多少の誤解とすれ違い
ナキの不在も一週間程度ともなれば、ミリアもちょっとは慣れた気がした。
白猫もいたし、不自由はしていない。食事以外は。
今度こそ、ちゃんと教えてもらおう。ミリアは静かに決意をして、ちょっと焦げた目玉焼きをお皿に盛った。
「はぁ」
ナキは簡単そうに作っていたが、実際はそんなことはなかった。ミリアは箱入りだという自覚はあるが想像以上に箱入りだった。いうなれば厳重な宝箱管理だったのだ。
ミリアはちらりとテーブルの上の籠へ視線を向けた。非常食とナキが置いていったおいしい食事の元がある。それはちょっとお湯を沸かせばできた。ミリアはなんだか敗北した気がして自炊しているがそろそろ心が折れそうになってきている。
誰もいないならそろそろ使ってもいいのではないだろうか。食料もそろそろ尽きてきたしと言いわけして、あっためるだけシチューへ手を伸ばす。
「やっぱりこっち戻ってないか」
ばたんと急に扉があいた。びくっとしたミリアは手に取っていたシチューの袋を慌てて籠に戻す。
悪いことをしているわけではないのに、後ろめたい。
「びっくりしましたよっ!」
焦っているミリアに見返されて燈明は黙った。慌てて戻したシチューの袋が籠からあぶれている。
「……わるかった?」
うん。悪かったかなと首をかしげているが、燈明は何かは反省したらしい。
「ま、食事するなら先にしとけ」
ミリアは焦げた目玉焼き、シチュー、温めたパンをテーブルの上に用意した。燈明は基本的には水も飲まない。
聖獣は飲食不要で、嗜好品としてもあまり好まない傾向があるらしい。そういう風に作られていないというし、別に羨ましくも感じないようだ。
ただ、今は燈明はミリアの食事からは視線をそらしている。おいしいかどうかは知らないのに、おいしそうかはわかるらしい。
作らないのに作り方には口出しするのもおかしいといえばおかしい。ミリアは思い出した。
白猫は猫なので仕方ないが、燈明は不器用と言い張って作ったりはしないのも不可解ではある。
「クリスは?」
ミリアの腕前には特にいうこともなく、燈明は室内を見回していた。毎回、顔をしかめて僕は食べないからねと念押ししていた人とは思えない。
なにか変だなと思いながらミリアは数時間前のことを思い出す。
「用があると出て行って、数時間たったかしら」
「じゃあ、一緒にいるかな」
「なんのこと?」
「なんかよくわかんないけど、ナキが消息不明らしい」
「……え?」
「槍だけ残して所在不明。つっても困ったことにはならんだろと東方のお方は言ってたな。
というわけで、そのうち帰ってくるだろ。じゃ、俺は戻るから」
「なんで、落ち着いて、え?」
その言葉のままに立ち去りそうだった燈明をミリアは慌てて引き止めた。
断片的な情報だけでは余計悪い想像をしそうになる。そういえば、白猫も慌てて焦っていたような気がしてきた。
ミリアは気にせぬようになとわざわざ言っていったのがさらに不安を煽る。
なにをして、そうなっているのか。ちょっと戻って国外に出るだけ、すぐに戻れないかもしれないけど危険はないよなんて言っていたのに。
ミリアの不安そうな様子に燈明も思うところがあったらしく、クッションの上に座った。
おお、すげぇなと人をダメにするクッションに感想を述べたのち、こう言いだした。
「逆になんでそんなに動揺してるのかが不思議。大丈夫、死なない死なない」
「死ななければいいというものではないのでは?」
ん? と言いたげに燈明が首をかしげている。
どこからどう言えば、この聖獣という生き物に社会的な生活を理解させることができるだろうか。
まず、お金が必要であるとか、生活をするのもどこかに滞在しなければいけないとか、お金を稼ぐのもそれなりに立場が必要とか。そういうことを必要としないためにいまいちピンとこない、らしい。
どこでも寝れるし、食べ物は必要ないし、基本的に襲われることがない。どこかで病気も怪我もしない。
聖獣とはそういうもので、人とはやはり違う。
「そもそも行方不明って?」
「国境に向かう道の途中の愛用の槍が落ちていて、本人は不在。クリスが残されてにゃあと鳴いていたそうな。ほら、平和だろ」
なぜか、白猫が飽き飽きしたと鳴いた場面が想像できた。白猫はナキへの信頼があるようで、よほどのことでもない限りは焦ったりしないようだった。
大丈夫であろう。と。鷹揚に構えて。でも、ここを出て言ったときには違った。
「ものすごく焦って出ていったんだけど」
「え。なにかあったかな。じゃ、やっぱり僕は出ていくから。ちゃんとお留守番……」
言いかけて、燈明は黙った。まじまじとミリアを見てすっと目を細める。明らかに燈明らしからぬと表現できる動き。数日くらいの付き合いでもあの鳥の聖獣が直情傾向で、策謀にも隠し事にも向いていないどころか人として暮らすのはちょっとと思うくらいであることは気がつく。
ここに現れてから燈明らしからぬ行動が端々に見えていたが、ミリアはそれに気がつかないふりをした。それはまずかったかもしれない。
ミリアを見つめるぞわぞわするような冷たい視線が急に緩み柔らかく笑った。
