悪夢 2
「……想定を超えての差別主義者で戦慄する。こんなの皇帝にしようとしてたわけ? ほっといてもこの国自滅するんじゃね?」
燈明はうんざりしたように白猫に問う。中身をいじるために覗いた記憶が想定以上にホラーだった。無自覚でやっているあたり、サイコパスかと戦慄する。
「と言われてものぅ。他の部分はちゃんとしているというか完璧と言われるほどだそうだ。確かにすべてにおいてナキ以上ではあるぞ」
燈明はため息をついて原因へ視線を向けた。
ここは砦の中の一部屋だった。皇子用に整えられた場所のベッドに眠るのは、金髪の美女だった。
張り合うことすら無意味と思うくらいの美貌は皇子であったころの面影を残している。苦悶の表情でうなされていてすら美しい。
ただ、この元皇子には少しも嬉しくはないだろう。
美しくても女である、ということはこの国では皇子として認められる資質はすべて不要になる。夫の隣で愛されるだけが仕事だと。
それがミリアルドに要求したものと同じ状況であると認識できるかどうかは本人次第だ。
「そうだろうけどね。ちゃんと反省するだろうか」
そう言いながら燈明は望み薄だなと思っている。挫折というものを経験していない分、打たれ弱い。たいていのことは上手くこなすことができ、血筋も権力も持ち合わせているのでそれで苦労したこともない。
唯一手に入らなかったものがあるとすればミリアルドくらいだ。燈明からすれば、ナキにあっさりと落とされているあたりちょろいはずなのに、全く少しもびくともしないというのが相性の悪さと思える。
ナキのようにへらりと笑って、頑張ってるとか、可愛いとか、よくできましたと褒めておけばよかったのだ。
ナキのあれはあれでどうかと思うが。
「それより自殺する懸念がある」
「それは巻き戻りするようにしてあるから、正気も持ったまま体は再生する。そうじゃなきゃ意味はない」
「処理すれば簡単ではないか?」
「当事者の多い要望が、同じ目に会わせてやりたい、であったのでそうしたまで。死ねというのは多数決で負けた」
「総数は?」
「十人。皇帝が責任もって療養させ、生涯を保証すると言っていた。
後宮ではない離宮で、傷ついた女性のための施設を作ることになりそうだとさ。あまりにも同じような容姿の娘だけ集めては噂になるからとか」
「ふむふむ」
そう言いながら白猫はたしたしと元皇子のおでこを叩いていた。肉球がふにっとするだけでダメージはなさそうだ。ただ、悪夢増量をするように何かを叩き込んでいるようにも見える。
「なにしてんの?」
「寝取られ側の悪夢も知るべきでは?」
「……いや、まあ、そうなんだろうけど」
ふんと鼻息も荒い白猫はどちらかと言えば私怨のように見えた。
ナキは全く興味を示さないようにしていた。意図的に無視していたといっても過言ではない。部外者としての立場を超えることはしないように自制していたとも言える。
もっともディートリヒ相手では違ったようだが。
あの男も何を考えているのかさっぱりわからない。
「ミリアルドはどうするのだ」
「病死として王国側に報告して、さらに賠償を積んでこの件は終わりだ。皇子も責任をとって廃嫡。二度と表舞台には出てこない。
ナキの件もうやむやで、葬り去るだろう」
「うむ。安心できるといいのだが」
「じゃ、俺はこれで。
クリスはどうする」
白猫はふわっと眠そうにあくびをして前足で顔を洗っている。その姿は可愛らしい子猫だ。擬態もここまでくると本性なのではないかと疑うほどだ。もっとも口を開くとおっさんなので猫語で話している時に限るが。
「ミリアを聖女にせねばな。その気になったときに勧誘! これが鉄則」
「……真白。ほどほどにしろよ」
「む? 我はクリスじゃぞ。紅もあまり出しゃばってくるのは感心せぬな」
うふふふと笑うのは白猫らしくはない。燈明の姿をしたものは呆れた表情のままにぷらんと白猫を吊るした。
「にゃっ!?」
「帰るぞ」
燈明は白猫を吊るしていない手を軽く振った。
小さなうめき声はベッドの中から聞こえてくる。
「これからはお楽しみの悪夢だ。いやぁ、楽しみだなぁ」
「棒読みじゃぞ」
「いや、だって、ロマンスと思ったらホラー全開で俺、見たくないから知覚も切る」
「我もすぷらったは嫌じゃ。ほれ、もうちょっとちゃんと抱っこせよ」
「……なんか、おまえにそう言われると変な気分になってくるからやめろ」
「うむ? 我、いつもかわいいぞ」
「……捨ててきたいな。どこか山の上に」
にゃ、にゃう? とあざとい上目遣いをする子猫。
燈明はしばらくそれを見て諦めて肩に乗せた。
「ま、二日ほど帰ってくるなと言われたのだからしばらく物見遊山でもしようか」
「うむ!」
なんだかうきうきしているなと燈明は白猫を見る。変な踊りを始める白い髪の女性を幻視した気がした。
燈明は、こいつこんな奴だっけ、と少しだけ思う。まあ、たまには会いに行ってもいいかなと聖獣たちが聞いたら騒然とするようなことを考えながら燈明は白猫と姿を消した。
後宮に一人の皇女が住むようになった。
訳アリで隠されていた美しい皇女は、変わり者だった。髪を短く切り、男のように装いそのように振舞う。そして、時々幽鬼のように後宮内を歩き回っていた。なにか、失くしたものを探すように。
あるいは、ただ、謝罪の言葉だけが部屋の中から聞こえてくることも。
ひっそりと付き従う侍女たちは、一人、また一人と外に嫁いでいき最後の一人が去るときにこう言い残したという。
「いつまで、そうしているおつもりですか。
貴方が、償う相手は別にいるでしょうにいつまで己を憐れんでいるのですか」
皇女はその後、慈善活動に身を捧げたという。




