33話
「今日から1階で金稼ぎに入る。ティア、戦えるか?」
「ん、1階なら大丈夫。2階に行かない……よね?」
「もちろんだ」
翌日、今日の予定を告げる。ティアはゴーストさえ出なければ大丈夫そうだ。
さすがにここで2階にも行くなんて意地悪はしない。嫌われたくは無いのだ。
「コクは留守番で他のメンバーは全て出て貰う。コクは……」
「採掘をしているよ。つるはしは補充してくれた?」
「ああ、アイテムボックスに20本入れといた。無理だけはするなよ」
留守番であるコクも色々と鍛冶に向けて準備をしているらしい。
釘を刺すとコクは頑張るとだけ行ってくる。これは解かっていないな。
「それで2階の探索は行わないが、タリスとパステルにこれを覚えて欲しい」
そう言ってスクロールを合計3枚テーブルに置く。
外見だけでは相変わらずただの丸めた紙切れだ。外からでは全く解からない。
「これは?」
「魔力感知が2つ、生命感知が1つだ。タリスは魔力感知を、パステルは両方覚えてくれ」
「解かりました。2階の対策ですね」
相変わらず2階と聞くだけでティアの体が跳ねる。どれだけ嫌いなんだか。
タリスとパステルはそれを使用しスキルを覚えていく。
俺自身も覚えたかったが、スキル数は既に10個である。
現状消せるようなスキルが無い以上、仲間に任せるしかない。
それに後衛の魔法の方が、ゴーストに対する対応は早いだろう。
対抗出来る武器を持ったとしても、空に浮いている相手を攻撃するには、近寄ってくるのを待つしかないのだ。
「さて、相手はゴブリンとドワーフだ。無理をせずに行こう。変異種が居る可能性だってある」
「そうねー。1階層でスケルトン、2階層でエルフがいたものね。ネクとパステル以外で」
「うん、パステルの精霊も強かったし、あのエルフも強かった。油断しないでいこ」
変異種は突然現れるのだ。女ドワーフが居るのなら新しく使い魔にするのも良いだろう。
男はパステルが拒否しそうだから、残念ながら断念である。
「それじゃ、準備していくぞ」
そう締めると皆椅子から立ち上がり防具を着けて行く。
目標の12万まで後5万弱だ。頑張ろう。
あれから4日ほど経過した。ゴブリンとドワーフの討伐は特に問題がある感じではない。
変異種も現れる事が無く、普通に狩る事が出来ていた。
ティアもいつもの調子に戻り始め、昨日は夜にトイレで起こされる事もなかった。安心である。
「さて、今日もいつものように狩りだ」
『汚物は消毒だー』
俺が言うとネクが某漫画のそのページを開いて見せてくる。
そういえば、この間全巻買ったな。ネクは、わざわざこの時の為に用意していたのだろうか。
汚物ではないんだがな。
「気をつけて狩りに行こう。コクからは何かあるか?」
「うーん、そろそろ資材置き場が一杯になりそうかな。一応、場所はまだ余裕あるけどさ」
あの部屋一杯になるほど採掘しているのだろうか。
確かに消費せずにどんどん溜まっていく一方なのは解かる。でも、出来れば掘る量を自重して下さい。
「その辺りはもう少しで鍛冶場を作れる。そうなったら消費出来るようになるだろ」
「もう少しなの? 嬉しいなぁ……」
残りは大体1万くらいだ。あれから消費を極力抑えている。某漫画を衝動買いしてしまったが。
使い魔たちも普通に読んでいるし、無駄な買い物ではなかったと信じたい。変な影響は受けそうだけど。
「さぁ、行こう。あと1万だ」
そしていつもの様に探索を開始する。
「ん? 部屋にドワーフが1体いるな」
「そうね。……おかしいわね」
「おかしいですね。部屋にドワーフが居る場合、大抵複数なんですが……」
