本編1-11「はじめての本格戦闘」
2018/07/06
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聖霊の森に入り、あともう少しでティアの家に辿り着こうという頃になった時、突然森全体を巨大な衝撃が襲った。
頭上をジャンボジェット機が通り過ぎたかの様な轟音と衝撃に、咄嗟に耳を塞ぐ。
聖霊の森内部の大気がビリビリと震えているのを心の底で感じる。
そこで違和感に気付く。
これ、物理的な衝撃じゃない。魔力の衝撃波だ!
急いでティアの様子を伺うと、彼女は青褪めた顔で身体を抱いて震えていた。
「ティア、大丈夫!?」
私が叫ぶような声と共に慌てて近づき抱き寄せると、少し落ち着きを取り戻したものの尚も震えた声で、
「クスハ、結界が! 結界が!!」
私の胸に抱かれながら、今にも泣き出しそうな顔と声で私を見上げ、それだけをなんとか絞り出した。
何か良からぬ事が起きている……。
私が事の重大さを察すると同時に、聖霊達が一斉に飛び出してきて警告を発する。
「お姉ちゃん、大変よ! 結界に罅が入ったわ!」
「あと一回、同じ攻撃があれば、穴が開いちゃう……」
攻撃!?
「スイ、これは攻撃なのね!?」
「そうだよ。これは魔物による攻撃……」
スイに聞いた質問を、何時に無く真面目なフウが代わりに答える。
「いずみのまりょくをねらってるの」
ミコトですら可能な限り早口で話そうとしている。
余程の緊急事態ということだろう。
その時、二度目の衝撃波が駆け抜けた。
初撃ほどの威力は無かったのか、今の一撃で結界が破られる事は無かったが、
「マズイわ。今ので小さいけど穴が開いた。次の攻撃には耐えられない……」
ホムラの報告を受けて、時間に猶予が無い事を悟る。
「場所は分かる?」
「「ここから北東!!」」
聖霊達の同時の叫びと同時に、私とティアは《水蒸気ジェット》を最大まで噴射させて現場に急行した。
最大戦速で向かう途中で、三度目の衝撃波と同時に、私の心を冷たい風が吹き抜けるような嫌な感覚に襲われる。
結界に穴が開いたのだ。
幸い、《水蒸気ジェット》のお陰でもう目と鼻の先まで迫っている。
体がギリギリ耐えられる範囲で、空気抵抗を利用して急停止する。
ううっ……、キモチワルイ。内臓がひっくり返りそうだ。
そんな体調の不良は無理矢理《治癒》で押さえ付け、結界が破れた地点と泉の直線上に移動し、闖入者に向けて視線を落とす。
すると、時折バキバキと木を圧し折る音を伴いながら、巨大な何かが物凄い速さで近づいてくるのが見えた。
ナメた真似してくれるじゃないの……。
私は疾走する黒い影に向かって、高位魔法でも上位の《業火球》を放った。
火球は真っ直ぐ対象に飛んでいき、着弾。魔物は一瞬で蒸発――するはずだった。
魔物は火球が炸裂する瞬間、突進の勢いそのままに、かわして見せたのだ。
ゴウッと火柱を上げて燃え盛る後方を一切気にする事無く、さらに猛進を続ける。
業火球が着弾した地点には、直径10メートルの焼け跡が残るだけだった……。
外れた事も悔しいが、威力的に乱発する訳にもいかない。
仕方が無いので、私達は魔物の前方に降り立ち、一斉に魔法を放った。
ティアは足止めを目的として、【地属性魔法】――《蔓縛鎖》を。
私は、【水属性魔法】を応用して《氷柱突撃槍》を3本生成し、投げつける。
しかしソイツは、《蔓縛鎖》が絡みついたそばからいとも容易く引き千切り、木々を縫って横から襲い掛かった《氷柱突撃槍》を弾き飛ばし、私達すら意に介さず直進してくる。
このままでは直撃を喰らってしまう……。
咄嗟に私は、【高位地属性魔法】――《城壁》を展開する。
『ドゴォォォォン』などという巨大な鉄の塊が高速でぶつかったような衝撃と轟音を辺りに撒き散らし、通常の物より遥かに圧縮強化された《城壁》に阻まれたコイツは、漸くその進撃を止めた。
姿を確認したティアが叫ぶ。
「嘘……、フーガポーテストモルス!?」
その魔物は、猪を思わせる体躯に針の様な浅黒い毛を纏い、尻尾が蛇になっていた。
顎からは長い牙が象牙のように生えていて、見る者に威圧感を与える。
だが、一番の特徴はその大きさだろう。
全高5メートル、尻尾も含めた全長だと15メートルもあろうか。
尻尾は蛇どころか、大蛇なんですけど!?
