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私は異世界で百合の花園(ハーレム)を創ることにした。  作者: 虹蓮華
第1章「異世界生活を始めよう」
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本編1-21「クスハ曰く、『どうして物語の主人公って、問題物件に惹かれるのかしらね』」

 男性は……、ん? なんか、全身に変な靄が掛かってる?

 これって、幻惑魔法、なのかな?


 靄は直ぐに溶け込むように消えて、替わりに現われたのは、浅黒い灰色の肌をした、低めの身長に筋肉質の、尖った短い耳をした強面の男性だった。


 あ……。急いで看破能力を解除すると、私より頭一つ分くらい高い、日に焼けた肌色をした筋骨逞しい初老の男性に変化した。


 この能力、防衛機能としては最高だけど、今後日常生活を送る上では不便かも知れない。

 後で聖霊ちゃん達と相談して、調整するとしましょう。……それは今は置いといて。


 私が常発能力の出力について思考を捏ね繰り回している間に、おじさんと男性は会話を始めていた。


「おお、グラスウッドさんではないですか。丁度良い時に来られましたな。実は、この方達と、この屋敷に棲み付いた魔物の討伐に関して話し合っていたところなのです」


「な、なんじゃと!? お主、本気で言っておるのか!?」


 その言葉を聞くや否や、男性は大きく声を荒げ、怒鳴っていた。


「仰りたい事は分かります。ですが、今は落ち着いて下さい。この方々であれば、あの憎き魔物を倒す事が出来るのです!」


 しかし、おじさんも引いては居ない。寧ろ、更に白熱した様相を呈す。

 勢いに圧された男性は、たじろぎながらも私達を値踏みする様な視線を向けた。


「こんな処に森人族エルフが居るとは珍しい……ん? お前さん、まさか、エルガレム家の者か!?」


 ティアを捉えた目が見開かれる。


「となると、そっちのは……」


 男性が私に視線を移しかけたので、機先を制してその先を遮る。


「そんな事より! 話の流れからすると、若しかしておじさんが庭師さん? だったら、この家に住む幽霊について、幾つか聞きたいんだけど?」


「む? 聞きたい事じゃと……? お前さんに話す事など何も……」


「この家、悪霊と幽霊、二体棲んでるよね? それと、おじさん、何で幻術なんか自分に掛けてるの?」


 小声で、エマちゃんのおじさんに聞こえない様に耳元で話しかける。


 驚愕の表情を浮かべた庭師のおじさんは、「み、見えるのか……?」と呟いたので、私も、「ええ」とだけ答える。


 暫く目を忙しなく動かしていた男性だったが、ポツリと一言、


「ここでの立ち話もなんじゃ……。聞きたければ着いて参れ」


 それだけを残し、踵を返してさっさと立ち去ろうとする。

 私達はそれを目で追うと、素早くエマちゃんのおじさんに振り返り、


「おじさん! 後は私達の方で解決しておくから、購入手続きの方を宜しくお願いしますね!」


「え、ええ。吉報をお待ちしています」


手短に挨拶を済ませ、私達とエマちゃんのおじさんはここで別れた。




 庭師の男性の住宅は、歩いて直ぐの場所にあった。

 この辺の住居には珍しく、平屋の一戸建て。木造と見た目も相まって、非常に古い建物に見えた。


 中に入ると、これまた古めかしい、無骨な家具が並んでいる。

 調度品と云った類の物が一切無い、実に質実な空間だった。


「突っ立っとらんで、まあ、座れ」


 私達は、思い思いに目の前のテーブルに座る。

 庭師の男性は私達の前に飲み物を出してくれると、対面に腰掛けた。


「お前さん達は、あそこで何を見たんじゃ?」


「青い髪の少女と、真っ黒な悪霊」


 私か簡潔に答えると、男性は眼を瞑り、大きく溜息を吐いた。


「そうか……。あの子は、今でもあの家を守っていたのか……」


 呟くように発せられた台詞には、好意的な音色が含まれていた。


