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迷宮と掲示板 改稿版  作者: Bさん
2章 森と草原の迷宮
25/88

23話

「今日はボス戦になる。事前情報によると森のボスは大蜘蛛らしい。毒を持っているらしいから傷付いたらまず使ってくれ。今回は忙しくなりそうだから、感染しているか確認している余裕はない」


 いつものミーティングで一気に告げる。

 ボス戦は1階層以来なので少し緊張するが、初めて挑むメンバーもいるから冷静を装っている。

 使い魔の主として時には虚勢も必要なのである。


「無駄に使っても良いの?」

「ああ、手遅れになってからでは遅いからな。他の薬品に関しても同じだ。間違えて関係ないのを飲まないようにな」


 慌てて毒薬なんて飲んだら問題だ。

 ……少し心配になってきた。アイテムボックスから全部出しとこうかな……。

 後で隠しとこう。


「まず、敵はボスである大蜘蛛がいるが、これは俺とネクが叩こうと思う。ティアは周囲に出るという子蜘蛛の処理を頼む」

「ん、解かった」


 当事者であるティアは返事を返し、ネクは頷いてくる。

 

「次に後衛だけど、臨機応変にして貰えると助かる。基本はこっちでティアが間に合わなくなったらそっちのフォローという感じかな」

「おっけー、見て判断するわね」

「主様、蜘蛛の巣の処理は良いのですか?」


 そういえば、掲示板にそんなことが書いてあったっけか。

 後衛に処理を任せるのが一番良いが、必要な場面で手が回らない可能性もある。


「そうだな、最初の方がタリスとパステルの魔法で焼いて欲しい。対応状況では手が回らなくなるかも知れないから、これを使ってくれ」


 そう言ってアイテムボックスから松明を取り出す。

 その松明は既に火が灯っており、凄い勢いで燃えている。


「もう燃えてるんだ」

「そうだ。燃えた状態でアイテムボックスに入れるとその状態で維持されるんだ。取る時は、ちゃんと燃えてない方が手に来るから問題はない」


 アイテムボックスは本当に便利だと思う。

 これが共有で扱えるのだから利用をしない手はない。

 隠したい物も共有だから仕舞えないけど。


「この松明は俺とティアとネクが使う。再利用の事は考えていないから、火が消えたら投げ捨てて良い。10本ほど用意してあるから使い果たす位の気持ちで良い」


 その言葉に全員が頷く。これで大体の説明は終わりだろうか。

 今のうちに疑問は全て消化しておきたい。


「以上で説明は終わりだが、何か質問はあるか?」

「そうですね……精霊は召喚したほうが良いですか?」

「うーん……精霊は壁としては役に立つけど攻撃としてはどうだろう。攻撃魔法や弓による援護をして貰った方が良いかな」


 精霊は確かに力や耐久性は高いが、少しでも動きが早い相手だと攻撃が当たらない。

 蜘蛛がどれくらいの速度かは解からないが、それなら攻撃魔法をして貰った方が有効打を叩き出せそうだ。


「臨機応変でお願いしたい。もし前衛が戦闘を続行出来ない状態になってしまったら必要になるかも知れないし」

「解かりました。そうさせて頂きます」


 パステルは頭を下げながら言ってくる。

 他に質問はないかな?


「他に質問は?」


 そう聞くと皆黙っている。もうないのだろうか。


「無さそうなら準備を始めよう。ボス戦だから無理をするな、とは言えない。だけど、全員必ず生きて帰ろう」

「うん、全員ね」

「勝ったら取って置きの獣人族の祝宴の料理を作る」

「それは楽しみですね。それを食べる為にも無事帰らないと」

『私、帰ったら革靴を作るんだ……』


 あれ? もしかしてフラグ立った?

