わるいけど。
翌日、元に戻った燈明は、喉が痛いと苦情を言っていたがナキは風邪かなとごまかした。実は詠歌が生の肉体をいいことにしゃべり倒していたことが原因だ。
やはりシャバの空気はうめぇということなのだろうか。
白猫とナキは夜半には撤退したので、いつまでやっていたのかも知らない。宿は言付けていたのでそこに泊りはしたようだった。
白猫が惜しまれつつ、宿を引き払い、恐ろしいほどすんなりと町を出ることができた。
道の半ばで別れ、ナキと白猫は国境へ、燈明は帝国内へと向かう。
順調だったのはそこまでだった。
「……なんか、後ろ付けられる気がするの気のせいで済ませたいけど、無理だよね?」
「希望的観測を全推しできずに現実的な話を始めるのぅ」
「同業者っぽいのに、恰好が商人っぽいとか恐ろしく食い違う」
「もう少し気を抜いて歩いているものだからの」
ここは国境へ向かう一本道。この街道に野盗がでるようになれば、即掃討されるものである。最後の町から国境に向かうところまでは安心して歩いていてよい場所だ。魔物も出たりもするが、通常は出現する区域が決まっている。
ここではそんなに注意深く、あるいは殺気立って歩く必要はない。あの様子ではそれとなく他の旅人たちからも距離を取られていることに気がついていなそうだ。
どうせならもうちょっと隠密行動がとれる相手を使えばいいのに。ナキはそう思いながらちらりと後方を確認する。
「三人?」
「離れてもう二人いるのぅ。これなら、先に何人かいるのではないか? 最初の野営地点とかちょうどよさげではないか」
「……一人相手に大げさじゃない?」
「ナキの相手には足りぬであろう?」
「クリス様、俺、そんなに強くないよ。まあ、逃げるのに特化してきたから大丈夫だと思いたいけど」
「ふむ。では、どうするのだ」
「クリス様は逃げておいて。捕まったときに面倒そう」
「うむ? 逃げぬのか?」
「さすがに次なんかしてきたら、思い知らせようかと思ってたから」
「不憫じゃのぅ」
「俺の心配しなよ」
「ミリアに告げ口されたくなければ早く戻ることだな」
そう言い捨てて、溶けるように白猫は消失した。注目しているものがいれば、おかしいと気づくやりようにナキは苦笑する。
「さてと、どのあたりで仕掛けてくるかな」
そんなに目障りなのかね? ナキは小さくため息をついた。
それからほどなく、前方に人が見えた。
こちらは正規兵の恰好をしているが、中身が一般兵っぽくない。きらっきらの金髪は貴族では一般的であっても庶民では珍しい。なぜ、もっと地味な見た目のやつを選ばないとナキは心の中で突っ込んだ。もう、疑ってくださいというようなもので、それくらいなら取り繕う必要はないんじゃないだろうかと。
誰か、突っ込んでやれよと思うくらいにはひどい。
これがたぶん、真面目にやった結果なんだろうなと思うとさらにひどい。
「どうかしましたか?」
これを真面目な顔して対応するなんてなんの罰ゲームだろうか。
世慣れない集団というのは、やっぱりちょっと問題がある。近衛としての精度は良くてもイレギュラーなことに向いてない。そして、荒事に慣れたやつを雇うという概念もないくらいに真っ当なんだろう。
ナキは、どうしようかなこれと思案する。
一人一人は善良で、でも、集まってしまえば独善的になれる。
「この先、魔物が増えてこちらの道は使えない。森の中を抜けるか、戻れ」
「……わかりました。じゃあ、このままいきますね」
「は?」
正気かと見返された。ナキは至って普通に答えたつもりだ。
「これでも冒険者なので魔物くらい平気です」
といいつつ、流血の服でもどこかに置いて、やられて食べられちゃった演出をして逃げおおせるのもありである。
誘導された通りに動く気はナキにはなかった。そこに魔物の群れがいたとしても、今なら逃げる自信があるスキル構成だ。代わりに戦闘能力は劣化している。
「森の中を行くなら護衛するが」
「得物もありますし、大丈夫です」
困ったと言いたげな顔の兵士が、一瞬後方へ視線を向けた。
「あ」
そうつぶやいたのは誰だったのか。ナキは急に背後から衝撃を受けた。
「……いってー」
ナキは顔をしかめて身を起こした。どこかに運ばれたというのはわかっている。
なにかに叩かれたような衝撃は害意はあるものの殺意はなかった。ただ、打ち所が悪ければ骨折くらいはしそうなものだった。
痛みの瞬間に咄嗟に痛覚を遮断して、気絶した振りができたのはよいことだった。誰かが近づいてきたこともなにかされそうだとも気がついていたが、あえてなにもしなかった。
ナキとしては先に手出しをされたという建前が欲しかっただけではあったが。
「へったくそっ! いい加減にもほどがある」
相手の目論見としては気絶の一つでもさせたかったのだろう。
ナキは残念ながらその程度で気絶できるほどやわではなかった。なのでものすごく痛いだけだった。後でやり返してやると心に決める。
ナキはあたりを見回して意外だと思った。行先は、砦の牢屋だった。もっと普通の牢屋に、つまりは石でできた快適さも欠片らもない場所に入れられると思った。
「……ここに入れられるとは」
かび臭い癖に調度品がそろっているちぐはぐな印象の部屋。
ミリアがいた牢。
実際、中に入ったことは一度しかない。その時もおかしな部屋だと思ったが、実際に観察するとなにかぞわぞわしてきた。
どう見た目も居心地も変えようと牢屋なのだ。
逃がすことはないと宣告されたようなもの。
居心地の悪い部屋より、気持ち悪い。
ミリアは去ってから変わったような印象はない。興味を惹かれて、ナキはクローゼットを開けて閉めた。服がそのままきちんとかけられている。華美ではないが品よく整えられたドレスたちになんだか怨念めいたものを感じた。
主がいないのに、残されているという感じではなく今も待っているようだった。
ここに戻ってくることを。
それ以上何かに触るのも怖くなり、ナキはばふっとベッドに転がった。柔らかく温かい羽根布団があればここで冷えることもないだろう。床にも絨毯が敷かれ、可愛らしいスリッパが置いてあった。
照明も火ではなく貴重品の魔道具。
ナキには優しさよりも、執着に思えて大変落ち着かない。逃げるというより、そのくらいなら死ぬと言いだす気持ちがちょっぴり分かった。
これは怖い。
それにミリアは気がついていないだろう。この山奥の国のはずれの砦なんかにこんなもの事前にあるわけがないということに。
念入りに、事前に準備していなければあり得ない。
「……知らないほうが幸せかな」
ナキは近くにあった枕を手に取った。シルクのつややかな手触りと微かに残る甘い匂い。確かに彼女がここにいた形跡が残されたまま。
偉い人の考えることは全くわからない。ナキはため息をついてぎゅっと枕を抱きしめた。
やはり、ミリアルドには死んでいるままにいてもらわねばならない。
「わるいけど、もう、彼女は俺のなんだ」




