反抗的な他人が珍しい人もいる
皇太子側には翌日までは返事をしないことにすると言う話だったので、宿屋に素直に泊ったのが悪かった。
しばらく宿にも泊まれそうにないしとのんびりしたのも悪かった。
あれは、さっさと逃げておけという意味だった。言えよ、とは思うがあちらにも立場というものがある。
察しが悪かったと諦めるほかない。せめて、最後の精神的ダメージがなければもうちょっと察したかもしれないが今更遅い。
「遅かったな」
ディートリヒが階下に来ていた。
イライラした様子で、一階食堂の椅子に座っているのが非常に場違いだ。旅装ではあるが、キラキラしい金髪の美青年と冒険者ご用達の宿だ。全く少しもそぐわない。
この店の店主が迷惑そうに、店員はハラハラしたように見ている。ナキは引きつりそうな笑みを意地で固定していた。
店主と店員にナキは口パクで俺悪くないと訴えてみたが、却下と言わんばかりに首を横に振られた。
逆に店主にものを落とすような動作をしたあとに隣の店員の首を絞めるようなしぐさをされたので、ものを壊したら絞めると宣言を返されたことになる。
ナキはげんなりした表情で、ディートリヒに向かった。愛想良くする気も湧いてこない。
「約束は誰ともしてません。それで遅かったと言われても」
「殿下がお待ちだ。さっさと来い」
「なんの話です?」
ナキはとりあえず、とぼけてみることにした。ナキが冒険者ギルドに顔を出したと認識しているものはほぼいないはずだ。受付嬢とギルド長以外は会っていないし、すれ違ってもいない。
見張られていたという線も薄い。察知系スキルを強化している。あれで感知できないなら、相手はよほど優秀ということだ。
そうなると町に入った時点で情報を流すようにしていたのだろう。たかが冒険者一人への対応にしては執着を感じた。
「殿下が、お前を雇ってくださるそうだ。よかったな」
棒読みもいいところだ。
ナキは失笑しそうになったが、どうにかこらえた。たぶん、それをするとブチ切れそうだ。ナキの返答を聞かず、立ち上がって背を向けるところなど甘い。
無防備な背中だなと少々いたずらする誘惑に駆られたが、店主の迷惑顔が憤怒に変わりそうなのでやめることにした。
「荷物あるんで、取ってきてもいいですか?」
「今日のところは話をしたいと仰せだ」
「後ほどお伺いするのは?」
「グダグダ言うな。黙ってついてこい」
「……しかたないなぁ」
ナキは、ため息をつく。店に迷惑をかけるのは本意ではない。少々様子見をしよう。
確かに一人ならば、何とでもなる。良いかどうかはさておいて、懐が温かいのだから非常識なものを金で買いたたけばなんとかなるだろう。
気になることといえば、燈明の現れるタイミングくらいだ。
ナキは再びため息をついた。どうせ、間が悪いんだろうと。
連れてこられた場所は町長の家だった。現在の逗留先のようだ。周囲を兵士が巡回している。ミリアが町長夫婦が心労で大変そうだったと言っていたのに、追加でこれでは倒れてしまうのではないだろうか。見たこともない町長に同情する。
おそらく、皇子様は全くそんなこと頓着していないに違いないだろうから。
屋敷の中は逆に人がいなかった。家のことをする使用人がいるのが普通だが、人の気配が全くない。客人の前で見えないところにいるという感じでもなかった。
「殿下は近くに人を寄せたがらない」
「そうですか」
疑問が顔に出ていたのだろう。ディートリヒがそういう。なのになんでおまえがというニュアンスを感じたのは被害妄想が過ぎるだろうか。
俺も関わり合いたくなかったんだけど。そうナキが正直に言うわけにもいかず、曖昧な困り顔で見返した。
ディートリヒの眉間のしわが深くなる。
「幸運をかみしめるのだな」
なぜか、とっとと追い出してやると言われている気がした。やはり、悪いほう、悪いほうにとってしまう。