 俺も言っとくか。お気楽な気分が原因であんな事になるなんて、この時は知る由も無かった……。

 なんてな。




「扉を開けるぞ」


 あの後装備を装着し、転移の石でボス前の部屋まで移動した。

 緊張の余りトイレが列を作ったりしたが、些細な事だろう。

 ミーティング中にお茶なんて飲むべきじゃなかった。


 皆の返事を聞かずに扉を押す。取っ手がないので引く事は出来ない。

 間違えなくて済むのは良いが、これって中に入ると勝手に閉まるんだよな。

 重い音を鳴らしながらゆっくりと扉が開いていく。

 少し開いた隙間から見える光景は、1階層と同様の石造りの部屋だ。

 ここだけ草原や森のようになっている訳ではないらしい。


 全員が部屋に入ると扉が勢い良く閉まる。

 これで撤退は出来ない状況だ。ここから出るには死ぬか倒すか、それだけである。


「蜘蛛の巣が多いですね」

「ああ、生命感知を見る限りまだ相手は動いて来ない。中級の範囲の大きい魔法を最初に頼む」

「あいよー」


 タリスはいつもの返事で返すと飛びながら詠唱を開始する。

 パステルも同様で目を閉じて呪文を紡いでいく。正直何を言っているか解からん。

 魔法の詠唱は、スキルを取得すれば理解出来るらしいが、持っていない人からしたら全く解からない。

 言語の勉強でも覚えられるが、そこまでするならスキルを取得した方が良いだろう。


「準備良いわよ」

「それじゃ、全員抜刀。行くぞ」


 俺、ネク、ティアが武器を構えると炎の渦と炎を纏った竜巻が部屋の中心辺りで炸裂する。

 かなりの高熱が渦巻いていたが、マップを見る限り敵の数はそこまで減っていない。

 子蜘蛛達は、凄い速度で炎から逃れて散っていく。

 どうやら巣の上に限定すれば、かなり早い速度で移動出来るようだ。


 暫く部屋の中心に向かって歩く。

 途中の蜘蛛の巣は殆どなくなっている。扉から部屋の中心に向かって一気に掃除出来た様だ。

 そして正面にボスの姿を確認する。

 高さは3mくらい、奥行きは正面の為良く見えないが4mはありそうだ。かなりでかい。というか丸齧りされそう。

 ボスの大蜘蛛はこちらを複眼でジッと見ている。

 動いたら一気に行動してくるのだろうか。


 感知スキルで子蜘蛛がどんどん近付いているのが解かる。

 このままでは、囲まれる恐れがある。

 なら、取る手は1つだ。


「ネク突っ込むぞ。ティア、雑魚は頼んだ」

「予定通りに」


 囲まれる前に動く、それしかない。

 ティアの返事で、ネクは姿勢を低くする事で承諾の合図をする。

 俺は盾を前面に出すと、その体勢のまま大蜘蛛へと突撃した。


 俺とネクは大蜘蛛の近くまで寄る。

 やっぱり近くで見てもグロい。

 6個の目、8本の足、それらが蠢いている。

 見た目だけで戦意を消失しそうだ。


「左右に分かれる。行くぞ」


 そう言って俺たちは大蜘蛛を中心にして左右に分かれる。

 近くの蜘蛛の足を剣で斬りつけるとしっかりと刃が通る。

 そこからは緑色の血? が溢れ出した。

 思ったより楽に攻撃出来そうだが、深追いはせずに距離を取る。

 攻撃ばかりに集中して防御が疎かになったら意味がない。

 相手はこちらの攻撃を何度も耐えられるが、こちらは一撃で致命傷になる恐れがあるのだ。


 蜘蛛を見るとネクの方を向いて、足による攻撃をしていた。

 俺は眼中にないのね。