「それで、あの少女の霊と、悪霊について、知ってる事を教えて欲しいのだけど」


「その前に、一つ答えてくれんか。お前さん達には、儂がどの様に見える?」


 ティアと目配せし、同じモノが見えている事を確認してから口を開く。


「浅黒い感じの灰色の肌で、背は割りと低めだけどがっしりしてる。髪は、茶色と緑が混じっていて、森人族エルフの様な尖った耳をしてるけど、大分短い」


「貴方は若しかして、森人族エルフ山人族ドワーフの混血なのでは無いですか?」


 ティアの問い掛けに対し、


「その通りじゃ。混血自体が珍しいが、それでも地人族ヒュームとの間でなら偶に聞く。しかし、儂の場合は異質じゃ。森人族エルフ山人族ドワーフの血が半々で流れとる。そのお陰で、こんな見た目じゃ。そのまんまの姿じゃ、地人族ヒュームの中で暮らすのも困難じゃからの。魔法で見た目を誤魔化して住んでいるんじゃよ」


 苦笑いしながら、頭を撫で付ける。


「すまんが、悪霊の正体については何も知らん。が、その女子なら知っておる。知りたいのであれば、話そう」


「あれは、儂がお館様に拾われて10年程経った頃じゃったかな? 今から60年以上も前の話じゃ。一人の地人族の幼い少女が、侍女として屋敷に招かれた。これ自体は、別に珍しい事じゃない。あの少女は下級貴族の娘でな。次女か三女だったか忘れたが、家の危機を救ってくれた礼にと、お館様の下に送られたんじゃ。聞こえは良いが、所謂人質じゃな。お館様は、そう言った風習はお嫌いな方じゃったが、上級貴族という家柄もあり、断る訳にもいかず、渋々受け入れたんじゃ」


 ――他にも侍女は居たしの。今は知らんが、当時、下位貴族の息女が上位貴族の家で奉公するのは、慣わしみたいなもんじゃったからな――


「お館様も、非常に人が出来たお方でな、儂を含め、使用人一人一人に対してまでお心を配っておられた。儂の本当の姿を知って尚、森人族エルフとしての植物に対する適性と、山人族ドワーフとしての手先の起用さを買って下さり、庭師として迎え入れて頂いたくらいじゃからな。使用人は皆、尊敬しておったよ」


 ――儂ら全員の誇りじゃ――


「そんな恵まれた環境の中に居た彼女じゃからな、素直で優しい子に育っていったよ。どう云う訳か、あの子には魔法の才能があったんじゃが、儂の幻術を見破ったにも関わらず、その上で普通に接してくれたんじゃ。他の使用人とは殆ど話さなかったが、あの子とだけは向こうから良く話し掛けてくれたもんでな、暇な時は何時も話し相手になって貰っていたよ」


 口調は厳ついが、とても優しい目で過去を語る。が、それが一変する。


「全てが狂い出したのは、あの頃、今から50年とちょっと前からじゃな。人格者であられたお館様が、病に倒られての。医者の尽力も虚しく、まだお若くして亡くなられてしまった。皆は大いに嘆き悲しんだよ。しかし、その悲しみも、直ぐに吹き飛ばされてしまった……。あの、馬鹿当主の所為でッ!」


 急に感情を露にした庭師の男性は、しかし直ぐに荒い息を整えて、再び語り出した。


「すまんな、取り乱してしもうて……。それでじゃ、お館様の亡くなられた後継として、親戚筋から一人の男がやって来たんじゃが、これが途んでもないロクで無しでの。金に女にだらしがない、最低最悪の人物じゃった。最初は、外から毎日別の女を連れ込んでいたんじゃが、何時からかその中から数人を女中にしての、そればかりか、これまでの使用人にも手を出し始めたんじゃ」


 ――それはもう、見るに耐えん醜悪なものじゃった――


「容姿の気に入らん女使用人には、公然と虐遇して追い出し、反抗的な男使用人も全員解雇。気に入った女使用人で反抗的な者は、家格を笠に着て次々と毒牙に掛けていきよった……。丁度その頃、あの娘も成人を迎えたばかりだったのじゃが、地人族ヒュームの醜美の分らん儂でも美しいと理解出来る程の娘に成長しておっての、侍従長として活躍しておった。常であれば真っ先に狙われても可笑しくなかったんじゃが、あの娘の家もそこそこ力を増して来ていての。そうおいそれと手出し出来んかったのは、運命の悪戯なのか……」


