不本意ですが
白猫と燈明がやってきた翌日、リビングは朝からぴりぴりとした空気に包まれていた。
家主であるはずのナキは部屋の隅に退避している。気持ち的には部屋に退避したいがそれもそれで怖い。
ちらりとナキはテーブルへ視線を向けた。
ミリアと燈明は表面上は穏やかに話をしている。それ自体は美男美女という組み合わせではあるので目には優しい風景になるはずだった。しかし、現在も背後に稲光が散っているような印象がある。
「のぅ、ナキ」
「なに? クリス様」
隣にいるのは聖獣もダメにするクッションに埋もれている白猫。ふわっとあくびをして眠たげである。昨夜、鳥の姿の燈明とクッションの奪い合いをした影響のようだ。
敗北したのか面倒になったのかわからないが、夜中に白猫がナキのベッドに潜り込んできた。さすがにミリアの方には行かなかったらしい。
そのせいでナキは微妙に寝不足である。それでも決まった時間に目が覚めるのは習性だろう。そのまま身支度を終え、朝食の準備が終わった頃にミリアが起きてきたらしい。
朝食を運ぶ時点でリビングが極寒のような冷たい空気が流れており、ナキは一瞬戻ろうかと思ったくらいだった。
ナキはその場にいなかったのだが、白猫曰く、燈明が失言をした、とのことだ。
その雰囲気を引きずっての今である。昨夜のほうがまだ穏やかにしようという意志があったように思える。
今は売られた喧嘩は買うというモードのようだ。それにも関わらず話をしているには一応の理由がある。
なんとか男性に化けられるようになった燈明が、ものすごくミリアに似ていたせいであった。他人という方が疑われそうなもので、不本意ながら兄妹設定ということにしたのである。
家出した妹を探しに来た兄、妹の元恋人を発見し締め上げる、という話で遭遇予定となっていた。
その後は妹が王国側に出国したことを知り、一度、家に戻り今後について相談する、ということにして帝国内をうろつく手はずになっていた。
ナキが付き合うのは締め上げられて情報提供したようにみせる、までである。
燈明もミリアも嫌な顔をしていたが、黙っていて妙な話を噂されるよりも都合の良い噂を流した方が利があると言えば渋々うなずきはした。
結果、妹のことを全く知らない兄というのもないだろうと二人が話をすることになったのではあるが。
好きなものや子供の頃の話などをしている風ではあるが、和気藹々ということは全くなく作業である。
ぼんやりとでっち上げたミリアの経歴を補強する意味合いも強い。東方のお方は燈明に手を貸す代わりにその嘘を本物にしてくれるようだ。精巧な偽造書類があちこちに紛れ込まされ書類上はミリアという存在が最初からそこにいたようになっている。
両親にあたる人物は現在行商中で、兄が家を任されている間にミリアが家出をした、ということになった。
ただ、すぐに全ての書類を揃えることは不可能で数日は燈明もここを動かない予定だ。
「あれは置いていくのは危険ではないか? やはり考え直しはせぬか? のぅ、我、怖い」
「それは頑張って。向こうついたら連絡するからそこまで頑張れ」
ナキは一足先にこの場から出ることになっている。王国側から帝国側に戻らねばならないためだ。国境の町までつけばそれにあわせて燈明も町に来ることになっている。
なお、ミリアはお留守番である。それについてはミリアは理性的には納得してるが感情的に納得してない状態のようで少々困ってもいた。
勝手に出てこられた場合、対応出来る自信は全くない。未然に防ぐためには白猫に何とかしてもらわねばならない。
「ひどい。我、そこまで悪い事したか?」
「あははは」
ナキは笑って誤魔化した。誤魔化されていない白猫は白い目で見てくるが気にしない。ちょっと涙目なのが可哀想にも思えるが、今、ミリアをここから連れ出すことがあり得ない。
そんな風に傍観者をしていたが、ばれてはいたようで気がつけば冷たい視線が向けられていた。
「……楽しそうね?」
「おまえら、仲良しだよな」
変な所が息ぴったりだ。という感想は胸の内に止めた。言えば余計に揉める。ナキはそれを避けるくらいの配慮はしたい。
「そうじゃが、うらやましいのかのぅ?」
白猫は冗談のつもりだったのだろう。ナキはミリアと燈明の表情がぴきっと引きつったのを見逃さなかった。
聖獣とは失言する生き物なのだろうか? ナキはさらなる揉め事の回避のためミリアの側に行くことにした。
「行く前にちょっと話したいけど、いいかな」
「いいわよ。ここで?」
「外に出よう」
ナキとしては燈明と引き離す理由ではあったが、色々途中だった話の続きはする必要はある。
昨日は二人で話をするような雰囲気ではなかった。主に燈明のせいで。
「む。わ、我も」
「クリスに僕も話がある。つーか、最低限の振る舞いってのを憶える必要あるんだろ? あの小娘に聞くのやだ」
「む、むぅ」
燈明が空気を読んだというより、本人の本音だろう。項垂れたような白猫を見捨ててナキは外に出る。
白猫は燈明は物覚えが悪いのではない。忘却が早いだけであるとぼやいていた。かなりの欠点のように思えるが、忘れた方が良いこともあるので一長一短だという。我は忘れにくいからのぅ。少々羨ましい。と言う白猫が妙に達観しているようにも見えた。
「大丈夫かしら?」
ナキのあとを追って出てきたミリアが家の中を気にしている。
「大丈夫だよ。もうちょっと離れよう」
気にならないわけでもないが、それではいつまでも話はできない。時間は有限である。あとでと言って、伝える機会が失われることもあることをナキは知っている。
ミリアは心配顔のままに肯いた。




