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私は異世界で百合の花園(ハーレム)を創ることにした。  作者: 虹蓮華
第2章「異世界生活を快適にしよう」
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本編2-15「この世界の抱える闇は、思いの外に深くて手厳しい」

 朝日が天幕の布を通して瞼を刺し、幾重もの鳥の囀りが天然の目覚まし時計となって覚醒を促す。

 ティアとエマちゃんに挟まれながらの就寝だったので、とても寝覚めが良い。ふと、ハヤテが既に起きている事に気が付いた。


「あら、随分と早いのね」


 私が話しかけると、


「お早う御座います。上様」


 彼女はその動作を知ってか知らずか、三つ指を付いて挨拶を返した。


「ちょっと、散歩しましょうか」


 私は彼女を外へと連れ出す。天幕の外に出ると、惨憺たる光景が目の奥に飛び込んできた。

 何処も彼処も、死体だらけだ。一体どのくらい騒げば、こんな凄惨な場面を形成できるというのだろう。

 未だに寝扱けている人達の間を抜け、駐屯地の外れまで移動する。この辺でいいかな。ハヤテに向き直る。


「ねえ。貴女にとっては大きな転機となった一昨日から二日経った訳だけど、何か思う所はある?」


 私の問い掛けに、暫くの間考え込んでいた彼女は、


「父と母は、ニンゲンに殺されました。ですが、それも仕方無い事だと思います。父も母も、魔力に汚染されかけていました。魔物になりかけていました。聖霊様が、教えて下さいました。あのままでは、ボクも魔物になっていたと思います。襲う必要の無いニンゲンを襲ってしまったのは事実ですから、敵と認識されたのは仕方がありません。『脅威は排除する』これは、とても自然な事です。ボク達は、大自然の理の中で生きています。父と母は、ニンゲンに負けました。なのでボクも、ニンゲンの敵として排除されても何ら不思議ではありませんでした。ですが、上様はボクを助けて下さいました。感謝こそすれ、恨む道理がありません」


 真っ直ぐに立ち、両手を自然体に下に伸ばして股上で組み、深々と頭を下げた。

 聖霊回路の制約もあるので、彼女が私に嘘を吐く事は出来ない。ま、そんな野暮な事をしなくても、彼女が嘘を吐いてるとは思わない。けれど、本心が隠れているとも感じた。


「私の事を感謝してくれているのは嬉しいわ。でも、ニンゲンに対しては別の感情が有るんじゃないの?」


 ちょっと意地悪な質問なんだろうと思う。でも、彼女の口から直接聴きたい。案の定、ハヤテは狼狽えた。


「それは……。勿論、有ります。ですが、これも自然の摂理、掟です。仕方の、ない、こと……です……」


 彼女の双眸から、大粒の涙が次々と零れ落ちる。私は、そっと優しく、されど強く抱き締め、胸の中で彼女の嗚咽を受け止める。


「う、うえぇぇ……。父上ぇ、母上ぇぇ……」


 どんな理由であれ、家族を殺されて悲しくない訳が無い。感情がある生き物なら、尚更だ。

 彼女には、ハヤテには幸せになってもらいたい。これは完全に私の独善だけど、心からそう想うのだ。だからこそ、この娘には悲しみを乗り越え、前を向いて貰わなければならない。

 両親、取り分け母親の代わりは出来ないけれど、その分、この娘の保護者として、この娘の拠り所になれれば、と思う。


「貴女に新たな生を与えた者として、責任を持って貴女に幸せな“人生”を送らせる事を約束するわ」


 泣きじゃくる彼女が泣き止むまで、それまでずっと彼女の背中を撫で続けた。




 日も徐々に高くなり、死体が続々と起き上がる。失敬。最初から元より、彼らは死んでなどいなかった。ただ、死んだように眠っていただけだ。彼らの耳目を集める前に、そそくさとその場から退散する。