「あ……、え……?」
想像だにしなかった怪物を前に、魔法を唱えた時の姿のまま固まっていた私に声が飛ぶ。
「クスハ! 突進が来ます!」
ティアが叫んだと同時に、魔獣は数歩下がり、目の前の壁に突進を仕掛ける。
『ズドンッ!』
重い音を響かせて、《圧縮城壁》が軋む。しかし、二度目の衝撃に耐え切る。
壁の存在に『グルルルウ』と唸ったソイツは、しかし、次の瞬間には方向転換し、壁を迂回してまた凄まじい速さで走り出した。
「は? まさかコイツ、知恵まで回るの!?」
壁を迂回された私達は、急いで後を追う。
なんとか併走できるまで追い着いた私達だったが、
ティアは《飛行》を解除し、木々を飛び移って矢や魔法を射掛けるも、硬い針毛にはまるで通用していない。
私は私で、《飛行》を維持したまま森を滑るように移動しつつ、魔法を投げ付けるが、森への影響を考えて威力を抑えた魔法ではやはり体毛に傷を付ける事すら出来ない。
ティアが何度目かの《真空斬》を放ったが、これまでと同じく弾かれてしまった。
その間にも、フーガポーテストモルスからの尻尾(蛇)を使った攻撃が二人に襲い来る。
聖霊回路がまだ繋がっているお陰で、ティアも私もミコトが張ってくれる瞬間的な《防壁》で守られていて今の所無傷だが、このままではジリ貧だ。
何より、私にとっては辺りが既に真っ暗なのが心底厄介だった。
ただでさえ昼でも薄暗い森の中。
かろうじて夕日の残光が差し込むものの、日は完全に沈んでおり、灯としては役に立たない。もう少しで完全な闇が訪れるだろう。
ティアや魔獣はそんな薄闇の中を自在に動けているようだったが、私にはそんな機能や能力は無い。
高速で暗闇の森の中を飛行するだけで、ゴリゴリと精神が削られていくようだ。
そんな最中でも魔物の動きを止めるべく魔法を放つが、命中すらしなくなる。
焦りは集中力を欠けさせ失敗を誘発し、失敗が更なる焦りを生み出す。
木々が薙ぎ倒される音だけが延々と木霊すように鳴り響き、音が世界を支配する中、悪循環に囚われつつあった私の肩が不意に掴まれる。
「クスハ、落ち着いて下さい。貴女には、聖霊様と《創造》の能力があるじゃないですか!」
鼻同士がくっ付きそうなほど近い距離で、力強い瞳が私を覗き込む。
その瞳を受け取った瞬間、私は現実を思い出す。
ああ、私、何してたんだろう……。こんな簡単な事も忘れていたなんて……。
思わず自虐的な笑みが零れるが、しかし、それを直ぐに自信の笑いに変える。
「ありがとう、ティア。助かったわ!」
それだけを伝えると、強大な魔獣を倒す手段を考える。
現金なモノで、自信を取り戻してからは倒すだけで無く、倒す方法すら考えられるようになっていた。
「フウ、《飛行》の全制御を任せても良いかしら?」
先ずは、思考に集中する為に《飛行》の全てを丸投げする。
『勿論だよー』と答えるフウの声は、どこか嬉しそうだ。
心が落ち着きを取り戻すと、これまで聞こえていなかった聖霊達の声も聞こえてくる。
他の三人の聖霊達も、それぞれが安堵の声を漏らしていた。
(心配掛けてごめんね、みんな)
そう心の中で呟いて、案を検討していく。
折角の特大の獲物だ。魔物は狩ればお金になるとの事だったので、可能な限り状態を維持したまま仕留めたい。
そうすると、高威力な魔力放出系や焼却系は魔物自体を消滅させかねないので却下だ。
物理系であれば消し飛ばす心配は無いだろうが、私の今の身体能力では限りなく不可能に近いだろう。
一部、反則的な威力のある物理系宝具はあるにはあるのだが、出来れば今回は使いたくない。
何故なら、魔物と一緒に周辺の木々も吹き飛ばしてしまうからだ。私の個人的な感情として、出来る限り森に被害は出したくない。
細心の注意は勿論払うが、ティアが巻き込まれる最悪の事態を避けたいのも大きな理由だ。
周りに一切影響を与えず、命だけを刈り取る武器……。
