冤罪なのか誤解なのか 2
「おまえのせいだろ。とっとと駆け落ちでもしとけばよかったのにグダグダ言いだして、いなくなるからミリーが自棄になる。で、我が気難しい妹は?」
ナキの困惑を無視して、燈明らしき男はにやにや笑っている。
燈明はもうちょっとバカっぽいというか裏表のなさそうな笑い方をした。本人に言えば殴られそうではあるが。
透けて見える意地の悪さと腹黒さが全く違う。これ、誰 ?と聞きたくても白猫はあー、我は外で待っているぞ。でぃーなんとかが嫌なのでな。
と取ってつけたようににゃごにゃご言って今はいない。
もしや、これを察していたのだろうか。
「王国でちょっと仲たがいして、別れた」
ナキはバカ正直に言うと室内のディートリヒが口出ししてきそうなので建前で答える。
「……バカなんじゃないかって思ってたけどマジで、バカなんだろ。とっとと迎えに行け」
「許してくれるかはわかんないな」
そのあたりで咳払いが聞こえる。
ナキと燈明は示し合わせたようにため息をついた。
ナキは話をするつもりもなかった。推定冤罪の原因に愛想良くする気もない。
そちらでお話してくださいと声を出さずに言えば、燈明は嫌な顔をする。やはり、らしくはない。今までなら嫌だと反射的に声に出るはずだ。
聖獣は割とそういうところがある。白猫の場合には人型は取らず、言葉を理解させる相手を選べるから困りはしないだろう。燈明の場合も普通は鳥の姿でさえずるらしいので、人型になったのが間違いだ。
その間違いの燈明が仕方ないと言いたげに肩をすくめて、ディートリヒに向き直っている。異常である。
「知り合いか?」
「あ? そうだよ。つっても俺とは全然接点ないから顔だけ。あとミリーが、片思い中なのがバレバレだった。それなのに親が縁談用意するからこじれたんだ」
「誘拐ではない?」
「最初からそう言ってるって。話聞かないやつだな」
燈明はイライラした様子で、ディートリヒを睨んでいた。
「俺が勝手に探すって言ってんのに、犯罪の可能性がとかうるせぇ」
これまで手出しがゼロというのが、ナキには信用できない。白猫から聞いた燈明の話というのはとにかく手が早いということだ。頑張って我慢しようとして、途中でブチ切れるらしい。女性の姿であった時からそうであるということを考えれば見た目を変えた程度で性格までは変わるとは思えない。
「誤解があったようだ。申し訳ない。
迎えはこちらから用意しよう。彼女のご両親はいつ頃戻られるのだ?」
「は?」
思わず、ナキもそう声をあげてしまった。去り損ねた兵士もは?と口がポカーンと開いていた。一般的にもおかしな発言であったという確信はこの場合、いいことなのだろうか。
燈明の口元が吊り上がる。
見た目は笑みに似ているが、目までは笑っていない。
ディートリヒは全くそれに気がついていない。鈍感というのは、幸せなことだとナキは鳥肌が立った両腕をさすった。図らずも同じことをしていた兵士と目くばせして、燈明たちから距離をとる。
それから扉を開けておいた。
巻き添えは困る。
「皇女の侍女になる誉をご両親ならわかってくださるだろう」
彼らには自覚がない。
たとえば、問題なかった恋人を引き裂いたなどとは決して思っていない。むしろ、不貞な男と縁を切れてよかっただろうと考えていそうだ。恋人がいなくなれば、好条件の侍女の仕事を断ることもないと妄信している。
それについては皇子のほうが冷淡だ。ナキについても特別に興味を持たなかったように、ミリアについても気になるが、今はそれほどでもない。
問題はディートリヒだ。
「なぁ。俺の話、聞いてた? 俺が、俺の妹を自分で探すと言っているし、両親への報告は俺からする。誰かも知らない相手なんて必要ない」
燈明はいっそ朗らかにも聞こえるような声で、宣言した。
そして、ナキは燈明の中身がどうも違うと確信した。燈明は、僕という。自称というのは見た目を変えた程度では普通変わらないものだ。
「近隣の砦の兵士長のジャックと」
あ、その設定生きてたのと思ったのはナキだけではなかったらしい。隣の兵士もえ? と言いたげで、変なところで通じ合えそうな気がした。
「そんな偽名信用に値しない。おまえさぁ。そのいかにも貴族っていう金髪碧眼でなに言ってんの? こんな辺境の兵士なんて兵士長ですら平民たたき上げがいいところだろ。貴族にしても末端のそんなおきれいな奴じゃない」
これにはディートリヒは驚いたらしい。これまであからさま過ぎて誰も指摘しなかったようだ。ほどほどに空気を読んで、無難な仕事をするような冒険者たちを用意したせいかもしれない。誰かが言いそうでも周りが止める。
皇子の側近ともなれば身分差が隔絶しすぎて、失言で何もかも失くすかもしれないからだ。
その当人はきっと意識もしていない。彼らは排除される側ではなく、気がついたら不快なものは周りが排除する側だ。察しが良ければ気がつきそうなものだが、ディートリヒには期待できないだろう。
皇子のほうがその点わきまえている。
「おい、おまえ」
「は、はい?」
うろついた視線が、逃げ損ねた兵士を見つけたようだ。彼はびくっとしたあとにへらりと笑ったところにナキは親近感を覚えた。心底逃げたいと顔に書いてある。
「そう見えるのか」
「え、ええと。貴族なのはわかります。お召し物がすでに違いますし、その、話し方が綺麗ですので」
兵士は困ったように視線をうろうろさせてから、諦めたようにそう証言した。
燈明は鼻を鳴らしている。もう完全に別人の態度だ。あの中身が一体だれかというのは問題ではあるが、本来の燈明よりはマシであると信じたい。
「身構えられるのも困ると名乗ったのだが、気分を害させて申し訳ない」
「それならもうちょっと取り繕えよ。その高そうな剣一つで豪邸立ちそうだぞ。
もし、ミリーに会えたら侍女の話はしてやるよ。それでいいだろ」
めんどくさくなってきたな。ナキもいい加減、面倒になってきた。巻き込まれた兵士もうんざりした顔で早く終わんないかなーと言いたげだ。
ディートリヒ本人だけが、察してない。これでよく皇子の側近だったなと思うが、そのくらいの鈍感力がなければいれないかもしれない。
男の嫉妬というものもなかなかに見苦しいものがある。
生まれも育ちもよく、顔も体もそれなりにと揃っていればナキですらなにをしなくてももやっとしてくる。
よくわからない状態で平原に放り投げられてからここまでそれなりには苦労したつもりだ。それが、この男のせいで半分くらい目減りする。
いっそ抹殺と危険な考えがナキの脳裏をよぎる。
「わかりました。色よい返事をお待ちしています」
ディートリヒは腑に落ちないような表情ではあったが、それが落としどころと思ったのだろう。
それで一応の決着をしたことになった。
「ナキ、行くぞ。妹もいないんだったら、可愛い女の子がいるお店いこうぜっ!」
「クリス様お気に入りのお店がありますよ……」
うむ。我、大人気とご満悦になるお店が。
行きつけるかは本人次第だろう。
そんなくだらない話で煙に巻きながら、部屋を出て数歩、ナキと燈明はため息をついた。そろりと閉めてきた扉を見る。
開く気配はいまのところない。
「……そういえば、謝罪とかなかったですね」
ちゃっかりとついてきた兵士がぽつりと呟いた。
「ああいう人が上とか嫌だなぁ」
ナキもなぜか燈明もうんうんと頷くことになった。




