本編1-15「頭隠して、全身隠せて居なかった」
さて、思わぬ娯楽に時間を奪われてしまったが、本来の用途を忘れては居ない。
試験運用には合格したので、次は実地にて試用してみる。
魔獣を持ち上げゆっくりと台車の上に降ろすと、少し軋みながらも潰れる事無く、確りと支えてくれた。
取っ手を掴み引っ張って見ると、重みで鈍いながらも移動可能なことを確認出来たので、一先ずこれで完成とする。
1人で運ぶのは骨が折れるので、ティアにも手伝ってもらうべく反対側にも取っ手を誂え、私が引いてティアに押して貰う形で領都へ向けて進発した。
途中で街道に合流し、舗装された道を疾走する私達。
時刻は昼をやや過ぎた頃合だった為、街道を往く人々は領都へ向かう者が殆どだったが、郊外へと赴く人は正面から迫る巨大な影に気圧され道を空け、領都を目指す人々も背後からの台車が疾走する雷音に驚き先を譲ってくれた。
いやー、申し訳無いっすね。
一応全ての人にすれ違い様にお礼は述べて置いたが、正直、皆一様にして驚愕に満ちた表情をしていたのには、心の中で笑ってしまった。
急いだお陰で、まだ日が高い内にエングリンドへ到着。
警備を刺激しない様、街の影が見えた辺りからは速度を控えたので、何も問題は無い筈だ。
抜かりは無い。
悠々と普通窓口のある列へと並んだのだが、こちらに気付いた守衛さんの顔が見る見るうちに強張っていくのが見て取れてしまった。
その人は詰め所の中から二人の兵士さんを呼び加えて、こちらにやってきた。
「おい、これは一体何だ」
衛士A(仮)が毅然とした態度で尋ねてきた。
「何だと言われましても、魔物の死体です」
「なっ!? これが、魔物の死体、だと?」
こんなデカイの、見た事無いぞ……。衛士Aの後ろで唸るように呟く衛士B。
「ということは、お前達は冒険者か?」
「ええ、そうです。これが冒険者証です」
そう言って証板を見せる。
それを見た衛士Aは顔を曇らせた。
「この証板を見た限り、お前はまだ見習いのシンガのようだが?」
「それが何か?」
「何か? では無い。見習いがどうして、こんなおぞましい魔物を、幾ら死体とは云え、そんな物を運んでいるんだ?」
ちょっと視線が険しい気がする。少し面倒くさいな。
ここは正直に話しますか。
「私が斃しました」
「お前が? 馬鹿を言うな」
静かな口調ながら、明らかに怒気を孕んだ声で怒られてしまった。
「お言葉だけどね、見習いが皆弱いってのは偏見だよ。誰でも最初は見習いからだって言うから、シンガの証板を持ってるに過ぎないんだ」
私も負けじと、瞳に力を込めて言い返す。
今日でダブレに昇格するのは確定してるしね。ポンッと薬草袋を一つ叩きつつ、言葉を付け足す。
そんな私の態度が功を奏したのか、衛士Aは硬い表情のまま、衛士Cに指示を出す。
「おい、冒険者協会へ行って、試験官殿を呼んで来てくれるか?」
呼ばれた衛士Cは一度ビクリと体を震わせた後、「は、はい。分かりました」それだけを搾り出し、街の中へと走って行った。
それを見届けると、衛士Aは私達に列を離れるよう促し、詰め所の横まで連れてくると、「しばしここで待て」
固い口調でそう告げ、少し離れた場所で立哨の姿勢で監視に入る。
暇になってしまったので、所在無く『試製マンタ』に腰を下ろすと、一緒に横に座ったティアが呆れた視線を向けてきた。
「クスハ。貴女は一体何を考えているんですか? 馬鹿なんですか?」
「馬鹿とは失敬ね。私は自分が正しいと思った行動をしたまでよ」
「それでも、です。あのまま好からぬ方向へ話が進んでしまっていたら、どうする積もりだったんですか?」
「ま、まぁ? その時は? その時に考えれば良い事だし? それに、この国の兵士さんとか、見た目は厳しいけど話が通じそうな人が多そうだったから、何とかなると思ってたのよ」
「本当ですか~?」
