辺境からはじまる5
翌日にはユークリッドは立ち去って行った。早朝と言ってもいい時間ながらつやつやとした姿にナキはため息をついて庭から見送った。ナキ達は3日後に出立し国境の町で合流する予定だった。
ユークリッドが元気な理由はある。ナキの能力を知った彼は欲望のままに望みをかなえることにしたのだ。
ナキは短期間にこれほど供物をささげることはなかった。ユークリッドの希望のままにアレコレ召喚し続けて、50個あたりで今日は閉店とペラリとした紙が降ってきた。
連続購入特典と常連さん特典として、謎の袋がついてきたのも謎だ。
今まで考えたことがないが、もしやこの召喚には中の人がいたのだろうか。ナキはそう首をかしげる。もっとシステム的なものだと思っていた。
常連さん特典は開ける前に中身を選べるらしく、女性が嬉しいセットにした。化粧水や乳液など基礎化粧品のセットはまだ良かった。肌質に合わない場合には差額交換をしてくれるというのも良心的だろう。その他、入浴関連のグッズもあり、困りものは入っていなかった。
連続購入特典はユークリッドに進呈したので、中身は知らない。少し困ったような、でもにやにや笑いが浮かぶようなものだったらしい。
そのあとは情報交換となったが、聞いたことはナキとしては先に言えというべきことだった。
消えたユークリッドの姿を確認してナキは伸びをした。
「さて、準備しないとね」
ナキはそうつぶやいて、部屋の中に戻る。昨夜の荒れたところを片付けておく。証拠隠滅をしておかないといけないようなものがいくつかあった。
それを片付けながら今後のことを思案する。ユークリッドが持ってきた話は、ナキには想定していないことだった。
想定を超えて魑魅魍魎が待ち受ける王城。きちんと準備を整えないとあっさり覆されそうだ。
ユークリッドが言うことを信じるなら皇女の侍女として新しく雇用されたキエラという娘が重要だった。
彼女は、前世の記憶持ちで、この世界は小説の世界の舞台と似ていると証言している。ばれたきっかけは他愛もない雑談だったらしい。
お互い、妙に話しやすいと思っていたところにお菓子の話題となり、食べたいのに食べられないというのが某キノコのチョコレート菓子で。ユークリッドはタケノコ派で争いが発生したそうだ。
しばらく言い争い、あれと首を傾げたらしいので、罪深い食べ物である。
それから情報交換や事象の検討を経てたどり着いた答えがある。
まだ誰か記憶持ちの異世界人がいる。
守護者に言わせれば異世界人は年に二人くらいこちらにやってくるという話なので、ナキでもいるかもしれないという気持ちにはなる。そのわりに表に出てその話はないのだが。
やってきた当人ではなくとも、死んだら輪廻の輪に回される。それで記憶が残るということも可能性としてはある。
白猫が言うには、前世の記憶などがちょっと残っているのは珍しくない。魂の洗浄が足りずに残滓がある状態に近く、払えば落ちてしまうほどからこびりついたものまで幅は広い。しかし、その後の人生を変えてしまうほどのものはまれだという。そうでなければ過去のいざこざでこの世は回らぬともっともらしく言っていた。
欠けて足りなければ混ぜ合わせたり、大きければ割ったりもすると聞けば魂もただの素材感がある。
二人が記憶持ちの異世界人と判断した理由は、キエラが覚えていたという小説の内容と現実が食い違うからだ。起こっている事象は多少の前後はあっても起こっているのに、その人間関係と人格までもが違っているように思えると。誰かが想定外のことをしたから、その結果が反映されたのではないかという予想だ。
キエラは王宮に来て想像していたものとかなり違うと面食らったらしい。
顕著なのは、シリル王子、ミリアルド、エリゼリア。この三人については全く別人と言っていい、らしい。
シリル王子は正統派。ちょっと強引なところもあるけどきゅんとくる年上のお兄様という役どころ。以前の婚約者を病気で失って、現在は二人目の婚約者がいる。
エリゼリアはシリル王子の婚約者。以前の婚約者をなくし、失意の王子を励ましているうちに恋仲にという立場。子爵家の令嬢で、嫁入りの際の後ろ盾として侯爵家に養子へと出されている。
そして、ミリアルドはシリル王子の元婚約者で、既に死んでいた。その死は病死と言われていたが、それをそのまま信じているものは少ない。不審であるが、誰の手でどのようにということは既刊では明かされていなかった。
