本編2-9「言動はなるべく慎重に。責任は常に付き纏うのだから」
気まずくなりかけた雰囲気と空気であったが、エマちゃんの一言で霧散し、一掃された機勢を見て取ったベルカさんが深刻な表情を以ってティアの前に立った。
「なあ、ティア。オマエがさっきの戦闘で使った魔法は、既に“一般冒険者”の域を超えている。単純な戦闘力で言えば、単独でもペンネの組隊に引けを取らないだろう。隊員って意味じゃない。オマエ一人で、ペンネの組隊と同程度の戦力を保有しちまってるって事実が、だ。それってつまりは、ヘクサの組隊に主力として迎えられてもオカシく無いし、寧ろ国の命令で軍や要職に組み込まれたとしても全く不思議じゃない。それだけの芸当、偉業なんだよ」
そこで一度、話を区切ると伏し目がちにウラニュエスさんの方に目配せし、
「ウチのウラニュエスだって氷の槍は撃てるが、それでも精々、最大三本までが限度だ。ましてや同時に別の魔法を使うなんて離れ業、普通は出来っこ無い。他に出来る人が居るとすれば、それはヘクサの冒険者でありながら宮廷庁魔法局の局長さんでもある、ブラストールさんくらいなもんだろう。そんな傑出した力は、そうホイホイと人前で軽々しく使って良いものじゃないし、しかもアレで全然、全力じゃないんだろう?」
ティアは真剣な表情ながらも、無表情、無言、無反応にてそれに答える。それを受け取ったベルカさんは、
「それなら尚更、気を付けなくちゃならない。ヘクサから上位はもう、完全に伝説の域だからな。そんな存在が公にでもなれば、大騒ぎだ。オマエ等があくまで“一般冒険者”に拘るってのなら、少なくとも人目の付く場所ではあれの十分の一以下にまで抑えるべきだ。そして、魔法の同時使用も控える。冒険者同士、お互いの素性の探り合いは御法度だからこれ以上は何も言わないが、今後はもう少し慎重に行動する事をオススメするよ。“巫女”さん」
彼女はそう締め括り、ティアの二の腕辺りを軽く手の平で叩いてから、数歩だけ距離を取った。
気が付けば、すっかり他の魔物の気配も消えてしまっていた。
ベルゼグリーズだったっけか……、獲物としてどれだけの価値があったのか知りたかったけど、仕方無い。せめてフォレスハウンドの死体から有用な素材だけでも剥ぎ取ろうと、根元まで刺さった剣に手をかける。
何も考えずに引っこ抜いたら、刃渡りの中ごろからポッキリと折れた。刀身全体に無数の傷や罅が入っており、さっきの瑣末な戦闘程度で耐久限界値を超えてしまっていたのだろう。
ちゃっちいな、オイ。
柄だけとなった屑鉄剣を投げ捨てたところで、微かな笛の音が聞こえた――ような気がした。
「現われた、みたいですね……」
胡乱気な目をしたまま、長い耳を小刻みに動かしながら音のしたであろう方向に視線を向けたティア。
流石は森人族、どんな状況でも感知能力は一級品と見える。〔紅雷〕で斥候を努めるキーリィさんも、いち早く反応していた。
「ようやくお出ましか。お前ら、今すぐ急いで戻るぞ!」
ベルカさんの号令一下で、テキパキと装備の点検を始める〔紅雷〕の方々。
それとは対照的に、ティアはゆ~っくりとした無気力そうな所作で胸の谷間へと杖を仕舞う。首まで確りと覆われているので肌の露出は無いのだが、だからこそ首元の服を引っ張る仕草が妙に艶かしくて、目に精神に悪い。
彼女は悪戯聖霊の入れ知恵通りに動いているだけなのだろうけど、この視覚的効果、気付いて無いんだろうな……。
「すみません……、クスハ。私の不注意で、私が“巫女”であるとバレてしまいました」
バツの悪そうに小声で言う彼女だったけども、
「別に気にして無いわ。それに、ベルカさんもとっくに気が付いていたと思うわよ? この分だと、私の立ち位置にだって目星は付いているのでしょうね。けど、ま、実際には大ハズレなのだけど、ね」
態と明るく、片目を瞑って笑い掛ける事で安心させてやる。そしてもう一つ。
これに関しては、ハッキリと注意する必要がある。
「ああ。後、それとね。私の前以外で使う心配は一切して無いのだけど、それでもその大容量のおっぱい収納。二人きりの時も含めて、使うのは控えた方が良いわね。私が我慢出来る保証が無いし、何よりも品が無いわ」
