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私は異世界で百合の花園(ハーレム)を創ることにした。  作者: 虹蓮華
第2章「異世界生活を快適にしよう」
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本編2-10「それぞれの戦場」

 ベルカさんは全力で走ったと言っていたけれど、心なしか抑えていたと思う。


 それはやっぱり、エマちゃんの存在があったからだろう。私とティアは彼女達よりも『強い』と認識されているだろうから全く弊害は無いものの、エマちゃんに関しては紛れも無い、一般の町娘程度である。


 そんな彼女を慮ったのか、訓練を受けていない素人には不可能なれど、私達が手助けすれば何とか付いて行けるだろうだけの、速度で疾走していたように見受けられた。

 配慮された筈のエマちゃんが、軽く息を乱しただけで問題なく最後まで走り切ったのには驚いていたし、実を言うと私も素で驚いた。


 蓋を開けてみれば何の事は無い。


 要因は、私とエマちゃんの間に仮初の聖霊回路が繋がっていたからだった。

 ただ、彼女が魔素を利用する能力、魔力適正を所有していた事は心底意外だった。通常は体内や外部から取り込んだ魔力を、現象として表出、顕現させる事で魔法を行使するのだけど、これは誰にでも出来る事では無く、謂わば『才能』に分類される。


 彼女にはその才は無いと思われていたし、彼女自身もそう信じて疑っても居なかったので、本人含めて発覚するのが今日に至るまで遅れてしまった。


 様々な偶然と要素が重なったのだ。エマちゃんには実際、魔力を生み出す素質が無かったし、外部から取り込む素地もそれを溜め込む為の貯蔵庫も無かったので、使おうにも使用に足るだけの量がこれまで用意出来なかった。


 けれどそこに、私からの膨大な動力源が供給された事で、可能となった。

 彼女は無意識の内に遅れまいと意識した事で、身体が強化され脱落せずに付いて来れた。喜ばしい事だけれど、油断は禁物。これは一時的なものなのだから。

 その場限りの能力向上を過信しないよう、徹底しなければ。彼女と永続的に回路が繋がれば、別なのだけれど……。




 さて、現場に到着すると、私達が最後のようだった。戦闘音が木々を揺らす。


 金属が削られる音、複数の風切り音、爆発音は――それは流石に聞こえなかった。そして、何かがぶつかる音。


 冒険者の一人が吹き飛ばされ、木の幹に衝突した音だった。


 落下した先に横たわるは、〔奏天の霹靂〕の隊長。横向きに、蹲るように倒れたその姿は、某マンガの『ヤ無茶しやがって……』を連想させた。


 地面にへこみが無かったのだけが、残念だった。


 戦況は拮抗よりやや劣勢。弓矢が途切れる事無く放たれるも、一本も傷を与えてはいない。


 それでも鬱陶しくはあるようで、射手目掛けて高度を下げた所を前衛が切り掛かり、僅かばかりの傷を負わせる。その繰り返しのようだった。


 時偶グリフィスが風魔法を使ってくるが、直撃だけは避け、致命傷を負わないように上手く立ち回っていた。一人を除いて。

 彼の仲間達でさえ、今は彼を気遣う余裕は無い。


「チッ。思ったより押されてやがる……。取り合えず私達も合流するぞ!」


 短く気合を一発入れると、ベルカさん達〔紅雷〕の皆さんが阿吽の呼吸で吶喊していった。


 え? 私達? その場に留まったに決まってるじゃない。所謂、見学というヤツだ。


 あんな大勢の前で、魔法なんて使ってたまるもんですか。手加減するのもメンドくさい。

 ベルカさん達が加われば優勢側に覆せるので、ここは様子見に徹する。


 お、魔法だ。〔奏天の霹靂〕の隊員の一人が、石で作った釘を五、六本打ち込んだ。

 その殆どが体表を覆う毛並みに弾かれたが、一本だけが奇跡的に翼の付け根に突き刺さり、鮮血を噴き出させた。

 逆上したのか、目一杯の雄叫びを上げたグリフィスががむしゃらな魔力を練って、急降下を仕掛ける。


「ああ、やっぱり……。思っていた通りあのグリフィス、純魔力に汚染されていますね。侵蝕浸度は――」


 私と一緒に木立の影に潜みながら、戦いの趨勢を見守っているティア。

 なにやらブツブツと唱え始めていたと思いきや、ピクリと小さく耳を動かすと感嘆の息を漏らし――あ、今ウラニュエスさんが風系の刃を飛ばして突進を止めた。


「驚きました。侵蝕率は半分以上に達しているのに、未だに自我自意識を辛うじて保っています。完全に失っては居ないみたいです。あれだけ汚染が進んでしまいますと強烈な殺意と破壊衝動に苛まれているでしょうに、寸での所で踏み止まっています。流石は霊獣と言ったところですね。ですが……」


