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迷宮と掲示板 改稿版  作者: Bさん
3章 坑道の迷宮
34/88

29話

 訓練所に入るとパステルとタリスが魔法で何かしている。

 先ほど言っていた合成魔法の研究なのだろう。どれくらい進んでいるのだろうか。

 

「僕はさっき見せてもらった雑誌を読んでくるね」

「解かった。コタツがあるからそこで読むといい」


 俺とコクは酒を訓練所に置いて別れる。

 雑誌ってベッドの下のじゃないよな?


「主様、魔法の件結構解かりましたよ」

「つーかーれーたー」


 そうしているとパステルがこちらに歩きながら言って来る。

 タリスが不平を言っているようだが、その表情を見ると本当に疲れているようだ。

 後でマジックポーションを無理やり飲ませてやろう。


「そうか。どんな感じだ?」

「こちらにまとめましたのでご覧下さい」


 パステルはそう言うと数枚のレポート用紙を見せてくる。

 ちゃんとこういうのにまとめてくれるのは助かる。読んで解からない所を聞けば良いのだ。

 変な理論とか言われても魔法を使えない俺では正直困る。


 合成魔法を要約するとこんな感じだった。


・複数の魔法を同時に発動させると、稀に交じり合って強力な別の魔法になる。

・混じり合わせるには距離が関係している。出来る限り密着していないと難しい。

・その種族が得意としている1属性でしか合成は出来ない。普通だと思っている属性は不可。


「なるほど、それでタリスを抱えて魔法を使っているのか」

「はい、これくらい抱え込めば発動率が良いみたいです」


 そう考えるとフェアリーという種族は都合が良さそうだ。

 でも、抱えないと発動率が低いか……男同士だったら色々と困るな。

 男女だとしても抱き合いながら魔法とか爆発して欲しい。


「得意な属性と言うと2人とも風なのか?」

「はい、私もタリスも風属性ですね。他の属性があればもっと色々な組み合わせが出来るのですが……」


 坑道で見せてくれたあの風の魔法が合成魔法の成果なのだろう。

 下位同士の魔法であの威力は脅威である。暴発しない為にも今後も調べて欲しい所だ。


「使えるのはあの風の魔法だけなのか?」

「いえ、風同士でも出来る組み合わせは意外とありますよ。タリス、弾丸をやりましょう」

「えー疲れたー」


 何か実演をしようとした矢先、タリスは不満そうな声をあげる。

 よし、ポーションを飲まそう。


「パステル。しっかりタリスを押さえててくれ」

「解かりましたが……何を?」

「え? ちょ、あれはやめて!」


 パステルがタリスを背後からしっかりとホールドする。

 俺はアイテムボックスからマジックポーションとスタミナポーションを取り出すと蓋を開けた。

 

「さぁ……覚悟しろ」

「い、いやぁぁぁあぁぁごぼっ」


 タリスのその小さな口に2本のポーションを同時に突っ込む。

 液体を無理やり飲まされたタリスは、呼吸をままならず飲み込んだ。


「げほっげほっ……マスター酷い」

「もう1本行くか?」

「も、もう十分よ……」

「パステルどうした?」


 そんな光景をパステルが呆気に取られて見ている。

 いきなり呼ばれて驚いていたが、言われて正気に戻る。


「え? あ、はい。次は私にお願いします」

「しません」


 危うく変なスイッチが入りそうになったので止める。あの目、正気じゃなかった。

 今はまだ昼間だ。せめて、夜まで我慢しろ。

 パステルは少し残念そうな顔をすると、いつもように真面目な表情に戻る。


「タリス、やりましょう」

「うう……仕方ないわね。マスター、少し下がってて」

「ああ、解かった」


 俺が下がると2人は魔法の詠唱を始めた。と、思っていたらすぐに言葉を止める。

 もう終わったのだろうか。3秒くらいで終わるとは早いな。


「では、行きます」

「おっけー」


 パステルがなにやら緑色の球体を作り出す。正確には球体が緑なのではなく、それを覆う緑色の何かが蠢いている。

 風属性と言っていたし、視覚化した風なのだろうか。

 その魔法に対してタリスが何かを加える。するとその球体が一瞬で訓練所の壁に移動しぶつかって消滅した。


「え?」

「終わりです。魔法で使った風属性の球体に高速化の魔法を掛け合わせました」

「ちょ、早すぎ。一瞬で壁にぶつかって見えなかったぞ」


 高速化という事はワープしたのではなく、そこまで移動したのだろうか。

 動体視力で追えないほどの速さとか避けようがない。

 もちろん、そんな速度の物質がぶつかったらかなりの衝撃だろう。

 