パツパツに膨らんでいる為に分かり難いが、双球が織り成しているであろう深い渓谷に沿って、人差し指を上から下へとなぞるように這わせる。
私のあからさまに性的劣情を示唆した運指で感づいたのか、これまで自分が行なっていた動作が非常に破廉恥なモノであったと悟ったらしい彼女は、顔から火を噴きながら停止してしまった。
「あの……。クスハさん、ティアさん。仲睦まじいのはとても宜しいと思うのですが、もう少し、周りの様子……と言いますか、『空気』を読んで貰っても良いですか? 〔紅雷〕の皆様方からの、視線が痛いです……」
エマちゃんが申し訳無さそうな感じで、困り気味に小声で割って入って来てくれた。彼女が教えてくれた方向を盗み見てみると、確かに一部のセンパイ方の目が険しい。でも、微妙にズレている。
実際どうズレているのかと言うと、その視線の先はティアの豊満な胸部に注がれているような気がして、それを裏付けるかのように、頻りに自分の膨らみを気にしたりもしていた。
私はエマちゃんの頭を優しく引っ掴み、彼女の頭を私に密着させると同時に彼女の耳元スレスレに口を近づける。
「エマちゃん、それは残酷な勘違いよ。彼女達が気分を害している理由はね、ティアが自分の胸の大きさを見せびらかしたが為よ。貴女は決して小さい方では無いから実感が湧かないのだろうけど、大きさを気にする人からすれば死活だけじゃなく、生殺にまで発展する大問題だわ……。間違っても聞き返しちゃいけないし、気付いた素振りすら見せちゃいけない、途轍もなく繊細な問題だからね……」
彼女の頭が僅かにでも動かない様、がっしりと固定し、その上で彼女にしか聞こえないよう細心の注意を払って限りなく小さな声で指摘する。
当のエマちゃんは、ゴクリと大きく息を呑むと、小さく何度も頷いた。彼女に念入りに言い聞かせ、吞み込んだ事を確認、解放するや否や、
「オイ! そっちの準備は良いのか!? そろそろ移動したいんだが?」
ペルカさん達〔紅雷〕の皆さんが表情を引き締め、近付いてきた。
「あ、お待たせしてスミマセン。こっちは何時でも大丈夫です」
私は短くそれに答える。
「よし! 襲歩にて向かう。ちゃんと付いて来いよ! 進発!!」
発声一喝、私達はベルカさんの合図を皮切りに、彼女を先頭にして足場の整わない森の中を――彼女達にとっては――全力に近い速度で走り抜けるのだった……。
足場を複雑にさせている木の根や地面の窪み、ちょこんと顔を覗かせた岩等を次々と飛び越える最中、私は体の制御を一時的にミコトに預け、炎と水の聖霊、2人に脳内思念だけで呼び掛ける。
『ホムラ、スイ。状況は把握しているわね?』
『勿論だわ』『当然なの……』『いや、ちょっと待って……。何でワタシ、縛られてるの!?』
言質は既に取ってある。後は、下手人に沙汰を下すだけである。
『よろしい。では、判決を言い渡す。主文、被告人であるフウは、「石抱きの刑」に処す。罪状は、虚言教唆罪。ティアに異世界の情報を恰もそれが常識であるかの如く示唆し、厨二病的行動及び身体的特徴を生かした収納術と演出には目に余るものがあり、毒でもあり、大変良いものを見せて貰いました。これには裁判長も思わずニッコリであるが、それはソレ、これはコレで、別である。彼女を謀った罪は非常に重く、赦し難いモノがある。拠って、“石抱き”が相当であると判断しました。石役には、ミコトを任命します。かかれ!』
私の号令を受けて、3人が一斉にフウに襲い掛かる。
『異議あり! 弁護人、弁護人をよーきゅーする!』
何だか、ギャーギャーとウルサイ受刑人。そんな彼女の肩を叩き、“べんごし”と書かれた名札を胸に付けたスイが首を横に振る。判決は覆らない。
『いんぼーだ! 横暴だ! 控訴する! 再審をせーきゅー……』
取り押さえられつつも、尚も喚く悪戯大好き幼女に背を向け、退出間際に追加の決定事項を伝える。
『それと。今後一切、私が住んでいた世界のネタを持ち込むの禁止。引用する位なら大目に見るけど、私の前だけにして頂戴。良いわね?』
返事を待たずして、私は意識を表層へと切り替えた。