頭を捻っていると、一つだけ思い付いたのがあった。
「現状、これが最適解ね、うん」
一人で勝手に納得すると、実行に移す。
「ティア、少しだけ離れていて」
そう告げた私の目を一瞬確かめた後、
「お願いします」とだけ答えて戦線を離脱した。
◆
私は一度森の上空に出て魔物を追い越し、進行方向の少し先に位置取る。
空には既に二つの月が浮かんでいて、とても綺麗だった。
二つとも満月という珍しい日であった為、夜にしてはとても明るい。
「今日がこんなにも明るい日だったなんてね……」
暗闇で曇っていた目を細めて見上げる。
雲一つ無い月明かりと星空の中、私の心も晴れ渡っていた。
「さて、始めますか」
自分に言い聞かせるように呟くと、利き手に魔力を集中させる。
これまでにない膨大な魔力が、バチバチと音を鳴らしながら集まっていくのを感じる。
自分の持つ魔力だけでなく、まるで森全体からも吸い上げているかのようだ。
異常な雰囲気を感じ取ったのか、フーガポーテストモルスは一瞬速度を落とした後、逆に雄叫びを上げながら、更に速度を上げて突進してきた。
私はその様を睥睨しながら、“死”を宣告する。
《創造》――『ゲイ・ボルグ』――
左手に握られるは、死に向かい因果を反転、収束させて仕留める必殺の魔槍。
私はそれを有りっ丈の力で投擲する。
「いっっっけぇぇぇぇーーーーーーーーーーっ!」
魔槍は一瞬で音速に到達し、更に速度を上げて魔獣に向かって降翔する。
森に入っても尚、加速し、物理法則を無視した軌道を描きながら木々を縫って魔獣に襲い掛かる瞬間、脳天から突き刺さるはずの魔槍は、魔物の心臓である魔核への最短距離を貫いていた。
魔核を破壊されたフーガポーテストモルスはその場で絶命し、激突した木々を数本巻き込みながら倒れ伏した。
死んでいるのは確実だが、念の為用心しながら死体に近づく。
改めて近くで見てみると物凄くでかい。こんなものと戦っていたなんて、我ながら驚きだ。
ちょっとした興味で触って見ると、鋼鉄の様に堅い毛並みは獣その物だったが、動物としての温もりみたいなのを死んだ直後なのに全く感じない。
魔物と云う異質な存在を、手の平を通して意識させられた。
今の私ならもう何回か倒せるだろうが、正直二度とやりたくない。物凄く疲れた……。
それに、私は世界最強の能力を持っているが、それを扱う自分自身が未熟である事を痛いほど思い知らされた。
今後この世界で好き勝手に生きて行く上で、避けては通れない問題となるだろう。
依頼をこなしながら修行するしかあるまい。
ぼーっと突っ立ったまま一人、反省会を始めつつあった私だったが、丁度そこに合流したティアが走ってきた勢いそのままに後ろから抱き着いてきた。
「おうふっ」
「クスハ、意識は無事なんですよね!? 良かった……」
心なしか強めに抱きしめられる。背中は幸せ一杯だが、少し苦しい。
「ちょっ、どうしたのさ?」
胸に回された腕に自分の手を重ね、横目で問いかける。
「だって、あんな神話でしか聞いた事の無い様な魔力の奔流を見せられては、例えクスハであっても心配してしまいます。意識が飲まれなくて、本当に良かった……」
心からの切実な希望と安堵を漏らす彼女が、心の底から愛おしい。
私を抱く腕を優しく解くと、振り返り髪をかき上げ、ニヤリと笑って言ってやった。
「私を誰だと思ってんの? 歴代史上最強の勇者、クスハ様よ? この程度、造作も無いわ」
私の大言壮語を聞いたティアは、瞳に浮かんだ涙を拭いながらクスリと笑い、
「そうですね、史上最強、絶対無敵のクスハなら、不可能なんて何一つ無いですもんね」
お茶目な尾ヒレ背ビレを追加して、満面の笑顔で肯定してくれたのだった……。
しかし、主人公がチート能力を持っている場合、
本気を出せば一瞬で終わってしまう為に戦闘シーンを書くのは難しいですね。