「とりあえず、それ食べちゃって」
「はい?」
「気が変わった。連れていく。面白いことになりそうだし」
絶句しているミリアに燈明は楽し気に声をあげて笑う。
「一人で出かけるなと言われています」
「俺と一緒。大丈夫」
それは一匹ではないのかとはミリアは言えなかった。その結果、この安心な家を出ていくことになっている。
入った場所からしか出れないという原則を守って入った場所に出てきた。
真っ暗な森の中で一人ぽつねんと立っているのはかなり心細い。森の中には獣も魔物も存在している。
ミリアはどちらにも会ったことはないが。
安全に守られた範囲を超えてどこかに行ったことがない。そう突きつけられたようだった。攫われるように国外へ連れ出されたときも安全で守られてはいた。
この先は違う。
「ぴゅいぴゅー……。
お待たせ。いやぁ、鳥って早いね」
急にそこに現れたように赤い鳥がいた。さえずる音は少しばかり調子はずれで、遅れて声が聞こえてきた。
「んー。器用なような不便のような」
ミリアが見ている前で鳥が巨大化した。
「足につかまるのと咥えられるのどっちがいい」
どっちも嫌だった。
ミリアが背中に乗ることにして、燈明とどうにか折り合いをつけた。そこまでは良かったが、速度が速すぎて落ちそうになり、涙目で減速を要求して落ち着くには時間がかかった。
あたりはすでに暗く、星以外見えない。
ミリアは移動の間に、燈明が知っていることを聞いた。
ナキが皇子やユークリッドに気に入られた結果、雇ってもいいと言いだし、それを断ったものの周りが面白くなかったらしい。
それとは別にミリーを匿っているのではないかと疑われ、誘拐したなどと言いだしたりしたと。そちらは皇子は絡んでないだろうというのが燈明の見解だ。おそらく、別の誰かの独断でこの行方不明にも関与してないのではないかと。
ただ一つ腑に落ちないのが、途中までは皇女の侍女をしていたミリーを探していたが、途中から赤毛のミリーを探し出したということだ。
赤毛ということに意図的なものがあるとすれば、ミリーがミリアルドに似ていると誰かが気がついたか。それともただ単に皇子に差し出す生贄として求められたか。
どちらにしてもいいこととは思えない。
商業ギルドも冒険者ギルドも知らないと主張しているし、実際、ミリアについて彼らが知っていることはほとんどない。
ナキを追いかけてやってきた押しかけ妻程度の認識でいる。美人な恋人が貴族に見染められて難癖付けられているという話ということで。
この件は事によっては、冒険者ギルドと皇室の間での溝になりかねない。
商業ギルドの出方はわからないが、積極的に探しだそうとはしていないし、ミリーの架空の実家への圧力もかけるつもりもないらしい。
そのうえ、双方、抗議まではいかないまでも苦言は呈しているらしい。
「つーわけ」
「……お聞きしていいかわからないんですけど」
淡々と整理した情報に違和感がある。
やはりとミリアは尋ねることにした。
「なに?」
「燈明様ではありませんよね?」
「……ありゃ。なんでバレるかな」
「燈明様は、そんな態度取れない方でしたし、知った時点でなにか殴りこみしそうな……」
「あー、そーだね。燈明にしては落ち着いた振舞いが変か。次の参考にする。
聞いてはいたけど、確かに東のお方に似てる」
「そうですか」
ミリアは聖獣たちの嘆きというか愚痴をあれこれ聞いているので全く誉め言葉には聞こえなかった。信心深いわけでもないが、敬意が目減りしているのは確かである。
聖獣についてはの評価は今後、そっと目をそらして素晴らしいですねと棒読みしそうな予感すらする。
「俺は詠歌。基本的に情報を扱うから、情報は確かだよ。ちゃんと拾ってきた」
どこから、というのは聞いてはいけないのだろうなとミリアは判断した。ちゃんと答えてくれるが答えに問題がありそうな気しかしない。
「それから一個だけ聞いておきたいけど」
「なんですか」
「ディートリヒとか好き?」
「大嫌いですねっ!」
その答えに燈明は楽し気に笑い声をあげた。
「顔を合わせれば嫌な顔、嫌味と地味な嫌がらせするようなやつのどこを好きになれと」
「いやぁ、こじれたなぁと思って。あははは。皇子様は」
「めんどくさいのでお断りです。存在しないミリアルドの幻想に付き合えません」
「じゃあ、ナキは?」
うっとミリアは言葉に詰まった。
ごにょりごにょりと好きですよと呟くだけで顔が赤くなるし、心臓が痛いくらいドキドキする。いない場ですらこれなのだから本人に言える気がしない。
好きだとも言われているのだから、問題はないはずなのに不安ばかりが募ることに目をそらしている。
「なるほど。参考にするよ」
なんのですかっ! そう聞けば墓穴を掘る気がして、ミリアは黙ることにした。一個と言いながら三つも聞いてきたと恨みがましく思っても相手をされない気がする。
この燈明に似たものは、とても一筋縄ではいきそうな気がしない。聖獣とは単純ないきものではと白猫や燈明を見て思っていたのだが、違うようだ。
ミリアが静かに見上げた夜の空はとても綺麗だった。




