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婚約破棄された令嬢とパーティー追放された冒険者が国境の隠者と呼ばれるまでの話  作者: あかね
二人と一匹+一羽

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聖女のススメ1


「うむ。我は食べ物は食べない!」


「俺も雑穀ならつまんでもいいけど、それは嫌」


 以上、それを見たときの聖獣の失言である。


 ミリアは沈黙して、焦げなかったが、さりとておいしそうにも見えない物体を見つめた。まあ、最悪、スクランブルエッグと言われ、習ったはずのぼろぼろのオムレツ。フライパンにへにょりと張り付いているが、これ以上なにかする気にならなかった。

 ため息をついて、お皿に移動させる。

 ゆでるだけと言われたソーセージとお湯を入れるだけといわれたスープは何とかなった。お湯を沸かすだけでも大仕事だったことはさておいて、であるが。

 むしろなにもしてない柔らかいパンのほうがおいしそうに見えるくらいだ。


 ミリアは一人、食事を始めた。オムレツの味付け忘れたなとトマトソースをかけてみたが、やりすぎて味が濃すぎた。スープは薄いし、ソーセージは肉汁にびっくりする。

 聖獣たちが、そわそわしているのも落ち着かない。


 知識の上ではミリアは料理を知っていた。教育の一環として、したことさえある。ただし、それはすべて事前に準備が終わり、指示通りにすることだった。最後の良いところだけを少しだけ、そんなのは料理をしたことがある、ではなかった。

 ミリアの料理をしたことがあるといったことへのナキの、微妙な反応の理由はこれかと思い至る。


「ナキ、早く帰ってこないかしら」


 彼女は寂しさとは全く別の理由で呟いた。一日目からこれでは先が思いやられる。

 もう無理と思ったら使ってと用意された円柱の容器のものへ視線が向かう。お湯を入れて三分といっていた。


「それを使うのはいいが、毎食それだとナキが心配するぞ」


「……べ、別につかわないしっ」


「あっためるだけシチューとかのほうがいいじゃね?」


「大丈夫だからっ!」


 すぐに料理をすることをあきらめることはない。食べられるものなのだから、上達するかもしれない。上達する前においしくないとミリアの心が折れるかもしれないが。

 実のところ、料理しなければならない、というわけでもないのが問題でもある。


 燈明が言ったように見たこともない容器に入ったシチューは何種類か用意されていた。ナキにはお湯に入れて温めるだけだから、大丈夫、大丈夫だよね? と心配そうに確認された。

 さすがにミリアも水をお湯にするくらいはできる。コンロの前からはなれたりしないし、何かあったら自動で火が消える、らしい。白猫が安全設計は偉大としみじみ言っていた。うんうんと燈明も頷いていたので、聖獣たちだけに通じるなにかがあったらしい。


「過保護だのぅと思っていたが、そうでもなかったな」


「超絶箱入り娘にゃ、料理はむりむり。ほら、うちの主たちがさ、料理対決とか言いだした時に」


「ああ。キッチンが消失した事件か」


 燈明も白猫もこそこそと話をしていた。

 ミリアはそこまでではないと言いたいが、その詳細も聞きたくない。ちらほら聞こえてくる守護者の日常が神秘性を破壊している。

 守護者というのは、神話の時代から存在していた。世界の果てで侵入者を阻むものはおとぎ話としてはよく語られている。

 教会も彼らを神々の使いとして扱い、彼らに捧げものをして神々へ願いを聞き入れてもらえるよう話をしている。

 願いが叶うかはものによるが、天候不順などは多少は改善したり、問題があったことへの回答をもらうこともある。


 偉大な方々とは思っていたのだが、日常はといえば聖獣を振り回している話しかされていない。振り回される側の愚痴なのだろうが、ちょっとどうなのだろうかとミリアも思う。


「聞いておきたいことがあるのだけどいいかしら?」


 ミリアは悲しい食事から気を紛らわせたくて、二匹の聖獣に話しかける。


「うむ」


「なんだよ」


「聖女ってなにをするの?」


 ミリアも祭事への参加や手配を行ったことはある。しかし、教会が聖女役をさせる女性は存在するが、近隣の国でも正式な聖女はいないはずだ。

 十数年前に西方のお方の聖女がいたのが最後になっている。その娘である皇女が聖女の役割を期待されていたようのだがそれは諦めたのだろう。そうでなければ政略結婚で他国へ出すこともない。