 彼女が言い淀むのも無理は無い。


 グリフィスは警戒したのか空中で間合いを取ると、更に敵意を剥き出しにして、溜め込んだ魔力を翼へと送り込む。大きく振り下ろされた翼からは強化された羽根が何十本も飛び出し、一瞬の雨の如く周囲に降り注いだ。一本一本が剃刀の鋭さと思われる。


「あの様に殺傷目的の攻撃を繰り返してしまっていては、何時完全に吞み込まれても不思議では有りません……」


 諦めを滲ませた声と悲しそうな目で、暴虐を振り撒く気高き霊獣を遠くに見送った。


 気が早いですこと。


 眼前では熟練の冒険者達が彼らを以ってして、一時の気も抜けない間断無き攻防と、魔法の応酬が繰り広げられている。

 防御に徹するも半分は防ぎきれず、残りも減衰させるのがやっと。被害状況を大声で確認し合う中、回復魔法を使える数名が方々へ駆けずり回っている。


 あれ? アリステリヤさんだけは優雅に歩いてますね。ゆったりとした気品ある立ち居振る舞いにしか見えないのに、誰よりも的確に、迅速に動いている。傷の回復も一番早い。


「流石は高位治癒術士、やりますね」


 私の心を読んだのか、それとも同じ思いを抱いたのか……。ティアがポソリと、私の感想を見事に代弁してみせた。

 真顔で彼女の顔を見詰めると、「声に出てましたよ?」との返答が。なにそれコワイ。

 手の平を口に当ててみる。私は大声で独り言を呟く程、はしたなくは無い……筈だ。


 ――「おお~」「危ない!」「凄いです! 流石です!!」「ひゃあ!?」――


 隣のもう一方で、わりかし元気一杯に観戦していたエマちゃんにでも引き摺られたか。


 熱の篭った声援が彼らの邪魔にならないようにと、気配遮断の結界を張っていたのが徒になったのかも知れない。

 外には漏れていなくとも、口からは少々零れてしまっていたようだ。女子力は滲み出る程度に、お淑やかさは全身から溢れ出すように、気を付けねば。


 前衛が敵の猛攻を凌いでいた間にも、何も冒険者側も手を拱いていた訳では無い。


 敵が攻撃に専念していたのであれば、その息継ぎが狙い目。被害が最小限に抑えられた、若しくは免れた後衛からは、復と無い反撃の機会となる。


 魔力を大量消費した影響だろうか、防御力が一時的に落ちたグリフィスの腹に、一本の矢が深々と突き刺さる。あれはキーリィさんの放ったものだね。

 魔力で強化されているとは驚いた。血走った目で攻撃者を睨み付ける空の猛獣に、別方向から投擲槍が迫った。


 グリフィスの胴体の中心目掛けて投げられたソレは、而して右翼を貫くに留まった。こちらも魔力で貫通力が強化されていたのだが、だからこそ攻撃の気配も大きい。

 途中で感付いたグリフィスが、回避行動を取ったのだ。投げたマルディナさんは、とても悔しそうに歯噛みしていた。


 流石はエングリンド一と目される冒険者の一行だ。一人一人が一角の戦闘能力、技術を持った戦士の集まりなのだろう。

 本人達は否定するだろうけど、あれなら組隊としての位置付けは、ペンネを通り越してヘクサに手が届いているんじゃなかろうか。


 よろめくように体勢を崩した荒れ狂う霊獣に切り掛ったのは、ベルカさんだ。イザベラさんも同時に飛び掛ってはいたものの、ベルカさんの両手には彼女愛用の大剣が、イザベラさんの両腕には何かが握られているだけで、武器の類は見当たらない。