どう考えても嫌な予感しかしない。素通りした方が良い様な気がするが……。
「行きましょう。後ろから変異種が襲ってきたら洒落になりません」
「そうだな。出てこないとも限らないか」
エルフの時の強さを思い出す。あんなのが戦闘中に乱入してきたら瞬く間に壊滅だ。
正面から戦ったから倒せたのであって、乱戦時に遠距離からの各個撃破などやられたら終わりである。
このドワーフを無視して探索を翌日に持ち越しても、消えるという保証は無い。
下手したらこの1階の狩りが出来なくなる恐れがあるのだ。
この美味い狩場をなくしたくは無い。
「俺とティアが前に。ネクはパステルとタリスの護衛を頼むぞ」
「ん、頑張る」
「開けると同時に先手を撃ちますか? タリスとの合成魔法で一気に仕留めることも出来ますが」
そこで考える。魔法による高威力の回避不能な攻撃をすれば、変異種とは言え倒せるだろう。
だが、同時に女ドワーフだとすれば捕獲が出来ない。即死レベルの魔法なのだ。
「扉の前で詠唱して、男のドワーフならそのまま使う。女のドワーフなら俺とティアが出る。これでどうだ?」
「解かりました。準備をしましょう。タリス、風の魔法いきますよ」
「あいよー」
俺とティアが扉の辺りに立つ。後は魔法の詠唱が終わったら、扉を一気に開いて確認後に魔法を撃つだけだ。
だが、それが油断だった。
破裂音と共に巨体が扉を破壊する。巨大な斧を持ったそのドワーフは一瞬で俺たちに近付き……ティアに向かって斧を振り上げた。
「ティア!」
「――ッ!!」
回避は出来ない。ティアは慌てて武器で防ぐ為に剣を縦に持ち自分の体との間に立てる。
だが、その斧はティアの剣を両断し、そのままティアの体を大きく切り裂く。
ティアはその衝撃で飛ばされ通路を転がっていく。
「くっ、ネク前に出ろ。俺と壁を作る。パステルは魔法を中断して精霊を出せ。タリスは下がってティアの回復をしてくれ」
俺とネクは瞬時に盾による防御を行う。斧による攻撃は盾を削るように破壊していく。
受け流すように使用していなければ、一気に真っ二つにされていただろう。
この世界の武具は壊れにくいんじゃなかったのか?
「精霊いけます」
「頼む!!」
防御で一切の攻撃が出来ない状況だったが、どうにか水の精霊が具現化する。
それを中央に置き、俺とネクは左右に分かれる。パステルは弓を構えると俺たちのフォローをする為に矢を番えた。
「補助魔法いくわよ」
「助かる」
タリスから風の魔法が飛んで来る。ティアは無事だったのだろうか。
気がかりだが、今は確認するだけの余裕は無い。
水の精霊は斬られてもすぐに再生して盾として役に立つ。動きは鈍重なので、攻撃自体は当たらない。
だが、確実に警戒する対象になるだろう。
俺は剣を構え突きによる攻撃を主体に戦う。相手のドワーフは体全体を黒い鎧で包んでおり、その鎧には隙間が殆ど無い。
恐らくは、剣による斬撃は殆ど通じないだろう。隙間を狙って突き刺すしかないのだ。
反面、ネクはハンマーを使用できる。ハンマーによる攻撃は、硬い装備にこそ真価を発揮する。
その打撃による衝撃は鎧を着ていても中に響くのだ。
ドワーフが巨大な戦斧で水の精霊を切り裂く。その隙を狙い、鎧の関節部を狙って剣を突き出す。
補助魔法で強化されたその高速突きは、ドワーフの腕の肘の内側に突き刺さる。
重い武器を使用しているだけに、腕への攻撃は致命的だろう。
だが、剣を抜こうとしても抜けない。
「こいつ! 力を込めて!!」
「主様!」
力を込める事で抜けない様にしてくる。なんという戦士だ。
相手の攻撃を倒すための好機と利用するなんて、普通であれば出来ない。
痛覚とかないのか?
