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婚約破棄された令嬢とパーティー追放された冒険者が国境の隠者と呼ばれるまでの話  作者: あかね
二人と一匹+一羽

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悪夢 1

ヤンデレ注意。無理そうなら飛ばしてください。


 記憶にあるのは、寂しげな微笑。


「仕方がないのです。私が至らないばかりにこのような場面をお見せしてしまいまして申し訳ございません」


 感情を押し殺したような声で淡々とミリアルドはそう謝罪する。それも何度も。

 婚約者が、自らの妹と恋人のように仲睦まじい様子を恥じ入るように。羨望のようなものさえ混じっていたように彼には思えた。

 ミリアルドが王太子の婚約者であるということはゆるぎない。それは本人たちすらゆがめることさえ許されなかった。家名が同じであれば、妹へと変えることさえもできずその婚姻まで半年を切っていた。

 相変わらず、ミリアルドは寂しげで疲れ切っていた。気休めの誘いも困ったように断られ、贈り物をしてもどこかへと寄付してしまう。

 一つと願って送る宝石も一度として付けたこともない。


 友人としての付き合いを今後も求めても、国同士としての付き合いをとやんわりと断られる。


「どうして、彼女は頼ってくれないのだろうか」


「……婚約されているのですからどうにもなりません」


 独り言に返答があったことに彼は驚いた。応えたのはディートリヒだった。長くそばに置いていたがいまのように応えることはなかった。皇子である自分の意思を遮ることもなく、しかし、望みを積極的に叶えることもない。

 ただ、時折、黙って非難するような視線を向けることはあった。


 それは、彼女への対応をするときに多かった気がした。


「そろそろ、姉が嫁ぐと言っていたな」


「はい」


「では、戻らねばな。情のないと常に言われているのだ。こんな時くらいは部下へ配慮が必要だろう」


「祝いは既に。遠方に嫁ぐため、王都での仮式は終了しています。

 お心遣い感謝いたします」


 ディートリヒの少し乱れた声に彼は小さく笑った。表情を取り繕うのは上手いが声までは偽れない。

 この場を離れたくないとディートリヒは考えている。

 その理由は、彼だけではなさそうだ。送り返して、別の者を送ってもらわねばと日程を考える。


 彼女に興味を持つものはいらない。あの柔らかな笑みを受け取るのは自分だけでよい。彼はそう信じていたし、今後もそうなると思っていた。

 誰にもそんな顔を見せたりはしていなかったのだからと。


 王太子の姉に願われたのは、そんな折だった。


「弟が婚約を破棄したいというの。貴方たちは友人でしょう? 思いとどまるように説得してくださるかしら。こういうことは男同士のほうが良いのでしょう?」


 困ったようにひっそりと彼女はいう。彼は下の姉と言っていたなと思い出した。弟に女狐と吐き捨てるように評価されていた女性とあって近づかないようにしていたのだ。しかし、彼女は無害そうな表情で弟を心配していた。