それが、小説内の三年後の状況らしい。
この話の主役はルー皇女。他国から身分を偽って、王国の学校へ編入してくる。帝国内の皇太子争いが激化しての退避の側面もあったとか。
皇太子はどうなったかといえば奇病にかかって、皇太子の座を退いていた。
現状から考えればあり得る範囲内だろうとユークリッドが言っていた。彼は先の話も聞いているが、本人に聞くほうがよかろうと濁されている。
人を通すと情報が歪むことはある。悪意はなくてもニュアンスの違いが致命的であることはあるだろう。
「どうしたものかな」
色々濁されたがこれだけははっきりとナキに伝えられている。
その話の中で、死んだ人は、ほぼ確実に死んでいる。一つの理由を避けても別の理由ですぐに死が訪れる。
例外はミリアルド。それも、非公式には死んだので、ある意味避けられていない。
この話は、ミリアにはしないでほしいとユークリッドは言っていた。ナキもそれは同意する。自分がすでに死んでいるはずだとは知りたくないだろう。
「……暗いのぅ」
「いや、だって、明るくなるような要素あった?」
白猫はユークリッドとナキの話を合いの手を入れながら聞いていた。内容は把握しているはずだ。
なお、ミリアは昨日は部屋から出てこなかった。気がつけば朝というには遅い時間になっているが、まだ起きてこない。
白猫曰く、着替えを頼んだつもりなのにと夜遅くまで懊悩していたらしい。
ナキも微妙に顔を合わせがたい。白猫が、そんなの指摘しないナキが悪いと言っておいたぞとどや顔をしていたからだ。
指摘したって、誰かがやらねばならないことだった。それなら、ミリアが気がついていないほうがいいと思ったのだ。
どう考えても変な雰囲気になる。
ナキは今となっては変な雰囲気になっても言えばよかったと思っていた。振り返れば、相手が気がついていないのをいいことに脱がせた変態になった気がする。
最低とか、気持ち悪いとか、最悪とか、言われてもおかしくはない。
「……顔色が悪いのぅ」
「クリス様が、人型になれれば問題は解決したと思う」
「うむ? そうじゃのぅ。我は美少女で傾国になるからやめたほうがいいの」
なぜ、自信たっぷりに白猫が言い切るのかナキにはわからない。子猫状態ならわからなくもないが、声は成人男性だ。なお、聖獣に性別はなく、無性なので性別不明な美人ならわからなくもない。
もし、白猫が人型になるなら。
子猫状態からならショタかロリで、我は可愛いからなと全力で愛想を振りまいてみんなのアイドルをやるのかと想像したらげんなりした。
ナキは三日で捨てる自信がある。多少不便でも白猫は子猫のままがいい。
そんな話をしながら、朝食兼昼食を用意する。
「お、おはよう」
食事の用意をしているところにミリアは顔を出してきた。おずおずとした態度に、嫌悪は見られずひとまずナキはほっとする。
「おはよう。ユークリッドはもう帰ったよ。三日後にまた会おうだって。
ミリアはルー皇女の母方の従姉ってことにするって。あの一族は白い髪と言ってた。細かいところは、東方のお方に問い合わせするけどそれで通するつもり」
ナキはほっとはしたが、落ち着かないせいでまくし立ててしまった。ミリアがびっくりしたように目を見開いていたので、失敗に気がつく。
寝不足なのが悪いと理由をつけて、気がつかなかったことにしてなに?と言うように見返した。
ミリアは、きゅっと眉を寄せて。そう、と呟いたのが不穏だった。
「手伝うわ」
そう言ってにこりと笑うミリアだが、ナキはそれにわずかな怒りを感じる。ここで怒ってる?と聞くのは悪手だ。
わるかったから、なにが悪かったか教えてと聞けるテクニックもないので、ナキはそれも気がつかなかったことにした。
ミリアにテーブルへ食事を並べてもらうことにする。飲み物の用意をしてナキもテーブルに置いた。いつものように向かい合って座ったが今日は妙な緊張があった。
白猫がにゃうにゃう言って外に向かうのはいつものとこだった。最近は日向ぼっこをしている姿をよく見ている。
今日の朝食兼昼食はいつもと同じの目玉焼きとウィンナーとサラダとパン。ナキが簡単で普通と思う食事ではあるが、実は簡単に入手できないものばかりで出来ていた。
卵は普通、鶏を飼っていなければ手に入らない。ウィンナーも自宅で作るというより購入品が主流だがここは辺境である。サラダは庭で育てているものなので、これだけは普通そうだったがハーブのように見せかけた薬草が含まれている。
