コクの記憶
~これは、スズキの使い魔であるドワーフ”コク”の生前の記憶
そして、ドワーフの少女”マルティナ”の生涯の物語~
「パパー、ここはなぁに?」
「ここはな。鍛冶場だよ。皆色々な物を作っているんだ」
鍛冶をしている者達の熱気がこちらにも伝わる。
その工房はかなりの規模で、数十人が作業をしている。
僕は、その様子を父さんと共に見ていた。
僕の前の名前はマルティナという。
名前の由来に関しては知る事はなかったけど、とてもその名前を気に入っていた。
父さんと手を繋ぎ作業をしている人たちの様子を遠くから眺めている。
大体4歳か5歳くらいの記憶だろうか。
それくらいの子供を工房へ連れて行くというのは、普通の人間であれば考えないだろう。
だけど、僕達はドワーフなんだ。
子供の頃からそれを知り、それについて学んでいく。
それが当たり前の種族。
「マルもやりたいー」
「おお、そうだな。大きくなったら一緒にやろう」
僕のその言葉を聞いて父さんは顔を綻ばせている。
子供の中にはこの熱気を嫌う子もいると言われている。
少なくとも僕はこの熱気と金属を打つ音は嫌いじゃなかった。
それよりもこの中に混じって何かを作りたい、そう思っていた。
その頃は、何を作っているのかすら見当が付かなかったけどね。
後に知った事なんだけど、その工房は僕の家の工房だったんだ。
どうにも僕の家系は、そのドワーフの集落の英雄の血筋らしい。
何をしたのかまでは知る事はなかったんだけど、ご先祖様は大きな戦争に参加し、神から祝福すら貰っていたんだそうだ。
でも、その血が僕の人生において大きな障害になるとはこの時は思ってもいなかった。
あれは大体15歳くらいかな。
突然、僕の体に衝撃が走ったんだ。それで僕は倒れてしまった。
でも、幸いにもドワーフたちが大勢居る学び舎で倒れたから、すぐに病院に運ばれたんだ。
とても驚いたよ。今まで健康だったのに突然だったからね。
「マルティナ様の体は……始祖の血によって蝕まれております」
「始祖の血だと!? どういう意味だ!」
目を覚ました時、父さんが医者に食って掛かっている様子が見えた。
ベッドで寝ているのにその真横でそんな事をされたら目を覚ましてしまう。
少しは考えて欲しいもんだ。
「あなた。マルティナが……」
「良かった……目を覚ましてくれたか」
僕が目を覚ました事に気が付いた父さんは泣きそうな顔でこちらを見ていた。
子供が突然倒れて心配しない親は少ないだろう。
少なくとも僕の父親は真っ当な親だった。いや、少し過保護なくらいかな?
「僕はどうしたの?」
「学び舎で倒れたのよ。体は痛くない?」
「大丈夫だけど……倒れた?」
母さんは心配そうな表情で僕の体を聞いてくる。
今まで病気知らずで、運動なんかでもそれなりに優秀だった僕が倒れたというのは、この時は全く信じられなかった。
病室でなかったら眠気に耐えられずにその辺で寝てしまったから運んだ、と言われた方がしっくりするくらいにね。
周囲を見渡してそれが冗談ではない事を理解したんだ。
その後しばらく療養して特に影響が無い、と判断されて僕は退院した。
実際、健康そのもので倒れた事すら何かの間違いじゃないかと思ってしまう程だった。
「父さん。始祖の血って何かな」
「お前っ!! 聞いていたのか……」
数ヵ月後、自宅の書庫で調べ物をしていた父さんに僕は聞いた。
自分の体の事なら知っておきたい。どんな事であっても。
15歳というのは、長命のドワーフからしてみたらまだまだ子供だ。
成人が30歳という種族なのだから、人間にしたら10歳前後に当たるだろうか。
体の成長はこれくらいで止まってしまうんだけどね。
「お前は知らなくても……いや、聡明なお前の事だ。何となく予想は付いているのだろう?」
「うん……始祖というとこの地に眠る闇の存在を倒して、帝国を建国した英雄の1人のディオールだよね」
英雄ディオール。闇の存在とは何だか曖昧だけど、恐らく蛮族とかそういう者達だろう。
子供の頃から聞くような英雄譚なのだから、他人の土地に押し入って征服しましたなんて言えないだろう。
「ディオールが神から祝福を受けた話は知っているな?」
「祝福? ああ、鍛冶神の加護だっけ? あれって眉唾物の話じゃなかったっけ?」
鍛冶神の加護。そもそもこの世界に居る神はそんな存在ではない。
だから、実在しない空想の産物。あるいは、相当の鍛冶の腕であったディオールの実力から、そういうのを持っているんじゃないか、と推測された話だったはず。
「ああ、儂もこの前まではそう思っていたのだが……」