 少しばかりの頭痛とともに彼はなぜ了承したのか、わからなかった。


 そうせねばならないと言われたように王太子へと会いにいった。

 そして、決められた言葉のように、婚約者へと優しくするようにと言えば面倒そうに返答された。

 そして。


「あの女を欲しがるようなやつはいない」


 決定的な、一言を聞いてしまった。


 ならば、手にしてもよいのではないかと。

 この手をとって彼女はもっと幸せそうに笑ってくれるのではないかと。


 夢見た。


 それが悪夢に代わるとも知らずに。




「どうぞ、我が国へおいでください」


 その手を振り払われるとは彼は一度も考えたこともなかった。喜んでと笑うのだろうとあるいは、淡々と頷くことで了承すると。それで、すべてがうまくいく。


 それはただの夢だった。

 ミリアルドはただ冷たく、断った。正規の婚約破棄ではない。自分に権限はなく、王が帰るまでどこへも行かないと。

 隠し切れない怒りに彼は驚き、混乱しているだけだと判断した。婚約破棄を受け入れられないだけなのだろう。今までの自分を否定されたように思えた。

 王太子のどこへなりとも行くといいと言われたことも影響しているようだった。

 あの男のどこが良かったのであろうか。苛立ちから強引に連れてきたのは、反省していた。それでも、連れ戻されてはすべてが無駄になると国境を越えさせた。


 そうして、ミリアルドはようやく諦めたように思えた。逃げ出そうとした彼女に少し、力の差を教えた程度でしかないが怯えを隠した眼差しに愉悦を覚えたのは、誤算だった。

 彼に対してずっと冷たい態度であったのが、普通の少女のように脆いところを目にすることが嬉しかった。


「私の妃になってくれるね?」


「国家間の問題だわ。私には権限がない」


 あくまで彼女はそう言い張った。頑迷な態度に苛立ちはしたが、すぐに改めるだろうと彼は思いなおす。

 既成事実があれば、女は逃げることはできない。力の差は歴然で、抗うことすら出来ぬままに手折られる。


 一時はつらいかもしれないが甘やかして、大事にしておけばよい。彼に近寄る女性はいつでも冷たい態度に傷ついた顔もするがすぐにまた、すり寄ってきたのだから。彼女が得るはずだった物以上のものを与えればすぐに機嫌を直すだろう。


 彼の思い違いを指摘できるものはその場には誰もいなかった。ただ、ミリアルドを気の毒そうに見る側近や支度を任された女性がいただけで。

 誰も、彼女に手を差し出さなかった。


 いつか、皇子に絆されてしまうのだろうと皆が思っていた。


 その毒薬を取り出すまで。本気で抗う気があると信じていなかった。


 そして、それを本気で使うなどと思いもしなかったのはミリアルドがか弱い令嬢だったからではない。

 次期皇帝の妻となる栄達を嫌がるものがいるとは彼らには想像ができなかった。彼らの近くにいたものはそれを望んで争いを繰り広げていたがゆえに。

 いらないと拒否することを理解できなかった。


 だからこそその毒薬を取り上げなかった。

 その結果はミリアルドは柔らかに微笑んで、嬉し気に毒薬を飲み干して果てた。ようやく解放されるとでも言いたげな穏やかな表情がどろりと溶けて異臭を放つ。

 高貴な女性が身を汚される前にと選ぶその毒は、彼女の痛烈な拒絶だった。


 そこまでされて、ようやく、彼は理解した。少しも、好かれてなどいなかったと。憎々し気に見られたことも、怯えたように震えたことも、気を引くための演技ではなかった。

 死を選ぶほどに追い詰めたのは、彼だったのだと。


 そして、彼はそれを忘れた。



「大人しくしているのだよ。すぐに帰ってくるからね」


 ミリアルドは戸惑ったように頷いていた。もう、声はでないのだから口答えも出来ないはずだ。足も鎖でつなげばどこにも行けない。誰にも会わなければ、惑わされることもないだろう。

 それでも彼は安心はできなかった。


 言葉にできない不安だけが渦巻いていた。彼女は、彼女だっただろうか。

 赤い髪は腰まで。目の色は青くて、澄んだ空のようだったはずだ。あんな緑色をしていただろうか。年はもう少し幼かったような気がしていた。


「なんでもない」


 困ったように首をかしげるミリアルドに彼は優しく言うとその部屋を出た。咎めるような視線を向けるディートリヒに気がつかず彼はその部屋の扉を閉めた。

 姉とも慕うミリアルドに会わせないから拗ねている妹の機嫌を取らねばならない。彼女が後宮で上手くやっていくためには必要なことだ。

 本物の姉のように思っていたのだから、きっと妹も喜ぶことだろう。


 よい結婚相手も用意したのだからすぐに機嫌を直し、国のためにできることがあると喜ぶに違いない。

 皇女にはその程度の価値しかないのだから。


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