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婚約破棄された令嬢とパーティー追放された冒険者が国境の隠者と呼ばれるまでの話  作者: あかね
二人と一匹+一羽

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逃亡 2

 暗い森の中、小さな明かりが近づいてくる。


 少し足を引きずっているようだが、ディートリヒはナキの想定を超えて元気そうだった。あるいは妄執がそれを支えているのかもしれない。

 ミリアが少しびくりとしたのがわかる。


「大丈夫。途中で逃げるから、そのつもりで」


 ミリアは緊張したような面持ちで小さく頷いた。

 見えたのはディートリヒ一人だが、見えにくいところに何人もいるのはわかった。ディートリヒは囮に近い。本命はこの夜でも正確に打てる弓使いだろうとナキはあたりをつけた。

 森の中では騎士は分が悪い。彼らの真価は平原で、馬付きで発揮される。


 さすがに皇子が傷つけられれば、関与しないつもりの諜報部隊も出てくるらしい。


 がら空きの砦の心配などしてなさそうだ。あの場には他国の諜報関連の人も入り込んでいるし、同じ国であっても立場の違うものがいる。普段は大人しくしているだろうが、この機会にと暗躍し始めてもおかしくはない。


「その方をこちらへ返してもらおう」


「ナキ?」


「返せなんてよく言えたもんだよね。後から来たのはおまえらで、好きに動かそうとするのも、口説くことすらできなかったのに寄こせとは強欲だ」


「この国には必要なお方だ。

 ミリー殿、望むものをすべて用意しよう。我らのもとにおいでください」


「無理よ。私が欲しいのはナキだけだもの。それだけは許さないでしょう?」


 ミリアがそう言って胸元に顔をうずめてくるところが、おそろしく可愛い。ナキは一瞬、全部投げて帰ろうかなと思う。避難所に逃げ込めば一瞬なのだ。

 それをしないのは、冒険者のナキを葬るため。今後の活動に支障がありそうな立場は一度投げ捨てたいのでぐらつく理性をどうにか立て直す。


「お望みでしたら、その男も皇子にお仕えすればよいでしょう」


「そういうの人質っていうんだよ。悪いけど、国に仕える気はない。というわけで完全に決裂してるんだ」


「その方を渡せば見逃してやろう」


 ディートリヒの言葉にナキは笑う。

 嘘もうまくつけないような相手を囮に選ぶのが間違っている。小さな風きり音が耳に届く。


「次は実力行使とか、イヤになるよね」


 ぱたりぱたりと二本の矢がナキの前で落ちる。詠歌がきちんと役割を果たしてくれた。

 その矢はミリアに当たることも厭わないようだった。そこに相手の真意が透けている。

 つまりは、都合の良い人形が欲しい。ついていけば、徹底的に意思を殺させるだろう。ミリアルドを演じさせるだけで本人の意思などいらない。


「温情をそうと思わず断るようなものなのだから仕方ない」


「人の幸せぶっ壊して温情ね? まあ、いいや。そのあたりは、お仕置きする人が思い知らせてくれるだろうから。

 じゃ、二度と会うことはないだろう」


 冒険者としては、だろうけど。ナキは内心呟く。こういうしつこいやつはまた会うに決まっている。その時はどんなことになっているかはわからないが、そりが合わないから仲良くすることはないだろう。


「早く済ませて帰ろう。クリス様」


「うにゃあ」


 本気でするのぉ? という不満がありありと出ている態度で、白猫はナキの肩に乗った。


「行くかのぅ。我に感謝せよ」


 予定の崖はもうちょっと先にあった。




 見える追っ手を撒いてたどり着いた崖の下は真っ暗だった。

 見えない追っ手はそれなりの距離を保ってついてきている。隠密行動に長けているなと舌打ちしたくなる。ただ、相手からの手出しはしないのか、詠歌が防いでいたのかはわからない。