俺の方に巨大な斧が迫ってくる。俺は剣を手放し、後方に逃げるように離れる。
それでも距離が足りない。
パステルの放った矢が斧を持つ腕に当たる。
それで軌道が少しそれて俺の横をその斧が通った。あぶねぇ……。
その隙を見逃さず、ネクがドワーフの兜をハンマーで殴る。
さすがのこの戦士も、頭に食らった衝撃は応えたようだ。
片手で頭を押さえながら、頭を振るように動かしている。
動きの止まったドワーフにタリスの炎の矢が突き刺さる。
その炎はドワーフを鎧ごと焼いていく。
どれだけ硬い鎧でも内側から焼かれれば関係が無い。
ドワーフは焼かれる痛みに転げまわる。歴戦の戦士でも耐えられるものじゃない。
俺は剣を回収するとその痛みを長引かせない為、その首に向けて剣を振り下ろした。
「ふぅ……相変わらず変異種はきついな」
「そうですね……。この強さなら仲間にしても良かったかも知れません」
パステルから今更許可が下りた。もう既にドワーフは消滅している。
最初から言ってくれよ。相当な戦士だったんだから、かなりの戦力になっただろうに。
「まぁ、今更だな。タリス、ティアはどうだった?」
「ごめん、手遅れだった」
「……そうか」
恐らく、あの一撃を食らった時点で即死だったのだろう。
それだけ強力な一撃だ。俺だって奇襲を受けて食らっていたら死んでいた。
「宝箱を開けたらすぐに戻ろう。ティアも拠点に帰っていると思うが、そのままにはしてはおけない」
「うん」
すぐにでも戻って確認をしたかったが、そういう訳にもいかない。
宝箱はいつもと同じ罠だ。これなら開けるのに問題は無い。
箱を開けると中には巨大な戦斧が入っていた。先ほどのドワーフが使っていた斧なのだろうか。
斧よりもエルフの時のクロスボウとか欲しかったのだが……。
「部屋の中に入ってから拠点に帰還しよう」
皆無言で部屋に入る。敵を倒せたとは言え、仲間が1人倒されたんだ。
生き返るとしても気持ちのいい物じゃない。
そして俺たちは拠点へと帰還した。
「ティアは……あれ?」
「あ、スズキさん。ティアはベッドに運んでおいたよ」
「コク、居たのか。運んでくれてありがとう」
ティアを運んでくれた事に礼を言うと、防具を外す事もせずに寝室へと向かう。
そこには、静かに眠るティアが居た。その無事な姿を見てホッとする。
戻ってきている事は解かっていても、実際に目にしないと怖いのだ。
もしかしたら、戻ってこないんじゃないかとか思ってしまう。
「よかったぁ……」
「ああ」
タリスが明らかに安堵した声を出す。俺もそれに同意する。
皆ティアの姿を確認すると部屋から出て行く。寝ているのを起こすわけにも行かない。
この状態がどんなモノなのか解からないが、眠っている相手の側で騒ぐ訳にもいかないだろう。
「スズキさん、1階じゃなかったの?」
「1階だったぞ。変異種が居てな……」
「変異種かー。あ、僕もそうなんだっけ」
コクは完全に生産型だったから、強さは何てこと無かった。
本物のドワーフの戦士の強さというのを今回は実感できた気がする。
「そういえば、コクはこの斧に見覚えとかないか?」
「この斧は……凄いね。こんな斧を作ってみたい……」
アイテムボックスから先ほどの斧を取り出して見せる。
ドワーフ繋がりの関係で、記憶の手がかりになれば良いんだが……。
「やっぱり関係なかったか?」
「ううん、どこかで見たことあったと思う。でも思い出せないかな」
俺はそうか、と斧を受け取る。
コクが斧を使える戦士だったらこの武器を使ってもらうのも手だっただろう。
