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私は異世界で百合の花園(ハーレム)を創ることにした。  作者: 虹蓮華
第1章「異世界生活を始めよう」
27/43

幕間・傍流「ヴェルダーの長い一日」

こちらは、幕間、それも傍流と銘を打っている通り、本編とは直接関係がありません。

人によっては、蛇足に感じられるかも知れません。


ですが、第一章本編を補足する内容となっており、第二章で説明していないチョイ役設定にも触れている為、

私の自己満足で書き上げました。


私の作品を楽しむ一助になれば、幸いです。


 フラウブラン皇国の南東に位置し、南方を支配するダルキア王国との国境を守護する防衛の要にて前線となる、エングル辺境領の領都《エングリンド》。


 実際の戦になった場合の拠点として、砦としても利用される国境直前に建設された城塞都市《ウルムスタン》程では無いにしろ、王国に関する情報収集と動向調査に余念など許されないのは、国防に携わる者にとっては当然の認識であった。


 そんな領都でも特に、諜報活動において大きな比重を占める施設がある。



『冒険者協会エングリンド支部』



 冒険者は、身も蓋も無い言い方をしてしまえば、国家の下請けだ。

 冒険者協会は国家が運営しており、国内で起きた事件や問題を集積、精査して冒険者に依頼を出し、解決して貰う代わりに報酬を渡す。


 形は多少違えど、これはどの国でも一緒。


 冒険者は国民でなくても成れるので、公務員という訳ではないのだが、決して無関係とまでは言えないのだ。

 有事の際は、治安維持の名目で、敵対勢力の排除を依頼する事も十分に有り得る。


 まあ、そんな事にならないよう、大抵の冒険者には無縁の案件だが、国家からの特命の依頼として、特定の冒険者に対して周辺国家への内偵を密に行っている訳ではあるのだが……。


 そんな、紙一重の外交に神経を磨り減らしている支部長の耳に、つい3日前、耳を疑いたくなる情報が飛び込んできた。



 ――聖霊の巫女とその従者と名乗る者の、突然の来訪――



 最初は誤報だと思った。

 信じられなかった。


 何せ、ここエングリンドに、何の前触れも無く忽然と、急に現われたのだから。

 同時に、ウルムスタンの警備担当に強い憤りも覚えた。


 職務を放棄して何をしていたのだ、と。


 聖霊の森からエングリンドまで移動する場合、経路の関係上、常識的に考えてウルムスタンに立ち寄るのは当然だからだ。


 それなのに、報告を怠った。


 何の前触れも無い中での、今回の彼らの訪問は、正に『寝耳に水』だった。

 別に、巫女殿が街に出て来る事自体は珍しい事であるが、それだけで騒ぎ立てる程の懸案では無い。寧ろ問題なのは、“従者”を連れていた事の方だ。


 こんな重要な情報が軽視されている体たらくでは、管理体制も甘いだろう。

 ウルムスタンに潜んでいる王国の間諜は、この情報を既に王宮へ届けるべく早馬を飛ばしている頃に違いない。

 今更早馬を止める事など不可能であるが、みすみす見逃してしまったのは非常に手痛い。


 本当に唯の従者であれば何の問題も無いのだが、その正体の如何によっては、王国との間に一触即発の外交問題が発展してしまう恐れがあった。

 そして、その可能性は決して低くは無かった。


 事態の緊急性を重く見た領執政部は、即座に領主の館にて緊急会議を開き、同時に皇都に向けて伝令を発し、応対した兵士を喚問して、その時の双方の様子を尋ねた。

 兵士の語る、彼が受けた印象は、最悪の予想が的中した絶望的な内容だった。



 ――従者である筈の者が、逆に巫女殿に気遣われていた――



 これでは、もう、疑う余地など無かった。

 彼の者が“勇者”を名乗らなかったのには、何か理由でもあったのか、若しくは、現段階ではあくまで候補に過ぎないのか……。


 どちらにせよ、候補な時点で“勇者様”も同然であった。


 今すぐ、勇者様に挨拶に伺うべきだという意見を主張する者も居たが、勇者様と巫女殿がそれをお隠しになられている事、勇者様の紹介が目的なら、とうに領主の館を訪れている事、極め付けに都合の悪い事に、巫女殿と“勇者様と見られる者”は、領都内の小さな商店に招かれるように立ち寄り、その後小さな民宿に宿を取った事、以上の様々な要素が複雑に絡み合い、先方の意図が全く読めなかった事から、結局、不要な接触を禁止し、消極的静観の構えを押し通す事に決まった。