 ――じゃが、それは決して、あの子にとって幸運な事ばかりでは無かったのじゃ――


「半年ぶりに見たあの子は、自分に認識阻害の魔法を掛けておった。儂と同じヤツじゃな。見ただけで真似するとは、大した娘っ子じゃよ。っと、話が逸れたな。どうやら、自分の顔を徐々に醜いモノに変化させていっていたみたいでの。何時の間にか、クソ当主の奴はあの子を冷遇するようになっておった」


 聞いていて非常に胸糞の悪くなる思いだったが、押し黙って続きに耳を傾ける。


「貴族社会も面倒くさくての。奇しくも人質としての価値が高まってしまったあの子は、生家に送り返される事も無く、飼い殺しされる羽目になってしもうたんじゃ。更に半年後に目にした時には、酷く痩せ細っておった。気になったもんで、顔見知りの執事に聞いてみたら、地下の倉庫に寝泊りさせ、半ば幽閉状態だと言う。しかも、食事もまともな物が用意されず、本人も敢えて水しか口にしていなかったとも言うではないか! あんな下衆であっても、当主は当主じゃ。アレには従えなくても、家に対しては恩義があったんじゃろうな……。文句の一つも漏らさず、耐えていたそうじゃ……」


 奥歯を噛み締める音が聞こえた――気がした。

 沈黙が痛いと感じるなんて、思ってもいなかった。


 男性は、大きな息を一つ吐く。


「次に屋敷を訪れた時、同じ執事からあの子が亡くなったと聞かされた。場所は地下室、死因は病死として扱われたが、あれは間違いなく空腹に因る衰弱死じゃろ。残念で仕方が無い。嘆かわしい事じゃ」


 ――それから暫く経ったある日、最悪の事件が起こった――


「あの最低当主、金の為に特級禁止薬物である、【魔香】の製造に手を出しておったんじゃ。それが明るみに出ての。本家も傍系もひっ包めての大騒ぎじゃった。家筋全ての取り潰しは確定じゃったが、なまじ上級貴族の家柄だったのが災いしての、当主は沙汰が出るまで謹慎を命じられたんじゃが、半狂乱になって、次々と屋敷に居る使用人を殺害していったんじゃ。これは儂の推測じゃが、恐らく誰かが密告したと思ったんじゃろうな。騒ぎを聞きつけた騎士団に捉えられた当主は、即刻、処刑された――」


 これが、儂の知る限りの当時の出来事じゃ。悪霊は若しかしたら、あの時殺された者の怨念かも知れんの――そう、締め括った。




 随分と、気分の悪くなる重い話を聞いてしまった。

 しかし、大方の事情は理解出来た。私と対峙した時に見えた、悲しそうな目も……。


 あれは、この世の全てに嘆いて、絶望して、諦めている冷めた目だ。

 良く知っている目なんだよね……。前生で私が毎日していた目、そのまんまなんだ。

 それに気付いちゃったら、放ってなんて置けないでしょ……。


 魔法に長けた優秀なメイドさん。仲間に引き入れたらとても面白そうだ。


「ティア、今から乗込むわよ」


 ガタリと音を立てて、態と勢い良く席を立つ。

 呆れたと言わんばかりの大きな溜息を吐きつつ、ティアも流麗に立ち上がる。


「お邪魔しました。それと、辛い過去を話して下さり、有難う御座いました」


ペコリと軽い挨拶を済ませ、玄関の扉に手を掛けたところで、庭師のおじさんが声を掛けてきた。


 「待ってくれ! 儂が言えた義理では無いかも知れんが、若しあの娘がまだお屋敷に囚われているのだとすれば、どうか、解放してやって欲しい……」


 机に手をついた状態で腰を上げ、真っ直ぐに此方を見つめて来る庭師の男性に、


「勿論、言われなくても」


「お任せ下さい」


 お互い、其々の笑顔と表現で返し、家を後にした。


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