 上手く身を隠しながら、自分達の天幕へと戻って行った。

 尚、この間もハヤテの姿は隠されたままだ。隠匿魔法は未だに継続中なのだ。どんだけ強力な魔法を掛けてくれたんでしょうかね、私の恋人は。


 天幕の中では、既にティアもエマちゃんも目を覚まし、私達を待って居てくれた。


「お帰りなさい、クスハ。それに、ハヤテも。その様子では、一事吹っ切れたみたいですね」


 撤収の準備をしていたティアが一旦その手を止め、こちらに向き直る。エマちゃんも朝食を作る傍ら、出迎えてくれた。


「ええ、ただいま。やるべき事を押し付けちゃって、悪かったわね。私も手伝うわ」


 私は2人と朝の挨拶を軽く交わし、ハヤテを連れてその輪に加わる。私はティアの手伝いに、ハヤテはエマちゃんの補佐に付けた。


 片付けを一時中断し、簡易朝食を手早くお腹に収めた頃合に、


「傾注! 既に天陽は前中天を回ってしまっている。なので、遅くとも天陽が中天を射す頃までにはここを出立するぞ!」


 外からそんな声が聞こえてきた。一気に慌しくなる。


 他の方々は、今から諸々の準備を始めるみたいだ。私達は一足先に、天幕の解体に取り掛かる。

 こちらも、エマちゃんからのご指示を賜った。綺麗に分解された天幕の部材にちょこんと腰を掛け、一息吐く。


「ふぅ……。今でも乗り気じゃ無いのは変わらないけれど、これはこれで、有意義な冒険ではあったわね」

「あら? お家に帰るまでが、遠足ですよ?」

「わかってるわよ」


 隣に立つティアと、他愛無い会話で隙間時間を埋める。その間も、周囲では帰還に向けて、忙しなく人々が動き回っている。


「これが、“冒険者”の、大勢で一つの依頼をこなすって、事なのね……」


 誰に聞かせるでも無く、己の中から湧き出た感想を吐露する。


 正直、ボッチ気質な私にとっては馴染める気がしない。けれども、大人数で一つの事を成し遂げる『達成感』や『充足感』みたいなものには、うーん、微細ながらも、共感を覚えなくもなかった。


「今回のような、大規模な複数隊を対象にした依頼は稀ですよ。共同受注するにしても、通常は二組か、せいぜい多くとも三組から四組程度で組むのが一般的です」


 私の声が聞こえていたのか、エマちゃんからそんな注釈が入った。


「あ、あの。その天幕ですが、もう片付けてもよろしいでしょうか?」


 ん? 他人事感覚でぼーっと眺めている間に近付いてきた、トルプの男性冒険者の一人から話しかけられた。


「あっ、ズルイぞ! それは是非俺にやらせてくれ!」「いや、僕にこそ任せてくれないか?」


 それまで遠巻きに眺めていた他の同級の冒険者達も、それを皮切りに我先にと群がってきた。うげ……。顔を顰めるのを我慢するだけで精一杯になる。


「では、皆さん全員にお願い致しますね」


 そう言ってティアが余所行きの笑顔で応え、私の両脇に手を差し入れるとひょいと持ち上げ、横へとずれた。


「大丈夫ですか?」


 私の耳元で、私にだけ聞こえるように囁く。


「え、ええ。大丈夫よ。ありがとう」


 私はなんとかそれだけを搾り出し、直ぐに彼女から離れる。抱き合って――抱かれて――いたのはほんの数秒にも満たない時間だったので、特に彼らに訝しまられる事も無かった。

 まあ、彼らは彼らで、部材の取り合いに興じていたからそんな余裕は無かったのだろうけど……。



 お日様があと一個半で中天へと届く頃、出発となった。村人全員でのお見送りである。その中でも特に、若い男性衆からの視線に好ましくない不本意なモノを感じ、早々に馬車の奥へと引っ込む。探しているらしき気配がするが、気にしてはいけない。