薬草は個別に摘むのではなくポーションを作る過程で余ったものを混ぜ込んでいる。時々、苦いものが混じっていてミリアには不評である。
ミリアはナキがいろいろ手に入れてくるものについては聞かないことにしているようだ。それを聞いてしまうとナキがいなくなってしまうのではないかと恐れているように。
そのあたりの話を王宮に行く前に済ませないと付け込まれる隙になりそうだ。ナキは不要なすれ違いはしたくない。
ミリアは考えに沈み込みがちなナキの様子をうかがっていた。
「そ、その。昨日はごめんなさい」
「……へ?」
ナキがどこから話を切り出そうか迷っていた間に予想外のところから来た。
昨日って? と聞き返す前に、ミリアが何を言っているのか気がついた。それはナキが先に詫びる件ではないだろうか。そう思いながら、保身を優先した。
「僕も悪かったよ。認識が違うってわかっててもね」
「……気持ち悪くなかった?」
ミリアにぼそりと聞かれた言葉が意外だった。見れば本気でそう思っているような怯えた表情にどういうことかとナキは首をかしげる。
そう言えば、王国の女性の理想について話していたなと思い出した。それを外れている自分を恥じていたりするのだろうか? ナキには意外に思えた。そんなの気にしなそうに見えたのだが。
「どちらかと言えば好み」
変に誤解されるのも避けるためにナキは正直に言うことにした。変態と言われる危険性は考えないことにした。どちらかと言えば、ではなく、かなり好みなのは言わない保身は可愛いものだろう。
疑うような視線にナキは性癖をさらすべきか悩む。いやここから先はまずいだろうと判断して、その点はごまかすことにした。自分でもちょっと気持ち悪いと思うところなのだから。
「ミリアは可愛いよ。それじゃダメ?」
ナキはあざと可愛い白猫の真似をして、全力でごまかす。あんがいこれが効いたりする。普通は逆じゃないだろうかともうが、仕方ない。
今もミリアはうぐっと黙った。
「全部見ても同じこと、言うかしら」
「というか、見ていいの? それは楽しみ」
真っ赤になって絶句したミリアを見て、ナキは一回くらいひっぱたかれたほうがいいかなと遠い目をした。
欲望が先行しての発言だった。おそらく、ミリアの主張はそれじゃない。
その肌になにかあるのだろう。見せたくない、あるいは、見せたら気持ち悪いと思われてしまう何かが。
ナキは自分の肌にある定着しているスキルの模様や消えかけているもの、その他傷跡などあるのでたいていのものは平気だ。最初のころは自分のものですら、気持ち悪いなと思ったのだが慣れた。
ただ、女性ならばそうもいかないだろう。
そういえば、ミリアは常に長袖とくるぶしまである服を着ていた。いいところのお嬢様だからと気にしていなかったが別の理由があったのだろうか。洗い物をするときに袖をまくって見えた腕に薄っすら傷跡があるのは知っていた。特に気にした様子もなかったので、聞くこともないかと思ったのは間違いだったかもしれない。
その件は後回しにして今は絶句しているミリアをどうにかしなければならない。
「冗談だよ」
今はね。とは追加しないほうがいいだろう。
ほっとしたようなミリアを見てナキは少しばかり複雑だ。それを許されるまでは年単位も覚悟しなければいけないかもしれない。
まあ、待つけどね。ナキはそう心の内で呟く。
今はそういう発言が不快と切り捨てられないだけ良かったと満足したい。好ましくない相手から言われればセクハラと訴えられても仕方ないことを言ってしまった。人によっては好きでもダメな発言だからなぁとナキは反省はする。
そして、積極的に先ほどの会話がなかったかのように別の話をすることにした。
「ま、とりあえず今日は潜入の準備をしたいんだ。ミリアのほうは僕が知っていたほうがいい情報をまとめてくれると嬉しい。口頭じゃ理解できないから書いてほしいな。あとで処分するからさ」
「わかった。任せて」
頬に赤みが残りながらもミリアはいつもの調子で、請け負う。この分野はミリアの独壇場だ。手出しせずに任せたほうがいいだろう。
「ナキは、ここにいてもいいのよ?」
ふと不安になったようにミリアが言う。
「ダメ」
ナキは言質も取られないように短く否定する。その気になったミリアには丸め込まれる自信がある。
大丈夫かしらと呟いた理由を知るのは、王城についた後のことだった。




