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第12話 決断の価値 中編②

 フリントは空を見上げていた。身体に力が入らない。全身が痛みで悲鳴を上げている。――だが痛いということは生きているということだ。順序だてて自らの思考を整理していき、なぜ自分がここで空を見上げているのかを考えていた。


 こういうとき、なぜかいつもアイツが現れるんだよな、と“アイツ”が誰なのかわからないまま思っていた。だが、その“アイツ”はいつまでも姿を現さなかった。


「何してんだろうな……俺は……」


 フリントは思考がまとまらず、ふと呟く。そして顔を横に向け、隣で寝ているティファニーの顔を見て、フリントはその顔を撫でた。


「……このままこうしてるのもいいのかな。…………もう、疲れ……」


 だがその台詞を言い終わる前に、フリントの頭に上から落ちてきたガレキが直撃し、フリントは痛みに悶え、そして目に涙を浮かべながら身体を起こした。


「いっっっっっってえええええええ!!! ちくしょう思い出した!!!」


 突然のフリントの叫びに、横で一緒に気を失っていたティファニーも目を覚まし、そしてフリントと顔を合わせ叫びながら後ずさっていく。


「きゃあああああ!!!??? なんであんたがここにいるのよ! ?」


「そんなんロードに文句言ってくれ! ……っていうかロード! ロードだ! 早く行かな……!」


 フリントは立ち上がろうとするが、足に力が入らず膝から崩れ落ちる。そしてようやく自分の怪我に気づいた。


「ガハッ……! ちくしょう腹が……!」


 ロードの石術による紋章の攻撃で、腹部の肉がえぐれてしまっていた。ただ出血は思ったほど酷くなく、失血による体力の低下もなさそうだった。


「なんでこんなに軽傷なんだ……?」


 フリントはここで初めて周囲を見渡す。周りが建物に囲まれた路地裏で、周囲には誰もいない。上を見上げると先ほどロードと対峙していた建物は少し遠く離れた場所にあり、どうやら数十メートルは石術の紋章の攻撃で飛ばされたようだった。状況を把握し、尚更これほどの軽傷で済んでいたことが疑問であった。


「何が起きた……!?」


 フリントは右手を見る。何かあったとするならこれしか考えられないからだ。


「クーデリア……お前が守ってくれたのか……」


 右手に刻まれた魔剣の紋章を起動させる。先ほどは聖剣の紋章の攻撃を食らいコントロールが不可能になっていたが、今は何の問題もなくコントロールができた。そして出現した剣にはヒビは入っておらず、元の姿に戻っていた。


「なあ……ティファニー。少し質問があるんだが」


 フリントはすぐそばで地面に座っていたティファニーに声をかける。もう足腰が立ちそうになく、額に刻まれた紋章はズタズタになって使うこともできなさそうであった。


「なによ……」


「……お前が俺からクーデリアを取り出したとき、どうやったんだ? ……それは、俺だけでもできることなのか?」


 フリントの質問にティファニーはしばらく黙っていたものの、ぼそりとその口を開いた。


「……ナタール家お抱えの紋章術師に紋章を取り出してもらった。ついでにそのクーデリアって子の記憶を司る回路を消すようにもしてね。……普通の人間であれば紋章を解除した時に、紋章の化身も一緒に出るようになるけど……」


 ティファニーは少し言いよどみ、目をそらしながら言った。


「“魔力不能者”であるあなたには、紋章のコントロールができないから不可能なの。ようは石に紋章が刻まれてるのとさして変わらない。専門の人間が専門の道具を使って、ようやく取り出すことができる」


「そうか……」


 フリントは魔剣の紋章をしまい、右手に刻まれた紋章を見る。


「……俺が紋章を起動したりできるのは、これが究極紋章だから、っていう例外中の例外だからってことだな。……こいつはこいつで俺と別個で生きていて、あくまで俺はこの紋章を運ぶためだけの器に過ぎないってことか……」


「でも、外に出ればそれを取り出す手段はある。……おじい様はもとよりそのつもりだったらしいからね」


「ふっ……どうしたよ。外に出た後の話をするなんて。お前は俺を止めに来たんじゃないのか?」


 フリントの言葉に、ティファニーは苦笑して返す。


「もう……止められないわよ。リチャードもやられて、私も部下への連絡手段や、あなたを追跡する方法を失った。……他にも鷹目の紋章を持っている兵士はいるけど、結局私ほどに使える人間は確保できなかったから、追跡も続けられない」


「……悪かったな」


「今更謝らないでよ。謝るくらいだったら、私を連れてナタール家に戻るくらいしてくれない?」


「そうしてやりたいのは山々なんだがな……」


 何か大きな音が上階から聞こえ、フリントはその方向を見た。おそらくロードと、シェリル達が戦っている音だ。


「やんなきゃいけないことが、残ってるからな」


「うん……そうね……」


 フリントは再度ロードとの戦いの場に戻るために駆けだそうとするが、すぐに足を止めた。そして、ティファニーの方へ振り向いて、顔を赤らめながら言った。


「…………本当はさ、俺……お前のことが好きだったんだ。子供のころに婚約した時から、ずっと。俺が不能者だとわかってもお前はずっと俺の事を気にかけてくれた。でも、俺はお前の事を好きになっちゃいけないって……そう思って……。もし……お前が良かったら一緒に……!」


 フリントの告白にティファニーは驚きの表情を浮かべるが、少ししてその顔は諦めの表情に変わった。


「…………何言ってんのよ。もう私はあんたの事なんか大っ嫌いなんだから。その顔も見たくない。少ししたらあんたの事なんか忘れるくらいのいい人に出会って、結婚してやるんだから。もう、二度と目の前に現れないで」


 ティファニーの返事にフリントは少し目を丸くした後、苦笑しながら答えた。


「それは……困るな。人妻になったお前を……ちょっとは見てみたかったかな」


「……そっち?何言いたいの?」


「まぁ……そっちってことにしといてくれ。……意味はあんま気にしなくていいから……。……じゃあな!」


 フリントはロード達が戦っている方へ駆けだしていく。その瞬間閃光が広がり、ティファニーは目を眩ませる。そして目を開けると、フリントの姿はもう無くなっていた。


「なによ……最後まで理屈ぶって…………大っ嫌い…………!」


 ティファニーは抑えていた涙を堪えることができず泣き出した。最後までフリントは不器用な優しさを示してくれていた。最後の最後でフリントから告白してくれたおかげで、私は初恋の最後の思い出をあれだけの事をして“振られた”のではなく、“振ってやった”に変えることができたのだから。恐らく――いやきっとフリントはそれを狙って告白したのだろう。


「あ~あ……負けたな……。フリント、あんたの勝ち……」


 ティファニーは妙にすっきりとした気分になっていた。今は午後2時過ぎ、空は快晴で青空が広がっている。もう自分の人生のこれから先はこんな空みたいな晴れやかなものではないのは確定している。だがティファニーはそれをありのままに受け止めた。――今日はぐっすりと寝ることができそうだ。


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