 やがて、冒険者側も全員が乗り込み、双方の代表が感謝と別れを告げた後、馬車は各々の目的地に向け、動き出した。


 ペンネの組隊〔奏天の霹靂〕の人達はこの地を治める領主さんの元へ報告に。グリフィスの頭二頭分を持参して。それ以外は、領主に用事は無いのでエングリンドまで直帰だ。


 ガタゴトと揺られる馬車の中、端っこに座る私の横に、くっ付くように座る人が居た。アリステリヤさんだった。遮音効果のある魔法が展開される。


「ちょっとお話いいかしら? かなり踏み込んだことを訊いてしまうのは、大変申し訳無いとは思ったのだけど……」


 などと前置きをしてから、


「貴方、男性の方が苦手なの?」


 真摯な瞳で、覗き込まれた。その目の色から、興味本位で無い事は分かった。本気で心配しているのだ、とも。なので私も、真面目に受け答えする事にした。


「ええ、男の人と話すのは。それも、大勢の人と話すのは、苦手です」


 薄く笑い、苦笑を交えて答える。


「でも……、こう言っては何なのだけど、貴方からは男性の臭いが一切しない。別に、乱暴されたわけでは、無いのでしょう?」


 んー。どう返したものかな。


「乱暴……、されかけた、事ならあります」


 正直に答えることにした。


「それは……。とても辛いことを訊いてしまったわね。ごめんなさい」


 深々と頭を下げられた。


「幼い頃に、経験してしまったの?」

「んと、どういう意味ですか?」


 彼女の質問に、質問で返す。


「クスハちゃんは、とても強い魔力を持ってるわよね? そんな女の子が、そこらの男性に遅れを取るとは思えませんもの」


 確信した表情で、放り込んでくる。


「クスハちゃんほどの魅力的な女性が、男性にモテないなんてわけがありません。折角素敵な男性と巡り会えたとしても、今の苦手意識があっては、成就する恋愛も成り立たない。それでは、勿体無いと、感じてしまったのです」


 更に衝撃的な内容を、ぶっ込んできた。


「私は、男性に関しては他の女性より詳しい自信がありますの。私で良ければ、相談に乗らせて下さい。男性への苦手意識、克服してみませんか?」


 うーんと……。純粋な善意で塗り固められた、核弾頭が打ち込まれてしまったな?


 アリステリヤさんに、悪気は無い。それだけは判る。

 何故なら、この世界の人類種にとっての常識は、男性は女性を、女性は男性を好きになるのが当たり前で、それ以外の感覚は在り得ない。

 同性を恋愛面で好きになるという感情が、そもそも概念として存在していないのだ。


 極端な話、同性同士が裸で抱き合ってたとしても、それは特別中が良い友達と見られるか、頭のオカシな子として距離を置かれるかのどちらかである。

 尤も、裸で抱き合いたいという欲求自体が生まれず、そこまで発展しないのであるが……。キス程度であれば、将来への練習として脳内処理されるかも知れない。


 私にとって、この世界を生きていく上で最も望まない提案に、それまで臥せっていた気持ちが逆に軽くなってゆくのを自覚した。私は、自信を持ってアリステリヤさんに返答する。


「お気持ちは嬉しいのですが、そのご配慮には及びません。何故なら、私は男性に対して、その様な感情はおろか、微塵も興味が御座いませんので」


 たぶん、心からの、満面の笑みを浮かべられていたと思う。私の宣言を聞いたアリステリヤさんは、正に鳩が豆鉄砲を食らった様な顔をしていた。


「アリステリヤさんには、ご理解頂けない感覚かも知れませんね。特に、淫魔の血を引いている、貴女には」


 今度は、私からの攻撃が相手を襲う番だ。アリステリヤさんは、瞬きも忘れて固まっていた。


「何故……、私の血の事を?」


 スッと目が細められる。


「いえ、詳細は伏せさせて貰いますけどね。理由は二つ。一つ目は、地人族にしては大き過ぎる魔力。高度な魔法を使うにはそれなりの素養と素地が必要なんですけど、回復魔法はそれが極めて顕著です。人体に詳しく無いと、ちゃんとした回復の姿を描けない。そこまでの知識、そう易々と手に入るものじゃない。それともう一つ。貴女の伴侶の男性達。彼らは、貴女の夜のお供だけでなく、魔力の供給源でもあるのでしょう? 貴女が使った回復魔法の数々に対して、貴女の魔力の減りが少ない代わりに、彼らの魔力ががっつり減っていました。これは淫魔特有の、性交渉相手との間で魔力の授受を行なう能力に他なりません」


