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婚約破棄された令嬢とパーティー追放された冒険者が国境の隠者と呼ばれるまでの話  作者: あかね
聖女と隠者と聖獣

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辺境からはじまる 4

「入って」


 軽い声にナキは身構えなく部屋に入った。

 そして、後悔した。

 ミリアは既に一枚脱いでいる。


「な、なんでもう脱いでっ!?」


 ナキの動揺を知らないようにミリアは首をかしげていた。彼女の着ていたローブはベッドの上でくったりとしている。

 コルセットというのは素肌の上につけるものではないらしく、ワンピース状の服を下に着ている。ただ、この世界ではこれは下着扱いだ。

 知識でそう知っていると露出のない普通に思えるワンピースも見てはいけないものに感じてくる。


「すぐに紐を外してもらおうと思って。

 一番上にきつく結ばれてると思うわ」


 ミリアはナキに背中を向け肩甲骨の下まで伸びてきた髪を手でまとめ、首筋まで無謀にさらす。

 彼女には異性に肌をさらしているという認識はなさそうだ。ここに来る前にユークリッドが指摘してきたことは間違いではないように思えた。

 高位貴族の着替えは他者がするもので、小さいころから世話をされることに慣れている。そこに羞恥をおぼえることはない、らしい。

 そもそも、肌くらい見たことがあるだろうと言われてナキは即否定した。ミリアの名誉にかかわる。ユークリッドが鳩が豆鉄砲を食らったような顔をしていたが、そのまま置いてきた。

 身代わりの裸体というのはノーカンである。あれは本人じゃないと思い出しかけてナキは慌てて記憶の底に沈めた。


「ナキ?」


「ここね」


 これ以上、妙なことを考え出す前に作業をしたほうがいい。ナキはミリアの白いうなじに向かいそうな視線をどうにかコルセットに向ける。

 その紐はぎゅっと結んであり一人でこれをほどくのは苦労しそうだった。


「編み上げブーツみたい」


「え」


「あれもひもが固いと苦労するんだよね。外れたら緩めたらいい? それとも紐抜く?」


「あとは自分で」


「出来そうな感じじゃないよ。ほんと、どこまで締めたんだか」


 ナキはコルセットの紐を緩めながら、不埒なことをしたいとは思うが、実行してしまうのはまずいと自覚はしている。これはブーツと同じと心の中で繰り返し邪念を追い払う。

 今までの経緯を考えれば当然だが、ミリアは男を怖がっているところがある。心構えもなく迫れば逃げ出すに違いない。

 もう少しミリアが慣れてからと思ってはいるのだが、やはり、抑えるのは難しい時がある。


「あー、もー、拷問みたい」


「拷問?」


「へ? あ、あー、こんなのぎゅってしてたら息苦しいしつらいでしょ」


 ナキは無意識にこぼした言葉を取り繕う。ミリアは不審に思わなかったようでそうねと小さく頷いていた。ほっと息をついて、作業に没頭する。

 紐をすべて緩めるとミリアは足元から抜き去った。


「ありがとう。楽になったわ」


「どういたしまして。

 あれ? もう一つなんか結び目せなかにあるけど、こっちは大丈夫?」


「あ。胸当てね。それも外してもらえるとうれしいわ」


 あっさりと追加がやってきた。ナキは絶望的な気分でその結び目と向き合うことになった。理性の残量どのくらい? と他人事のように思う。何か話して気を紛らわせないとそろそろ危うい。


「胸当てって?」


「大きすぎるから、抑えないと服が着れないの」


「……え? 服に合わせるわけ?」


「理想に近づくにはそれしかないわ」


「ちなみに理想は?」


「華奢でほっそりしている、かしら」


「なるほど」


 ミリアが可愛いとも美人とも言われていなかった理由がようやくわかった。王国基準の美人の範囲からは外れている、ということだ。

 明確な理想が掲げられていれば、そこから外れるのは難しいだろう。


 そして、なにかいつもと違うようなと思っていたところの回答も得られた。ナキはあの柔らかいものを抑えるつけるなんて非道だと怒りにも似たものを覚えるが口にはしない。そんなことをすれば変態とか最低とか言われそうな予感がした。

 胸当ての結び目はそれほどきつくなくすぐに外れる。

 ほうっとミリアは息を吐いていた。なれたようなしぐさで胸当てを外す。たゆんとしたなぁとナキは思いながら、どうにか平然とした顔を維持する。下心満載ではあるが、それを知られたくはない。やせ我慢でもそこはどうにかしたい。顔が赤いのはもうどうしようもないが。