「幸運の女神は去ったから、後に残るのは後悔と不幸だけ」
余計な口をきいた。
気がついたときにはこぼれていた言葉は、この地の慣用句のようなもの。幸運の女神を手にする男が、ちょっとした手違いで去られたあとに落ちぶれていくというありがちな逸話に基づいている。
ある意味、ナキの現状と似ている。ただし、皇子の誘いを不幸と言ったとも聞こえるだろう。
それに幸運の女神は去っていない。ついでに聖獣も二匹もついている。数に入れていいかはわからないが、守護者ふたりの後ろ盾さえ持っていた。
冒険者ギルドとも縁を切った状態ではあるので、その点も気にしないでいい。
案外楽勝では? とナキは思った。悲壮感は別に必要ない。
「……聞かなかったことにしてやる」
殺意の溢れた視線を隠しもせずに言われても。ナキは、すました顔で、そりゃどうもと返す。火に油を注いだ気もしたが、どうせ、すぐに燃えるのだから気にしない。
案内された部屋は客間の一つだったようだ。今は執務室のように整えられている。長居する気があるという内装の変更に、再び町長への同情を覚えた。
国境で戦争や小競り合いの覚悟はしていたであろうが、皇帝の一族を迎え入れての接待は想像もしていなかっただろう。
どちらも贅沢を望むタイプではないのが救いのようで、めんどくさいところだ。なにをすれば喜ぶのか全く分からない。
「殿下、連れてまいりました」
「ご苦労。座って待っていろ」
皇子はちらと視線を向けただけで、そう言った。報告書のようなものをぺらりとめくっている。
少なくとも客扱いはしてくれるようだ。ナキは言われたように座る。座ったソファが部屋に場違いな重厚さなので、外から持ってきたのかもしれない。座り心地は良いが、居心地は良くない。
ディートリヒは戸惑ったように皇子を見ていたが、すぐに己の職務を思い出したようだった。既に見終わった書類などの整理を始めている。
さすがにお茶までは出されないかとナキはぼんやりと待つことにした。それはさほど長くはなかった。
「待たせたな。聞きたいことがある」
執務用の机から離れることもなく、ナキは問われた。
さっさと本題に入ってくれるようだ。こちらからの挨拶も必要としていないらしい。権力者で強者らしい振舞いとナキは小さく笑う。
ミリアが好きじゃなさそうな、とつい考えるのは意地が悪いだろうか。
「私の誘いを断ったと聞いたが本当か」
「はい。過分なお話ですが、もう、国を出ていきます。既に手続きも終えました」
「なぜ」
「もうずっと前に出ていく予定だったんです。予定にない国境閉鎖で留まっていただけの話で」
「そうか。残念だ」
あっさりと皇子はいう。引き止めようという話ではなく、事実確認だけのために呼ばれたようだった。
ナキとしては呼ばれたくもなかったが、事実ではない報告をされた可能性を疑ったのだろう。信用というより性分のような気がした。
ミリアの件がなかったとしても面倒そうで付き合わなくて良かったと思う。
「もう一つ、確認しておくが皇女の侍女の行方をしらないか?」
「知りませんよ。お望みのままに離れたわけですし、そこから確認しますか?」
皇子は少しだけ視線をディートリヒに向けた。彼は憮然とした表情を隠しもしないが、それは違うと反論はしなかった。
ナキは少しだけ意外に思った。すべてナキの責任というかと考えていた。言い募れば主の不興を買うということだろうか。
「聞いた話とは違うようだ。手間をかけさせた。詫びの品は用意しよう」
「ありがとうございます」
ナキはつい、嫌味を口にしそうになるので礼だけ述べることにした。詫びというくらいなのだから悪いことをしたとは認識したらしい。
彼らの立場からしてみれば、十分に温情ある対応といったところだ。
皇子からの話はこれだけらしい。