 なら、逆に考えよう。これは好機だ。比較的安全に攻撃を繰り返せる。

 攻撃に参加すべく俺は盾を構えながら蜘蛛へと斬りかかった。


 それから暫く、攻撃を繰り返す。

 遠くから飛んできた炎の矢が近くに増えていた蜘蛛の巣を焼く。

 この蜘蛛は攻撃しながらも周囲に糸を撒き散らすらしい。

 炎の矢という事は、タリスによる魔法だろう。こういうフォローは助かる。

 ネクは蜘蛛の足による攻撃、体全体を使ってきた体当たりなどを盾を利用して受け流す。

 隙が出来たらハンマーで確実に傷を付けている。

 俺もそれに負けないように蜘蛛を攻撃していく。ここまでは順調だ……そう思いたかった。


「ご主人様! 数が多い」


 ティアが慌てた様子で言ってくる。

 どうやら1人では捌ききれないようだ。

 声がした方向を見ると、パステルとティアが子蜘蛛を攻撃しているのが見えた。

 今にも囲まれそうな状況だ。こちらに来る可能性がある相手を全て受け持っているのだろう。


「タリス、もうこっちはいい!! ティアの援護を頼む」

「おっけー」


 救出には、俺が向かうのが一番良いだろう。

 だが、ボスを倒すまで無限のように湧き出る蜘蛛に向かって行って、ボスへの攻撃が疎かになっては本末転倒だ。

 その分、後衛のメンバーであれば距離がある分、すぐにターゲットの変更が出来る。


 増え続けている蜘蛛の巣も気になるが、ティアの方が倒されてしまった場合それどころではない。

 ボスだけを相手にしている時点で一杯一杯なのだ。

 雑魚と同時に戦う余裕はない。

 最悪蜘蛛の巣は松明で焼くしかないだろう。

 そう考えながら戦闘を再開するのだった。




「よし、まずは1本」


 蜘蛛の足に剣を突き刺し、そのまま横に薙ぐ。

 既に亀裂が多く入っていた蜘蛛の足はそのまま切断される。残りは7本だ。

 といっても全部切り落とす前に動く事は出来なくなるだろう。


 今の所は、ネクも俺も致命的な攻撃は受けていない。

 ティアたちの方が見えないからどうなっているのか解からないが、こればかりは信じるしかない。

 大蜘蛛の攻撃も毒液らしきものを吐き出すの以外は、危険そうな攻撃はないようだ。

 アレを全身に浴びたら一瞬で毒が回りそうな気がする。

 事前に変な動作をする事から、それを確認して距離を取れば回避が可能なのだ。

 余程酷い状況にならない限り食らうことはない。

 

 蜘蛛の巣が徐々に俺たちの行動範囲を狭めていく。

 先ほどまではタリスが全て燃やしてくれていたが、今はティアの方の手助けに行っている。

 俺の方はまだしも、ネクが蜘蛛の巣に捕まって動けなくなったら危険だろう。

 そろそろ松明で焼く必要が出そうだ。


 剣を鞘へと戻し、アイテムボックスから松明を取り出す。

 そして、火の点いた松明を近くの巣に近付けてみる。

 火が触れるとすぐに巣は溶けるように消えていく。ちょっと面白いな。

 俺は自分自身が巣にくっつかないように気をつけながら、周囲の巣を焼いていった。

 すぐにネクの周辺を焼きたいのだが、思ったより多く中々近づけない。


 蜘蛛の巣と聞いて、大体の人は細い糸の様な物を想像するだろう。

 だが、良く考えて欲しい。大蜘蛛はあの巨体だ。

 そんなモノを支えるほどの巣なのだからかなり太い。下手したら俺の指くらいあるのだ。

 しかも触ったら粘着質な何かで張り付くのである。

 慎重に焼いていかないと、すぐに身動き出来なくなる。

 