大変疑わしそうな目で見つめて来る彼女。
ヤメテ、そんな可愛らしい目で私を見ないで! 心の中で悶えていると、ティアが心外な言葉を続けた。
「あの場では、私の“巫女”としての立場を使って切り抜けるのが最善でした」
それが嫌だったから、そうしなかったんだけどな……。
この際、ハッキリさせときましょう。
「そりゃ、確かに、ティアの持っている力を全て使えば、大抵の事は何とかなるかも知れない。けどね、それじゃ私が納得出来ないんだ。ティアには色々と手伝って欲しいし、支えても貰いたいし、甘えたいとも思ってる。でも、それだけじゃ駄目で、お互いが対等な立場で支え合える関係で居たいし、頼って欲しいとも思ってる。その為には、使って良い力と使っちゃいけない力を選ばなくちゃいけないのよ」
彼女の手に私の手を乗せる様に添えると、瞳の奥に語りかける。
「もし貴女が “巫女”としての力を使う時があるとすれば、それは私が 、“勇者”としての力を使う時が理想だと考えているわ」
私の自分勝手な言い草を真剣な表情で聞き入ってくれていた彼女は、私が言い終わると噛み締める様に数度頷いた後、
「クスハの考えは分りました。私の方こそ、軽率な発言をしてしまい、申し訳有りませんでした」
頭を下げようとするティアを慌てて止める。
「いえ、謝るなら寧ろ私の方よ。私の我侭に付き合わせてしまった所為で、貴女に余計な心配をさせてしまったんだもの。ごめんね。それと……、ありがとう」
「ふふっ、どう致しまして。若し、クスハが皇国を去ると云うのであれば、その時はどこへだってお供致しますよ」
嬉しい事を言ってくれるじゃないの……。
思わずその場で抱き締めたい衝動に駆られたが、実行に移す前に私の膝の上で丸まっていたタマモが、暇そうな鳴き声を上げた事で引き留められてしまった。
「あら。勿論、貴女も一緒よ?」
ティアと二人で笑いながら、思い思いにタマモと戯れて暇な待ち時間を遣り過ごした
待たされてから1時間程経った頃、漸く衛士Cが一人の壮年の男性を引き連れて戻って来るのが見えた。
衛士Cは衛士Aの元まで歩み寄ると、衛士Aは姿勢を正し、男性を含めた三人で幾つか遣り取りを交わしていく。
話が終わると、衛士Aに替わり衛士Cが立哨に立ち、衛士Aが男性を伴いこちらに向かって歩いてきた。
男性の身なりは軽装であったが、安物では無い。纏う服全てに防御魔法が掛けられている。
顎に生えている不精髭も、自然と似合って見える。
流石は、冒険者協会の試験官といったところか。
男性は『試製マンタ』に積まれた荷物を視認すると、驚きの声で目を見開く。
「兵士の話から予想は出来ていたが、まさか本当にフーガポーテストモルスとは! しかも、一頭丸ごとを見るのは初めてだ……。失礼だが、君達がコレを?」
魔物の死体を指差しながら尋ねて来た男性に対し、
「ええ、私達で狩った獲物よ」
そう答えながら、二人して立ち上がる。
態とらしく胸を張ってみせると、
「そうか……」なんて呟いて、顎に手を当てて考え込む仕草をした後、
「私は試験官のヴェルダーだ。君達には幾つか質問に答えてもらう」
男性は確かに喋っていた。が、同じ声でそれとは別に、
――(「本来、フーガポーテストモルスは、一般的な冒険者が一人や二人で倒せるような魔物では無いのですよ」)
耳を通さず、直接語りかけてきた。念話か!
――(「どういう事ですか?」)
回線が繋がっている為か、こちらからも思念を返すことが出来た。
――(「この魔物は、人間種が対処不可能とされる、脅度7。一般的な範囲で最強の冒険者であるヘクサですら、遭遇すれば死は免れない強さなのです。それと、口頭での会話は形式的な物なので、合わせて頂けると助かります」)
一瞬、思考が固まる。
はい? この人は、今何と?
コイツって、そんなに強い魔物だったの?
