わるいけど。3
「武器を作り出す能力は報告になかったな」
「一応、調べてはきたんだ」
ナキは相手が長剣を抜くまで待った。
室内のしかも地下牢などという場所では扱いにくいということまで考えられるほどではないだろう。
地味にものが多いのも考慮すべきで、ナイフのようなもののほうが使いやすい。
「長槍の、あるいは、白猫憑きのナキと呼ばれるそうだな。どちらも今はないが」
「自分で名乗ったわけじゃないけどね」
もう一つの名は知らないらしい。
ギルド内での通称、スキルコレクター。それを知っていれば、もう少し別の対応をしただろう。
少なくとも、こんな普通の牢屋に装備も残しておかない。
「言い残すことは」
「変に律儀だよね。そういうとこが、ものすっごい気に入らない。
もし万が一、俺が死んでも、ミリーはお前のことなんか好きにならないから勘違いすんなよ」
「あの方は殿下に相応しい」
「そっちは殺しても飽き足らないほど嫌いだろうよ」
それの返答はなかった。
大きく振られた剣があるいは返答だったのかもしれない。挑発するつもりはなかったんだけど。ナキは心の中で呟きながら、避ける。相手も別にそれで当てる気はなかっただろう。
がら空きというほどでもないが、隙がないわけでもない。
足払いは想定していなかったのだろう。あっさりと体勢を崩したところにナイフに柄で頭に衝撃を与える。
ぐらつきはしたものの未だ倒れないことにナキは呆れた。
「頑丈だね。でもまあ、動けないって、あぶな」
目標も定めず振られた長剣を慌てて避ける。逃亡に特化したスキル構成でなければ多少は痛い思いをしたことだろう。
それで最後のバランスを崩したのか床に倒れこむ。
「おっと、危ないからこれは没収」
ナキはその手の長剣を取り上げて部屋の隅に放る。お高そうではあるが、売るにも難儀しそうだし長剣は専門ではない。
「さっさと始末すればいいだろ」
潔いというより、ほっとしたようなディートリヒをナキは見下ろした。
イラっとしたからとりあえず踏むか。ナキは胸のあたりに軽く足を乗せた。なんだかとても悪役になった気分がする。
「国外逃亡するにしても、手配されそうなことするわけないだろ。
それに彼女にそう言うの背負わせたくないし。気にしないようで気にするんだ」
ぐいぐいと押してみたがディートリヒには効いているような気がしなかった。やっぱりドMなんだろうかと疑惑を覚える。
おそらくは服の下に鎧状のものを着こんでいるせいではあるのだろうが。
「私的に動かした結果なのだから、そんなことが起きることもない」
「皇子様の側近が何をおっしゃいますやら。家が許さないでしょうよ。
……ていうか私的に動かしたんだ。意味が分からないな」
皇子の希望を叶えるために、ナキからどうにかしてミリアの居場所を聞き出したい、となればわかる。しかし、実情には齟齬がある。それなら普通の牢屋に入れればいいし、荷物も取り上げたままでいいはずだ。嘗められているということかとも思ったが、どうもおかしい気がする。
なんだかちぐはぐなのはナキにもわかるが原因も理由もわからない。その気持ち悪さに顔をしかめた。
ナキは手元のナイフを一度消した。
「で。この茶番はいったい何? 俺に何させたかったってわけ?」
「……さっさと殺せ」
「……そー。じゃあ、遠慮なく」
ナキはめんどくさくなって、別の短剣を用意した。
「とまあ、ここまでは良かった」
「良くないように思うがのぅ」
ナキの肩につかまり、いや、しがみつきながら白猫はつぶやいた。
平地のようにとは行かないまでも森の中にしては相当の速度で進んでいる。
「やったのか」
ナキは人を害するのを忌避するたちだ。死ぬまでとなるとかなり躊躇する。仕事としてある程度ならば割り切っても個人的な事情では思いきれないところがある。
それでも今回は相当苛立ちを貯めていたからもしかしたらと思ったのだが。
「まさか。そんな重み背負いたくない。理由はよくわからないけど、俺が逆上でもしてさくっと殺してもらいたい、って感じしたから絶対しない。あの感じ悪い発言と行動の数々は素か意図的かもわからないし。なんか薄気味悪いし。
足止めとして足に怪我させて、のあたりで、きちゃったんだよ」
「なにがじゃ」
「皇子様。自分の指揮権を奪われたのは気がついたんだろうね。で、ディートリヒを探してあんなとこまで。
で、流血と部屋で正気を失いまして」
「はぁ。なにをしておるのか」
「ねー。俺、悪くないよ。巻き込まれただけだからね。
本物の殺気を食らってうっかり自動反撃で止め刺しそうになったから、逃げてきた。さすがに次期皇帝やるのはまずすぎる」
「それではなんでそんなボロボロなんじゃ?」
「数が多すぎて弓で遠くから狙われたり、数人がかりとかいろいろあって。ある程度戦意喪失させて逃げてきた」
「こっそり出てくれば問題なかったのでは?」
「残念ながら、でぃーなんとかに意識がありましてね。あっちがブチ切れでしたのですのよ」
ナキは動揺のあまり変な言葉遣いになっている。
死ぬ気の人とは思えなかったなぁと呆れたように呟いていた。
「クリス様はなんかわかる? 俺。振り回されただけで全然わかんないんだけど。あの男、同じ次元生きてる?」
「ミリアルドを好いていたのではないか?」
「は?」
「目の前で死なれて後悔したから、死にたいとかな。いるぞ、そういう前世紀の遺物のような騎士は。次に目をつけたミリーも実は赤毛で、ミリアルドそっくりでなどと言えば尚更死にたくなりそうだのぅ。主君のために用意すべき女性に惚れるとか」
ぴたりとナキは足を止めた。反動で白猫が落ちそうになる。あぶないではないかという抗議は全無視して、なにかを考え込んでいる。
「……クリス様の予想が違うことを願っているよ。
そういえば、ミリアは元気だった?」
「我がさっき見たときには元気だったのぅ」
「……うん? 今は全部、こっちきてんの?」
「もちろんではないかっ! 崖から落ちるんじゃぞ! 少しも失敗したくはないわっ!」
白猫の主張にナキは顔をしかめた。耳元で騒がないと今度は荷物の上に乗せられる。
ナキはあたりを見回して、首を傾げた。
「嫌な予感がするんだけど何かなぁ」
「うむ? 我とナキだけであれば、特に問題は発生しないであろう? 燈明は何かあっても自力でどうにかするであろうし。ミリアも一人でどこかは行かぬように言い含めておいた」
「だよね。なんだろうなぁ」
一人で、というところが問題であったと白猫が回想するのはもう少し先のことだった。