 ――皇国は、巫女殿の来訪は認めるが、勇者様の存在は確認していない――


 特大の頭痛の種を抱えてしまった領首脳部は、王国との無用な諍いを避けるための言い訳を、必死に考える羽目になってしまった。

 悪夢としか、言い様が無かった。




 悪夢は、これだけは終わらない。これから数日に渡って、彼らを苦しめることになる。




 冒険者協会エングリンド支部の建物内部に併設された、冒険者向けの軽食売店にしては珍しい、豆と焙煎にまで拘った珈琲を一口啜り――自分の肝入りで導入した、領都では知る人ぞ知る、老夫婦の経営する喫茶店の評判の珈琲には及ばぬものの――納得のいく味に満足気に頷くと、これまた施設の中に設けられた休憩用の机が並ぶ一角、受付に程近いその定位置に座ったヴェルダーは、昼過ぎならではの疎らに行き来する冒険者を眺め、「そう言えば、一昨日もこの位の時間だったか……」と心臓に悪い出来事を思い出し、珈琲の苦さとは違う種類の、渋い顔をした。


 今日と同じく、同じ時間、同じ席で一服がてらの日課である、冒険者観察を行なっていると、一人は森人族、1人は地人族の、二人組みの絶世の美少女が入ってきた。

 例の緊急会議での兵士の証言により、巫女殿と勇者様と思しき者の人相と容姿は判明していたので、直ぐにその二人だと気付いた。


 そんな渦中の二人が、選りにも依って、二人揃ってふらりと協会支部に現われたのだ。

 巫女殿が態々冒険者協会に依頼を出すなど何事かと身構えたヴェルダーは、次なる展開に心底度肝を抜かれた。


 勇者様と思しき者が、何の冗談か、冒険者登録を申し出た。


 叫び出したかった。

 ふざけるな! これ以上、国家間の紛争の火種を増やさないでくれ!! と。


 そんな俺の気も知らないであろう、最低でも勇者候補である彼女は、巫女殿と和気藹々と談笑しながら、登録を済ませてしまった。


 これまた何の冗談か、階級は『シンガ』だ。


 もう、泣き出したかった。

 仮にも“勇者”なら、最低でも『ヘクサ』だよ、国賓待遇だよ……。と、心の中で呻く。


 飲んでいる珈琲の味も判らなくなる程に、頭の中で思考がグチャグチャに入り乱れ始めた頃、彼女達の動きを追っていた虚ろな目に飛び込んできた光景に、一転、思考の全てが真っ白に塗り潰された。


 事もあろうに、トルプの中でも底辺に近い場末の冒険者の一組が、彼女達に絡みやがったのだ。


 いや、通常であれば、予想出来るし理解も出来る。

 あれだけの上玉の新人、女旱りの長い独り身の冒険者達にとっては、万が一、いや、億が一に掛けてでも、お近付きになりたいか、あわよくば固定組隊として共に活動したいと思うのは、自然の流れだろう。


 まぁ、そいつらに、それだけの魅力や品格、実力があるのかが微塵も考慮されていない辺り、滑稽であり憐れでもあるのだが……。


 かくして当然の流れとして、軽率な行動も相まって、明確な形でお断り、更に踏み込んだ表現で、『拒絶』が示された。大変不快そうな気配と共に……。


 本気で背筋が凍り付いた。

 目の前が真っ暗になった。


 今すぐ仲裁しないと、大変マズい事になる!

 そう思って腰を浮かしかけたところで、思わぬ助け舟が入った。


 冒険者の組隊としては、その存在自体が非常に珍しい、この支部を拠点として活動する冒険者達の中でもたった一組しか居ない、それでいて実力も折紙付きという、女性だけで構成されたスクアの組隊〔紅雷〕を纏める隊長、ベルカ・ヨグノトースが、不穏な空気――実は、ある一定以上の実力者にしか感じ取れない程度の殺気――を感じ取ったのか、割って入ってくれたのだ。


 彼女の介入に安堵した俺は再び腰を落ち着け、成り行きを見守った。


 ベルカは男顔負けの筋肉質な体つきをしているが、それでいて中々に顔立ちも悪くなく、その実力と面倒見の良さから、支部内において男女別け隔て無く人望が篤かった。

 その為、特に騒ぎになる事も無く、程なくしてその場は収まった。


 偶々だろうが、彼女が依頼から戻っていて、本当に助かった。


 九死に一生を得た心地だった俺は、依頼掲示板を暫く眺めた後、何事かを相談しながら建物から立ち去る二人の小さな怪物の背中を、ただただ黙って恐怖を押し殺して見送った。




 今思い出しただけでも、胃がキリキリと痛みで捩れてしまいそうな錯覚に陥る。


 “勇者”とは、名実共に人間種にとっての最高戦力だ。


 勇者単騎でも軍隊を相手取って戦えるだけの戦闘力を有しているのに、“勇者”としての名声を利用すれば、多くの民衆を扇動して国家を転覆や滅亡させる事など、それこそ容易い。

