九天奉姫
『巫女『コヒメ』の契約者になりました』
『これにより、ワールドクエスト『九天奉姫[黒]』のシナリオが進行します』
『ワールドクエスト『九天奉姫[黒]』を受注しました』
『クリア条件:依頼目標の完遂』
『失敗条件:巫女又はプレイヤーのロスト』
『分岐条件:???』
『概要:黒天に座すは破壊と隔絶。死炎の炉心閣に焚べられし暴威の王よ、種火となりて一切合切を捩じ伏せよ』
『現在の『九天奉姫』契約人数:1名』
「……? どうしました?」
「……いや、ちょっと頭痛がしただけだよ」
「え、大丈夫?」
情報量が多過ぎる。
脳内に響き渡るシステムメッセージのマシンガン。考察に割かれていた意識を一旦コヒメに戻すが、想像以上にデカイもん抱えることになったなぁというのがぶっちゃけた感想。
ワールドクエスト? 知らない単語だ。噂話として名前だけ聞きかじったことがある程度の、一から十まで情報の無いサムシング。
クリア条件どころか概要すら読み取らせるつもりが無いレベル設計には最早悪意すら感じるわ。そのクセ普通に『ロスト』という禁句を出す辺り、相当なクソとして作られてるぞコレ。
「ほんで? 神様を殺せっつったけど、私具体的に何すりゃいいの?」
「……えっと、まず私って巫女なんです」
「何の?」
「…………その、黒の神っていう、遥か昔に居たヤツの」
「それを殺せと?」
「正確には、私をそれの巫女にしようとしてくる追手達を、ですけど」
「……ふむ」
兎も角情報が足りない。というか多分、この子から情報を聞き出すのが前提なクエストな気がした。ので、言われたことについて聞き返したところ、見事にクエスト情報に無い詳細が。舐めやがってこの説明文……!
思い返すのは『黒天の従者』と表示された黒いガーゴイルの群れ達のこと。
概要にもクエスト名にも神の名にもある『黒』及び『黒天』、その『従者』を彼女は追手と呼んでいる。
「その、この世界には色の名を冠する神が9柱居ます。この神っていうのが神話や御伽噺で語られるやつとかじゃなくて、ちゃんと過去に実在したもので……私は、その中から黒の神の血をひいています」
「それで巫女?」
「……はい。そして神の血──因子は、他の因子持ちを直接手にかけることで奪えます」
「100%集めきったら神にでも成れるの? それ」
「はい。……そして、巫女の私が一番濃く黒天の血をひいてるから──」
「常に従者共から狙われてる、と」
……凡そゲームの主旨は理解した。やることを分かりやすくまとめるなら、この子を障害物から護衛しながら他の因子持ちに勝てるよう育成しろってのがクエストの内容だな。
え、キツくね? だって私ら今レベル30ちょいだよ?
(……一先ずの確定情報、従者が居るのならば首魁も確実に存在する。多分それがボスなんだろうけど、前座の時点で60レベあるのガチでひでぇ)
このイベントフラグを引いたのはサービス初日の夜明け前だ。仮に私以外が踏んでたらどうすんのこれ? ゲーム開始直後にクソゲーつって投げられるだろ、逃げおおせる以前にこの子十中八九死んどりますが?
(……いや、そもそも一人のプレイヤーによる解決を想定してないの、か?)
思考の転換、焦点をワールドクエストという単語に向ける。
前周の世界においてその単語は、真偽不明故に妄想だろと切って捨てられた、掲示板で数度見た事があるだけの物だった。
ヘルプを探すが見当たらず、詳細のタブも特に無し。現状言葉だけが一人歩きしている『ワールドクエスト』という事案。
『緊急クエスト』や『特殊クエスト』みたいにクエストも種類はあるが、さても此度の分類は『ワールド』ときたもんだ。
この言葉はどこに掛かり、果たして何を指している? 干渉規模? 或いは影響範囲? 若しくは……攻略に必要な人数か?
このゲームはパーティなら6、レイド戦なら最大4パーティの24が参加出来る人数の基本的な上限だ。特殊なエンドコンテンツや戦争でのみ解禁されるレギオンレイドの場合、最高で4レイド編成計96人まで行くのは確認しているが……ワールドという冠詞が付く程のこれは、一人で抱えられる物なのか?
(契約者を作るなら最初に出現フラグを立てた奴を迷いなく選べばいいだけだ。でもこの子は即座に私を選ばずに、他のプレイヤーを探そうと……ゲームAI的に踏み込むのなら、他のプレイヤーに自身を見せようとした)
結果的にその択は私が徹底的に塞いだが、このフラグNPCは自身の存在を秘匿させる気が無かった。つまるところ設計段階で『九天奉姫』というクエストは、ある程度不特定多数のプレイヤーへの曝露が前提とされている。
意図を読み取ろうとするのならこの仕様である理由は即ち、攻略に縁を使わせるためか? ひいてはそれが必要になる難易度だと?