 彼女らはウラニュエスさんの魔法補助を得てグリフィスの頭上まで舞い上がると、ベルカさんが烈破の気合と共に一閃。

 見事な一撃で対象の片足を中ごろから下半分を切り落とし、続け様に次の瞬間にはイザベラさんが腕を大きく振るっていた。彼女の腕からは大きな網。


 そう、網が拡がった。一般的には魚の漁で、投げ網漁で使われるような網だ。

 投網は限界まで広がると、グリフィスを包み込んで地上へと叩き落した。


 現場からは歓声が上がる。手に汗握って応援していたエマちゃんも、興奮が最高潮に達していた。


 トドメを刺そうと、半数以上の冒険者が群がる。


 グリフィスの目に憎悪の光が灯る。


 警戒を怠っていなかった数名から静止の怒声が飛ばされるも、後の祭り。

 グリフィスの体内で突如魔力が膨れ上がると、今までの戦闘でも聞いた事の無い大きな鳴き声と共に解き放たれた。


 膨大な魔力で生み出された暴風が、渦を巻いて周囲一帯を飲み込む。


 直前まで迫っていた者は直に巻き込まれて、空へと一直線。木よりも高い所まで放り投げられた。


 風自体にカマイタチ効果が付与されていた為に、全身に切り傷を負っただけで無く、同時に巻き上げられた小枝や小石に因る打撲や裂傷も加わったのか、無数の傷が痛々しい。


 アレで、あの高さから極め付けに地面に落とされたら、大抵は死ぬな。死ななかったとしても、全身複雑骨折で再起は不能でしょうね。ソレを幸と呼ぶか不幸と呼ぶかは、人其々でしょうけど。


 比較的接近し切っていなかった人達に関しては、吹き飛ばされただけで済んだ。受身を取る間も無かったのか、結構な勢いで大木に打ち付けられていたので、アチラも無事とは言い難いのが難点か。


 無傷で済んでいる訳では、無いのだから。


 目の前のグリフィスは、今にも死にそうな程に消耗している。対する冒険者達も、壊滅とまではいかないまでも、損耗率は激しい。


 誰もが大なり小なり疲弊していて、戦力として数えられるのは〔紅雷〕の人達と他数名だけ。想定を遥かに超えた被害だった。

 しかし、彼女、彼らに悲壮感は見られない。相対していた猛獣に、既に戦う力が残されていないのは一目瞭然なのだ。用心深く経験豊富な彼女等でさえも、油断する事無く勝利を確信する。


 そんな彼等に、想定すらしていなかった絶望が舞い降りた。目の前とは違う別の方角から、新たなもう一体のグリフィスの、野太い咆哮が響き渡ったのだ。これには流石に面食らっていたようだった。

 まあ、無理も無いよね。こんな処に二体もグリフィスが居るなんてさ、普通は思わないよ。でもね、居たんだなぁ……、これが。


「予想は出来ていましたが、やはり呼ばれて来てしまいましたか。彼等にとっては、最悪の事態になりましたね……」


 酷く残念そうに、力なく首を横に振るティア。


 そう、私達は、最初から捕捉していた。複数のグリフィスを。


 このグリフィスは、番いだったのだ。今までベルカさん達が戦っていたのは、メスの方だった。

 どんな動物であれ、メスが攻撃的になる理由は一つしか無いよね。


 魔物化が進む事で攻撃性、凶暴性が増すだけで無く、母性本能と呼ぶべきモノの後押しもあって、あれだの抵抗を見せたのだ。それこそ、自分の魂すら魔力に変換してまで。


 だからこそ、腕に自信があったが為に討伐に参加した彼らに、甚大な損害を齎したのだ。それでも、何とか脅威は排除した……と思いきや、安堵する暇さえも与えられずに望んでもいないおかわりが供されてしまっては、戦意も喪失しよう。