「はい、この魔法は下位の2つの魔法を組み合わせる事で大きな効果を生む実例ですね。地味ですが」

「凄いじゃないか。他にはどんな組み合わせがあるんだ?」

「そうですね……この間の風の竜巻にこの弾丸、あとは強化魔法の重ね掛けがありますね」


 下位の魔法の組み合わせなら消費する魔力が少なめでも高い効果を生める。

 もちろん、上位の魔法で組み合わせれば、果てしない威力になる可能性がある。

 でも、強化魔法の重ね掛けというのは良く解からない。


「それって強化魔法を同じ人に何度も使うって意味じゃないのか? それなら合成魔法じゃなくても出来ると思うが」

「いえ、違います。強化魔法を複数合わせて高い効果を付与出来るようになります。速度上昇を使うと一瞬でここから壁まで移動出来るようになりますよ」


 一瞬で移動、と聞いてすげーと思うかもしれない。

 でもそれは、一瞬で壁まで移動して止まる事が出来ればである。

 自分が認識する以上の速さで動いた場合、止まろうと思った時点では手遅れなのである。

 一言で言うと自滅する。


「それ、危険だと思うぞ」

「はい、既にタリスが壁に激突済みです」

「……凄く痛かったわよ」


 既に試していたらしい。タリスは恨みがましくパステルを見ていた。

 速度上昇と聞いて、いつもの様に調子に乗って飛び回ろうとしたのだろう。

 相変わらず、すぐに釣られる子だ。


「後はこの情報をどうするか、だな」

「そうですね。かなり便利な魔法ですし、出来れば他の方々の攻略に役立てて欲しいです」


 パステルはそう言ってくる。この他の方々というのは掲示板を通じて存在している他のプレイヤーの事である。

 お互いに競争をしているのなら秘匿するのも有りだが、他のプレイヤーとは隔絶されているようなものだ。

 秘匿するよりもお互いに情報として出し合った方が、得られるものが多いのだろう。

 

「解かった。後で掲示板に書いておくよ。2人も無理しない程度に頑張ってくれ」

「もうむりー」

「タリス、もっと調べますよ」


 俺はそう言って訓練所を後にする。

 タリスも一緒に来たがっていたが、パステルに捕獲されてしまったようだ。南無。




「今日は凄い豪勢みたいだけど、何かあったの?」

「たまには贅沢をするのも良いと思ってな。酒もあるぞ」


 夕飯時、タリスがそんな事を言ってくる。

 使っている素材はいつもと変わらないが、今回はティアが頑張って料理を作ってくれたらしい。

 コクの歓迎会と言ってしまうと、他のメンバーが入った時やっていた訳ではないので、不公平とかありそうだ。

 なので、濁してたまの贅沢とさせて貰った。変な所でわだかまりを作りたくないしな。

 

