冤罪なのか誤解なのか1
平穏そうに見えて平穏ではない日常というのは嫌なものだ。
ナキは長旅用の準備を終えて、国境の閉鎖を解かれてるのを待っている。ように見えるはずだ。
めんどくさいから近くで野営するという知り合いもいた。どうにも皇族がいる町は居心地が悪い。
ナキもちょっと予定を変更しようかなと思ったりもしたのだが、出入口に衛兵とは思えない兵士の姿が見えて諦めた。
外に出た途端に襲われる、なんてことはないと思いたいが信用もできない。周りがナキのことを意識していると考えるのは自意識過剰かもしれないが、白猫が不在ともなれば用心するに越したことはない。
それもあって、まだ街中の宿に滞在していた。のんびりしているように見えるせいか、さっさと出ていかねぇの? とギルドから探りを入れられたりもしている。人のいないところで闇討ちが怖いからもうちょっと様子見と返しておいた。疑わしそうな視線が向けられたが心外である。あれは闇討ちなんてものともしないだろという視線だった、気がする。
そうして過ごして数日。
白猫からそっちに行くぞと知らせがあったのは昨日で、今日中には会えると思ったのだが。
「……にゃあ」
「なんでクリス様しかいないの?」
歓楽街に近い大通りで白猫を発見した。地味に方向音痴なので、街中ではよく迷う。本人は人の町に慣れぬのだと主張していた。
それはさておき、ナキがあたりを見回しても赤毛の青年は一緒にいなかった。
ナキはとりあえず白猫を抱き上げて確保する。誰かに見つかって撫でまわしたいと言われると面倒になる。きっと一杯来るだろうから。この数日、白猫の消息とミリアの消息を聞かれまくったのだ。
そして、なぜかみんなナキを憐れむ。捨てられちゃったのはナキということらしい。詰られるよりいいが、微妙な気持ちになった。
「うむ。あのでぃーなんとかが燈明に引っかかってな。ミリアの血縁かと聞かれて、そのまま素直に妹と答えてしまったのだ」
「……なにしてんの? あの鳥」
そして、なにしてんの皇子の側近。確かにミリアと似すぎていて、声をかけたと言われれば理解はできる。できるが、するなと言いたい。皇子にくっついていろとナキは唸りたくなった。
「入口でまさかそんなトラップあるとは思わず、我は別行動をしていた」
「撫でられてた」
「うむ!」
うむ! じゃねぇよ。と寸でところで出てきそうだったが、ナキはどうにかこらえた。拗ねた白猫の相手はしたくない。面倒が増えていく。
「ま、まあ、クリス様も連れていかれず良かったよ。うん、たぶん、良かった、良かったかな?」
不安ばかりが増えていく。
燈明が人に慣れているとも人の擬態が上手とも思えず、そのまま皇子にでもあったりしたらと思うと落ち着かない。
「いきなり制裁とか言いださないよな?」
「そうだとよいのぅ」
不安が山ほど追加された。元々、皇子への制裁のためにきたようなものだ。一応、皇帝へ話は通す、らしいが事後報告でもよくね? と言いだしそうだ。
ナキはため息をつく。先にやることを済ませて、燈明を探しに行ったほうがよさそうだ。その時には、進退窮まっている可能性があるが、それは諦めるしかない。
まずは宿を引き払うことにした。夜逃げ同然で出ていく未来以外が想像できない。
宿の受付とクリス様、戻ってきたのよかったねと和やかに話をしている最中にさらに問題が発生した。
「ナキだな?」
「ん? そーだけど、ええと、お揃いで何事?」
扉があいたと思ったら、囲まれた。
ナキは思わず両手を上げる。丸腰ではないが、気持ち的に抵抗しませんという表現をしたかった。
武装した兵士が六人もいればさすがに圧力を感じる。
「婦女誘拐の容疑で連行せよとのことだ。大人しくついてこい」
そっちは想定してなかったなぁとナキは遠い目をした。
兵士たちからはナキに気の毒そうな視線が向けられる。どうもナキたちのことを知っているらしい。誘拐と言えるような経緯ではないことはそれなりに広まっている。
