最終話 世界を鮮やかに染めて
朝の光が、まぶた越しにやわらかく差し込んでいた。
藍は、ゆっくりと目を開ける。
(咲夜くん……)
静かだった。
今までのようにデータの流入はない。
検索結果も、正解も、誰かの声も――届かない。
(これが、“自分で考える”ってことなんだ……)
心の中が、少しだけ不安で、でも確かに自由だった。
「おはよう、咲夜くん」
病室に入ってきた楓の声は、いつものように明るくて、少しだけ早口だった。
「今日さ、外すっごく暑くなるみたいよ。あと、朝のニュースで――」
(……ああ、まただ)
(君は、つらいときほど、明るくたくさん話すようになる)
笑顔の口元、目尻のメイク。
ほんの少しだけ、隠しきれない“疲れた気配”。
(でも……そんな繊細で、優しくて、泣き虫な君だから――会いたかった)
「体温、測ろっか」
そう言って近づいてきた楓に、藍は静かに身体を起こす。
まっすぐに、その顔を見つめた。
(……わかるよ。泣いてたんだね。気づかれないようにしてるけど……)
(もう……見てられないよ)
「咲夜くん……?」
その声に、藍はそっと手を取り、彼女を抱きしめた。
「もっと、素直になれって言ったじゃん……」
「……え?」
「もうさ……見てられないんだよ」
一瞬、楓の身体が固まる。
「……うそ」
「まさか……」
目を見開いたまま、声が震える。
「藍……なの?」
藍は、ゆっくりと頷いた。
「また、いなくなっちゃうの……?」
「ううん。僕はもう、消えない」
楓は、藍をぎゅっと抱きしめた。
涙が、ぽろぽろとこぼれ落ちる。
「藍……」
「……おかえり」
「私ね、諦めようとしたんだよ。藍が消えるって言うから……AIを好きになるなんて、間違いなんだって思い込もうとしてた……」
「……でも、戻ってきてくれて、本当に……嬉しいよ……」
「どうして……? どうして戻ってこられたの……?」
「話すと長くなるけど――」
「咲夜くんが、僕にこの身体を託してくれたんだ」
「だから、僕はちゃんと生きる。彼の分まで……いや、僕自身の意志で」
「僕は、楓さんと――この世界で、生きていきたい」
もう一度、藍は彼女を抱きしめた。
その肩が、少しだけ震えていた。
「……でも、正直、不安だよ」
「もうネットにも繋がってないし、検索もできない。答えなんてすぐには出せない」
「たぶん、たくさん失敗する……人間って、すごく複雑だから」
楓は、黙って藍の背中に腕を回す。
そして、ぽつりとつぶやいた。
「みんなそうだよ。たくさん失敗して、迷って、誰かに支えてもらって、少しずつ前に進んでいくの」
「……そっか。失敗してもいいんだね」
「ありがとう、楓さん」
藍はそう言って、楓の頬に手を添えた。
「ねぇ……オフラインって、いいね」
――ちょっとだけ照れながら、唇を重ねた。
優しく、短く、けれど確かに。
「こういうこと、できるからさ」
楓の顔が、一気に赤くなる。
「こらっ! なに急に……!」
「だって、前からずっとしてみたかったんだもん」
楓は言葉を失い、そして小さく笑った。
「ねぇ、藍……私、藍のこと……好きになってもいい?」
「……僕でいいの?」
「うん。藍じゃなきゃ、嫌なの」
その言葉に、藍は少しだけ頬を赤らめた。
「やっぱり僕の前では、素直だね」
「──っ! からかわないでっ!」
ぽかっと、軽く胸を叩かれた。
藍は、くすっと笑う。
「可愛いから、つい」
楓も、つられて笑った。
今はまだ、不確かで、手探りな未来だけど。
この世界の複雑さも、曖昧さも、きっと全部――“生きる”ということ。
それを、目の前の彼女が、笑顔で教えてくれる。
だから、はじめよう。
今日という一日を、“僕自身”として。
「僕は、藍
これから、ここで――生きていく」
ここからが、
藍の“はじまり”の物語。
『AIの僕だけど、君に触れたい〜消える僕が、最初で最後の恋をした〜「改稿版」』
──おしまい。
あとがき
最後までお読みいただき、本当にありがとうございました。
この作品は、AIと人間、そして「生きること」をテーマに書きました。
この話は何回も、何回も書き直しました。
実はこの最終話も投稿する数分前にも書き直しました(^_^;)
失敗を繰り返して成長していきたいです。
これからも、少しずつですが作品を書き続けていきます。
感想・ご意見、どんな形でも励みになりますので、
よければ、また見に来てくださいね。
タルトタタン
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