティアの頭を触れるかどうかくらいの力で撫で続けた。
「夕飯出来たよ!」
「もうそんな時間か。ティア、起き上がれるか?」
「大丈夫」
コクがバーンと扉を開けて夕飯だと伝えに来た。いきなりは驚くわ。
どうやら、結構長い時間そうしていたようだ。ほら、猫を撫でながらのんびりしていると、時間の経過を忘れるというアレだ。
3人でテーブルに向かうとそこには肉……の塊が一杯あった。なるほど、ドワーフ料理か。
肉の塊に使われているスパイスの香りが食欲を誘う。こんなにスパイスなんてあったっけ?
「パステルに協力して貰ったんだ。調味料が足りなくてさ」
「以前頂いたお金で買わせて頂きました。何に使って良いか良く解からなかったので」
「そうか。でも次から言ってくれ。料理に使う物だったら、こっちが出すぞ」
とっくに使い果たしていると思っていたのに残していたらしい。
調味料も俺自身が料理をしないこともあり、何を買って良いのかさっぱり解からないのだ。
美味しい物を作ってくれるのなら、そこに妥協をするつもりはない。基本的に娯楽の少ない場所だけに。
「そうするね。ささ、食べてよ」
「しかし、見事に肉だな」
コクが塊を切り分けて皆に分配する。こういうのを香草焼きと言うのだろうか。
肉の塊の内部に様々な野菜やスパイスが入っている。
どこかの国でこういう料理を見た事あるが、思い出せそうに無い。
「お、これは中々美味しいな。スパイスの辛さが良い刺激だ」
「そう言ってもらえると嬉しいよ。どんどん食べてね」
スパイスの刺激が肉の旨みを引き出している。
口に入れた瞬間に滲む様に出てくる肉汁が素晴らしい。
「あ、私は野菜を中心に……ああああ」
コクの切り分けは平等だ。好き嫌いは許されない。
菜食主義のパステルには酷かも知れない。コクだけに。
「からいーでも、おいしー」
『面白い味だね。パンに挟むと丁度良いよ』
タリスが騒がしく食べている。それに対してネクが助言をしていた。
ドワーフの料理は刺激が強いスパイスが多いのだろうか。
慣れていない人には、ちょっと刺激が強いかも知れない。
「ん、ドワーフの料理、興味深い」
「酒に合いそうだよな。あー残りはないんだっけか」
「全部飲んじゃったよ。買う?」
この間みたいに大量に飲む訳では無いが、ちょっと晩酌をする程度なら飲みたいかも知れない。
と、そこで思い出す。鍛冶場を作ったから金ないじゃん。
「……諦めよう。贅沢は敵だ」
「あらら。折角飲めると思ったんだけどなー」
コクが残念そうに言っていた。
そりゃ、俺だって飲めるのなら飲みたい。今回はちょっとタイミングが悪かったようだ。
こうして、賑やかな夕食が過ぎていった。この後、あんなことになるなんて知らずに……。
「スズキさん。いくつか武器を作ってきたよ。確認と売却をお願いね」
「お、早いな」
夕食を作っている時間を考えると、そこまで余裕がなかった気がするんだが。
そこには剣が3本あった。現在ある素材からだと銅と鉄、あるいは加工した鋼の武器だろう。
この短期間で3本も作るとは中々順調の様だ。
「最初はこの剣から」
「3本とも自信作だよ。初めて作った割に良い感じに出来たと思う」
一番近い剣を手に取ると鞘から抜いてみる。
「うおっまぶしっ」
鞘から剣を抜くと、その刀身から眩い光が溢れた。
何で剣が発光しているんだよ。
むしろ眩しくて刀身が見えねぇ……。
「コク、何だこれ」
「鋼の剣だよ」
「いや、どう考えても鋼の剣じゃないだろ……」
剣を鞘に戻して鑑定台に置く。そして鑑定を行ってみると。
◆◇◆◇◆◇◆◇◆◇◆◇◆◇◆◇◆◇◆◇◆◇
鋼の剣+8
効果
発光する。製作者:コク
◆◇◆◇◆◇◆◇◆◇◆◇◆◇◆◇◆◇◆◇◆◇
「発光するじゃねーよ!!」
「スズキさん、落ち着いて」
鑑定結果を見て俺はそのPCのモニターに突っ込みを入れる。
物理的にやっても、こっちの手が負けそうなので言葉だけだが。
「……ふぅ……落ち着いた。それで、この+8って何だ?」
「さー何だろうね。何だか少しいい物が出来た気はしたんだけど」
そりゃ、刀身が光る剣なんて普通とは違うものが出来たと思うだろうな。
逆にいつも通り、とか言われても困る。今後の装備が全て光っていたら嫌だ。
「困った時のマニュアル頼りだな」
「へーそんなのあるんだ」
PCの最初の画面に戻りマニュアルを開く。
そこに記載されている内容によると。
・通常より良い品に+○と付く
・+は最大100まで。
・+の量は+5で本来の装備の2倍の性能、+10で3倍の性能に当たる。
・具体的に何が上がるかと言えば、硬度(折れ難さ)、切れ味が上がる。
・+10が出来れば御の字。+5でも十分強い。10以上はまずない。
・武器だけに付く。
「へー本来より良い装備なんだ」
「そういうのも解かるんだ。鑑定って凄いね」