 蜘蛛の巣を焼きながらネクの方へと近付く。

 ネクは盾で受け流しながら攻撃をしていた。


「よう、ネク。頑張ってるな」


 敢えて軽く声をかける。

 ネクからは、さっさと周りの巣を焼けという少し怒った感情が向いてくる。

 言われるまでも無く既に焼き始めている。

 その周囲を焼き払うと俺は松明を軽く掲げて、先ほどの場所へと戻り蜘蛛の足を攻撃する作業へ戻るのだった。




「これで3本目。そろそろバランスが取れなくなるか?」


 残りは5本だ。片方の方面ばかり切り落としているので、かなりバランスは悪いだろう。

 体当たりで攻撃をする事は殆どなくなっていた。

 ネクの方には毒液とゆっくりとした動作での足の攻撃しかしていない。

 この調子でもう1本足を切り落とせば、転倒させられるだろう。


 しかし、ティアたちの方が全然解からない。

 順調に処理しているのか、それとも苦戦をしているのか。

 そう考えていると背後に何かが来ると直感スキルが告げた。


「――ッ!!」


 反射的に振り向き正面に盾を構える。

 すぐ近くに子蜘蛛が近付いていた。

 その蜘蛛はこちらに体当たりを仕掛けてくる。

 盾に衝撃が伝わる。だが、この程度の衝撃では俺を押す事すら出来ない。

 すぐに反撃に移ろうとした所で、遠くから矢が飛んできて蜘蛛を突き刺した。

 急所に当たったのか、蜘蛛はすぐに消滅した。矢という事はパステルだろうか。

 こっちまで突破してくるという事は、相当切羽詰っている可能性がある。

 早急に大蜘蛛を倒して終わらせないとやばいかも知れない。


 あと1本。あと1本の足を切り落とせば楽になる。そう気が焦る。

 その足に剣を斬ろうと蜘蛛の近くまで走る。

 そして、斬りつける為に振りかぶって上段から足へと向かって振り下ろす。

 だが、その剣は途中で止まった。


「え?」


 空中で剣は止まっている。動かそうと力を入れるが全然動かない。

 一体何が起こっているんだ?

 どちらにしてもここに長く居るのは危険だ。

 剣を手放すと大蜘蛛とは少し距離を取り考える。

 空中で何かにぶつかって止まる……その可能性があるとすれば蜘蛛の巣くらいだろう。

 だが、剣を見るとぶら下がるように宙に浮いている状態だ。

 そこには蜘蛛の糸なんてない。

 

「……これは透明な糸なのか?」

 

 少し苦しいが結論を出す。

 さすがに触れて確かめるのは危険だろう。

 なので、そこにナイフを投げる。

 すると、剣の近くでナイフが止まった。正確には宙に浮いている。

 どうやら本当に透明な巣の様なモノがあるようだ。


 大蜘蛛は蜘蛛の巣に何かが引っかかった事を察したのか、こちらの方を向く。

 だが、それが人間ではない事を理解し、すぐに何かに伝わって高速で部屋の奥へと移動していった。

 ネクがそれを追いかけようとする。


「ネク、待て! 罠だ」


 俺はそう言うとネクを止める。

 そして剣のある位置を指差すとすぐに納得した様に動きを止めた。


「この先に透明な蜘蛛の巣がある。焼こうにも見えない物は難しい。範囲魔法で一気にやらないと危険だ」


 そう言うとネクが頷く。

 透明な巣に松明を近付けると剣とナイフが地面に落ちる。

 この糸もまた火で焼けるようだ。

 剣とナイフを回収すると、俺たちはティアたちが居ると思われる場所へと急いで移動した。



「このっ」


 タリスの掛け声と共に火の矢が放たれる。

 その矢は子蜘蛛に当たり、その全身を燃やしていく。

 俺たちがそこに到着すると、ティア達の周囲を多くの子蜘蛛が囲んでいる姿が見えた。


「キリが無いわね……」


 タリスがそんな愚痴を小さな声で言っている。

 体全体から疲労の色が見える。

 ティアとパステルは無言で蜘蛛を各人の得意な攻撃で倒している。

 