だが、戦わない以上自動販売辺りで売って、活動資金に変えた方が先の為に役に立つ。
「それじゃ、解散にしよう。俺は戦利品の処分に移るよ」
パーティを解散し、PCへと向かう。
鑑定台にその斧を置くとこんな感じだった。
◆◇◆◇◆◇◆◇◆◇◆◇◆◇◆◇◆◇◆◇◆◇
デストロイヤー
効果
ありとあらゆる物を破壊する戦斧
素材、製作者不明
◆◇◆◇◆◇◆◇◆◇◆◇◆◇◆◇◆◇◆◇◆◇
「壊されやすかったのには理由があったのか……」
使える人が居ないのがとても残念だ。
俺やネクではこの2mを越える斧を扱うのは難しいだろう。
正にドワーフの様な力の強い種族じゃないと振り回されそうだ。
重量自体も20kgを越えている。片手で使っていたあの戦士はかなり力が強かったんだろうな。
何でも壊す斧なら、何も使うのは戦闘だけじゃない。
他でも用途がありそうだから売らない方が良さそうだ。
レアモノゲットだぜ。
「冗談はさておき、他の物を処分するか」
他の戦利品はいつもと同じだ。全てDPに変える。
目的の12万にギリギリ到達した。これでねんがんの鍛冶場が買える。
「コク! 金が溜まったぞ。鍛冶場が作れる」
「え? 本当? 早く早く」
コクが俺の方に寄ってきてPCの前に座る俺の体を揺する。
種族柄、力が強いドワーフによって体を揺すられると洒落にならん。
「コク、落ち着け。今から作る」
「あ、ごめん」
揺らされるのがやっと止まった。アレ以上やられたら酔いそうだったから助かった。
この前、メモしていた施設を購入していく。
鍛冶場の広さはそれほど大きくは無いが、その中をコクに言われながらレイアウトしていく。
色々と物を置いていく内に狭くなっていく。こういうのって広くなくていいのかね。
「これで完成かな。設置は地下?」
「ああ、そうだ。これで……よし、と。地下に行って見よう」
逸るコクに手を引っ張られながら地下に降りていく。
この階段どうにかならねぇかなぁ……。
「お、おおお。これが僕の鍛冶場!」
「ああ、そうだ。道具を見てみたらどうだ?」
1人用の鍛冶場はそれほど大きくはない。
モノが多く結構手狭に思えるのだが、それが良いらしいのでほっとこう。
「これがハンマーかー軽く叩いてみて良い?」
「俺を叩かなければ、な。許可を求める必要は無いぞ」
「それじゃ、金床をちょっと叩いてみるね」
コクはそれほど振りかぶらずに軽く叩く。カンという心地良い音が鳴り響く。
金属を叩く音は戦場でも普通に聞こえるが、こういう所で聞く音はまた別物に思えた。
「あ……」
「っと、どうしたコク」
突然、よろけそうになるコクを慌てて支える。
貧血だろうか。健康そうに思えたんだが。
「あ、うん。ちょっと混乱しているから待って」
「混乱? 良く解からないが、座ろうか」
俺たちは地面に腰を降ろす。石の床は少し冷たいが、支え続けるわけにも行かないだろう。
コクは目を閉じて何か思い出すように独り言を呟いている。
何が起こったんだ?
暫くそうしているとコクが目を開く。
「スズキさん。僕、記憶が戻ったみたい」
「え? そんなにあっさり戻るものなのか?」
「うん、この音が切っ掛けかな。もしかしたら別の要因もあるかも知れないけど。僕の過去、聞いてくれるかな?」
「ああ、話せるのなら教えてくれ。コクがどのように生きてきたのかを」
コクが前世でどの様に生き、死んでいったのか興味がある。
これはコクに限らず全ての使い魔に対して思っている感情だ。
出来る限り皆の事を深く知りたい。
そしてコクは自分の過去を話し出した。