 現に、その姿を目撃してしまった満身創痍の一人が、へたり込んでしまっているしね。


「あ、ベルカさんが合図を出しましたよ!?」


 エマちゃんが、全力で指をさして教えてくれる。


「ええ……。分かっているわ、行きましょう。ティア、エマちゃん」


 私はよいしょっと立ち上がると、腰に両手を当てて左に右に一回転。グッと背伸びする。


「その掛け声はどうかと思いますよ? クスハ」


 しゃなりと膝を伸ばしたティアが、苦言を呈してきた。


「いやさ、ずっと中腰だったから、ちょっと声が出ちゃったのよ」


 乾いた、苦笑混じりに答えるも、


「だとしても、せめてエマさんみたいに、もう少し可愛らしい掛け声にするべきです」


 余計な釘を刺されてしまった。


 確かに、『んしょっ』と小さく発しただけの声は、可愛かった。しかし唐突に矛先を向けられたエマちゃんは、


「そ、そんな事より! ほら、急がないと間に合わなくなってしまいますよ!?」


 慌てふためいて、急かしてきた。


 うん、そうだね。彼女とじゃれ合っている場合では無い。私達はベルカさん達の元まで急ぐ。気配は消したままで。



 ベルカさんの指示で、ウラニュエスさんが手にしたのは“指揮棒に似た大きさの杖らしき物” 。


 そう、ティアが使っていたのと、全く同じ物だ。一度は彼女の胸収納に仕舞われたのであるが、存在自体を抹消せねばならない。


 処分方法を考えていた私はとある方法を思い付くと、彼女に谷間から取り出させ、それを受け取ってベルカさんに渡した。


「これには、とても強力な魔力が籠められています。そして、これを半分に折る事で、それを一時的に解放する事が出来るようになっています。そう云う事に、なっているのです。ですので、これを対グリフィス戦の間だけお預けします。使わなければ、それで良し。若し窮地に立たされる様でしたら、迷わずお使い下さい。その時は、私達が影ながらお手伝い致します」


 即席でそれっぽい逸話をでっち上げ、押し付けた。話の流れで、攻撃魔法の使えるウラニュエスさんが受け持つ事になった。

 ベルカさんが使用の合図を出し、ウラニュエスさんが指示を受けて杖を使う。これも、この時に決めた。


 今がその時。私は2人を伴い、ウラニュエスさんの後背へと移動した。

 位置に着いた事を知らせるべく、彼女の足元へと小石を投げる。合図に気が付いたベルカさんは、


「ウラニュエス、宝杖を使え! それを使わなければ、アイツに攻撃は届かない!」


 指標されたオスのグリフィスは、木々の先端よりも高い位置にて滞空していた。知的で理性的な目からは、本来在るべき姿のグリフィスが窺えた。同時に、消え逝く伴侶への憐憫の情も……。だけれどもその奥には、微かな人間への怒りも覗かせた。


 悲しいかな、このグリフィス、軽度ではあっても、こちらも魔力に汚染されちゃってるのよね。侵蝕率は、一割弱しか無いらしいけども。ティアが言ってた。


 彼女曰く、『どんなに小さくても、侵蝕が始まってしまえばその進行を止める事は、不可能』なのだそうだ。本当に憐れに思うなら、心を鬼にして引導を渡すのが最善。それがこの世界の、魔物化に対する常道。私にも否やは無い。


 それにしても、『宝杖』とは大層大仰に打ち出して参りましたな。誇大呼称にも程があるでしょう。口元と両端が緩みそうになるものの、これから行なわれる事を想えば、自然と自制心が働いて心も引き締まる。


 ウラニュエスさんが、おもむろに杖を構えた。


「宝杖よ、我にその力を貸し与えよ。狙うは天空に座する風の霊獣。求むるは大地織り成す石の槍。我の願いは敵の排除のみ。我が望みを聞き届け叶えたまえ! 【最高位地属性魔法】――《石柱飛翔槍》――」


 呪文を唱えた後、杖を真っ二つに折った。もう一回言おう。唱えた。

 詠唱する必要なんて無いのに、態々口に出して、しかも大きな声で、魔法の名前まで全部唱えた。

 いや、最後のはまだ良い。打ち合わせ通りだったから。


 この世界の魔法はね、呪文という概念が存在しない筈なんですよ。


 その代わり、想像力が深く大きく関わってくる。


 ええ。本人の想像力次第なんですよ。


 本人が火を連想すれば火系の魔法が使えるし、本人が思い描いた通りの大きさと威力がそのまま反映される。高位とか、低位とかも一緒。本人が強いと想えば強いし、弱いと定義すれば弱い。