「加勢する! 一気に倒すぞ」

「マスター!?」


 俺が3人に聞こえるように叫ぶと、タリスが意外そうな声を上げる。

 まさか、ボスをほっといてこっちに来るとは思わなかったのだろう。

 俺とネクは、子蜘蛛に向かって斬り込む。1体1体は大したことは無い。

 攻撃する手が増えるだけで一気に掃討が出来るだろう。

 そして俺たちが5人揃った状態で子蜘蛛を殲滅するのだった。


「ふぅ……ご主人様、どうしたの?」

「ちょっと困った状況になってな。魔法の力を借りたい」

「魔法……ですか。巣が大変な事にでもなりましたか?」


 すぐにパステルが察したようだ。

 今は次の子蜘蛛が湧くまで待機している状態である。

 なので、一応喋る余裕はある。


「ああ、蜘蛛の糸が透明なんだ。範囲魔法で一掃しないと奥に進めそうに無い」

「むむむ……ボスは随分奥に引っ込んだのね」


 タリスは生命感知スキルを使ったのか、すぐに位置を把握したようだ。

 大蜘蛛と戦っていたのは部屋の中央部付近、今は奥の方に引っ込んでいる。

 現在子蜘蛛が湧きだす場所は、中央部より結構離れた場所だ。

 ここには、多くの蜘蛛の卵があり、そこから子蜘蛛が孵化するようだ。

 正直気持ち悪い。


「もうすぐ終わるのなら、次の波を手伝って貰った後にタリスを貸す」

「恐らく長くはかからないと思う。貸してくれ」

「あの……あたしは物じゃないんだけど……」


 ティアと俺がタリスの貸し借りを約束していると、タリス本人が不満そうな声を上げる。

 そして3、4分休むと子蜘蛛が卵から孵化してくる。

 それらを掃除し、俺、ネク、タリスと共に急いで先ほどの中央部へと移動するのだった。




「さて、この辺りだ。ここを端にしてボスまでの範囲を焼いてくれ」

「ボスの位置はあの辺ね。それじゃ詠唱をするから待ってて」


 先ほどまでネクと一緒に闘って居た場所まで戻ると、タリスに早速魔法を頼む。

 今もティアたちは戦っているのだ。出来るだけ早く終わらせなければならない。

 少し待つと詠唱が終了し、炎の渦が現れる。

 巣が透明なだけに本当に焼かれているのか解からないが、こればかりは確認している時間はない。

 炎が止むと俺たちは焼かれたと思われる場所を通ってボスに近付いていく。


「あんなところに居るのか……」

「魔法じゃないと届かないわよね?」


 ボスの近くまで進むと、そこには壁に張り付いてこちらを凝視している大蜘蛛が居た。

 それもかなりの高さに、だ。

 剣は元より、ナイフを投げても届くか危うい。

 この部屋って高さを確認してなかったけど、かなり高いようだ。


「どうするか。タリスの魔法でおびき寄せるしかないのか?」

「ごめんなさい、魔力が殆どないから無理よ」


 中級の魔法以外にもかなりの長期戦になっている。

 かなりの魔法を使っていると思うが……マジックポーションは使っていないのか?


「ポーションは?」

「あれ、美味しくないのよね」


 そりゃ薬品だから美味しくはないだろう。

 その内、味にも拘りたいが、今はそんな余裕はない。

 とにかく材料を無駄にしないように、数を揃える感じである。


「ネク、俺が押さえる。飲ませてやれ」

「ちょ、マスター!?」


 こんな状況だ。わがままなんて許しません。

 俺はタリスを後ろから羽交い絞めにするとネクの方を向く。

 ネクはアイテムボックスからマジックポーションを数本取り出し、一気に蓋を開ける。

 そして、それらをタリスの口に詰め込んだ。

 ネク、容赦ねぇな。

 俺は窒息しそうで暴れるタリスを動かないように捕まえている。

 そしてそれらを全て飲み込んだタリスは、むせながら息を整えていた。


「ハァ……ハァ……2人とも酷い……」

「こんな時にわがままを言うからだ。蜘蛛へ魔法を頼む」

「うう……背中に気をつけなさいよね」


 俺とネクは武器を構えて準備をする。

 タリスは物騒な事を言ってくるが、さすがに冗談だろう。だよね?

 そのまま魔法の詠唱が始まる。今回は下位の魔法らしく、それはすぐに終わり炎の矢が真っ直ぐ蜘蛛へと飛んでいく。

 矢は蜘蛛に当たるのかと思いきや、高速で移動されてかわされる。

 蜘蛛の巣での移動は相変わらず速い。

 タリスは順次詠唱を行い、蜘蛛の移動できる場所を減らしていく。

 そうしている内に大分下まで降りてきた。


「そろそろ投擲が届きそうだな」


 剣を鞘に戻してナイフを構える。

 それでも結構な距離がある為、命中するかどうかは危うい。

 複眼にでも当たれば良い方とばかりに投げるが、やはり関係ない所に当たって弾かれる。


「むぅ……ナイフじゃ威力が低いな……」


 とは言っても代わりになるような物はない。

 あるとすれば魔法銀の剣と盾くらいだ。

 この2つを投げてしまったら接近した時にかなり困る。

 拾える余裕があるとは限らないのだ。


 他にあるとすれば……そう思いネクの方を見る。

 ネクミサイル?