「ありがとう。助かったわ?」


 そう言いながら振り返ったミリアは無防備にナキを見上げてきた。


「なんでそんな真っ赤になってるの?」


「そりゃあそうでしょ。服を脱がせるとか刺激が強すぎる」


 ミリアはぱちぱちと瞬いて、なにかを理解したように赤くなって両手で顔を覆ってしまった。認識の齟齬にようやく気がついたようだった。


「そ、そんなつもりなかったのっ!」


「だろうね。次はしないよ」


 両手で顔を覆ったままうんうんとミリアは頷いていた。ちらりと見えるうなじまで赤い。

 ナキは少しくらいいたずらをしても許されるのではないかと手を伸ばしかけてやめた。


「……いつからいたの? クリス様」


 しれっと白猫が足元にいた。気配がないわけではないが、その気になれば存在感くらい簡単に消せる。一応は聖獣様なのだ。


「うむ? 先ほどだが、邪魔になるかと黙っていたぞ。我は学習するのだ」


「……来ないってのが一番良くない?」


 来なかった場合、どこまでなにをしてしまうのかわからなかったことを棚上げしてナキは苦情をいう。

 ミリアは羞恥心が限界を超えたのか黙ってしまっていた。ちょっとぷるぷる震えているので、なにか喚きたいのを我慢しているのかもしれない。

 白猫は二人を見比べてにゃあと鳴いていていたが、どちらにも猫の鳴き声にしか聞こえなかった。


「それはそれとして。ユークリッドが心配していたぞ。寝る場所を確保できないとか」


「……わかった。じゃ、ミリアはゆっくり休むように」


「おやすみなさい」


 ミリアのいつもの通りのようで少し低い声にナキは怒ってる!? と確認したくなる。ごめんなさいと平謝りすべきだっただろうかと思い直している間にたしたしと白猫に促された。

 ミリアはまだ両手で顔を覆っていて、その表情はうかがえない。

 今は撤退したほうがいいかとそのまま部屋を出た。


 妙な緊張感を残しながら数歩部屋の扉から遠ざかってようやくナキは息をついた。


「まだ、ミリアには早かろう。特に今は微妙な時期であるし」


「わかってるよ。それならあんな服着せないでほしい」


「うむ。育ちのせいか世話をされることに慣れていて、ここにお座りくださいとか、お召替えをと言われると逆らえぬようだの」


「……それってちょっと違くない?」


「うむ?」


 この違和感をどう説明したほうがいいのかとナキは考えて放棄した。今はそんなことを冷静に考えられない。


「ま、しばらくは聖女は休業だからいいか」


「そうじゃの。王家からのごり押しでぜひとも結婚式の前に滞在くださいとはきな臭い」


「……そこは聞いてない」


「ならば聞かなかったことにせよ。どうせ聖女は行かぬ」


「そうだけどさ」


「ナキよ」


 さらに言いつのろうとするナキに白猫は厳かに名を呼んだ。威厳溢れる言い方に思わず居住まいを正す。


「現恋人に別人だと勘違いした元婚約者から求婚されるかもと相談したいか? あるいは王位を保証せよと強要されるかも、と」


「あ、え、いや、したくないかなぁ……」


 そもそも恋人というのもなにか違和感がある。まず、そこまでたどり着いていない。ナキがそう言いだすといい感じにすれ違いそうな気がするので黙っておく。

 半端に聞いた白猫がミリアにうっかりなんか言いだしたりしかねない。


「うむ。

 それにしてもミリアはもてるのぅ」


「……本人が嫌がるから言うのやめなよ? しかし、王太子殿下はなりふり構わないという感じだね。皇女様にも求婚したって言うから」


「次期王からは外された雰囲気を感じてはいるであろう。多くを望まねば今でも取り返せるとおもうのだがな」


「それなら最初からミリアルド嬢との婚約を破棄しない」


「そうだの」


 白猫にしては珍しくげんなりしたような相槌だった。


「ま、過ぎたことを言っても仕方ない」


 ナキはそれで話をおしまいにした。白猫が怪訝そうに見上げてきていたが気がつかないふりをする。

 どれが良かったのか、ということはミリア自身にしか判断できないことだ。ナキは口出ししないことにしている。

 しているが。


「……なんか、王太子、ひどい目に会わないかなぁ」


 うっかりそう思ってしまう。手出しをするとミリアに気がつかれそうなので、控えてはいる。それに実際、会いもせずに勝手に決めてかかるのもどうかとは思うので考えるだけで済ませているのだが。


「ひどい目にあわせたい、の間違いでは?」


「頼まれればやるけどね。ミリアはしないんじゃないかな」


 やさしさじゃなくて、じっくりじわじわと追い詰められていくがいいという趣旨で。

 白猫もそのニュアンスを感じたのか、そうだのぅと言ったきり黙った。


 微妙な雰囲気で戻ってきた一人と一匹をユークリッドは怪訝そうに見ていた。

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