「お酒? 飲んだ事無いから飲んでみたい」

「そうか。ならこっちのカクテルが飲み易いぞ」


 そう言ってカクテルのカルーアミルクを渡す。

 コーヒー牛乳みたいな感じなので飲み易いだろう。逆に調子に乗って飲みすぎると酔ってしまうが。


「何これ美味しい」

「ご主人様、私も」


 タリスは渡されたカクテルを飲んで驚いていた。

 それに興味を持ったのか、はたまた酒自体が苦手なのか判らないが、ティアも所望のようだ。

 そこまで数を買っていないからすぐになくなりそうではある。


「私はこちらを貰います」

「ああ、好きな様に飲んでくれ」


 俺はこの時、何でこんな事を言ってしまったのだろうか。

 まさか、この一言があんな事になるなんて……。冗談だけど。





「あはははははは、マスター! 変な顔ー」

「止めろタリス」


 タリスが俺の顔をいじくって一人笑っている。これはどう考えても酔っている。

 ティアは据わった目でこちらを睨んできている。怖いです。

 あれから1時間経過した。酒に慣れていないタリスとティアは、予想通り飲み過ぎてしまったようだ。

 パステルは味わいながら飲んでいるので静かだ。でも、かなりの空き瓶が転がっている。

 マナーとかしっかりしているパステルが、それを片付けないとかやばい気がする。

 コクは肉を食べ、酒を大量に飲んでいる。本当にどこに入っているんだ?

 そして、予想外なのがネクだ。


「ネク、お前も酔うのか?」

『そうみたい。びっくりした』


 タリスを押しのけてネクに聞く。

 まさかの頭蓋骨が少し赤く染まっている。

 血液が流れていないはずなのに、染まるとか良く解からない。

 だが、酔いもそこまで回っている訳ではないらしく、正気を保ってくれるのは助かる。

 パステルも何か怪しいし、コクも当てにならない気がする。


「ごひゅひんはま! もろわらひにきゃまらー」

「すまん、ティア。何を言っているのか解からない」


 ティアは突然立ち上がると奇声を放つ。

 もう何が言いたいのか解からない。さすがに飲みすぎじゃないか?

 ちなみにタリスは俺の後頭部に抱きついて髪を引っ張っている。痛いです。

 こうなってくると、酒に強い体質が恨めしい。

 酒を楽しんで多く飲めるのは良いのだが、酔った周囲のテンションに合わせるのが大変なのだ。


 立ち上がっていたティアが突然倒れそうになる。

 酔っているのに急に立ち上がるから……。


「ティア、大丈夫か?」


 支えながらティアに聞くと、突然こちらに顔を向けると唇を合わせてきた。

 突然何なんだ。


「うぷっ……」

「う、おおい」

 

 これはやばい。慌ててティアをトイレに運び込む。

 酒に慣れていないのに一杯飲むから……。さすがに吐いている所を見られたくないだろう。

 キスの直後吐くとか結構クるな。

 

「水だ。大丈夫か?」

「あい」


 ティアは水を受け取ると口の中をゆすぎ、それをトイレに流す。

 これ以上はまずそうだな。そういえば、タリスはどこに行ったのだろうか。いつの間にか頭に居ない。


「あははははははは」


 ティアを寝室に運ぼうと抱えてトイレを出る。

 そこには、笑いながら蛇行飛行をしているタリスが居た。

 飲酒飛行は危な過ぎるだろ。捕まえられないからほっとくしかないけど。


 そのまま寝室へと移動しティアを寝かせる。

 