 そんな事を考えているとネクと目が合う。あっちは空洞だけど。

 直感スキルで邪な事を考えているのがバレたのだろうか。

 すぐに目を逸らすとナイフを再度構える。

 予備は20本はある。数撃てばその内当たるだろ。

 そうしてナイフを投げていく。


「当たらん……」


 全部投げ切った後に俺は呟いた。

 そりゃナイフよりも高速の魔法が当たらないのでは、当たる要因はないわな。

 隙を狙って投げれば良かった。


「タリス、ポーションの追加は?」

「い・ら・な・い・わ・よ」


 タリスは魔法の詠唱の合間に拒否の意思を伝えてくる。

 そんなに嫌だったのか。

 暫く魔法を使って巣を焼いていると遂に蜘蛛は地面へと落下した。


「ネク、行くぞ。タリスは援護を頼む」

「おっけー」


 俺とネクは大蜘蛛に向かって走り出す。

 さぁ、ラストスパートだ。




「これで、終わりだ!」


 大分傷付いていた蜘蛛の足に剣を突き刺す。

 そこから一気に剣を振り抜くと蜘蛛の足の半分くらいが切断される。

 その状態では、その巨体を支える事が出来ないのだろう。

 俺が飛び退いた後に重心を崩した大蜘蛛が地面に崩れ落ちる。

 

 ネクはこの好機を逃さずに蜘蛛の正面にある目を潰していく。

 全て潰した頃には蜘蛛は微動だにしなくなっていた。


「やったか?」

「動かないわね」


 ネクとタリスと合流する。

 蜘蛛の死体は未だに消えずに残っている。

 1階層では倒したらアナウンスがあったのだが……。


 ネクが蜘蛛の死体? をハンマーの先端で突付いている。

 やめなさい。急に動き出しらどうすんだ。

 すると突然蜘蛛の腹部が動き出す。

 何が起きたんだ。

 ネクが自分は何もしていないと首を振っている。


「離れるぞ。嫌な予感しかしない」

「そ、そうね」


 ネクは慌ててこちらへ走ってくる。

 そして俺たちは距離を少し取るとその腹部が割れた。

 いや、正確には中に入っていた生物がその腹部を食い千切って出てきた。


「うげ……最後に置き土産かよ」

「うわぁ……直視したくないわ」


 緑色の血液を纏った子蜘蛛が大量に這い出てくる。

 マップを開いて数を数えようとするが……数え切れない。

 相当な数が出てきているようだ。

 良くこんなに入っていたな。


「タリス、守れないから上空から魔法を頼む。ネク、覚悟を決めるぞ」

「2人とも気を付けてね」


 タリスが上空へ飛んでいくのを確認し、俺とネクは最後の仕上げを終わらせる為に蜘蛛へ向かって走り出した。





「もう無理。これ以上は無理」

 