 当人の実力で左右されるし、限度もあるけれど。なので、発声する必要は必ずしも無いんですよ。寧ろ、黙したまま使うのがこの世界の常識。


 若し、敢えて宣言する場面があるならば、それは仲間への周知、又は相手への威嚇や宣告の時くらい。

 そう思っていた時期が、私にもさっきまでありました。なのに、ウラニュエスさんは唱えた。魔法には直接関係無い、凝った呪文付きで。


 折られた杖は、青白い炎で燃え上がる演出で一瞬の内に焼失し、魔方陣が展開する。勿論、発動者はティアだ。

 彼女はウラニュエスさんの発した言葉から彼女が思い描いた魔法を想像し、彼女の頭上、眼前にて生成を開始する。当然、無言で。


 これはアレか。フォレスハウンドとの戦いで、ティアがやって見せた呪文を詠唱しての魔法使用が原因か。

 別にあれをやったからって、威力が上がる訳でも無いんだけどな……。強く印象付ける事で、多少は変わるかも知れないけど。


 この厭な流れに、この世界の人々が、余計な文化に侵略されていく恐ろしい未来を予感する。あ、眩暈が……。頭も痛くなってきたかも……。


『ホムラ、スイ。貴女達もフウへのお仕置きに加わりなさい。火責めと水責めの併せ技で、そうね……熱湯責めが妥当かしらね』


 フフフ……、と仄暗い雰囲気を前面に押し出しながら、追加の指示を出す。


『そんな! 特異戦時下であっても、捕虜への虐待は禁止されているはず――あっつい!』


 再び精神世界に顔を出すと、人一人分の大きさの、金属製の筒状の入れ物に首下までを収められたフウを眼下に捕らえた。

 足下からは真っ赤な炎が、同時に中空からは熱せられた水がくべられ、彼女を新たに責め立てる。


 私は立ち上る湯気に巻かれつつあるフウを見下ろして、告げる。


「貴女……。捕虜でも何でも無いし、そもそもそれ以前に、人間ですら無いでしょう? 条約は適用外よ。てか、何よソレ?」


 意識の外では特製の石の槍が完成し、射出の準備に入る。芯に、爪楊枝ほどにまで縮小したグングニルを使用しているので、追尾性能は完璧だし、威力補正も申し分ない。


 私の横にはB4の紙くらいの大きさの画面が浮かんでいて、そこから外の様子を窺う形を取っている。視界同調も可能ではあるが、それをやると脳の処理が追い付かなくなってしまう。目は、二つしか無いのだ。


 外の事はティアに完全に任せ、目の前で大仰に慌てて見せる頭痛の種の、態度や言動に注意を向ける。

 彼女の発言に気になった部分がある。一番適切な娘に聞いてみよう。


「ねえ、ホムラ。ちょっと訊きたいんだけど、この世界には『人権』って発想はもう在るの?」


 どこからか筒を取り出たのか、金樽の傍にしゃがみ込んで息――と云うか炎その物を吹き出して、火に勢いを付けさせていたホムラが作業を一旦中断して振り返った。


「『基本的人権』って概念ならまだ存在しないわよ? 『市民権』なら在るけど。この世界では “奴隷”がまだまだ一般的だからね。犯罪奴隷然り、戦争奴隷然り、私有奴隷然り。国に依っては、一部の奴隷には市民権の復権や貸与の可能性が残されているけど、基本的には奴隷なんかに人権は無いわ。皇国では近年になって犯罪奴隷以外が全面的に禁止になって、『人権』に関する議論も起こりつつあるけど、まだまだ下火ね。世界的に見れば、こっちが逆に異端と取れなくも無いくらいだわ。王国なんて特に顕著で、一度でも奴隷に墜ちたらそれはもう、“物”でしかない。私有奴隷なんてその中でも特に最悪で、まだ人以外の愛玩動物の方がマシなんじゃないかしら」


 最後の方は目を逸らして、荒れ狂い燃え盛る炎を見つめながら教えてくれた。


 奴隷にも種類が幾つかあるようで、大別すると『国有奴隷』と『私有奴隷』とに別けられ、それが全てでは無いが、主に治安維持組織に捕まった犯罪者や敗戦国の兵士らが国有奴隷として国の事業などで使役され、身売り、身代担保と言ったギリ合法から、非合法な人身売買や誘拐の被害者で構成された私有奴隷が、時に公認の施設にて、時に陽の当たらない場所にて、様々な思惑で以って取引される。