ナキは促されたわけでもないが、立ち上がった。これ以上、余計な話をしたくない。ディートリヒは無作法を咎めるように睨むが、皇子はすでに興味を失っていた。
「白猫は元気か?」
皇子が思い出したように白猫の消息を聞いてきた。
「消息不明です。お姫様、大好きってへばりついてたんでついていったんじゃないですか」
ナキは思わず顔をしかめた。なにかのついでのように色んな人に聞かれた。地味にめんどくさい。理由も投げやりに答えたがそれなら仕方ないなと慰められるのもさらに腹が立つ。聞いてくる人にとってはナキのほうが捨てられたと思えるらしい。
「女好きか?」
「老若男女問わず、我のことをみんな好きなんじゃろと思ってます」
我のぷりちーな尻尾と魅惑の毛皮とうるうるおめめにメロメロであるのは仕方ないなと鼻息荒く主張する。
それが白猫。どこに聖獣の威厳があるのだろうか。
威厳はないが、七割くらいで事実なのでナキは黙殺している。つき合ってられない。
これには皇子も面食らったようだった。
「……そうか」
皇子に少しどころではなく困惑したように返されナキは謎の勝利感を覚える。
「失礼します」
ナキは何食わぬ顔で部屋を出ることには、成功した。
ただし、背後からディートリヒがついてきてしまったのだが。
「帰るだけなら一人で十分です。どうぞ。お気遣いなく」
「丁重に送っておけという殿下の気づかいだ」
「それはそれは痛み入ります。ですが、不要です」
「ミリーという娘はどうした」
ナキはきっぱり断ったのだが、聞いてはくれなかった。それどころか余計なことを言いだす。これだからお偉いやつらはとこれ見よがしにため息をついた。
ミリアのいない今、隠していたことを言っても困らないだろう。
ナキは、だが。
「察しが悪いですね。そちらでお探しの侍女と同じですよ。
なんでも赤毛が狙われるとかで髪を染めて、ついでにちょっと町を離れてもらいたくて同行しました。生まれもよかったので侍女仕事もできましたから」
ちょっと調べればわかることではあるが、ちょっと調べるが彼らには困難だろう。
冒険者も傭兵も威圧的な兵士や騎士は避けがちで、知らぬふりをしたほうがいいだろうと判断した。ナキの恨みも買いたくないし、面倒ごとも避けたいならそうするはずだ。
多少の金をちらつかせればぽろっと口にしてしまうものもいるだろうが、この様子ではその発想すらなかったに違いない。
坊ちゃん育ちにはちゃんと世慣れたものをつけておかないとこうなるという見本のようだ。
「言えばよかったのではないか」
「そうは言われても、皇女の侍女に余計な男の存在は邪魔でしょう? 遅かれ早かれですよ。そのほうが、彼女にもよかったと思ったんですけどね」
ナキは心にもないことをつらつらと並べ立てる。この程度の嫌がらせくらい可愛いものだろう。
国外に問題なく出してくれるならば、ナキはこれ以上何かをする気はない。他人の獲物に手出ししていいことなんかないのだから。
ナキがちらりと振り返れば、ディートリヒは気まずそうな表情をしていた。ナキの指摘はそれほど的外れでもなかったのだろう。
「泣いて震えてるなんてないから安心していいですよ。女の一人旅をこなすような女性なんですから、あなた方が思うよりたくましいです」
「あくまで行方は知らないと言い張るんだな」
「事実そうでしょう。今更、いない人の話をしても意味はない」
これ以上の問いを断るようにナキは言い切った。
ちょうど玄関の扉が見えた。
「では、騎士様、お世話になりました」
ナキは何食わぬ顔で、そう言ってディートリヒを置き去りに出てきた。
「悪かったも言いわけもしないっていっそ清々しいかも」
燈明がなにをするかは知らないが、全く良心が痛まない。もしかしたら、もっとやっちゃえとか言いだしそうな気がしてきた。