 ニヤリと笑い、正面から受け止める。


「とは言え、見た目は完全に地人族ですし、どうやら血の濃さも半分以下、いえ、もっと低いみたいですけど、ね」


 声は抑えているので、眼で『どうだ』と駄目押しする。ちな、これらの情報は全てティアと聖霊ちゃん達からの受け売りで、それらを私の見識として披露させて貰った。どやぁ。


 私とにらめっこをしていたアリステリヤさんだったけど、急に険悪な態度を引っ込めた。


「貴方、私に魔人種の、淫魔族の血が流れている事を知って、何とも思いませんの?」

「質問の意図が分かりません」


 何となくは知っているけど、何となくなので、ここは思い切ってすっ呆けてみる。


「はぁ……。貴方みたいな人類種(ニンゲン)、初めて会いましたわ」


 これ見よがしに、溜息を吐かれた。


「通常、人類種は魔人種の事を、忌み嫌っているものなんですけどね……。混血であろうとも、魔人種の血が流れている者が、人類種の中で暮らしていける訳が有りませんもの」


 とても悲しそうに、彼女は笑った。


「ええ。私には四分の一、淫魔族の血が流れています。祖母が淫魔でして、ええと、隔世遺伝と言うんでしたっけ。父は淫魔の血を引きながらも魔力に乏しかったのですが、その反動でしょうか。私にその血が色濃く出てしまったみたいで……。淫魔にとって性交を求めることは、本能であり食事にも等しい行為。私も最初は我慢しましたが、我慢し切れるものではありませんでしたわ。何人もの男性と体を重ねる内に、自身の中にある魔力が高まっているのを感じ、その能力を生かす為に、また、隠れ蓑にする為に、冒険者になりましたの。人々から必要とされるために、需要の高い回復系の魔法を必死に覚えましたわ……」


 でもね、今はこの境遇にも満足しているし、この仕事にも誇りを持っていますのよ――そう締め括った彼女の笑顔の後ろでは、一面に花が咲き誇っていた。


「クスハさんには、大変失礼な事をお伺いしてしまいましたわね。本当に、申し訳ありませんでしたわ」


 なんかもう、途中で止めなければ頭を床に付けちゃうんじゃないかってくらいの勢いで、謝られてしまった。しかも何時の間にかに、さん付けに変わっちゃってたりもするし!


「あの~、アリステリヤさん? さっきまでの、その、お姉さん風を吹かせた喋り方に戻っても、良いんですのよ?」


 背中にむず痒さを感じた私は、テンパってちゃらけた態度を取ってしまう。


「いいえ。そんな訳には参りません。私の素性を知った上で、変わらぬ姿勢で接してくれた貴方に、最大限の敬意を」


 初めて見た時から、綺麗な人だとは思っていた。思っては居たのだけど、今のは次元が違った。

 守備範囲の対象から外していた私でさえ、見惚れてしまうほどの華やかな笑顔だった。


「クスハさんのお考えは重々理解致しましたわ。ですが、その性的志向は少々危険かも知れませんわね。人類種に、同性愛は存在致しませんし、理解もされないでしょうから。加えまして、人類種ではごく一部の者しか知りませんが、魔人族の間では比較的周知された価値観でもありますので、そこを知る者から善からぬ方向へ繋げられてしまうと、何らかの厄介な出来事に発展してしまう可能性が、無いとは言い切れませんわ」


 あれ? これって若しかして、かなり重要な情報? 私の花園計画に、妨げになったりする?

 その声色からは、私の行く末を憂い、心から気遣ってくれているのが伝わってきた。


 私はその事に嬉しさを感じつつも、だからこそ自信を持って堂々と応えよう。反対に座り、寝息を立てて――る振りをして――いた恋人の肩に手を回し、強引に引き寄せる。


「ふぇっ!?」

「御心配、痛み入りますわ。ですが、御安心下さいませ。わたくし、こう見えてとても強いんですのよ? わたくしの邪魔をする輩は全て、ぶっ潰して差し上げますわ」

「クスハ……。乙女に有るまじき言葉使いが混ざっておいででしてよ? 語尾だけで無く、単語にも十分にお気を砕いて下さいまし」


 本物を知るお嬢様言葉の突っ込みに、私の心が砕かれた。


 空気の血を吐き、幻覚に痛む胸を押さえる。悲しそうな、でもちょこっとだけ怒ったような顔のアリステリヤさんが、身を乗り出す。


「あの、クスハさん? 御冗談で済ませないで下さいませ。これは、貴方が考えているよりもずっと根深い――」


 その場の流れで私の脚に手を触れさせた彼女の手が、次の瞬間に引っ込められる。


「そう……、いう事ですのね……」


 微かに零された言葉には、震えが混じっていた。


「ウフッ。アハハ!」


 口を手で上品に押さえつつも、眼は見開かれ、とても笑っているようには見えない。


「クスハさん。いいえ、クスハ様には、聖霊様の御加護が付いて御座いましたのね……。道理で、初めてお目にした時から魔力の底が見えなかった訳ですわ。クスハ様は、ゆうし」――パシッ――「むぐっ!?」