 そんな“勇者様”の存在を隠蔽したとあっては、周辺国家に宣戦布告と取られてもおかしくない国際問題にも関わらず、当の本人達は、“勇者”である事を宣言もせず、領主に面会に訪れる事もせず、あの後街の外に出たのを確認されて以降、一切の消息、足取りが掴めなくなってしまっていた。


 “勇者”の存在を察した王国が、詳細を求めて特使を派遣するにしろ、紹介がてら、国賓としての招待を打診するにしろ、近いうちに動きがあるだろう事を考えると、勇者に関する余りの情報の少なさに、自分を含めた関係者全員、気が気でなかった。


 押し潰されそうな不安から少しでも目を逸らそうと、今日も今日とて無理矢理日課を遂行する事で心の安寧を図っていると、報酬の件で窓口と揉めている冒険者の、いつもと変わらない日常的な光景に微笑みを零した次の瞬間、突然慌しく戸が開かれ、若い兵士が息を切らせて飛び込んできた。

 息を整えるのも漫ろに、尚も駆け足で直近の受付へと迫った兵士は、余裕の無い表情で開口一番、気になる言葉を放った。


「試験官殿を1人、東門まで派遣して欲しい」




 門を警備する守衛班からの、冒険者昇格試験担当官の派遣要請。

 それはつまり、入街審査の時に冒険者絡みで極稀に起こる、班長程度では手に負えない厄介な難問にして珍事を意味する。


 試験官はその役柄上、実力と公明正大さが求められる訳で、誰でも成れるものではない。謂わば、幹部なのだ。

 前例が無い訳では無いが、その判断を仰ぎたいなどとは、穏やかではない。


 嫌な予感、言い知れぬ不安を抱いた俺は、まだ半分ほど器に残っていた珈琲を一気に喉奥へ流し込むと、事情を詳しく引き出そうと努めて落ち着いた声色で兵士に応じる、この支部で最も優秀な受付の許へ向かった。


「その話、俺が聞こう」


 二人の傍に立って声を掛けると、対応に当たっていた受付嬢であるアルメリアが意外そうな顔をし、兵士の若者は突然の闖入者に面食らっていた。


「あら?」


 彼女が口を開きかけた所で、人差し指を立てて唇に当て、目配せをする。

 アルメリアは俺の言いたい事を即座に正しく理解し、後に続ける。


「丁度良いところにお出で下さいました。ヴェルダー試験官」


 この機転の速さ、聡明さが彼女の魅力であり、利点だ。

 彼女が若くして支部内から全幅の信頼を寄せられるのも、頷けるというもの。


 彼女が『試験官』と紹介してくれたお陰で、兵士は緊張の糸を一気に解いた。


「試験官殿でありましたか。これは失礼しました。急なお申し出で申し訳ございませんが、手前と一緒に来ては頂けませんか?」


「まあ、待て。余程の急ぎの用なのだろうが、全く一切の情報も無くその要請には応じられん。簡単でいいから、先ずは説明してくれ」


 至極真っ当な要求を告げると、「た、大変失礼しました!」そう言って耳まで真っ赤にしながら、直角に近い角度で頭を下げた。

 それから、彼から語られた内容はこうだ。


 ――シンガの冒険者証を持つ、成人して間もないくらいの二人の少女が、悍ましい様相の巨大な魔物の死体を、信じ難い事に丸ごと運んできた。死んでいるのは間違い無いが、余りにも現実離れした異常な事態と光景に、協会絡みの可能性も含めて、念の為に協会の人間に対処して貰おう――そう現場責任者は判断し、この者を使いに寄こしたとの事だった。