 白猫はうむーと唸っていた。


「降臨媒体じゃのぅ。そこにいるだけで、影響しやすくなる。全降ろしはせぬだろうが、体の自由が奪われて勝手に動かされたり、言わされたりすることはあるかもしれぬな。

 それから、繋ぐから勝手に中身を見られることもある。記憶とか、やんわりとした感情のたぐいかのぅ」


「その代わりの特典とかはあるの?」


「後ろ盾と気まぐれで下賜品を押し付けてくるくらいだのぅ。あとは聖獣の庇護が加わる。

 聖女に加害すると報復がある、と言うのが一番の特典らしい特典」


「専守防衛。恨みは倍返し」


 燈明が楽し気にそう続けたが、恐ろしく攻撃的な防衛である。

 ミリアは聖女は丁重に扱うようにといわれる内情がこれかと知る。せめて何かある前に守ってくれと思うが、それでは介入しすぎるのだろう。


「ミリアは我が主が手元に置きたい! と主張しているので、聖女になるなら我がしばらくつくことになる。ナキもお気に入りだしのぅ」


「……どういう意味で?」


「見てると面白いおもちゃ、みたいな」


 白猫はそう言って首をかしげる。本人が聞けば嫌そうに顔をしかめそうだ。そして、たぶん、ミリアも同じ扱いになりそうな気がしていた。

 守護者が娯楽に乏しいこの世の果てから、逃げ出さないように提供される面白いもの。不本意ながら世界の平和を守っているものがそんなものだとは思いもしなかった。


「そうそう。忘れておった。西方のお方の聖女になった場合、見た目が変わるので注意が必要だ」


「え?」


「書き換えまですんの?」


「せねばなるまい。根底の質は同じでも使い難いのでは困る。

 髪の色が変わる程度で済むとは思うが、もしかしたら顔も変わるかもしれぬ」


「……ナキは、私の顔、好きかしら」


 ミリアはあまり自分の顔が好きではない。可愛いなどと言うのはナキくらいで、きっとそれは彼が優しいからだ。他の美しいと言われた令嬢たちを見れば、言わなくなるに違いない。妹のように、皆に言われるほどであればありがとうと言えるかもしれないが、やはり違和感がある。

 そう思えば、暗い気分になってくる。


「……最初にそこ気にすんの?」


「色ボケじゃのぅ。ナキが好きなところは別のところなので気にせずともよいのでは?」


「別のところって?」


 白猫が言うなら、そこは気になった。思ったより気がつく聖獣様なのだ。ただのかわいい猫ではない。


「その、む」


 白猫が言いかけた口を燈明が強引にふさいだ。手の大きさからか顔をわしづかみしているように見える。


「むぐむぐ」


「おまえ、三味線の皮にされんぞ。僕も焼き鳥とか」


「むむっ。しかしだな、正直あれはどうかと」


「気がついてないんだからだまってなって」


 む。ってなに? とは聞ける気がしなかった。おそらく聞かないほうがいい。ミリアはものすごく気になるが黙殺することにした。

 たぶん、白猫の迂闊な失言だ。いつものやつだ。なんで、この時にこんなこと言いだすかなぁとナキが白い目で見たり、首根っこ掴んでぶらぶらとさせちゃうような。


「……目の色は固有色ではないから変わらぬ。故郷の海を思い出すとか言っていたから、そのあたりは気に入っているのではないか?」


 何事もなかったように、ぱたぱたと尻尾を振って白猫は言った。その後、落ち着かないのか毛づくろいまで始めている。


「ま、そろそろ、町ってやつに移動するから聞いといてやるよ」


 じっと白猫をミリアが見ていれば燈明が嫌そうに言いだす。よほど知られたくないらしい。

 本人に聞いたら、ダメなのだろうな。とミリアも理解した。


「わかりました」


 あからさまにほっとした顔をされるとなんだかミリアが悪いことしている気分になる。失言したのは、白猫のはずだったのだが。


 それにしても。『む』ってなに?



 それから二日後、燈明は町に旅立っていった。見送りをしてくると心配顔の白猫を連れて。

 つまり、ミリアはこの隠れ家にしばし一人だった。


「なんだか静かね」


 小さくつぶやいても誰も答えない。寂しいというより不思議な気がした。これほど安心できる場所で一人でいることを想像したことがない。

 誰もいないけれど、すぐに誰かが帰ってくるし、帰ってこなくてもなにも心配しないでいい。

 気を抜いていても、困ることがない。


 ここにくるまで、というよりはナキに会うまではこんなことはなかった。完璧でなければ不要であると思っていた。

 一人でも大丈夫でないとダメだと。

 頼ることも甘えることも覚えてこなかった。


 そうしていい人を見つけられなかった。


 もし、王宮で会っていたのならば。王太子の婚約者としてのミリアルドならば、ナキは近づきもしなかっただろう。

 あの場所で困っていたのが他の人でもナキは同じことをしたに違いない。そして、その人を好きになるかもしれない。

 そう思うと胸が痛い。


 ミリアの存在は厄介ごとだ。後ろ盾も何もない彼にとっては致命的なほどに。わかっていても手放せる気はしなかった。

 ミリアは自分にこんな執着心があることを知らなかった。


「さてと、どこから仕込んでいこうかしら」


 どこか甘いところのあるナキに知られないように、立ち回る必要がある。ミリアは怖いものを見るように見られたくはない。

 ナキが怖いなぁと軽口を叩きながらも許容してくれる範囲内で、どうにか済ませたいのだが。


 王国にいる姉妹に思いを馳せれば無理かもしれないと遠い目をする。あの人たちのほうがきっと怖い人だ。やられた分は取り立てるつもりだが、足元をすくわれないか心配になる。


 それでもミリアは一人計画を練ることにした。白猫の存在は地味に気が散るのだ。あの魅惑の毛皮が悪い。抜け毛の季節はまだ終わらないので、あちこちに毛が残っていたりする。

 そう気がついたら、なんだかとても気になってきた。


「……掃除しようかしら」


 さすがに戻ってこられたときに荒れてる室内はまずい気がする。人として。早速脱線していたのだが、ミリアは気がつかなかったことにして部屋の掃除を始めることにした。

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