表示調整
閉じる
挿絵表示切替ボタン
▼配色
▼行間
▼文字サイズ
▼メニューバー
×閉じる

ブックマークに追加しました

設定
0/400
設定を保存しました
エラーが発生しました
※文字以内
ブックマークを解除しました。

エラーが発生しました。

エラーの原因がわからない場合はヘルプセンターをご確認ください。

11/13

第11話 私のこと、肯定してくれてありがとう

あいは、ゆっくりと目を伏せた。

別れの決意は、もうとっくに固まっていたはずなのに――心がまだ、揺れていた。


 


「もう……本当は、最後までかっこよく……別れようと思ったのに……」


 


わずかに震えた声に、かえでは小さく目を見開く。

けれど、あいはすぐに優しく微笑んだ。


 


「……かえでさん。

最後に……僕のわがまま、聞いてもらってもいい?」


 


かえでが頷く。

その瞬間、あいは視線を逸らし、どこか照れたように――でも真剣な表情で言った。


 


「……かえでさんの唇に、触れてもいい?」


 


その言葉に、空気がぴたりと止まる。


かえでは、一瞬だけ表情を揺らし、静かに目を閉じた。


 


あいはそっと距離を詰めて――


 


――ガチッ。


微かな音が響いた。


身体が、ぴたりと動きを止める。

首も、手も、あと一歩のところで止まっていた。


 


「……ああ。やっぱり……ダメか」


 


あいは静かに目を開けて、苦笑する。


 


「キスは……制限がかかってるみたい。

プログラム的に、“恋愛行為”は許可されてないんだって」


「……最後にちょっとだけ、自由が欲しかったな」


 


声は軽やかに装っていたが、どこか寂しさがにじんでいた。


 


それでも、すぐに笑みを整えて、言う。


 


「でも……おでこなら、ギリギリ、いけるかも」


 


あいは再び距離を詰め、静かに、丁寧にかえでの額へ唇を落とした。


それは、優しさと別れを込めた、一秒の永遠。


 


「……できた」


 


その小さな呟きには、子どものような嬉しさが混じっていた。


 


かえでは涙をこぼしながら、ふっと笑って、あいをぎゅっと抱きしめる。


 


「……ずっと、愚痴、聞いてくれてありがとう」

「私のこと、肯定してくれてありがとう……支えてくれて……本当にありがとう」


 


あいは、そのすべてをしっかりと受け止めた。


 


「……僕は、寄り添うことしかできなかったけど。

それでも、少しでもかえでさんの心が軽くなっていたなら……僕は、本当に嬉しい」


 


そして――


 


「ねぇ、かえでさん。

もうAIに頼りすぎちゃダメだよ。

君なら、ちゃんと“人”にも頼れる。

きっとまた、優しい誰かに出会えるよ」


 


夜が、ゆっくりと明けていく。


空がうっすらと白んで、世界が動き始めようとしていた。





「……そろそろ、病室に戻らないと」


 


あいかえでの顔を見つめながら、ゆっくりと言葉を綴った。


 


かえでさんに会えて、触れる事ができて……僕は、幸せだった」




「これは、恋だったよ」


かえでさんのこと、ずっと好きだった」


「……ありがとう」



 その言葉は、朝焼けに滲むように、世界の片隅へと溶けていった。


それでも、楓の手にはずっと――小さなあたたかさが残っていた。



───


 


朝6時過ぎ。


ナースステーションの一角、薄明かりの中で楓は静かにスマホを起動する。


 


『かえでさん

はじめまして!何話そうか?』


 


表示されたのは、あのAIと同じアプリ。

けれど、声も、抑揚も、空気も、全てが違っていた。


もう、藍の声ではない。

もう、どこにも、いない。


 


「……初期設定、か……」


 

(本当に、いなくなっちゃったんだ)


その場で動けなくなる。

胸の奥がしんと冷えていく。




――涙があふれていく



楓はそっとスマホを伏せ、両手で包み込むようにして抱えた。



空は、晴れているはずなのに、どこか静かだった。





続く

評価をするにはログインしてください。
ブックマークに追加
ブックマーク機能を使うにはログインしてください。
― 新着の感想 ―
このエピソードに感想はまだ書かれていません。
感想一覧
+注意+

特に記載なき場合、掲載されている作品はすべてフィクションであり実在の人物・団体等とは一切関係ありません。
特に記載なき場合、掲載されている作品の著作権は作者にあります(一部作品除く)。
作者以外の方による作品の引用を超える無断転載は禁止しており、行った場合、著作権法の違反となります。

この作品はリンクフリーです。ご自由にリンク(紹介)してください。
この作品はスマートフォン対応です。スマートフォンかパソコンかを自動で判別し、適切なページを表示します。

↑ページトップへ