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「やるわね」
「リアもな」
始まってからすでに十分は経っただろうか。
お互いに一歩も引かない本気の打ち合いが続いている。
こうして本気を出すのはいつぶりだろうか。
最初はジークに対する腹立たしい思いで剣を振っていたが、次第にその思いは薄れ、今はただただ楽しい。
それに改めて思った。
この世界で私を受け止めてくれるのは彼しかいないと。
だけどずっとこのままというわけにはいかない。
「ねぇ。そろそろ教えてくれてもいいんじゃない?」
あなたが何を考え、何を思っているのか。
「そうだな」
「ふふっ。それじゃあさっさと勝ってたっぷりと話を聞かせてもらわないと、ね!」
私は自分の足に身体強化の魔法をかける。
そして地面から蹴り出す瞬間、さらに魔法で風を起こしその風に乗った。
「はぁっ!」
同じく身体強化が使えるジークには、どうしたって力では敵わない。
それならば私はスピードで勝負する。
「ぐっ……」
これを受け止めるなんてさすがジークだ。
でもほんの少しだけ生まれた隙。
それを見逃してあげるほど、私は甘くない。
「さぁこれでおしま――」
勝ちを確信したその時。
「悪いな。今回だけは勝たせてもらう」
「なっ……」
さっきまでたしかに目の前にいたはず……
それなのに気づけばジークに背後を取られ、そして首には剣が突きつけられていた。
「……」
信じられない。
私の目には魔法がかかっている。
だからいくら速く動こうとも、私が見失うわけがない。
それなのにジークを見失った……いや違う。あれは見失ったんじゃない。
消えたんだ。まるで瞬間移動でもしたかのように。
でもそれって……
「まさか……転移魔法?」
理論上不可能ではないものの、誰一人使うことのできなかった幻の魔法。
魔法とは想像する力だ。
映画にドラマ、アニメや漫画そしてラノベ……
前世で様々なモノに触れてきた私にとって、想像するのは容易なこと。
でもそれらを知らないこの世界の人にとっては、そう簡単なことじゃないはずなのに……それをジークはやってのけたというの?
「……これのために半年もの間連絡をくれなかったの?」
「本当はもっと早く習得する予定だったんだけど、思ったより時間がかかってな」
「……じゃあ今ここにいるのも?」
「ああ。ただまだ使い慣れてなくて着いた途端、魔力切れになってな。会いに来るのに三日もかかっちまった」
「なっ……」
私は急いで振り返り、ジークの両腕を掴み身体を確認する。
「身体は大丈夫なの!?」
「もう大丈夫だ。魔力も全部戻ってる」
ジークは簡単に言うが、場合によっては命に関わってくることだってある。
それくらい魔力切れはとても危険なのだ。
「っ、どうしてそんな無茶なことをしたのよ!」
「リ、リア」
「ジークにもしものことがあったら私……」
もしものことがあったら、きっと私は耐えられない。
始まりはジークの告白だったけど、今は私も心からジークのことを愛している。
「ごめん」
「……ねぇどうして?どうしてそんな無茶をしたの?」
「……堂々とリアの隣に立ちたかったんだ」
「私の隣に……?」
今でも私たちは同じ場所に立っている。
それなのに隣に立ちたいなんて、一体どういう意味なのか。
「ああ。リアは魔法に剣に商売に勉学……たくさんの才能がある。でも俺には剣の才能しかない。だから付き合うようになって何度も考えたんだ。俺と付き合うより別れた方がリアのためになるんじゃないかって」
「なっ!そんなことあるわけ」
「でも情けないことに、俺はリアを手放すことができなかった」
「っ」
「それなら俺は努力し続けるしかない。ただ俺がどれだけ努力しても、リアを越えることができないのは分かってる。だから一つだけでもいい。リアに追い付きたい。そうすればリアの隣に立てる資格があるんじゃないかって」
知らなかった。
ジークがそんなことを考えていたなんて。
「……だから転移魔法を?」
「ああ。この世界でリアにしか使えない魔法を使えるようになれたら、リアに近づけると思ったんだ」
「ジーク……」
「それに会いたい時はすぐに会いに行けるだろ?」
「!」
ジークはいつだって私のことを考えてくれていたんだ。全部私のため……
「まぁ今回は色々とギリギリになっちゃったけど……ってリア!?」
私はギュッとジークに抱きついた。
「……」
「リア?」
「……私だってジークのいない人生なんて考えられないよ」
「っ!」
「だからあんまり無茶なことはしないで」
「……ああ。リアを悲しませるようなことはしないって約束する」
「うん、約束よ?……ねぇジーク」
「どうした?」
「あのね……」
こんなことを言うのは柄じゃないって分かってる。
だけど今この時だけは、理性よりも感情を優先してもいいよね?
「……これからもずっと一緒にいてくれる?」
普段なら絶対に恥ずかしくて言えない言葉。
でも今なら言えると思ったのだ。
果たしてジークの答えは……
「当たり前だ」
「……本当?」
「ああ。むしろリアが嫌だと言っても離れるつもりはないからな。覚悟しろよ?」
未来のことなんて分からない。
たとえ望んだ未来であっても、幸せになれるかなんて誰にも分からないもの。
だけど私は確信している。
彼と共に生きる未来に、必ず幸せがあることを。
「……ええ、望むところよ」
「リア」
「ジーク」
私たちはそれ以上言葉を発することはなく、ただお互いの存在を確かめ合った。
そうしてどちらからともなく顔が近づいていく。
月明かりによって映し出された影が重なり合っていたことは、私たち以外誰も知らない。