確かに、強かったけれども……。
あの、木々を圧し折りながらも一直線に突進する様には、恐怖を感じたけれども……。
それでも、この世界での魔物の、中くらいだとばかり思っていた。
この世界の強さ基準とのズレを改める必要があるだろう。
「君達は、この魔物をどこから持って来たんだ?」
――(「この魔物って、有名だったりしますか?」)
フーガポーテストモルスをさも珍しそうに、表面を触りつつ調べる素振りを見せる男性に、念話を通じて会話を続ける。
――(「と、仰いますと?」)
――(「誰でも見れば判るか? という事です」)
――(「見るだけで判る者は殆ど居ないでしょう。何せこの魔物は、冒険者の間でも幻の魔物として扱われています。ミルド樹海の奥深くに極少数だけが生息し、そこに辿り着くだけでも非常に困難、ましてや遭遇などしようものなら、全滅は必至な化物なのです。文献で知っては居ても、実物を見た上で生きている者はこれまで一人として居りません……」)
そこまで語った男性は、一つ息を吐き出すと、スッとティアの方へ視線を流し、
――(「流石は、聖霊の巫女様とお連れの方、と云った処でしょうか。それとも、“勇者様”とお呼びした方が宜しかったですか?」)
どこか困ったような、苦笑いを堪えているような顔で、爆弾を放り投げてきた。
――(「どうして、それを……?」)
努めて平静に返してみたが、無理だったかも知れない。
男性はそんな私の大根っぷりに表情を僅かに緩めた後、
――(「簡単な事です。数日前にこの街に巫女様が来訪し、滞在されている事は上層部では周知の事実ですよ。従者の方も含めてね」)
言われて見れば、尤もな話だった。
街に入る際、特別手形を得意気に提示していたのは何処の誰だったか……。
あ、はい。そうですよね。国防や諜報って、そういう事ですよね。
しかし、ここは一つ訂正しておかねばなるまい。
――(「私は“勇者”なんかじゃないですよ」)
「ミルドの森です」
私の言葉が余程意外だったのか、男性は初めて大きく顔を動かす。
――(「 “勇者様”ではない? 失礼ながら、貴方はフーガポーテストモルスを倒せる程の実力をお持ちなのに、ですか? 巫女様と供に行動をされているのに?」)
――(「そこはそこ、それはそれ、です」)
――(「……理由をお聞きしても?」)
――(「目立ちたく無いからです」)
簡潔過ぎる答えに、再び男性の表情が揺れ動く。
――(「目立ちたくない、ですか?」)
――(「そうです」)
――(「まさか、本当にたったそれだけの理由で“勇者様”を名乗られないのですか?」)
――(「先程も申しました様に、私は“勇者”なんかじゃありません」)
沈黙がお互いの脳を支配し、視線だけがぶつかり合う。
ふっ……ふふっ。微かな笑い声を漏らし、静寂を破ったのは男性の方だった。
「では何故、この街まで運んできた?」
――(「そこまで頑なに否定されるのでしたら、そう言う事にさせて頂きましょう。ですが、貴方は先程目立ちたく無いと仰いましたが、魔物を一頭丸ごと街に持ち込むという、非常に目立つ行為をされたのは何故ですか?」)
「珍しい魔物だったので、協会に調査を依頼しようと思いまして」
――(「魔物は武具の材料や珍味として需要が有ると聞いたので、どうせなら丸ごとの方が高く買い取って貰えるかな……と」)
男性が想像だにしていなかった答えなのだろう。
ほんの数瞬だったが、口を開けて固まってしまった……。が、直ぐに気を取り直した様だ。
「む……そうか。シンガとは思えん立派な心掛けだ」
――(「そ、そんな理由で、ですか?」)
「冒険者として、当然の事をしたまでです」
――(「大事な理由です」)
「では、冒険者協会の権限に於いて、通行を許可する。速やかに協会まで運んで欲しい」
――(「若し宜しければ、この魔物は協会で買い取らせて頂きたいのですが、如何でしょう? 勿論、相応の報酬は支払わせて頂きますよ」)
「班長殿も、それで宜しいですね?」
私に念話を送りながら、器用に振り返って班長と呼ばれた衛士Aに確認を取る男性。
「し……ヴェルダー殿がそう仰るなら、我々に異論はありません」
突然話を振られた衛士A(班長)は、言葉に詰まりながらも男性の決定に同意する。
「ご協力感謝します」
事務的な笑顔で衛士さんに謝辞を述べた男性は、こちらに向かい、
「それでは、私は一足先に協会へ戻るので、道中気を付けて運ぶように。それと、そのままでは市民を驚かせてしまうでしょうから、私が《幻像》を掛けて置きましょう」
男性が荷台の積荷に手を翳し、魔法を詠唱すると、フーガポーテストモルスが薄い靄に包まれたが、直ぐに見えなくなる。
霧散した訳では無い。
魔法は確実に掛かっているが、私の目がその効果を即座に無効化したのだと、直感した。
実際、それを間近で見ていた衛士の人達は驚きの声を漏らしていたし、どんな風に見えているのか気になったので抵抗を解除してみたら、飼葉の山が聳えていた。
幻惑魔法、理屈は判らないけど、使えたら相当便利ね。
(聖霊系魔法とは別系統の魔法なのかしら?)
今の私には使え無いけれど、何れは使えるように練習してみても良いかも知れない。
しかし、私が今するべきは、魔物を協会まで持って行く事である。
魔法の掛かりと効果を確認した男性は、
――(「その魔獣なのですが……、お手数をお掛けしますが、お持ちの際は協会の裏手の方にお願い致します」)
それだけを言い置いて、足早に去って行ってしまった。
あの男性、やけに堂に入った立ち居振る舞いだったな。
あの言動から察するに、唯の試験官じゃないのは確かだけど……、ま、どうでもいいか。
漸く解放された私達は、堂々と門を潜り抜け、冒険者協会の裏門へと急ぐ。
裏口を指定された事もあり、夕飯の買い物客でごった返す目抜き通りを避け、比較的幅広の裏道を選ぶ道すがら、ティアに今日得た教訓を伝えた。
「ティア。協会に着いたら、貴女の分の冒険者証も作るわよ」