 俺はそう言うと両膝を突く。

 子蜘蛛は1体1体はかなり弱い。それこそ一撃で葬れるほど弱い。

 だが、その数が多く一斉に襲ってくるのだ。

 1対多数の戦いは相手が弱くても精神的に来るものがある。

 ましてやその子蜘蛛は毒を持っているのだ。

 油断をして受けてしまうとかなり危険だった。

 何せ、解毒薬を飲んでいる余裕なんてない状況なのだ。

 ほっといて腐敗が進む事になってしまう。


 そんな精神的に追いやられた状況での乱戦が続き、今ようやく終わったのだ。

 これ以上何かがあったとしても気力が持ちそうにない。

 ネクが最後の1体を葬る。ネク自身もかなり疲労したようで、それを倒した後はハンマーを杖代わりにして体を支えていた。


*2階層のボスが倒れました。3階層が開放されます。またこの拠点からこの部屋への直通ゲートが開放されます。*


「お、終わったぁぁぁぁぁぁ」

「お疲れ様」


 アナウンスが流れて終わった事を確認する。

 大きな怪我こそなかったが、かなり疲れた。

 1階層のボスなんて目じゃない。2階層以降が本番という言葉が本当だと理解した。

 タリスが上空から降りてきて地面に座る。俺もそれに倣い腰を降ろした。


 同時に部屋にあった蜘蛛の巣は全て消えていく。

 ネクも少し離れた場所で座っていた。こっちに歩いてくる余裕もないのだろう。

 しばらくするとティアとパステルも歩いてきた。

 見た感じでは、2人とも無事のようだ。大きな怪我をした様子はない。


「お疲れ様、怪我はないか?」

「ん、問題ない。でも疲れた」

「こちらも大丈夫です。矢がギリギリでしたね」


 言葉では疲れたと言っているが、やり遂げた達成感があるのかその表情は明るかった。

 若いなぁ……。


「少し休んだら戻ろうか。幸いボスを倒したら安全みたいだしな」


 そうして俺たちは暫くそこで休んで拠点へと帰還したのだった。




「あの、ティア。獣人の料理は?」

「疲れたから無理。明日にして」


 拠点でコタツに入りながら休んでいると、料理を楽しみにしていたパステルがティアに聞いている。

 さすがに、この状況では食事を作るのが億劫だろう。

 その気持ちは解かる。でも腹は減る。


「飯、どうすっか」

「簡単に出来るのがいい」


 ティアはそう言っているが、コタツから一向に出る気配がない。

 恐らく座ってしまったから出るのが辛いのだろう。

 カップラーメンとかあれば便利なんだがなぁ……いや、無いと決め付けるのは早計ではないか?


「ティア、タブレットある?」

「ん、はい」


 隣に座っていたティアがアイテムボックスから取り出して渡してくる。

 一応、ティアのユーザー登録が成されているから俺では操作が出来ない。


「俺では操作できないぞ。食料のリストの嗜好品を開いてくれ」

「チョコレート!?」

「違う」


 嗜好品という言葉を聞いてタリスが体を起こして言ってくる。

 お前は嗜好品=チョコなのか? 違うと解かるとタリスはまた寝転がった。何だかな。


「ん、開いた。これからどうするの?」

「ちょっとスクロールしていってくれ」


 ティアは言われた通りにゆっくり下にずらしていく。

 するとそれがあった。いつもは無限箱ばかりを見ていたから、気が付かなかった。


「おー、あったよ」

「カップラーメン?」

「食べ物だよ。こういう楽をしたい時便利なんだ」

「食べてみたい」


 食べ物と聞いてティアが興味を示す。

 美味しかったら自分で作ってみたいのかも知れない。

 さすがにカップラーメンは無理だろうけど、普通のラーメンならいけそうな予感がある。

 価格を見ると1個1000DP。高すぎだろ……。

 無限箱じゃないから1つ1つ買うしかない。

 でも、見たら無性に食べたくなった。


「タブレットからは……買えないか。DPの配布も出現させるのもメインPCまで行かないと駄目なのな」

「ご主人様、がんばれ」


 ティアの声援を受けて俺は重い腰を上げてPCまで歩いていく。

 そしてカップラーメンを人数分購入すると、お湯を沸かすためにキッチンへと向かうのだった。

 


「何これ! 面白い!!」

「ラーメンって食べ物だ。小麦粉の麺と色んなので出汁をとったスープを混ぜた食べ物だな」


 全員でコタツを囲んでカップラーメンを食べる。

 箸の代わりにフォークなのはご愛嬌というやつだ。

 スケルトン、エルフ、獣人、フェアリーがカップラーメンを食べる図はかなりシュールである。

 皆、麺を啜る食べ方が出来ないらしく、静かに食べている。

 その中1人で啜って食べる。あれだな、皆がやっていると気にならないけど、1人だけだと凄く行儀が悪く見えるな。


「ふー満足。ありがとう、マスター」

「保存食に見えましたが、美味しかったです。素晴らしい食べ物ですね」

『凄いよね。保存食の常識を変えられた気分』


 食べ終えたタリスは、そのまま寝転がる。

 パステルとネクはそんな事を言っている。

 保存食かー。そう考えて用意したことはなかったな。

 元の世界に居た時も保存食というより、食べたい時に買って食べていた。

 そもそもコンビニが近くにある状況で、保存という考え自体が余りない。

 料理とかしなかったし。


「小麦粉……醤油……他は何だろう」


 ティアはカップラーメンのパッケージの成分表を見ている。 

 本当に作る気か。是非とも挑戦して欲しいものだ。食べたくても高いんだもの。

 

 そして俺はコタツで寝転がる。

 疲労感と共にこのまま寝てしまいたい。

 そうしてまどろんでいると、隣に居たティアも寝転がり俺の片腕に抱きついてきた。

 こうなると離してくれそうもない。ならこのまま寝るのも良いだろう。

 そう言い訳をすると俺は目を閉じた。

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