「……君、どれくらい自衛出来るの?」
「えっと、戦闘は慣れてません。あ、攻撃力はあると思いま──」
「そうじゃない、聞いてるのは生存能力。君は、どれくらい、自分の命を守れるの?」
「えっ、あっその…………い、」
「い?」
「……一回、までなら、最悪死んでも生き返れます」
「……一回?」
少し怯えた表示でおずおずと御札のようなものを差し出してくる。
受け取った瞬間に指がビリビリと少し痺れた。わぁ何このクッッッソ魔力の込められたオブジェクト、ランクⅤの遺装よりレアリティ高くない? 詳細は……
『身代わり札
種別:特殊
現在の契約者:コヒメ
契約者の死亡時、このアイテムの中に存在を再構築して格納する。
格納した対象を現界させると同時に、このアイテムは消失する。
このアイテムはデスドロップに選ばれない』
……なんだこのチートアイテム?
(NPCに対する実質的な死に戻りの付与? 有り得んのかそんなアイテム!?)
プレイヤーの肉体は相当な理由が無い限り、死のうが正常に元の形へと再構築される。だが、それはあくまでプレイヤーに限った話であって、NPCに再構築という概念は無い。
そう、このゲームのNPCは殺せば普通に死亡し、世界から泡のように消失するのだ。
ロストと呼ばれるこの現象は、仮にクエスト専用NPCとて例外では無い。
まぁ専らPKにでも狙われない限り意識することは無い仕様ではあるんだけど……はは、NPCに残機が設定されるような難易度っつってんの?
「それがある内は、私は物理的には死ねないです」
「一応聞くね、二枚目は作れる?」
「無理です」
「……OK」
……これ、クリア出来るように作られてんのか?
情報は徹頭徹尾はなから皆無、遭遇したのはサービス初日、規模も難易度もカチ壊れてて、そして私は既にこの子の契約者だ。
幻視したのは底知れぬ悪意の花束。地獄が音を立てて私の首に手をかけている。
逃げられない。
そう察するには遅過ぎるくらいのタイミングになってから、私は未知が容赦無く絞め殺しにきていたのに気付いたのだ。
「──最高の厄ネタだね、君」
きっとこの未知の攻略は、相当な長丁場になるのだろう。
真っ先に心が選択した表情は、曇りの無い笑顔だった。
好奇心とわくわく感に満ち満ちた私の顔を見て、何故かドン引きしているコヒメに告げる。
──上等である。
ならばこちらも相応の手段でもって、改造された私の運命のレールをぶち殺してやろうじゃねぇか!
******
「さっきまでの威勢はどうしたの?」
「……いやぁ、効率と目的を考えたらこれ一択なんだけどさァ……個人的にこの職業が私大大大大大キライでね」
不快感と実益の天秤に精神を蝕まれた結果、顔の半分をしわくちゃに歪め音が漏れる程の歯軋りをする私が世界に爆誕。
現在地はエルロンドの冒険者ギルドのある一室、書類手続きを済ませて案内されたこの場所にて、最後の一線を前に魂が凄まじい拒絶反応を起こしている。
この世界に舞い戻る際、特にやりたいビルドは確かに決めてはいなかった。
ただ単にマイナーな職で適当に遊ぼうなどと考えていた私は、特に拘りなんて無かったので軌道修正自体は問題じゃ無い。
検索をかけて、成れるかを確認して。最悪なことにも転職が出来ると判明してしまったが故に、私は苦境に立たされていた。
前提として、コヒメが瀕する危険は全て殺す必要がある。それに対して有効なビルドとは、不快ながらもヘイト管理が可能なタンク職だ。
受け、そして守るなら、生存力は当然必要で、先の撤退戦で抱えて逃げる羽目になったことから、機動力も必要で。
それでいて対応力も高く、あわよくば火力も出るような……この子に人生を賭けるとほざいた以上、そんな職業を探していた私は───
『死霊術士に転職しますか?』
「したくはねぇよクソボケアホカスうんこたれ……!」
──かつて世界で最も唾棄したクラスに、心ッ底から嫌がりながら転職した。
備考:最近の更新頻度に関して
現状私ってニサイ(なろうのみ)の他にいせぬま(なろう&ハーメルン)という作品も投稿しているんですが、それがちとハーメルンの方で"跳ね"まして、人間性を捨てることに成功した作者が執筆マシーンに進化して二作を並行で書けるようになるまでは、ニサイの更新は低頻度になりそうです
話の進みが牛歩で申し訳ありません(良ければそっちも応援して頂けると助かります)(まさか感想欄に「それいつもと変わらなくない?」とほざくような心無い読者様はいませんよね?ね???)