 辿り着きたくない予想の答えの行き先に、知らず奥歯が震える。


「その、二人組みの少女の容貌は?」


「見事な金色の髪をした森人族と、地人族にしては珍しい、桃色の髪をした少女です」


 その場に崩れ落ちそうになる膝を、気力を振り絞って全力で食い留める。


「で、では、その魔物は、どんな見た目なんだ?」


「は、はい。それは……」


 彼から魔物の特徴を聞かされた俺は、口から泡を噴きかけた。いや、実際、心の中では既に大量に噴いていた。


 人の身長の二倍はあろうかという体高。

 鋼の剣で切り付けようとも、逆にそれを弾き返す黒い体毛。

 下顎から上に向けて伸びる巨大な牙は、見る者に威圧感を与える。


 これだけでも十分に脅威的なのに、特筆すべきはその尻尾。二本生えた尾はそれぞれ、蛇の形をしていたというのだ。

 思い当たる一匹の魔物の名前に、間違う訳のない己の知識を疑う。


『フーガポーテストモルス』


 伝承でしか聞いた事の無い、皇国の高官にしか知る事も許されない、実在する伝説として語られる天災級の化物。


 生息域までは判明しているが、その全様を見た者は誰1人として居ない。

 何故なら、目視できる距離まで近付いた時点で、向こうにも感知され、捕捉されればそこで終わり。逃げる間も無く喰い殺される。


 例外は一切無い。


 永い皇国の歴史の中で、存在を証明する物として、何百年もの前に英雄と呼ばれた一人の冒険者が腕試しと称して戦いを挑み、命と引き換えに魔物の一部を持ち帰ったのが、資料として残っているだけだ。


 遭遇、それ即ち“死”を意味する怪物は、別名『死を齎すもの』として恐れられ、国民への不要な不安を抱かせぬよう、代々首脳部は存在を隠蔽し、冒険者にも興味を持たせぬよう、情報を統制した。

 幸い、ミルドの森の最も深い場所にだけ生息しており、“聖霊の森”が堰となってくれているお陰で、奴らが森から出てくる事は決して有り得ない。


 決して有り得ない筈の魔物が、不可解な事に、丁度十年前に森の比較的浅い地域で、何度も目撃された。

 どういう訳か向こうから襲ってくる事は無かったが、様々な目的で近付いた冒険者は、その悉くが全て、返り討ちに遭った。


 生き残った者からの証言から、フーガポーテストモルスの可能性が浮上し、当時の軍部、協会の総力を挙げての討伐計画が立案された危急の折、先代の没後から次代の現出までまだ周期的に先だと思われていた、“勇者様”が御顕現なされた。

 切迫した情勢下且つ、緊急時だった為、一般の市井国民にはその存在を知らせる事はせず、大皇陛下との謁見も略式で済ませ、その足で討伐に向かわれた。


 結果、勇者様は命を賭した攻撃で見事に魔物を打ち倒し、対象は消滅。事なきを得た。

 その頃の俺は冒険者を引退し、入所して間も無くの新人扱いだったが、協会内部の混乱した情景が、今になって鮮明に思い起こされた。


 死んでいるとは言え、あの恐怖を撒き散らした化物が目の前にある!? それも、丸ごとの状態で!?


 何が目的かは知らないが、十年前の事件と何か関係があるかも知れない。

 こちらから関わる事は禁じられているが、これは千載一遇の又と無い機会だ。

 彼女達の真意と目的を、確かめる為にも直接伺って確かめる必要がある!


 そう確信した俺は、


「用件は解かった。俺が同行しよう。準備があるので、少しの間だけ待っていてくれ」


 彼に短く伝えると足早に執務室に立ち寄り、軍部が開発した、実用化されて間もない通信用の魔道具『念話通信珠』を懐に仕舞い込むと、駆け足で受付まで戻った。


 軍事機密の塊であるが、これ以上の適切な使用場面など、あるのだろうか。


 余程待ちきれなかったのだろう、急かされる様に使いの兵士と支部を後にし、途中の道すがら通信具に魔力を込め、領主の政務室に設置された念話珠宛に直接回線を開く。

 直ぐに応答があった。


「ここに直接念話を寄こすとは、何があった。マコーミック支部長」


 俺は通行人に注意を払いながらも、可能な限り急ぎ足で駆けつつ、閣下に一つ一つ説明してゆく。


 勇者様御一行が、フーガポーテストモルスの死体を丸ごと一頭、持ってきた事。

 入街審査時の予期せぬ悶着で足止めを科してしまった為、これを機に探りを入れる事。


 息を呑む気配が、手に取る様に分る。恐らく俺も、同じ気分だろうから。

 最悪の事態を危惧する焦りを含んだ声色に、


「安心して下さい。恐らく、私の勝手な予想ですが、彼らはこちらから軽視したり、敵対行動を取らない限り、友好的な姿勢で話し合いに応じる様子をこの目で確認しています。通信は繋げたままにしますので、会話内容から適時、適切な判断と対応をお願い致します」


