冤罪なのか誤解なのか 3
詰め所を出れば、白猫がいた。
地面に転がってお腹を出している。我、どうにかなっちゃいそう! という感じで、撫でまわされている。そのうえ、順番待ちができていた。
やめ、らめぇと言いだしそうなにゃ、にゃあっ! と声を上げる白猫をなぜか踏みたくなる。
「……我可愛いというのは認めるが、苛つく」
「同感です」
ここで、無理やり白猫を拉致すると恨まれそうなので、制限時間と新しく順番待ちに並ぶのを終了させておく。
「よくある?」
「たまにあります。そして、その中に、いるんですよ」
むんずと白猫の首根っこが女の子に捕まれた。そのまま、たったかと走り出しそうになって白猫ごと女の子が捕まっている。
「ああいう誘拐犯。子供ならまだかわいいくらいなんですけど」
大人のほうが用意周到で、あ、という間に攫ってくる。
泣き出す女の子に周囲の人が、みんなの猫なのでダメなのだと説得しているのは微笑ましい。
「……聖獣のくせに誘拐されるとか。あいつほんとに猫なんじゃねぇの?」
「ほんとにね。ところで、俺はナキっていうんですけど。どなたですか?」
しばらくはそのままだろうと踏んでナキはそう切り出した。
燈明はきょとんとした顔で見返して、嫌そうに眉を寄せた。
「クリスが言った通り、察しがいいというか勘が冴えてるのか。
序列三位の詠歌、基本的には電子の海を渡る精神生命体。ちょっと見に来て覗いたら燈明がやらかしそうだから乗っ取った」
「乗っ取った」
それと電子の海ってなに。聞こうとして、ナキはやめた。
そういえば、守護者は外敵を撃ち落とすとか聞いたので。しかも弾幕系シューティングゲームっぽい。楽しいよと目のハイライトが消えていそうな声で勧誘されたこともあるが断った。
残念ながら、ナキはコマンド型のRPGか、ガチャを回すようなゲームしかしていない。即死の自信がありすぎる。
「明日には帰る。破壊は燈明の専売特許。
帰るまでに可愛い女の子! 男の子でもいいよ!」
生のデータが欲しいんだよね。生きがいいやつ。
ナキはそっと視線をそらした。聖獣というのは、やはり、変わっている。
白猫が惜しまれながらその場を去ったのはしばらくたってからのことだった。
砂まみれで、抱っこを要求したのでナキはお風呂を逆に要求した。黙ってから、我は歩けると言いだしたのでよほどいやだったらしい。
その隣で燈明の中身の詠歌が爆笑している。うちにも愉快な猫欲しいと言いだして、白猫の機嫌を損ねるということが、歓楽街につくまでのことだった。
皇子が滞在しているせいかやはり大人しくはある。しかし、それはどこか抑え込まれたものがあるように感じた。息を潜めて、やり過ごそうとするつもり。でも、一線を越えればどうなるかはわからない。
今まではこの町にきても町には顔を出さず、すぐに砦に行っていたらしい。それに付属する推定近衛の者たちも町に降りてくることはほとんどなかった。
だから問題も少なかった。
しかし、今は横柄な態度でお店も困っているらしい。接待されるのが当たり前すぎて、それがないのがおかしいといいだしているような状態。
そういうのは高級店でやってくれと出入り禁止の店もあるらしい。金を払えばいいと勘違いされて揉めたとかいう話を聞いたがそれは誇張された噂であってほしい。
「クリスさまぁ聞いてくださいよぉ」
白猫行きつけの店に入った瞬間に、足元にいたはずの白猫が消えた。搔っ攫われてお店の店員たちに撫でまわされている。
「なにあれ」
「いや、俺もこれは初めて見たんで」
癒しだとアイドルどころか神のごとく崇められている。それどころか他の客にすら順番待ちをされている。
どこかで同じものを見たなとナキは呆れながら空いている席に座った。
「新しい宗教ができるかもしれない」
「もふもふ毛皮教、とか? 俺も外身作ってもらおうかな。毛皮で」
外身ってと突っ込んではいけない。
「悪いな。最近、疲れていてな」
店主自らナキ達のところに注文を取りに来た。サービスとつまみと果実水をことんと置く。つまりはあの白猫はしばらく帰ってこない。
俺もと店主の手がわきわきしていた。
ここまでくるとナキも詠歌もちょっと同情する。ぼろきれのようになって帰ってきそうな気がした。
店主は仕事にならんとナキ達のテーブルに着いた。歓楽街の顔役の一人だというのはナキも知っていた。なぜか四人いる全員に覚えられて、指名依頼も時々もらう仲だ。もちろん、白猫が一緒に来ることが条件。
添え物は俺のほうと半笑いするしかない。
店主は詠歌にも軽く挨拶し、なんだかよくわからないままに乾杯することになる。
え? これってどういう作法? と言いたげな詠歌がのせられている。
「捕まったわりにはすぐに出てきたな」
「誤解だった、ということになっているよ」
ナキは肩をすくめてみせた。それもどうだかとニュアンスは伝わったのだろう。店主は顔をしかめていた。
ディートリヒにとっては冤罪であっても牢屋に入れておきたかっただろう。
ミリアを探して勧誘して、手元に置くには確実に邪魔だ。ナキは彼女をどこかに隠したと確信しているようなそぶりが見受けられる。
そんな形跡残さなかったので、勘なのか、思い込みなのかはわからない。しかし、諦めそうにも思えなかった。
「俺も違うんじゃね? と言ったんだけど、聞いてくれなくて困った。なんなんだあれ」
「あそこまで横暴な方ではなかったはずなんだが、この間からおかしい。
統制をとれないということも今までなく、規律には厳しい方だったんだ」
店主は腑に落ちないといいたげだった。
ナキは薄く笑った。無意識に弧を描く口元は酷薄に見える。嘲りに似たそれに店主は目を見張った。
「おい、ナキ」
「ん? どうかした?」
「にゃあっ!!」
テーブルの上に急に白猫が乗ってきた。
「ひどいんじゃ! 我は疲れたと言っているのに!」
周りにはみゃあみゃあと苦情を言っているようにしか聞こえないだろう。煩いと言いたげに詠歌は顔をしかめている。
「あー、干し肉くださーい」
「高級干し肉! 皆が魅惑の毛皮に魅了されすぎなのだ」
「……干し肉、高いやつで」
苦情を言いながらもご満悦というのはどういうことだろうか。ナキは苦笑しながらもオーダーを変更する。
厨房がばたついて、捧げものがテーブルに届く頃には白猫は毛づくろいをしていた。
「俺は遠慮しておこう。
国境は明日から通れるそうだ。それにあわせてお帰りになられる予定だが、気をつけるに越したことはない」
「姫様は?」
「今しばらくご滞在らしいな。それ以上は聞こえてこない。
クリス様、次にお会い出来たら撫でさせてくださいね」
うむ。と鷹揚に頷くところが白猫の白猫たるところだろう。サービスと言いたげに手にすりっと顔をこすりつけてくるところがわかっている。
ナキも詠歌も冷たい視線を向けていたが、本人たちがうれしそうなので良いのだろう。
「……で、おぬしらはどうするのだ?」
「僕は明日には出ていくよ。そっちは?」
「報告、だろうな。帝都まで行く予定だ。うまくやれよ?」
ナキはなぜだか上手く抹消しろよと聞こえた気がした。