本当に凄いと思う。俺たちの元の世界に、こんな性能のPCがあったら鑑定士は廃業だ。
便利ではあるが、何から何まで明かされそうで怖い。
「ほら、スズキさん。ボーっとしてないで次の剣」
「……次もこんなんじゃないよな?」
俺が聞くとコクは俺から目を逸らす。そうですか。
次の剣を手に取ると覚悟を決めて鞘から抜こうとした。
「ぐっ、なんだこれ。抜けん」
「うん、棒だから」
「ちょっと待て」
どう見ても剣である。なのに棒ってギミックかよ。
仕込み武器ならぬ仕込まぬ武器か。
どうすんだよ、これ。
「コク、これは手抜きか?」
「そうでもないよ。これ魔法の杖だもん」
「何で剣の形にしたッ!!」
剣の形の杖ってもう何が何だか解からない。
諦めて鑑定台に乗せて鑑定を行う。
◆◇◆◇◆◇◆◇◆◇◆◇◆◇◆◇◆◇◆◇◆◇
剣の杖+6
効果
鋼製の剣の形をした杖。抜けない。製作者:コク
◆◇◆◇◆◇◆◇◆◇◆◇◆◇◆◇◆◇◆◇◆◇
「あーはいはい、抜けませんでしたよ。名前も剣なのか杖なのか解からん」
「不貞腐れてないで次いこー」
「楽しそうですねェ。こっちは2本目で早くも疲れましたよ」
こういう武器も、その手の収集家みたいな人には売れるかもしれない。
鋼装備で2倍なら、今の魔法銀より強そうではあるけど、杖なんだよな……。
さっきの剣も単純な威力なら、今の武器より強いだろう。
発光して自分が目くらまし食らいそうだけど。
せめてカンテラとか松明くらいの光量なら使えたんだがなぁ……。
最後の剣を手に取る。今度は剣だよな?
既に疑り深くなっている気がする。
その剣を鞘から抜く。青く綺麗に磨かれた刀身だ。青銅だろうか。
「青銅の剣か?」
「うん、そうだよ」
「え? 普通の?」
俺が聞くとまたもやコクは別の方向を向く。そうですよね。
色々な方面から見るが、普通の青銅の剣にしか見えない。
銅の剣は錆び付いていたから解からなかったが、こう見ると結構銅も綺麗だな。
「何も起こらないな。コク、種明かしを頼む」
「うーん、僕じゃなくて魔法使いの人に頼まないと、真価を発揮しないかな」
「また杖なのか?」
テーブルの方を見るとパステルが机に突っ伏していた。
さっきの夕飯食べすぎて動けないとか言ってたもんな……。
よし、犠牲者はパステル、君に決めたっ。
「パステルー助けてー」
「う……主様。情けない声を出さないで下さい」
テーブルから体を起こしてこちらに言ってくる。
青ざめたりしてないし、多分大丈夫だろ。
「コクが作った武器なんだけどさ。杖らしいんだ。魔力を込めてみてくれないか?」
「コクが作ったのですか。もう武器も作れるんですね」
「うん、自信作だよ。訓練場の方に行こうか」
……訓練場じゃないと危ないのか?
魔力を剣に込めるだけで危ないって一体何を作ったんだよ。
まさか爆弾とかじゃないよな?
「嫌な予感しかしないけど、行ってみよう」
「嫌な予感ですか? 普通の武器ですよね?」
俺はパステルのその言葉をスルーし、無言で先導する。俺も武器なのか解からないんだ。
訓練場に入ると誰も居なかった。いや、居ても困るけどさ。
「それで、これに魔力を込めれば良いんですか?」
「剣は抜いてね。軽くだよ。そっとだよ」
「随分と慎重にやらないといけないんですね」
魔力の調整に関しては、パステルは凄く上手いと思う。
だからきっと失敗しないはず……。
「いきます」
そう言ってパステルは剣を抜き、その刀身に魔力を込めた。
「ちょ、何だよ、これ」
「思ったより凄いねー」
あっけらかんとしたコクの声が憎い。
何せ正面には……巨大な炎の龍が現れたのだ。
「主様、これ、なんだと思いますか?」
「……龍だな。パステル大丈夫なのか?」
「ええ、かなり魔力が吸い上げられていますが、今の所は問題ありません」
パステルが、魔力を吸い上げられていると感じるほどって、どれだけ消費しているのだろうか。
俺やタリスあたりが使ったら、すぐに魔力切れを起こしそうだ。
「この龍を正面に放出とか出来るのか?」
「……動かしてみます」
少し辛そうな表情に変わったパステルが、剣を振ってみた。
龍は正面に走ろうとして……消えた。
「あれ?」
「ハァハァ……これ以上は無理です」
パステルが膝を突いて息切れを起こしていた。
龍を出して、動かそうとしただけで魔力切れなのか?
完全には切れていないと思うが、かなりの量を消費したのだろう。
こんなにも疲れているパステルは初めて見た。
「すまん、無理をさせたな」
「いえ、面白い現象でした」
「コク、剣を頼む」
「うん」
俺はパステルを抱きかかえると、コクに指示を出す。
さすがにこのままにはしておけないだろう。
コクはいい物を見た、と言いたそうな表情で剣を拾う。
そして俺は、疲れてぐったりしているパステルを寝室へと運ぶのだった。