 そこで一旦念話を中断し、現場へと急行した俺は、伝説級の化物と、それすら上回る怪物の極致と、遭遇する事になる。


 そいつは間違いなく、『フーガポーテストモルス』だった。


 そして、そいつを“狩った”と豪語する、一人の少女。

 年齢は、見た所十七、八歳前後。成人は迎えているだろうが、それでもまだ少女の表現の方が似合う、非常に見目麗しい女の子だった。


 だが、同時に、底知れぬ存在感と隠しきれない膨大な魔力に、体の芯から戦慄した。

 極め付けに、親しげに話す“聖霊の巫女”殿。


 確定だった。


 これ程の実力を持った者が、唯の従者な訳が無い。

 この少女が“勇者様”であると結論付け、相応の対応を試みると、心底驚いた事に、意外な答えが返ってきた。


 少女曰く、「自分は、勇者では無い」と。


 正直、何を言っているのか、訳が分らなかった。

“勇者”を聖霊様から拝命されるのは大変な名誉であり、人間種全ての希望だ。

 それを、この少女は否定する。頑なに。


 念会話を又聞きしていた領主様から、「話を合わせろ」との指示が下る。

“勇者様”を前に、“勇者様で無い”ものとして扱うのは何とも心苦しかったが、当の彼女がそう求めるのだから、仕方が無い。


 現状の確認作業は、『完全な状態のフーガポーテストモルスの処遇について』に及ぶ。


 何度目かの、耳を疑う理由を聞いた。


――より高く、買って貰おうと思って――


 前代未聞の大偉業に、値段なぞ付けようが無い。どう返したものか答えに窮していると、


「支部長よ。お前の見立てで構わん。その魔物、どれ程の価値があると考える?」


「す、少なくとも、こ、国宝並には、あると思われます……」


「そんなにか!? むう……。なれば、儂の方で相応の金額を用意しよう。下手な金額を提示し、怒りを買っては国益に関わる。それと、儂もその二人に会ってみたい。より詳しい話を聞きだす為にも、協会支部に招待する事は可能か?」


「やってみます」


 領主様の御英断により、関係の悪化だけは回避出来そうだ。

 その後、引き取る旨を伝え、蜻蛉帰りで協会に戻る道中で、大詰めの打ち合わせに入る。


「閣下、買取を名目に、お二方には御足労いただける運びになりました」


「うむ。よくやってくれた。儂も今から、そちらに向かう。巫女殿と勇者様の御来訪の意図を、お伺いせねば……」


 皇都と王国、それぞれに納得のいく説明と言い訳を用意する為にも、出来うる限りの情報を引き出す必要がある。

 領主がお忍び臨席しての、腹芸と真綿で包んだ訊問。果たして、俺の胃は持つのか?


 皇国の命運を左右しかねない、人生最大の山場に臨むべく、十分な気合と覚悟を奥底に認め、両の手で頬を強めに叩いた。




 嵐の方が遥かに可愛い、激甚災害に例えた方がよっぽどしっくりくる、二名の美しい天災を見送った後、俺は、執務室に引き返すと脱力感に支配された応接机に腰を落とした。


「王国に、一切の情報は流れていませんでしたね……、閣下」


「ああ……」


 言葉少なく、短い一言だけが返される。


「取り越し苦労……、だったと言う事でしょうか……」


「言うな……」


 肌に痛々しい沈黙が突き刺さる中、筆頭政務官の御老体が口を開く。


「ですが、これで全てが解決した訳では御座いませぬぞ、ムルブド様。実質、勇者様は存在されてしまって居られるのですから」


「ああ、そうだったな……。ヴェルダー!」


 強い口調で呼び掛けられた俺は、思わず顔を上げる。


「エングル辺境領領主として命じる。勇者様と巫女殿の二名を、彼女等の気分が害されない範囲で、監視と支援を行なえ」


「それは、対象に対してでしょうか? それとも、周辺に関して、でしょうか?」


「両方だ」


「畏まりました……。善処致します……」


 実力差から見て、確約は出来ない。そうとしか、答えようが無かった。







 ヴェルダーの、心労で心労を洗う心休まらない苦難の日々は、まだ始まったばかりだった…………。









え? 二章ですか?


30年以内に70%の確率で完成すると思われますので、

『何時かは来る』程度には頭の片隅で覚えておかれる必要は、御座いませんよ?




一応、書いてはいるんです。書いては……。

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