 目立つはずの赤い鳥はどこにも見えない。


 ナキは一度ミリアを下ろした。

 ミリアも恐る恐る崖の下を覗いていた。


「今なら、隠れ家に帰ってもいいけど」


「詠歌様に運ばれたのでこのくらいの高さ平気よ」


「……あの鳥、ほんとにどうしてくれよう」


 ナキの安心と保険をぶち壊しにしたことはあとで清算するつもりだ。

 幸運の鳥の羽付きお守りというのはどうだろうか。ぼったくり価格で教会に売りつけたい。効果はあるかは知らないが、本物の聖獣の羽だ。


「んん? なんかぞわっとしたぞ。

 まあ、いいや。ほらクリス貸せ。下に運んでやる。落ちるよりましだろ」


「う、うむぅ。ほとんど変わらないような滞空時間が伸びて恐怖が増えるような」


 ナキが毟った羽の行方を検討している間に燈明が戻ってきたようだった。今の中身はどちらかはわからない。

 鷹ほどの大きさの赤い鳥にぷらんと捕まれている白猫は捕食される感がある。


「い、いたいっ! 爪が食い込むっ!」


「うるせぇな、黙ってろ」


 ギャーギャー言いながら去っていくところは全く緊張感の欠片もない。

 ナキは思わず笑いだしそうになったが、ここからは悲壮感が必要な場面だ。さすがに笑っているのはおかしい。

 ミリアも何とも言えない表情だが、口元が緩んでいた。


「締まらないね。さて、万が一ほんとに死んじゃうこともあるんだけど、大丈夫? やっぱり戻ってる?」


「このままで構わないわ。一度なくなったものだもの。でも、そうね。心残りはあるからいいかしら」


 ミリアはそう言ってナキを見上げる。


「なに?」


 今までの不敬ややりすぎたことを怒られるのだろうか。ナキは戦々恐々としながら次の行動を待った。


「……ちょっとかがんでくれる?」


「へ? え、なぐられちゃ……」


 殴られはしなかった。冗談めいた軽口が宙に浮く。

 きわめて口元に近い頬に触れた柔らかい感触。


「他のところにしてあげるって約束したから」


 ナキとしてはある意味殴られるより衝撃的ではあった。

 ミリアに恥ずかしそうにうつむかれると追撃を食らったような気がしてくる。


「じゃあ、あとでもっとちゃんとしてもらう」


「え」


「全然、足りない。俺頑張ったし、ご褒美もらっていいよね」


「な、ナキ?」


「ほんとさ、俺が一番、ミリアにとって危険ってちゃんと言ったのにわかってない。

 もちろん、あの聖獣たち追い出してからね」


 ナキは邪魔などさせる気はない。

 ミリアが慌てたような態度なのを見て、少しばかり楽しくなってきた。


 このまま誰も来ないのであれば、崖に落ちた風の細工だけして無事帰宅したい。ナキはあと一分と期限を切る。

 しかし、ナキの希望を裏切るように明かりが見えた。


「……諦めてこちらへおいでください。悪いようにはしない」


 現れたディートリヒは多少くたびれた感はあるが、無表情でいうところはナキから見ても怖い。ミリアはナキを盾にするように後ろに隠れようとした。 しかし、思い直したようにナキの前に立つ。

 その堂々とした立ち姿は威厳すら漂わせていた。


「嫌よ。どうして私なの? 他にもいるでしょ? 貴方に釣り合うような人が」


「殿下の望みを叶えるために必要なのです。聞き分けてください。側にいてくださるだけ。それ以上は望みません」


「ナキ」


「ん?」


 くるりとミリアは振り返った。


「一緒に死んでくれる?」


 ミリアは良い笑顔だった。言葉に見合わない幸せに溢れたようなものにナキは言葉に詰まる。よほどイヤらしい。

 そういえば、最初から死ぬほど嫌だったなとナキは思い出して少しばかりあの皇子に同情する。

 自業自得だろうが、好きな子に死ぬほど、それも実行してしまうくらいに嫌われるというのはなかなかにえぐい。

 だからと言って手心を加える気はしない。


「もちろん。喜んで」


 ナキはミリアを崖の縁までエスコートするように手を引く。これから始まることが楽しいことのように軽やかに。


「じゃ、ばいばい」


 子供のようにミリアは誰かに手を振った。

 ナキはそちらに視線を向けて、小さく笑った。


 愕然としたような表情のディートリヒの向こう側で凍り付いたような表情の皇子がいた。間が悪い、あるいは、ちょいどいい。

 計ったように崖の縁から足を離す。少しの浮遊感と落下する感覚。

 ミリアが離れないように抱き寄せる。


「誰があなたのものになんかなるもんですか」


 腕の中のミリアが独り言のように呟いた。




「……うむ。我は思うのだが、最初からここに待機で良かったのではないかな」


 ナキの下のふかふかの毛皮が不満を述べた。


「高級ビーフジャーキーとブラッシングと撫でまわし」


「む。三日で手を打とうではないか」


「あとは頼む」


「任せよ」


 ナキはこれ以上動ける気はしなかった。通常の活動量の倍以上働いた気がする。

 もうこれでおしまいと思えば気が抜けた。


「……あのね。ナキ。放してもらっていいかしら」


 嫌だと言ったら怒られるだろうかとナキは思う。腕の中にいるミリアはいい匂いがするし、柔らかい。ふにふにしていて心地いいものが触れている。これ以上は、色々まずいが離したくない。


「やだ」


「クリス様、何とか言ってください」


「うむ。無理じゃのぅ。緊張の糸が切れて疲労が全部襲ってきたのだろう。駄々っ子よりもたちが悪いぞ。下心もありよりのありだからのぅ」


「それ、素直にありって言えよ。ガス欠か。もうちょい持つと思ったんだけどな」


「むり。眠い」


「え、ナキ? ホント寝るの? ここで、こんなで?」


「ミリアはあったかいし、いい匂いする」


 絶句したミリアをそのままにナキは夢の海に落ちていった。

 その後、目を覚まして謝り倒すことになるのだがそれはもう少し先のことだった。

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