この町でもいなくなった恋人を追ってなどという話は時々ある。それでも多少は噂になるが、ミリアの場合にはいいところのお嬢さんが、結婚を嫌がってという情報も追加されていたのでさらに目立っていた。そのうえ、暇な人間が多かった時期のせいか面白おかしく噂されていた節はある。
今思えば、リンが情報操作でもしていったのかもしれない。
兵士たちは仏頂面のまま詰め所までナキを連れて行くと椅子に座るように促した。
普通の円卓である。おそらく、普通に食事とか用に置いてあるやつ。少しも取り調べという雰囲気がない。安い茶だけど文句言うなよと温かいお茶も用意された。
言われたからやったけど、やる気なし、というところだろうか。
「で? あの赤毛の彼女どこいった? そもそも、最初から誘拐されてとか言われてるけどほんと?」
「誘拐はしてない。でも、親元に戻すとか連絡もしてないから、駆け落ち感があるというか……」
「国境開いてれば、無事駆け落ちできたな。で、今どこに置いてきた?」
「行方不明らしいね。多分王国のどこかにいると思う」
「……本当に知らない?」
「同じ依頼受けたから途中まで一緒だったよ。ところが某お貴族さまが気に入ったらしくて、近寄るなってさ。王族の側近とかさすがに無理。生命の危機を感じる」
「ああ、やっぱりそういうやつ……」
重いため息が重なった。
町の兵士たちも無茶振りされたらしい。
「……まあ、向こうで別れたなら関係は切れてるな。うん、兄が探しに来たんだがそう伝えておこう。
誤解だったのでそのまま帰っていいぞ」
隊長らしき兵士がそう話を切り上げた。
ナキはちょっと肩透かしとは思うが、礼を言うことにする。それの返答はお店のおねーちゃんに隊長さん素敵と吹き込んどけというものだった。
どこまで本気かわからない。
ナキは曖昧に笑って、お店に行ったらと答えておいた。なお、ミリアには酒場等の出入りは禁止と言われている。
ミリアと別れたと思われたら、きっと、絶対! なにかあるからと念押しされてのことなので守る気ではいる。
「いちおう、謝罪しときたいんだけど」
「商人ってのが嘘だろというガラの悪いにーちゃんだったが、大丈夫か?」
ナキは思わず表情を引きつらせた。冒険者相手だということを彼らは忘れているわけではないだろう。
つまり、どこかで狂暴なところを出したか、暴言か失言か。
あるいは全部。
いっそ、会わずにいなくなろうかという誘惑にかられる。しかし、それをするとあとがさらにひどそうだ。
「大丈夫、たぶん。妹を誑かしたとか言われて、一発くらいは殴られる覚悟はあるよ」
最初の予定に戻るだけのことだ。ナキはドナドナされる牛のような気分で、燈明の元へ向かった。詰め所の一室で今、待ってもらっているらしい。
案内役の兵士からナキに向けられる気づかわしげな視線が、不安を煽る。
「他に誰かいるとか?」
「ディートリヒ様がいらっしゃるらしいのですが、その、怒らせたようで」
想像するだけで相性最悪そうだとナキも思う。どちらも人の話を聞かない猪突猛進傾向だ。
ナキはどちらとも長い付き合いをしたくない。ディートリヒについては、むしろ、存在を抹消したい気分になるときがある。
彼には実害があったのだから報復する権利があるはずだ。
「失礼します。燈明さん」
兵士は暗い声でその部屋の戸を叩く。ナキに向かって部屋は壊さないでくださいねと念押しするところがわかってる。
おそらく、何か起こって止めるのはナキの役目だ。
「ん? あ、てめぇ、よくのこのこと顔を出せたなっ」
室内にはいってすぐに燈明に絡まれた。
確かにガラが悪い。燈明が面白がるようにいうところは冗談のつもりのようだ。たちが悪い。
ちらりと視界にディートリヒの姿が見えたが、ナキは無視することにした。
「お久しぶりです。
こうなってるのは、一応、俺のせいだけじゃないって釈明したくて」
神妙にナキが答えると燈明はいじわるそうに口元をゆがめる。
それは燈明の今までの印象を覆すようなものだった。