「ティア、大丈夫か?」

「ん、このまま寝りゅ」


 吐いて少しは調子を戻したのか、いつもの口調になっていた。語尾は怪しいけど。

 アルコールが入っているのなら寝付きは大丈夫だろう、そう思って部屋から出ようとすると、ティアにシャツの裾を掴まれる。


「ご主人様……寝るまで一緒に居て?」

「解かった。あっちはどうにでもなるだろ」


 ティアも甘えたいと思うことがあるのかも知れない。

 今までがそんなになかっただけに、今日はその意思を叶えたいと思う。

 その手を握りながら、ティアが眠るまでベッドに座るのだった。





「これは……一体」

「凄かったよ。タリスが空中で曲芸してたんだ」


 曲芸って……アクロバット飛行でもしたんだろうか。

 タリスにそんな特技があるとは思わなかった。今は頭から地面に突っ込んで動かないけど。

 消えていないって事は、死ぬほどの怪我ではないのだろう。

 それでもさすがに心配になる。様子を見ると頭を下にした体勢で寝ていた。変な所で器用だな。


「はぁ……なんだ、寝ているのか」

『連れて行くよ。さすがに眠いしね』

「ネク頼んだ。そっちは大丈夫そうだな」


 スケルトンだから酔わないのか、それとも酒に強いタイプなのかは判らない。

 いや、スケルトンが酔うとか、凄く変だけどさ。

 ネクはタリスを掴むとそのまま寝室へと入って行った。


「パステルは……寝てるのか」

「うん、さっきまで喋っていたよ。独り言を」


 せめて相手をしてやれよ。コクもネクも食べたり飲んだり、タリスの芸を見るので精一杯だったのは解かるが……。

 下手に相手しても絡まれる可能性もあるけどな。


「さすがにお開きだな。パステルをここで寝かせるのも可哀想だし、寝室に運ぶよ」

「うん、僕はもう少し飲んでいるから、気にしないで寝て良いよ」


 パステルを背負って俺たちの寝室へと運ぶ。ティアのように調子が悪そうな様子は無かった。

 コク、ネク、パステルは結構酒に強いみたいだ。パステルは酔い潰れたけど。

 パステルをベッドに寝かせて広間へ戻る。

 このまま寝るにはまだ飲み足りない。


「コク、その酒を貰えるか?」

「結構強いけど大丈夫かな」


 コップに注いでもらい一口飲んでみる。それだけでアルコールが体に行き渡る感覚が実感できる。

 かなり強い酒のようだ。こんなのを飲んで、何とも無いというのは凄いな。ドワーフという種族が酒に強いという話は本当のようだ。


「そういえば、鍛冶をやりたいって最初に言っていたけどさ。彫金とか裁縫は良いのか?」

「うーん、それもやりたいかと聞かれればやってみたいけど……やっぱり鍛冶が良いかな。何でそうなのか聞かれても理由は解からないんだけどね」

「そうか……解かった。頑張って早めに集めような」


 テレビの貯金を崩すのは未だに躊躇っていたが、ここまでやりたがっているのならそれも良いだろう。

 そうなれば、後は6万弱だ。1週間も稼げばどうにかなりそうである。

 無限箱のお陰でDPを使用しなくても、食べる分には困らない。


「スズキさん。ありがとう」

「突然どうしたんだ?」

「良く解からないけど、何となく言いたくなったんだ。今、こうしていられるのがとても嬉しいんだ」

「そうか。なら、俺はどういたしましてと言っておくよ」


 お互いにそう言うと持っているコップを近づけて鳴らす。

 コクが何を言いたいのかは解からない。だが、そう言いたくなる気分だったのだろう。

 まだ使い魔になって1日も経っていない。この子の気持ちを理解するのはまだ先になると思う。

 この意味を知るのもそれからで良いじゃないか。なら今は、その気持ちだけを受け取ろう。





「うう……頭痛い……」

「二日酔いか……薬がある訳ではないから耐えて貰うしかないな」


 翌朝、今日の朝食はコクが作った。

 何故なら、ティアとタリスが二日酔いでダウンしているからだ。

 朝食を食べ終えた後、お粥を作って貰いティアの元を訪れた訳だが……。


「もうお酒飲まない」

「そう思っても飲んでしまうのが酒なんだよな」


 毎回二日酔いになりながら、酒を飲み続ける人は多くいる。

 俺自身も昔は結構二日酔いになっていた。週に2,3回は二日酔いになっていた頃もあった。営業はつらかとです。

 ちなみに、タリスの方にはネクが行っている。


「ほら、お粥を作ってもらったから食べよう」

「……ちょっと入らない……」


 まぁ、そうだよな。こうなってしまうと食欲なんて湧くもんじゃない。

 病気とは違うんだし、無理に食べる必要も無いだろう。

 時間が経てば勝手にアルコールが抜けて治って行く筈だ。

 薬でもあればいいんだが、近い薬でも酔い止めくらいである。

 乗物酔いの薬が二日酔いに効くなんて聞いた事は無い。


 この状況では迷宮探索は無理だろう。

 昨日決意したのに早くも頓挫した気分である。


 ベッドでうなされているティアを見ながら、今日の予定はどうするか考えるのだった。

※酔ったパステルの発言、寝言は削除されました。

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