本編1-14「未知の道具を造るのは楽しい」
私達は、穏やかでない平和な川下りに身を委ねる。
小窓から外を眺める為に身を乗り出すと、頬に気持ちの良い風が当たり、密林の木々が風に流されるように過ぎ去って行く。
自転車を早めに漕いでいるかの様な風圧はとても心地良く、景色をずっと眺めていても飽きることは無い。
電車やバスに乗っている時、沈黙が我慢できない人とそうでない人が居ると思われるが、私は後者だ。
ずっと見ていられる。
「きゅ~ん」
何も考えずに流景観賞に耽っていると、足元を突く者が居た。タマモだ。
彼女の顔からは、詰まらなそうな、そして、構って欲しそうな要求を感じた。
「『遊んで!』だそうですよ」
ティアが態々翻訳してくれた。
私は彼女達を放置してしまった事に心の中で反省すると、先ずタマモを抱き上げる。
「無視しちゃってごめんね。一緒にお外で風に揺られましょうか」
「みぃ!」
嬉しそうな声が返ってくる。
「ティアも一緒にどう?」
「お供します」
タマモ程では無いが、彼女も満足そうに頷いた。
舟の甲板には多少の余裕はあるので、小屋の木材を一本引き抜き、長椅子を《創造》で造り固定する。
背凭れと肘掛はちょっと深め。
そこに二人で並んで座り、タマモを膝上に抱く。
最初からこうすれば良かった。
二人の間に、特に会話がある訳では無い。
ただ、時折「風が気持ち良いね」「そうですね」の様な、他愛無い短い遣り取りが数度行なわれては、再び沈黙が場を包み込む。
しかし、不快感は一切無い。
二人で同じ時を共有している実感こそが、何よりも楽しくて嬉しい。
膝の上で丸まっているタマモも、気持ち良さそうに撫でられている。
河の奏でる激しいせせらぎを主旋律に、舟と水流がぶつかる事で発する波音と、森から微かに届く鳥や獣の鳴き声が複雑に絡み合い、鮮やかな自然が不協和音となって船旅を彩ってくれた。
やがて日は梢の稜線の向こうへと消え行き、空が茜色に染まり出す。
私達は夕焼けに照らされた森をおかずに簡素な夕食を取ると、夜風を凌げる小屋の中へと引き返したのだった。
窓から直接差し込まれた朝日に顔を叩かれ、目を覚ます。
ティアも丁度今、起きたようだ。タマモは私のお腹の上でまだ眠っている。
彼女をそっと退かすと、二人並んで洗顔の為に外に出る。
河は平野をゆったりと流れていた。
眠っている夜の間に森を抜けていたようで、水面幅は倍位まで拡がり、流れは駆け足程度にまで落ち着いている。
後方を見遣ると、高い山陰は朧気ながら薄っすらと確認出来るものの、森を形作っていた木々は既に視界に無い。
僅かな勾配だけを見せる広大な草原がどこまでも続いており、その中を直線に近い緩やかな曲線を描きながら舟は進む。
水面に反射する朝日はとてもキラキラしていて綺麗だったが、その分眩しい。
長時間外に居ると色々とお肌とかにも悪そうだったので、朝食は小屋の中で食べる事にした。
その後も、外の様子を伺いつつ、其々が思い思いに室内で過ごす。
日の光が窓枠の下に集中しだした頃、河は新たな表情を見せる。
周辺の平野は若干ながら起伏を増してきていて、それにつられて河の蛇行も深くなってゆく。
領都を上空から眺めた時、目の端に映った地形を思い起こさせた。
「ティア、どうやら街に大分近づいたみたい。ちょっと空から確認して来るわ」
それだけを告げると、ヒラリと空中へ舞い上がる。
舟が豆粒以下の大きさになるまで上昇すると、眼下には穏やかな丘陵地帯を一望する事が出来、一本の大きな河がその中を右へ左へと縫ってゆく。
その先へ視線を向けると、割と直ぐに見つける事が出来た。
河が一際大きく曲がりくねっている一帯に建設され、大きな河と高い城壁に守られた美しい皇国東南の要、エングリンドだ。
相互の距離感を大雑把にだが把握すると、流れに身を任せるだけで進んでこれた快適な船旅を惜しみつつ、終点が近い事を伝えに戻った。
「ただいま。もう少し進むと拓けた場所に出るから、そこで舟を降りましょう」
船上の小屋に入ると、ティアに今日のこれからの行動について告げる。
「え? このまま、街の直ぐ傍まで行くのではないのですか?」
「いや~、そうすると、変に悪目立ちしそうじゃない? それにこの舟、陸に揚げて再利用する積もりだから」
「成程。そう云う事でしたら、人目は避けるべきですからね」
そう、舟はこのまま“舟”として放置する訳ではない。魔獣を運ぶ台車になって貰わなければ。
当然、《創造》の力で荷台車を造るので、衆目がある場では困るのだ。
そんな訳で、河の流れが一段と緩やかになった辺りで舟を接岸させる事にした。
先ず、積荷である魔獣を下ろし、次いで舟を引き上げる。
最初は普通の四輪の台車を考えたが、筏が沈んだ時の事を思い出す。
重さで台車が砕け散ろうものなら、ちょっとやそっとでは立ち直れそうに無い。
「ティア、ちょっと石を集めたいから、手伝って貰える?」
「ええ、構いませんよ」
彼女も、私が今度は何をするのか興味があるようだ。
ティアには両手に収まる位の大きさの石を担当して貰い、私はそれより大きい岩を探す。
川辺と云う事もあり、思いの外早く集められたのは幸いだった。
舟を解体して出来た木材の山と、調達した石材の山を前に、《創造》の力にて作業を開始する。
木材は、直径15センチ、厚さ3センチの板に全て再構成。
石材は直径10センチの車輪と車輪受けへと加工し、板に取り付ける。
それらを、板の角を丸く変形させてから輪っか状の石で繋ぎ合わせ、次々と固定してゆく。
長方形に並べられた板車は、横6メートル、縦9メートルにも及ぶ巨大な物であった。
私は想像した通りに動くか試すべく、実際に乗ってみて調べる事にした。
丘と言うほど高低差は無いが、それでも他より小高くなっている地点を見つけると、台車をそこまで運んでゆく。
頂上まで辿り着くと、勢いを付けて台車を押し出し、急いで飛び乗る。
台車は車体全体をうねらせながら、地面に這うように斜面を滑り降りた。
車輪の回転は鈍かったものの、それでも止まる事無く坂を下りきる事に成功したのだ。
これで、多少の勾配や段差を乗り越えて大きな物を運ぶことが出来る。
乗り心地は最悪だったが、荷物専用ならこれで充分だ。
人を乗せる場合、車輪受けの軸にゴム等の緩衝材を組み込んでみたり、椅子を設置したりすれば実用にも耐えられると思われる。
一人満足に耽っていると、様子を伺っていたティアが駆け寄ってきた。
「これはまた、面白いものを作りましたね。私もちょっと乗ってみても宜しいですか?」
「みぃ! みぃ!」
タマモも興味津々のようだ。
「えー、仕方ないなー」
私はそう言いながらも、ノリノリで台車を丘の上まで運ぶ。
結局その後、30分程三人で丘すべりを楽しんでしまった。
尚、この台車は、【多輪漕艇式台車『マンタ』】、その試作第一号、『試製マンタ』と名付けることにした。
名前の理由としては、台車が大地の上をウネウネと這うように移動するのを見て、オニイトマキエイが泳ぐ様を連想したからだ。
どうせ付けるなら、綺麗だったり、格好良い名前の方が良いからね。