 聞き捨てならない単語が飛び出しかけたのを察知し、咄嗟に彼女の口を押さえる。


「違います」


 たった一言。目を覗き込んで、それだけを告げる。


「んーーっ。んんーー」

「私は、そんなんじゃ、無いですからね!?」


 更に、念押しする。


「クスハ、そろそろ手を放してあげて下さい」

「んー、んむーー」


 私の腋に腕を挿し、羽交い絞めの要領で引き剥がそうとするティアと、首を小刻みに縦に振るアリステリヤさん。背中にむにゅりと押し付けられる柔らかくて凶悪な毬の感触に、自然と両手の力が抜ける。


「んむぐっ!?」


 後ろから伸びた二つの手の平が、私の唇を包み込こんだ。ぐっと後ろ方向へ引っ張られたので、ちょっとだけ不安定な体勢になる。

 その分、背中に当たる豊丘の面積が大きくなり、よりその存在を強く感じられた。彼女の鼓動、息遣い、芳香までもが。

 ああ、この掌、指の一本一本までもが愛おしい。


「クスハはですね、偶々、偶然、他の方々よりも聖霊様との繋がりがほんの少しだけ、強いだけですの。私も同様でして、それ以上でも、それ以下でも御座いませんわ」


 ウフフ……、だろうか。それとも、オホホ……、だろうか。何とも表現し辛い不気味な笑い声が、頭の真後ろから聞こえてきたものだから、肝が擂り潰される。


「わ、分かりましたわ。この件に関しましては、何も知らなかった事にした方が良さそうですわね。ですが、それだけの『力』をお持ちでしたら、私の想像する通りの存在であられるならば、それは確かに、人類種全てが相手であっても、押し通す事が可能かも知れませんね」


 それは、『未来への明るい希望』と言うより、『そうなったら良いな』と言った願望に近いものが、含まれているように聞こえた。


「結果として、蛇足に蛇足を重ね、差出がましい事を申し上げてしまいましたわね。失礼致しましたわ。私は、この辺でお暇させて頂こうと思います。ご免くださいませ。クスハ様とティア様、そのお仲間様方の旅路に、御多幸と御武運が訪れます事、お祈り申し上げて居りますわ。ごきげんよう」


 横座りながら、ちょいと踝まである穿貫衣(スカート)の端を持ち上げた後、目の前の牡丹は芍薬に替わり咲いた。


「ごきげんよう。貴女にも、聖霊様の御加護があらんことを」


 ティアが最上位の、彼女が言うからこそ特別な意味を持つ返礼で以って、彼女に応えた。


 贈られた言葉にアリステリヤさんは数秒だけ目を瞬かせて固まっていたけれども、それの持つ内容を理解するや否や、不自然にならないよう小さく淑女の最敬礼をし、去って行った。


 私は無言で一連の流れを見送った後、そっと口元を覆う手に自分の手を添える。……グキッ――首が後ろ方向に引っ張られた。此方が悪戯を仕掛ける前に、先に動かれたと思われる。


「クスハ? 幾ら邪な感情が一切無いとは言え、考え無しに不用意に、女性の口に触れるのは感心しませんよ?」


 耳に当たる彼女の吐息が、こそばゆい。相当近いんじゃないかな?

 今振り向いたら、ラッキースケベばりに事故チューに持ち込めるのではなかろうか。実行に移そうと決めた瞬間、鼻を抓まれた。


「させませんよ?」


 本気で怒っている時の声だった。私は素直に負けを認め、彼女の腕を叩く。私の気持ちが伝わってくれたのか、彼女は漸く私を解放してくれた。


「ごめんね、ティア。貴女とイチャイチャするのは、帰ってからにするわ。……其の分、覚悟しておきなさい?」


 激しい突っ込みを覚悟しての挑発は、なんと不発に終わった。

 彼女は頬を紅く染めて、薄くも笑みまで作って俯いてしまう。ヤバイ、可愛過ぎて頭がどうにかなりそう。


 全身を使って抱き付きたい衝動を抑えるのに、身悶えすら噛み潰し吞み込み、地獄の責め苦を味わいながらの帰路となってしまった。

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