 そんな実情も、この時に知った。


 さて、また一つこの世界の常識を学んだ所で、諦めの悪いフウへと指摘を開始しよう。


「ねえ、フウ。ホムラから聞いた話からすると、戦争捕虜に人権や、それを保護する条約なんて物は存在しないみたいだけど? それに、さっきから頻りに熱がっているけど、実際には全然影響無いんでしょ? 痛くも痒くも無いんでしょう? 聖霊だから」


 画面の向こうではグリフィスが風系の魔法を放ち、刻を同じくして打ち出されたグングニル内蔵の石の槍がその風を切り裂きつつ標的へと急襲し、回避行動も意に介す事無く的確に心の臓を打ち抜いた。貫通した槍はさらに飛翔し、空高くで弾けて消えた。


 向こうでは決着が付いたみたいなので、画面に向けていた半分の意識を引き戻して視線を移動させると、


「いや、そうなんだけどさ! コレ、絵面がヤバいって!  石抱きで釜茹でとか、石川五右衛門もビックリだよ! 映倫の人にも怒られちゃうよ? 美少女に重しを付けて煮出しちゃったりなんてしたら、G展開大好きな人とか大歓喜だよ? 色んな出汁とかも出ちゃうかも知れないね。あ、ゴクゴクする?」


 全く、反省していなかった。たぶん、今の私を漫画とかで表現した場合、これ見よがしの笑顔に重ねて、頭上には十字の血管が浮かんでいる事だろう。実際、心の中では頬が引き攣っている。


「ねえ……。この娘に私の “想い”を知って貰いたいんだけど、どうしたら良いかしら……」


 こめかみを指先で押さえつつ、他の3人に問う。3人は其々に顔を見合わせた後、


「聖霊は、特別な存在なの。普通の方法じゃ、痛みや損傷は与える事は出来ないの……」

「但し、それは低位次元での話。私達高位存在なら、それも不可能じゃないわ」

「どうぞくせいか、はんたいぞくせいのまりょくをぶつけるんだね~」


 スイは悲しそうに、ホムラは素っ気無く、何故だかミコトが楽しそうに答えた。


「え? ちょっ、待……」


 天敵属性なミコトの思わせ振りな態度に、フウが初めて慌てふためくも、


「ふふん。いくらミコトが裏切ったからって、地属性だけじゃ足りないよ! 風属性が一番効果的だけど、私こそが『風』そのものだからね!」


 直ぐに気を持ち直して、『ドヤァ』なんて効果音まで口にしやがった。


 私の中で、何かが切れた音がした。


「スイ、大量の水蒸気をお願い。ホムラは、空気を温めて上昇気流を。ミコトには、受雷針の設置と誘電、帯電循環を任せるわ」


 私の意図に気が付いたのか、フウの顔が青褪めた。


「ウフフ。覚悟しなさい、フウ。風属性と地属性の複合属性である、雷属性をお見舞いしてあげる……」


 見る見る内に、どんよりとした厚い雲が頭上を覆い、稲光が走り始める。熱操作で気流を激しく攪拌し、電荷を溜めに溜める。

 フウの足元でも着実に準備が進み、何時でも落雷を受け止める環境が整う。


 ミコトが少し離れて、親指を立てた。


「(ギャーーーーーー)」


 ゲリラ豪雨でも聞いた事の無い爆音が轟き、視界を奪う閃光が心を埋め尽くす。フウが衝撃に何かを叫んでいたようにも感じられたが、それも掻き消された。


 自然界で発生する落雷は地面に吸収されて拡散してしまうけれども、ここは私の心象世界。落ちた雷は全て回収され、球形に保持されミコトの手中にあった。

 私はそこに電線の片方を挿し、もう一方を湯溜めに投げ入れた。


 ズパーーーーッン。「あばばばばば……」――バチンッバヂヂヂヂッ。


 閃光が炸裂し、火花が絶え間無く迸る。ドカンドカンと供給され続ける雷は全て余す事無く集積され、電源として利用される。使用された電気も循環して再利用されるので、実質『無尽蔵』だ。


 無限ループって怖くね? そんな他人事のような感想を脳裏に浮かべつつ、私は彼女達の世界から意識を切り離した。


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