本編2-14「宴は人を浮かれさせる」
ぐっすりとは言い難い眠りから覚め、朝を迎える。
冷たい土の上に薄い布を敷いただけの寝床は非常に寝心地が悪く、厚手の外套で身を包んでも気休めにしかならなかった。強張った体を伸ばす。
時を同じくしてティアとエマちゃんも目を覚まし、ハヤテの元気そうな姿を確認する。あ、勿論、夕飯はちゃんとハヤテにもこっそり与えたし、抱き枕にしたお陰で寒くは無かったハズだ。
ティアやエマちゃんと違って脂肪分の少ない引き締まった身体は、ふにっとした柔らかさよりも、筋肉のもっちりとした弾力を堪能する事が出来た。因みに、ティアはもちもちで、エマちゃんはプニプニ。シアはふわふわで、タマモはモフモフだ、とだけ言っておく。
何が、とまでは言わないけども……。ご馳走様です。
ティアがほっぺを膨らませながら、二の腕を抓ってくるが気にしてはいけない。その様子を見たエマちゃんが苦笑いを浮かべ、ハヤテが首を捻っているのも、気にしてはいけない。
日が完全に昇り、視界が良好になったので出発だ。グリフィスの死体から討伐の証拠として、今回は頭を持ち帰る事になっている。一頭の予定が、二頭分。
それだけでも相当な荷物となってしまっているのは言わずもがな、それに加えて動けない者は担架に乗せ、何とか動ける者も肩を貸してもらったりで、移動速度は往路の半分にも満たなかった。
私達も討伐隊の一員として、頭を運ぶのを手伝った。あくまで、見た目相応の女の子として、だけど。
何度も休憩を挟み、日が陰り始めて空が茜に染まる頃、森を抜ける事が出来た。村に辿り着くと、総出で出迎えられた。予定より一日遅れの帰還に、相当気を持たされていたみたいだ。
想定外の二頭分のグリフィスの頭と、想像だにしなかった先輩冒険者の傷付いた姿に、方々から悲鳴とも歓声ともつかない叫び声が上がった。ベルカさんが待機組への対応に当たり、奏天の副隊長さんが村の代表さんの所まで説明に向かった。
私達は騒ぎの渦中から抜け出し、コソコソと人目を避けつつ、自分達が立ててそのままになっていた天幕へと身を滑り込ませる。
「あ~~、疲れた~~~~」
私はとびっきり、ふかふかの綿が詰まった敷布団を《創造》で作り出し、全身で飛び込んで全身を委ねる。あー、このまま寝落ちしそう……。
「お疲れ様でした」
そう言って、ティアが私の顔の直ぐ近くで、横座りで座った。私は吸い寄せられるように、そのむっちりふとももに抱き付き顔を埋めた。彼女の柔手が私の後ろ頭をゆっくり撫でる。極楽じゃ~。思い切り大きく息を吸い込むと、優しく引っ叩かれた。
「ちょっと!? クスハ? そこまでは許してませんよ?」
態度は怒っている風だったけど、声はコロコロと笑っていた。
「あの~。私が居ること、忘れないで下さいね?」
エマちゃんから声が掛けられる。彼女の顔には笑顔が張り付いていたけれど、額には三叉の血管が浮かんでいるように思えた。
そうしてぐ~たら過ごす事しばし。外がやおら騒がしくなってきた。
薄い布を通して聞こえてくる会話から、どうやら宴の準備で人々が行き来しているようだった。
戸幕の前に、人が二人立つ気配。トントンと数回叩かれた後、
「クスハちゃぁん。今、ちょぉっといいかしらぁ?」
声から察するに、〔青き爪牙〕のイミーナさんだ。となると、もう一人はアマンダさんか。
「もう少しで、慰労を兼ねた村を上げての祝勝会が始まるから、呼びに来たわよ」
そう言う事なら、疲労を理由に何時までも待たせる訳にもいくまい。ふにふにの膝枕に頬擦りして別れを告げ、ここでまた一発平手を頂戴し、後ろ髪を引かれる思いで天幕を後にした。
お祝いの宴は、夜通し続いた。命を脅かす脅威が去った為か、村人達の表情は一様に明るい。親族を失った者達も、この時ばかりは穏やかな顔をしていた。
勧められてしまった手前、私も一口だけお酒を貰ったけれど、口に合わなかった。
辺境の田舎って事も大きな要因だったのだろうけど、穀物を醗酵させて作られたお酒は濁り酒で、ドロドロのつぶつぶで余り美味しいとは感じなかった。
こうなったらいっその事、私でも美味しく飲めるお酒を開発してしまっても良いかも知れない。前の世界では年齢制限で禁止されていたけど、こっちの世界ならとっくに合法なのだから。
蒸留酒の類も僅かながらあったみたいだけど、そちらは上座に座った村の代表や、ペンネの人達と言った一部の特別扱いの方々によって消費されたのは、この場は伏せて置こう。
ああ、そうだ。酔っ払ったお姉さま方と、酔った勢いで私達となんとか仲良くなろうと近付いてきた害虫共との、間断なき猛攻をいなすのに苦慮した事も、付記して置こう。
後者を遠ざける為に、前者を迎え入れざるを得なかった。お陰でクタクタだ。私は膜無しに興味は無いんだ。男にも興味ない! ええい、そっち方面の猥談を振るな!!
宴もたけなわ。眠くなってきたのを理由に、キリを見て自分達の天幕へと退散する。ピンハネしておいた料理を並べ、改めて4人で遅い夜食を囲む。殆どが、ハヤテの分だけど。
「今日一日で一番疲れたわ~」
黙々とご飯を食べるハヤテの後ろに回り、彼女の食事の邪魔にならないように気を付けながらも無遠慮に抱き付く。当然、彼女は抵抗しない。
感情乏しくパクパク食べる姿は、小動物なら可愛らしくも彼女がするには、ちょいと寂しい。
これから一緒に住んでいく過程で、表情豊かになってもらえると嬉しいな、だなんて考えるのは傲慢かな。
ハヤテ分を補充し終わると、今度はエマちゃんの場所まで移動。あからさまに身構える彼女を無視して、こちらも後ろから抱き付く。
「な、なんで私にまで抱き付いているんですか!?」「えー? いいじゃーん。スリスリ~」
こうしてエマちゃん分も補充する。身を捩って抵抗するも、本気で嫌がってる訳では無さそうなので、もう少しだけ堪能させてもらおう。
「エマちゃんはウチの大事な娘よ。誰にも渡さないわ」
それだけをポソリと告げ、本気で嫌われる前に解放して、最後はティアの許へ。
「ティア~~」
彼女には正面から抱き付き、豊かで巨大な胸元に頭から飛び込む。腰にも手を回し、今までで一番強く腕に力を込めた。
「良く頑張りましたね。偉い偉い」
たおやかな手付きで頭を撫でてくれる。バブみがヤバい。やっぱりティアのおっぱいが一番落ち着くわ……。
そのまま済し崩し的に、外部の喧騒を背景音に、皆で一字多い川の字になって翌朝を迎えた。