「それが原因で僕の体を弱めていると」
父さんは目を見開いてこちらを見た。
恐らく父さんも同じ事を考えていたのだろう。
いくら半人前の僕でもこれくらいは予想できる。
そしてそれが僕にとって悪い結果になっている事も。
倒れてから、少しの運動でもすぐに体が疲労で動けなくなっていた。
それは日に日に酷くなっているのを実感していたんだ。
「そうだ。それが原因で未成熟なマルティナの体を蝕んでいる」
「未成熟って……もう成人女性と変わらない気がするんだけどね」
成人が30歳と言っても15歳くらいまでの成長は人間と変わらない。
ドワーフ族という種族柄身長は余り伸びないけどね。
それくらいの年齢から数百年と成長が止まる。それが僕達ドワーフ族の特徴なんだ。
「いや、未成熟だ。何で成人が30歳だと知らないのか?」
「あー皆気にしていなかったからね。30歳まで遊べるくらいにしか」
「全く、近頃の若者は……」
父さんが呆れた表情を作る。
僕としては鍛冶をやりたいのに30歳までやらせてくれない、というのに不満を持っていたけどね。
「確かに体の表面上の成長は15歳程度で止まる。だが、その内面の成長は完成していないんだ」
「内面というと内臓とかその辺りかな? 筋肉は凄い子もいたし」
「そうだ。表面上の体の成長が早くて、内面が追いつかないんだ。そこはゆっくりと成長していく。それが終わるのが大体30歳くらいなんだ」
体の中までは見えないから知らなかった。
ドワーフはその知識を大切にする聡明な種族だ。
世間のイメージは力馬鹿みたいに思われているみたいだけど、研究や開発を行うのは馬鹿では出来ない。
その研究の中には医療も含まれている。ドワーフ族に限定すればかなりの技術力なんじゃないかな。
「その成長を阻害するのが祝福なんだ。ディオールは幼少の頃からその祝福を持っていた訳ではない。後付で貰ったと伝承にはある」
「なるほど。その祝福が子供に発症する事例が今までなかったんだね」
祝福を発症なんて病気みたいだけど、体を蝕んでいるのなら病気と変わらない。
だとすれば、治療法はその祝福を消すか封印する事しかないだろう。
体のどこかを切除すれば良いものでもない。
「封印や消去は?」
「方法は調べているが、そもそも祝福の情報がないんだ……」
父さんは肩を落としながら言ってくる。
既に解かっているのならすぐに実行しているだろう。
「……それで、病状が進むとどうなるのかな?」
「内臓が壊死していく」
なるほど、単純な話だ。細胞の更新ができずに古くなった物は腐り落ちていくって事なのだろう。
こうなったら時間との勝負だ。ゆっくりしている時間はない。
「僕も調べるのを手伝うよ。自分の事だからね」
「ああ、頼む。別方向からの意見は貴重だ」
そして僕と父さんの研究は始まった。
初めてやる研究が自分の生死に関わるなんて勘弁して欲しかったけどね。
研究を始めて1年ほど経過した。
祝福に関して知れば知るほど絶望的だと解かる。
調べている間も魔術や薬物による封印を試していた。
父さんは、仲の良くないエルフにも頭を下げて頼み込んだりもしていた。
それでも僕の体は一向に良くならなかったんだ。
徐々に歩く事も出来なくなり、寝たきりの生活になっていく。
家族には凄く心配をかけていたと思う。それがとてももどかしかった。
「儂はこの血が憎い! 何が英雄だ!!」
父さんは泣きながら叫ぶ。
既に僕の体は動かなく、言葉を発する事も出来ない。
悲しんでいる家族に言葉をかけることすら出来ない。
「マルティナ……」
父さん、そして母さんは泣きながら僕を見ている。
既に目は機能を果たしていない。それでも泣いているのは解かっていた。
恐らく僕はもう長くは無いのだろう。意識がはっきりしているだけに死を実感できる。
でも両親には泣かないで欲しかった。
力の入らない手を頑張って伸ばす。
すぐにその手は温もりに包まれた。このごつごつした手は父さんかな?
「マルティナどうしたんだ?」
「ぼ……くは……しあ……わ……」
僕は幸せだったよ。だから泣かないで欲しい。
それだけを言おうとしても声が出ない。
短い人生だったけど、とても暖かい家族の元に生まれて幸せだったんだ。
僕は幸せな中、逝く事が出来るんだ。
手が強く握られる。父さんは泣いているのか嗚咽だけ聞こえる。
その日の夜から僕の意識が戻る事はなかった。
鍛冶が出来なかった、家族を心配させてしまった。
その心残りだけ残して、僕は……。
*コクは記憶を取り戻した事で、始祖の血の力が覚醒しました*




